🍩.2

 ピンクでもなく

 桃色でもなく

 さくらは桜色でしかないと、

 博士は思う。


 形容しがたい淡い色。

 一枚の花びらは白くも見えるのに満開を迎えたさくらは天然物とは思えない華やかさだ。


 そして手元の、ドーナツも。


 季節限定新作ドーナツ さくらドーナツ。


 この日のためにドーナツ屋のカミさんがつくってくれた。


 ほんのりさくら色チョコレートがけの、特中ドーナツだ。


 「おなじ香りがします!」

 満開のさくらとおなじ香りの。


 「あ! これさくらが入ってますよ! 食べれますか!?」

 さくら塩漬け入りですごい特別感だ。


 「もちろん。不思議な味がする」

 「ほんとだ!」


 ちょっと遅い、午後四時のアフタヌーンティー。

 きょうは特別。

 大学生協前、満開の、一本桜の木のしたで。

 古いベンチにふたり並んで。


 「なかなかいい具合に入ってる」

 「お茶を保温ポットに入れるなんてはじめてですよ!」

 なんて青年が水筒に準備してくれたアールグレイもなかなかいい。


 『さくらドーナツはさくらを見ながらでないと味がしない』


 博士が頼んだ通り、コロはそう青年にしっかり説明してドーナツを渡してくれた。


 ドーナツがあれば、きっと青年は花見を楽しむことができるだろう。

 さくらを好きに…花に興味をもってくれるだろう。


 それが博士の考えだった。


 「うわぁ! 博士! 博士! 最高ですね!」

 「いいだろう? さくら」


 満開のさくらは少しの風で暖かい雪のように花びらを降らす。


 それがまるで我が子のように誇らしい。


 「とくに夕暮れはいい、ほら、夕焼けに花びらが透けて染まるだろう?」


 自慢するようにはなすけど、


 「博士! 博士! なかにも! リングのなかにもクリーム!」


 どうやら彼はドーナツに夢中だ。花より団子とゆうやつか。


 「さくらっておいしいですね! ぼく花を食べたなんてはじめてですよ!」


 それもいい。

 それもいいだろう。


 彼が楽しめればそれでいい。

 親に手を引かれてさくらを見るなんて機会は、きっと彼にはなかったに違いない。


 きっとひとりで、

 この季節にひとりでさくらを見上げていたに違いない。


 わたしが心配することじゃない、博士は思う。

 けれどそんなことで彼がさくらをキライになってしまうのは、


 「博士、楽しいですか?」


 …え?


 「博士、楽しめてますか? お花見」

 丸い目をさらに丸くして見上げてくる助手に戸惑う。


 「も、もちろんだ」

 夕暮れに染まるさくらをゆっくり眺める。

 しかもきょうはお茶と季節限定新作ドーナツつきだ。さらに、

 「はぁ、よかった!」

 となりには大袈裟に肩をすくめるキミがいる。


 「博士、もうひとりでお花見なんかしないでくださいよ! お花見のときにはいつだって付き合いますからね!」

 「いや、え、」

 「もう、ひとりなんて、ダメですから! ぼく聴いたんですよ! 人事課長に。博士は人嫌いでひとりぼっちで寂しがり屋だって!」


 彼か…


 青年を押しつけてきた人事課長の、爽やかで腹黒い笑顔が脳裏に浮かぶ。


 「ぼくがさくらキライまでいっても見にいっちゃうし。しかも夕方!」

 「ああ、うん」

 「研究室から見える博士の後ろ姿、寂しそうで、夕焼けに溶けちゃうかうと思いましたよ!」

 「そ、そうかね…そうか、」

 「そうです! 助手だからなんて考えないで声かけてください! どこまで不器用なんですか!」

 「それは…悪かった」

 「わかればいいんですよ! あ! なに笑ってるんですか!」


 笑っている? わたしが? おかしいな、


 「さくらが、…キライなんじゃなかったのかな?」

 笑いをこらえながら訊くのにまた助手は、プゥ、と、頬を膨らませる。


 「ウソも方便てやつじゃなですか! キライじゃないですよ、じっくり見たことなんてなかったし! そのくらいいえば博士もひとりぼっちお花見をやめるかと、」

 「なるほどなるほど」

 「ドーナツがあればぼくはいつだってお花見しますよ!」

 「いまはその、…好きになれたかな?」


 青年はしばらく考えて、

 「さくらドーナツは好きです!」

 そう、真面目な顔でふたつめに手を伸ばした。


 どうやら、とんだ勘違いだった。


 けれど、そうかなるほど。

 寂しそうに見えたとゆうならきっとそうだったんだろう。


 「キミがいてくれてよかったな」

 「あたりまえです! ぼくは博士の助手なんですから!」


 頬をなでる柔らかい春の風と、

 暖かな暮れゆく陽と、

 少し湿った春の匂いと、

 夕食にいそぐ母子の笑い声と、


 花びらが一枚、額をかすめる。


 帰宅のサイレンがなるまでふたり、満たされた想いでさくらを眺めていた。


【おしまい】

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【🌸完結 ドーナツのまんなかは🍩】さくらドーナツ 浩太 @umizora_5

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