第1章9話 『初心者狩り』
「あのオッサン、感じ悪すぎだろ…」
目を細めながら、アカギがそう言い放つ。とても不満そうな態度だ、顔によく表れている。赤髪の少年はその髪を逆立てて、今にも怒りを露わにしそうな雰囲気だった。
「もしかしたらあの人じゃないって可能性も捨てきれないからね、もしかしたらだけど」
「いーや、あんな感じの悪いやつが、あの優しいシオンさんに信頼されるようなやつじゃねーに決まってる、いやそうだ。 そうに決まってる」
今にも怒りそうなアカギをレイがなだめながら、私たちは中庭へのルートへ進んでいく。シオン兄さんが遺した『言葉』。レイたちはああ言っているけど、恐らくあの人で間違いないと思う。シオン兄さんの亡骸を見た時のあの人の顔を見たら、そうは思うしかなくなってしまった。それに、シオン兄さんの亡骸は既に彼へ渡されてしまったのだから。
アカギも怒ってはいるが、本心では彼が『助けてくれる人』だと思っていたのだろう。だからこそ、その一方的な期待を裏切られたことで姿も見えない彼のことを罵っているのだろう。結局は、一方的な期待だったのだから。
--私たちは今、中庭へ行こうとしている。
地下室を探そうとして、追い返されたというのも理由の一つではあるかもしれないけど、何よりも安全な場所を探さなきゃ行けない。中央に位置する中庭なら全体を見渡せるかもしれないと思ったからだ。
「--それにしても、同じ人間が襲いかかってくるだなんて、信じられなかったわ」
「同感だな。 俺たちは助け合って生きていくはずなのに、何で襲いかかってきたのやら」
「
「「うーん……」」
レイの推理にナミハとアカギは首を傾げながらも、それしか納得する理論がないと思い、すぐに首を縦に振った。
「--それに、あの血溜まりは恐らく僕たちの意識を誘導するために自分で作ったんだろうね」
「それならあの量の血は一体どうなるんだ? 一体、どうやって集め--」
アカギは絶句した。恐らく最悪の想像が頭に思い浮かんだのだろう。「うっ」と嗚咽を漏らしながら、彼は吐きそうになったが、なんとか
「【
「本当に最低最悪だと思うよ。私も今とてつもない吐き気に襲われて仕方がなかったからね」
【
・彼はナミハたちが来る前にこの世界へ来ている。
・彼はこの世界へ来たばかりの人間を罠などで誘き寄せ、襲撃をしている。
・誘き寄せられた人間の殺害、略奪を行う。
・残りの余った身体は怪物を誘き寄せる罠や、この世界へ来たばかりの人間の気を引くために解剖して利用している。
整理し、簡潔にまとめると、情報はこうなった。
本当に吐き気のする文章。同じ人間のする所業とは思えないけど、谷岡のしていることはこの推理で完璧だと思う。そうしないと、今まで起きた私たちの前に発生した『不可解な血溜まり』、そして背後からの彼の襲撃。そして異名。
「まあ、身ぐるみを
「そうね、とりあえず彼が持ってたナイフやこの防弾チョッキみたいなやつは身につけとくわ」
「まあ、女の子のナミハが1番身を守るのが当然だしね」
レイの呟きにアカギが激しく首を縦に振る。身を案じてくれるのは有難いけど、私だけの独占にする訳にはいかないからレイやアカギにも色々渡した。そうして、私は気になっていたことを口に出した。
「てか、それにしても何なのよ、あの連中。 脚で地面砕くわ、拳で地面に穴あけたりとか。 あれって地面が脆いとかそんな感じじゃないし…。」
「それこそ【
私たちは以前にもあのような力を見ている。それはシオン兄さん、そしてアンノウンという道化だ。谷岡もナミハたちに恐怖を感じさせた、それは紛れもない事実だ。
しかし、彼等彼女等が先に出会っていた二人は圧倒的な力だった。捉えられない圧倒的な速度で動く武人、世界の常識など超越、洗練された重力を行使する
「ただ、あのおじさん。 ちょっと雰囲気が異様だったような気がするんだけどね」
「異様だぁ?」
「な、なんか、少し只者じゃないって感じがしてさ」
レイがボソッと呟いた一言にアカギが反応し、聞き返す。彼は
「あんなホームレスみたいな男がかぁ?」
「うん、なんかあまりにも行動に迷いがなかった気がするんだよね。 それこそ
「--お前の言いたいこと何となく分かった気がしたかもな」
「あはは、じゃあ僕の代わりに言ってほしいなーって」
ナミハ自身、最初にレイの言っていることに対し理解が出来ていなかったが、彼の補足した情報で予測はついた。
「--熟練ってわけね」
「そう、ナミハさん。 あの人はこの世界の事に関して詳しいかもしれない。 それこそ、シオン兄さんが頼れって言っていたくらいだから…」
レイがナミハの発言に同調し、言葉を続けるも、すぐに静寂に包まれる。数十分前の事を思い出してしまったからだ。
--価値のない人間に興味はない
静寂に包まれたのは、その大事な情報を握っている彼に拒絶された様を三人が思い出してしまったためである。
「あのオッサンが情報を持ってるかもって言ってもよ、追い返されちまったんだからさぁ」
「少なくともあの人がいる時点で、他にもこの世界に長くいる人がいない可能性は捨てきれないわ」
「お、おう…。 確かにそうか…」
「とりあえず僕たちは中庭へ行かないと何も始まらないから、歩を進めよう」
***
「思ったより広いわね」
見渡す限りの広原。中庭と呼ばれるそれはあまりにも広かった。木々が所々に生えており、自然を体現していた。しかし、同時にその広い光景と共に目に入ってきたのは。
「な、何も無いな。 清々しい程に何もない」
アカギが苦笑をその顔に浮かべながらそう言うように、『広い』というだけで、空虚だった。ほとんど何も無い。
「強いて言うならあの小屋くらいかな。 僕が見る限りじゃ他には何も見当たらないね」
「あの小屋は一体何のためにあるんでしょうね」
広い広原の隅にあるのは、木造の小屋。旧校舎同様に古く、寂れていたその小屋は、旧校舎とは違い薄気味悪い雰囲気などは特に感じなかった。
中庭へ来て、周りを見渡す。
特に誰かいるという気配は感じない。変な異臭もする訳ではなく、別段と異様というものはなかった。
旧校舎に取り囲まれる中庭に来て、理解したのは…。
「これ、僕らが行ってない場所もあるね」
レイが呟くと、私は木造の窓を遠くから見る。
旧校舎1階で確かに出会ったはずの行き止まりの先に通路があるのを見た。そして、目を細めながら見ると、行き止まりの通路の先には怪物のようなものが
私たちが異様な気配に警戒しながらも今まで危機に遭遇しなかった理由をようやく理解した。
「あの壁は意図的に作られたって訳か。 なら1階のあの場所に怪物がいなかったのも納得だな」
「でも、あの壁は怪物に壊されないのかな」
「壊されないというより、壊せない。 あるいはヤツらは視認しない限りは襲ってこないかのどちらかだろうな、あるいは両方あるかもな」
なるほど、とナミハは
でも、そうなると何故【
彼からナイフやら凶器を取り出している時に、彼が持っていた荷物の中には、怪物の血や内蔵を持っているのを見た。何のためかその時は分からなかったが、その後に確信した。
「見つけたぞガキ共ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!」
その時、背後から怒声が聞こえた。
「テメェら…テメェら殺してやる…殺してやるよ…」
目を見開き、今にも襲いかかってきそうな雰囲気を出しながら男はブツブツと呟いていた。
「【
ナミハは額から汗を流しながら、目の前の人物に警戒する。
怒りに身を震わせながら、男は…谷岡はひたすら目の前の存在を睨みつける。顔半分は腫れ、折れた鼻からは血を流し、潰れた右目はどこを見ているか分からない。
それは私たちに間違いなく、私たちに恐怖を与えた。何より、谷岡が左手に握りしめてる『ソレ』は私たちの命を奪うのすら簡単だったはずだからだ。
「なんで…拳銃なんか…」
谷岡は拳銃を持っていた。私たちが奪った荷物の中に、そんなものはなかったはずなのに、だ。銃口を私たちに向ける谷岡はにやりと笑みを浮かべ、流暢に話し始める。
「これかァ? これかァ…そうか知りてえよなぁ? 俺の荷物から物を奪ったつもりでいたけど、これだけは知らなかった。何故だか分かるかあ??」
谷岡は銃口を全く下ろさずに、こちらの行動を警戒しながら話を続ける。
「俺の腹ん中にあるんだから、見つかるはずがねえだろ間抜け共がぁ〜」
谷岡は自らの腹の中にその凶器を潜ませていた。自分に何かあった時の為に、その想定をしながら動いていた彼は、窮地に追いやられていてもその武器を持ち、私たちの前に立ち塞がった。
「【
私たちの顔から血の気が引く。谷岡はここで私たちに躊躇なく撃つ、彼の目からはそんな1つの強い意思が感じられるくらいに…。そういう人間だと知覚させた。私たちに怒りと憎悪が向けられる。明確に迫る死という感覚が、私の身体を突き動かそうとしていた。
--何も出来ないまま、死にたくない
「あ、うああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ギャハハ!! バカが!! そのまま死ねよ女がぁ!!!」
その直後、地面が揺れた感覚がした。
「---っあ??」
ゴオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ
---直後、轟音が鳴り響く。
地軸もろとも引き裂くような爆砕音。文字通り、地面が砕けた。それは、谷岡の立っている地の下からだった。
「あぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
その直後、谷岡が宙に打ち上げられる。彼が吹き飛ばされたと同時に、銃弾が放たれるが、全く無意味だった。
私たちと反対方向に撃たれた銃弾は、ただ無力にも壁に突き当たり、弾痕を残しただけだった。
谷岡が遥か彼方、上空へ打ち上げられたのもつかの間だった。
「な、に…あれ…?」
不意にも漏れた声、それは今、最も遭遇したくないだろうと思っていた存在との対峙を意味した。
空中へ突き上げられた谷岡は薄れゆく意識の中で、その存在を視認した。
***
「あっ………」
彼からも、声が漏れた。それは『絶望』だった。
その声が漏れたと同時に、地面から触手のようなものが数本飛んでくる。意識を持たせるのが必死だった谷岡の行動は遅れた。目の前に迫るソレに対して、抵抗できなかった。
彼は一方的な復讐を成し遂げることもなく、死ぬ。死にたくない、嫌だ。彼は必死に心の中で叫び続ける。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
--あっ死んだ
彼はゆっくりと、その刃がスーっと身体に入っていくのが感じた。死の間際に全てがスローになるような感覚に、身体の中に異物が入ってきた違和感に彼の意識が覚醒し、叫ぶ。
「あ、来るなっ…やめろっ…ぁ…ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」
断末魔と共に、【
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