🌸.3
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「博士っ! サーモがおかしいです!」
「プラグじゃないか?」
「で、ですね博士、ドーナツ屋さんのコロがさいきんお手を覚えたんですよ、みましたか?」
「いや、コロはネコじゃなかったか?」キミがさっきつまづいだろう」
「ネコ? 違います博士、サーモのはなしですよ。電源が、」
「やっぱり、プラグが抜けてる」
「博士、きょうのお茶なんですけど茶葉を変えたの気がつきましたか?」
「設定しなおしだ。キミはあっちで染色してるタイマーを見ていてくれないか。鳴ったら教えてほしい」
「ダメです博士っ、だってサーモが、」
きょうもきょうとて、博士と青年の会話は噛み合わない。
(ニンゲンキライどうし。博士は、彼を理解することはとうにあきらめていた)
「ところで、キミ、」
「はい! はいはい! ぼくいまサーモの設定でいそがしいんです!」
博士はサーモのプラグをコードに差し込みながらことばを選ぶ。
「あ! うごいた! うごきました!」
「そうかね。で、あしたはお茶を四時からにずらしたい」
「え! ダメですそんなの四時は夕飯ですよ!」
「コロにきいたんだが、三時半に季節限定新作ドーナツがでるからと、」
「それなら仕方ありませんね!」
なんてちょろいんだ。ドーナツひとつでスパイだって引き受けてしまいそうだ。博士は少し心配になる。
彼を追いだせないのはきっとそんな心配もあるからだ。きっとそうだ。
「で、そのドーナツは食べ方を間違えると味が落ちてしまうんだ」
「ドーナツに決まった食べ方があるんですか?」
もちろんない。めずらしくまともな質問を流して博士はつづける。さも、とうぜんだ、みたいに。
「コロにドーナツの取りおきをお願いしたから、」
サーモの設定をなおしながら、博士はできるかぎりの威厳をもって助手に仕事を与える。
「それでキミはそのドーナツを受け取りにでかけてよく食べ方も聴いてくるんだ」
「限定新発売のドーナツをですね!」
青年の瞳が輝くのを見て、博士は満足した。
満足?
なにに満足?
博士はこれまでだれかの笑顔を期待したことなどなかった。ひとの表情に注目したこともなかった。
それなのに彼の笑顔に…またはむずかしい顔にも胸の奥が小さくうごく。
きっとこれはあれだ。彼の調子がアカツガザクラの調子にも響いてしまうからだ。
「まかせてください!」
さて、彼もアカツガザクラをうまく世話できるようになるだろう。そうだこれは職務上必要なことなのだ。
決してだれかを気にかけているわけじゃない。
とりあえずは、そうゆうことにしておいた。
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