☕️


 *


 コノクニ国立大学には、立派な桜がある。

 正門から講堂まで、一キロあまりのメイン通り沿い。建学当時に植えられた樹齢何百年の立派な山桜で、春になると桜色のトンネルをつくり入学生を迎えていた。

 青年だってそのさくらに迎えられて八年前に講堂に立ったはずなのに、


 「毛虫…」


 なんだってその記憶は毛虫の襲撃に塗り替えられているのか。

 「…虫も苦手?」

 やっと博士が落ち着いて席について訊ねると、青年は大袈裟なジェスチャーで、


 「毛虫なんて! 突然落っこちてくるじゃないですか! だいたい生物ってやつはなんでも気まぐれで、あのさくらだって」

 「さくらじゃない、ベニツガザクラ」

 「ベニ…なんとかだって! ぼくが水をやったら枯れちゃったじゃないですか!」


 て、またこんどはドーナツをぼろぼろとこぼす。


 ついこの冬にはじまった戦争で人手不足のなか植生研究室にやってきた青年は、数学科ながらかいがいしく任務をこなそうと頑張ってくれているのだけど、


 「園芸種とは違うんだ」

 「博士がやったら機嫌をなおしましたよ!」

 「愛情の問題かな」


 それはなかなか難儀しているようだった。


 「それです! 感情! それがすべての害悪の根源ですよ! とくにニンゲン!」


 青年はニンゲンたる生物がなによりキライらしく、


 「すべては数字のように潔くなければなりません!」


 はなしのさいごには決まってそう、宣言するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る