第7話 おとぎ話とダンボールさん

 ダンさんが話し始めたのは、彼女の生まれ故郷に伝わるというおとぎ話。主人公は生まれつき目の見えない女の子だった。


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 あるところに、生まれつき目の見えない女の子がおりました。

 ただ視力が無いと言うだけで親に捨てられ、物心着く前に新しい両親に引き取られました。

 彼女は世界の何もを見たことがありませんが、それでも周りの優しい人々に助けられて生きています。

 ある時は手を繋いで歩いてくれたり、ある時は触り心地と名前を教えてくれたり。

 おかげで特に生きていくことに困ることはありませんでしたが、知れば知るほど高まる好奇心は遂にこの世界を見てみたいと思わせるようになりました。

 そんなある日のこと。突然机を叩く音で振り向いた彼女は、手のひらに指で文字を書くという方法でとある取引を持ちかけられました。

 それは、生まれつき声が出ない老婆の一度でいいから歌ってみたいという夢を叶えるため、喉と目を交換してくれないかというもの。


「そんなことが出来るの?」


 女の子が不思議そうに聞くと、相手は自分は特別な薬を作る魔女なのだと答えました。

 怪しくはありましたが、女の子の夢を叶えるチャンスでもあります。

 すぐにOKすると、小瓶を手渡した老婆はお日様が沈んだ直後に飲むようにとだけ伝えて去ってしまいました。

 そして約束の時間。友人や家族を集めて待っていた女の子は、空が深い青に飲まれたと知らされると同時に小瓶の中身を飲み込みます。

 下半身から力が抜ける感覚。そして、頭の中に電球がついたかのように光り輝く瞼の裏。

 恐る恐る目を開けてみれば、見えなかったはずの目が本当に見えるようになっていました。


「大丈夫?」


 いつも聞いていた優しい母親の声に振り返った彼女は、その姿を見て浮かべていた笑みを失ってしまいます。

 だって、目の前にいたのは人間などではなく、何本もの手足を生やした化け物だったから。


「どうしたんだい、驚いて」

「感動しすぎたのかな」

「それとも、変なものでも見えてる?」


 父親も、姉も、友達も、みんな職種を生やしたり、牙をチラつかせたり、人間はどこにも見当たりません。

 見当たらないのです。

 目の前にある鏡の中にすら。


「あれ、私……」


 女の子はそこで初めて知りました。自分が彼らと同じ化け物であると。

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「……終わり」

「な、なかなか珍しいお話だね」

「この物語の教訓は、知らない方が幸せなこともあるということ。お母さんにそう教えられた」

「へ、へぇ……」


 自分が興味を持ったからこそ話してくれたことなのだが、あまりに重い内容だったせいで反応に困ってしまった。

 頼斗らいとはそれを隠すように作り笑いを浮かべていたが、ダンさんには見抜かれてしまったらしい。

 彼女はカバンから袋を取り出すと、その中に入っていた『く』を90度回転させたようなマークを口元に当てた。


「あ、もしかして不機嫌ってこと?」

「……」コクコク

「そんなコミュニケーションの方法があったんだ。もっと早く教えて欲しかったな」

「……」カクカクシカジカ

「そのジェスチャーは作ったってこと? いつの間に……って、授業中はダンボールのせいで何してるか見えないんだった」


 彼女が中で寝ていようと工作していようと、誰も中を覗けないのだから気付かない。

 それをいいことに色々な感情を表すアイテムを完成させたようだ。よくできていると思う、全部ダンボール製ではあるけれど。


「明日からはもっと理解出来そうだよ」

「……」コク


 どんな表情を見せてくれるのか、今から楽しみだ。そう思っていると、車がゆっくりと停車した。到着したらしい。


「運転手さん、ありがとうございました」

「いえ、これが仕事ですので」

「ダンさんのこと、お願いしますね」

「もちろんです」


 家の前の道で長居しては迷惑なので、「また明日」とだけ伝えてさっさと降りる。

 ダンさんに手を振ると、彼女も控えめではあるが振り返してくれた。


「……明日も頑張ろう」


 校長先生に頼まれたからではない。彼女を知れば知るほど、もっと仲良くなりたいと思えてくるからだ。

 陽斗は拳を握り締めると、いつかダンボールの中を見せてくれるまで努力を続けることを固く決意するのであった。

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