第8話 燃やす実験とダンボールさん

 ダンさんが転校してきてから丸一週間が経った。

 教室の最後列にダンボールハウスが存在することに、誰もが違和感を覚えなくなっていて、人間の適応能力の高さを思い知る。

 初めは避けられていたダンさんも、一部の生徒とコミュニケーションを取っている様子を見かけることも増えてきた。

 そうは言ってもまだまだ受け身で、自分から声を掛けることは無いのだけれど。


「ダンさん、次の時間は理科だよ」

「……」


 ダンボールハウスに話しかけると、ポスト用の穴から垂れ幕のように『?』の書かれた紙が出てきた。

 これは土日休みの間に新しく備え付けられた機能ののようで、何か疑問がある時に出される。

 その内容に関しては教えてくれないため、こちらが察さなくてはならない。

 おそらく、今のハテナは今週も移動教室なのかどうかを確認しているのだろう。

 ダンさんは真面目そうに見えて何だかんだ授業内容を聞いていないことが多いようで、大抵寝ているか工作をしているかだ。

 ダンボールのせいでそれに気付けないのが難しいところだが、小テストなんかは点が取れているので頭はいい方なのだろう。

 こっそりとカンニングしていないとも言い切れないが、疑うより信じる方が楽なので頼斗らいとはそうしている。


「今回も移動教室だよ。今日は外で実験だってさ」

「……」

「外は嫌い?」

『YESの垂れ幕』

「そっかそっか。ダンボールだと動きづらいもんね」


 そう言えば、先週の体育も見学していた。基本的にダンボールから出て受けなければならない授業は好きでは無いらしい。

 だが、体育は理由を付けて休めたとしても、理科の実験はそうはいかない。

 先週の一件で先生は目を付けられてしまっているし、真面目に受けているというアピールをしなければならないだろうから。


「ほら、行こう。また遅刻しちゃうよ」

「……」コク


 ダンさんはポストから出した紙を中にしまうと、そのまま立ち上がって頼斗の後ろに立つ。

 着いてきてくれるということだろう。筆記用具を持ったことを確認して、二人は教室を出た。

 目指すは校庭。何故なら、今日の実験は太陽光を使ったものだから。室内では生徒全員が実験をするのは難しい。

 その点、校庭くらいの広さがあれば、限られた時間内でも十分に実験が行える。

 もし何かトラブルが発生したとしても、被害は少なくて済むという利点もあるのだ。


「各自、黒い紙と虫眼鏡、手鏡を持って実験を始めるように。何が起こったかをプリントに書いて提出すること」


 授業が始まると、先生はそれだけを告げる。あとは自由だ。誰と一緒に実験しようと、一人で黙々とやろうと構わない。

 もちろん、頼斗はダンさんと一緒に校庭の隅の方で実験を始めた。彼女一人では上手く虫眼鏡を使えないだろうから。


「どうしようか。虫眼鏡、持てる?」

「……」フリフリ

「だよね。そのダンボール、手を出す穴を作った方がいいんじゃない?」

「……」コクコク


 ダンさんはなるほどと体全体で頷いた後、ポスト用の穴から無理矢理腕を出して虫眼鏡を受け取る。

 かなりきつそうに見えるが、どうせなら二人でやりたいので彼女の役目はこれでいいだろう。


「黒い紙を地面に置くから、光が集まるように調整してくれる?」


 彼の言葉を聞いて虫眼鏡の位置を微調整したダンさんは、ちょうどいい場所を発見するとそこでじっと耐える。

 しばらくすると紙から煙が出てきて、やがて小さな火が付いた。これで太陽光だけで火を起こす実験は完了だ。

 土をかけて火を消した後、二人はこの結果を紙に書いておく。


「次は鏡も使おう。反射させた光で火を付けるんだ」

「……」コクコク


 相変わらず虫眼鏡担当はダンさん。頼斗は片腕しか出せない彼女の代わりに、鏡を調節する役を任せられることになった。

 二人で細かく向きを変え合い、一番光が集まりやすい場所を見つけて紙へと向ける。そして。


「燃えたよ」

「……」コク

「さっきより火が大きいね」

「……」コク


 鏡で反射した時の方が、虫眼鏡だけで光を集めた時よりも早く強く燃えた気がする。頼斗がその結果を書き留めようとした瞬間だった。

 火に砂をかけようと、砂場からひと握りの砂を持ち帰ってきたダンさんを悲劇が襲ったのは。

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