🌸.3

 *


 「博士っ! サーモがおかしいです!」

 「プラグじゃないか?」

 「で、ですね博士、ドーナツ屋さんのコロがさいきんお手を覚えたんですよ、みましたか?」

 「いや、コロはネコじゃなかったか?」キミがさっきつまづいだろう」

 「ネコ? 違います博士、サーモのはなしですよ。電源が、」

 「やっぱり、プラグが抜けてる」

 「博士、きょうのお茶なんですけど茶葉を変えたの気がつきましたか?」

 「設定しなおしだ。キミはあっちで染色してるタイマーを見ていてくれないか。鳴ったら教えてほしい」

 「ダメです博士っ、だってサーモが、」


 きょうもきょうとて、博士と青年の会話は噛み合わない。


 (ニンゲンキライどうし。博士は、彼を理解することはとうにあきらめていた)


 「ところで、キミ、」

 「はい! はいはい! ぼくいまサーモの設定でいそがしいんです!」


 博士はサーモのプラグをコードに差し込みながらことばを選ぶ。


 「あ! うごいた! うごきました!」

 「そうかね。で、あしたはお茶を四時からにずらしたい」

 「え! ダメですそんなの四時は夕飯ですよ!」

 「コロにきいたんだが、三時半に季節限定新作ドーナツがでるからと、」

 「それなら仕方ありませんね!」


 なんてちょろいんだ。ドーナツひとつでスパイだって引き受けてしまいそうだ。博士は少し心配になる。

 彼を追いだせないのはきっとそんな心配もあるからだ。きっとそうだ。


 「で、そのドーナツは食べ方を間違えると味が落ちてしまうんだ」

 「ドーナツに決まった食べ方があるんですか?」


 もちろんない。めずらしくまともな質問を流して博士はつづける。さも、とうぜんだ、みたいに。


 「コロにドーナツの取りおきをお願いしたから、」

 サーモの設定をなおしながら、博士はできるかぎりの威厳をもって助手に仕事を与える。


 「それでキミはそのドーナツを受け取りにでかけてよく食べ方も聴いてくるんだ」

 「限定新発売のドーナツをですね!」

 青年の瞳が輝くのを見て、博士は満足した。


 満足?

 なにに満足?


 博士はこれまでだれかの笑顔を期待したことなどなかった。ひとの表情に注目したこともなかった。


 それなのに彼の笑顔に…またはむずかしい顔にも胸の奥が小さくうごく。


 きっとこれはあれだ。彼の調子がアカツガザクラの調子にも響いてしまうからだ。


 「まかせてください!」


 さて、彼もアカツガザクラをうまく世話できるようになるだろう。そうだこれは職務上必要なことなのだ。


 決してだれかを気にかけているわけじゃない。


 とりあえずは、そうゆうことにしておいた。

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