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 *


 コノクニ国立大学には、立派な桜がある。

 正門から講堂まで、一キロあまりのメイン通り沿い。建学当時に植えられた樹齢何百年の立派な山桜で、春になると桜色のトンネルをつくり入学生を迎えていた。

 青年だってそのさくらに迎えられて八年前に講堂に立ったはずなのに、


 「毛虫…」


 なんだってその記憶は毛虫の襲撃に塗り替えられているのか。

 「…虫も苦手?」

 やっと博士が落ち着いて席について訊ねると、青年は大袈裟なジェスチャーで、


 「毛虫なんて! 突然落っこちてくるじゃないですか! だいたい生物ってやつはなんでも気まぐれで、あのさくらだって」

 「さくらじゃない、ベニツガザクラ」

 「ベニ…なんとかだって! ぼくが水をやったら枯れちゃったじゃないですか!」


 て、またこんどはドーナツをぼろぼろとこぼす。


 ついこの冬にはじまった戦争で人手不足のなか植生研究室にやってきた青年は、数学科ながらかいがいしく任務をこなそうと頑張ってくれているのだけど、


 「園芸種とは違うんだ」

 「博士がやったら機嫌をなおしましたよ!」

 「愛情の問題かな」


 それはなかなか難儀しているようだった。


 「それです! 感情! それがすべての害悪の根源ですよ! とくにニンゲン!」


 青年はニンゲンたる生物がなによりキライらしく、


 「すべては数字のように潔くなければなりません!」


 はなしのさいごには決まってそう、宣言するのだった。

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