第1章8話 『ハローソルジャー』

「アカギ…大丈夫? 私が代わろうか?」


「いや、大丈夫だ。せめて、彼の亡骸はあの時、彼に救われた俺に運ばせてほしい。」


 ナミハが声を掛けた方向には、シオンの亡骸を抱えるアカギがいた。成人男性一人を抱えて歩くのは、疲労が溜まる。交代の提案をするも、「大丈夫」だと、彼はそう呟く。


 シオンの亡骸は、彼らに出来る限りの処置をされた後、安らかな顔で彼は眠りについた。その顔だけが、せめてもの救いだったのかもしれない。


「ここが…旧校舎…。」


 レイが目の前の校舎を見つめ、そう呟く。

 木造の校舎は相変わらず薄気味悪い雰囲気を放っている。


『旧校舎』

 ・Dark Sideの中に存在する施設

 ・広大な中庭を所有している

 ・明かりのようなものは外からでも見当たらない


 視認して、整理できる情報は少なかった。やっぱり、内部へ入らないことには情報は得られない。


(--進むしか、ない…。)


『怪物』の気配に、恐怖を抱きながらも、託されたものと救われた命を無駄にしない為に、私達は旧校舎内部へと進んで行った。






 ***






 内部からは異様な気配がする。

 明かりはなく、暗い闇の中、感じるのは薄気味悪い気配。足を踏み入れたのは未知の世界だと知覚する。私たちには今、『恐怖』が訪れた時に守ってくれる人物はいない。


「なんか…変な臭いがするね。」


「あぁ、クセェな。 鼻につく嫌な臭いだ。」


 レイが顔をしかめながら呟き、アカギがその発言に同調する。

 確かに、何か異様な臭いがする。しかし、臭いの行方を辿ることは出来ない。


「とにかく、先に進もう…。」


 少し進むと、階段が見えた。階段が見えたということは--。

 残念、行き止まりだ。上層への道があれば、その先の空間は必要ない、振り出しに戻された。


「道を間違えたみたいね。」


「シオンさんが言ってたのなら、地下はあるはずだから、別のルートを進もう。」


「戻ってる間も警戒しないとな。 いつどこからあの化け物共が来るか分からない。」


 未知の世界に翻弄ほんろうされながらも、ただひたすら地下を探し続ける。シオンが最期に私たちに遺してくれた言葉を決して無駄にしないために。何度も、そう心の中で唱え続ける。祈りのように、呪文のように。


 ひたすら歩き続けると、別のものに出くわした。


「な、何これ……。」


「……血溜まりだな。」


 目の前の現れた『ソレ』に対し、困惑の声を上げている私にアカギは冷静に『ソレ』の答えを教える。


 --血溜まりだった。赤黒い液体は地面だけでなく、壁にまで飛び散っており、ポタポタと音を立てながら垂れ続けていた。それは、この世界に初めて来た時に、彼等彼女等の目の前で同胞が襲われた時に見た液体と同じだった。つまり、怪物の血なんかではなく、それはまさしく人間の血だった。


 目の前にあるものは液体の状態を保っており、乾く気配すら未だに感じられなかった。--つまり、ここでは何かがあったばかり。


「--にしても、おかしいなぁ。」


「うん、傷跡がないね。」


 アカギが不思議そうに言葉を発すると、今度はレイが同調するように呟き、冷静に疑問を提示する。


 --その液体の周りには、傷跡が存在しなかった。


 普通、怪物に襲われたとしたら抵抗をするはず。それが出来ないのなら逃げるはず。憶測でしかないが、恐らくどの人間も同じ状況に出くわすならこの二択しか選択権がない。


 それこそ、生きたまま捕食されるようなことがあれば、尚更抵抗し、この木造の床ならそこら中に爪などで引っ掻き傷や、引っ掻いた際に剥がれた爪や指の皮などがこびり着くような事があるかもしれない。


 --なら、何故この不自然な血溜まりだけしかないのか。


 目の前にある血溜まりは、人間の血で間違いないはず。断定する。でも、今まで出てきた情報や、頭の中にある想定が、何かがおかしいと私の中に警告のように響く。


 --もしかしたら、これは…いや……。


(あーダメだ。 情報が足りない。)


 目の前の事象に関する情報が少なすぎる。血溜まり、傷跡がない。それだけじゃどっちつかずの判断となってしまう。


「ナミハ、先へ進もう。」


「考えれば考えるほど分かるって訳でもないしな。 少なくともあのおぞましい『怪物』がいるかもしれないって所に、ずっと留まり続ける方が危険だからな。」


『怪物は何を探ってこっちに接近してくるか分からないから先に進むに越したことはない』という二人の提案により、血溜まりを放置して更に先へ進むことにした。


 --疑問を放置してしまったという、不安を抱えながら。






 ***






「な、何これ、どういう、こと……?」


「ま、またかよ。」


 ナミハとアカギが驚愕の声をあげる。それには、先刻見たものと同じ『血溜まり』が目の前にあったからだ。


 悪寒が全身を駆け巡る。二回目の『それ』を目の前にして、疑問が確信に変わる。そして、それを伝え損ねていた事に後悔しながら、遅れながらにも二人に対して叫ぶ。


「レイ! アカギ! やっぱりこれは人為的な……っ!」


「--気づいちまったみてぇだなぁ!!」


 背後に恐怖が訪れる。感じたのは、明確な殺意だった。


 怪物との遭遇、強者同士の戦闘、そして生者の死…様々な感情を生身で味わった結果、ナミハたちには変化が訪れていた。


 --それは、【危機管理能力】だった。


「----……っぐ!!」


「はぁぁぁぁぁあああああああああ!?」


 後ろから迫った一つの銀閃。しかし、それはナミハの金色の毛先を数本掠かすめ、切ったまでだった。間一髪の所で彼女がかわしたからだ。


 ナミハを襲撃した謎の男は困惑し、叫んだ。背後から襲撃したにも関わらず、回避されたからだ。手には刃物が握られていた。暗い空間でギラギラと輝くその白い光は、人の命など簡単に奪えるほどの狂気だった。


「どうなってやがるぅ!!」


 発狂するように男が再び叫ぶ。「どうなっている」などと叫びたいのはこちらだと言うのに、男は苛立ちを見せながらこちらを睨みつける。


 しかし、あまりにも間一髪でかわしたことにより、着地と同時にナミハの体勢がふらつく。


「-----っあ…。」


 ただ、一言、声が漏れた。崩した姿勢で次の迎撃をかわせるはずがない。そんな心の声が少し漏れたような感覚。そして男は口角を上げ、ニヤつく。ナミハが見せた致命的な隙を、その男が見逃す筈がないからだ。


「ハハハ!! 今度こそくたばれやァ!!!」


 男が手に持つ刃物を振り上げる。私は目の前に『死』の文字が迫ったような感じがした。


 しかし、その文字は呆気なく吹き飛ばされた。


 私の警告を聞いたアカギが、担いでいたシオンの亡骸をレイに預け、地を蹴り、咄嗟に後方へ駆けつけた。


 私を殺そうと夢中になっていた男は、その接近に気づけるはずもなく、私の身体にその刃物が突き立てられる前にアカギが男を思いっきり蹴りを入れた。


「食らええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「なっ---ぐあああぁぁぁっ!?」


 アカギが咆哮と共に両脚で地面を蹴り、男に強烈なドロップキックを食らわす。男は吹き飛ばされた衝撃に、地を転がり、壁にその身体をぶつける。しかし、彼は刃物を握りしめたままだった。まだ、脅威は去っていなかった。


「だぁぁぁぁああああああああ!! 何でこうも上手くいかねぇんだ、クソがぁぁぁっ!!!」


 男は怒りを露わに叫び出す。ギリギリと音を立てながら刃物が強く握られる。怒りにより、男の額の血管は今にもはち切れそうになっている。


 男の顔を見て、ふと気がつく。


「あなた、私たちと最初にいた筈じゃ…。」


「よくよく見たら、知ってる顔だな。 確かに、こいつは私たちと一緒のタイミングでこの世界に呼ばれている。」


 私たちの問いかけに男は反応し、答える。


「ヒャハハ!! 確かにお前らと一緒にいたけどよぉ…。 俺がお前らと同じタイミングでこの世界に来た? 馬鹿言えよぉぉぉおおお!! 俺はお前らのような『馬鹿』を狩るためにあそこに居たんだよ、間抜けが!!!」


 男はそう叫ぶと同時に右脚を振り上げ、地面に叩きつける。木片が飛び散り、私たちの視界を塞ぐ。その間にあの男は、私のふところに侵入してきていた。


「………!!」


「まずは一匹、ご馳走さぁぁぁぁぁあああああん!!」


「ナミハさん!!」


 男の声が空間に響き、レイの声が私に届いたと同時に、背後で爆音が鳴った。その瞬間、男は私の前から姿を消していた。そして、謎の影が現れた。


「---ごはぁっ!?」


「暴れすぎだ、糞餓鬼」


 男は思いっきり地面へ叩きつけられる。彼の顔面を掴み、地面へ抑えつける謎の人物。


 髪は白く、顔にはいくつかのしわが見られ、年季が入っていた。ボロボロの黒のジャンパーを身につけている中年の男性は、いかにも風格というものを漂わせていた。


「『初心者狩りビギナーキラー』の谷岡たにおか シュンスケか。 全く、くだらない事をしよる。」


 顔面を掴まれる男の名は谷岡といった。谷岡は目の前の男性へ向かって、叫び続けるも、男性はそんな事は二の次と言わんばかりの態度を取りながら、こちらへ顔を向ける。


「シオン、そうか…。」


 その言葉に私たちはハッとする。彼が恐らく、シオン兄さんが言ってた『助けをくれる人物』。

 一言呟き、男性は上へ顔を向け、溜息をつく。

 そうして、期待の眼差しを向ける私たちへ一言、言い放つ。


「シオンの亡骸を置いて、何処かへ消えろ。 ワシはお前らのような若人わこうどに構ってやる暇はない。」


 無情にも、「去れ」と言いつけてくる。レイはその言葉に対し、「何で」と悲痛の声を漏らし、一方アカギは、その言葉に逆上し、言い放つ。


「アンタ、俺らの話を聞け!! シオンさんに言われて、俺らは旧校舎一階を探索してた!! 今の言葉はシオンさんを知ってる口振りだった! そうだろ!? 俺たちはアンタを探してたんだ!!」


 私たちの意志を代表して、アカギが言葉を伝えるも、返ってきたのは冷たい視線だった。


「--それが、どうした?」


「----…は?」


「あいつが何を言ったか知らねえが、俺がお前らを助ける義理なんざ、存在しねェ。 とっとと失せな。」


 突き放すような言葉に、ナミハたちは困惑する。「聞いていた話と違う」と、そう言わんばかりに。シオンの言葉を信じきって、希望に対し、淡い期待を寄せた。そして、言葉とは反対に裏切られた彼等彼女等は絶句する。


 その時、彼によって地面へ抑えつけられていた谷川が限界を迎えたかのように、口を開く。


「俺を放っておいて、話をすんじゃねぇ!! その風貌、俺は知ってるぞ!! テメェは【孤独の傭兵ワンオブソルジャー】の斑鳩いかるがだな!?」


「そうだ、ワシの名前は『斑鳩いかるが 入鹿いるか』だ。 お前のような糞餓鬼でも知ってるのか、結構結構。」


「だったらこの手をはやくどかしやがれ…。 テメェのような老人に構ってる暇はねぇんだよ…。」


「だったらここで眠ってしまえ。」


 そう言い放つと、彼は拳を握り締める。ギリギリと音を立てるその拳骨に、谷川は顔を青くしながら必死に抵抗する。


「あ、あぁ…なぁ? 俺が悪かった、すまねぇ…。 手を離してくれるだけでいいんだ、頼む、お願いだ…。」


 必死に懇願する谷岡の言葉を無視し、斑鳩いかるがは拳を振り下ろす。地面には亀裂が入り、谷岡の顔が見るも無惨な姿になる。谷岡は強烈な一撃の元に、気を失った。


「やかましいガキンチョが…。」


「あ、あの……。」


 谷岡の返り血を浴び、独り言を呟く彼に対し、レイが話かける。しかし、再び向けられたのは冷徹な視線。「去れ」という意思は全く変わっておらず、私たちはただ怯えることしか出来なかった。


「ワシはお前らのように価値のない人間は、放任するんだ。 自ら好んで無能を引き入れる馬鹿がどこにおる。」


 冷徹な視線と共に返ってきたのは冷たい言葉。その言葉にはまるで言霊でも込められているのかというくらい、私たちの心を抉り、反論する気力さえ無くした。


「有用価値を示すくらいしないと、ワシはお前らと掛け合うつもりはない。 それじゃあの。」


 斑鳩いかるがは背を向けて、去っていった。

 私たちはその後ろ姿をただ見ていることしか出来ずに、ただ黙って足元を見つめていた。無力感に襲われ、谷岡の襲撃から助けられた男性にもその無力さを指摘され、貶されたことにより、また立ち向かう強い意思はくじかれつつあった。


「---行こう。」


 レイが重い口を開く。ナミハとアカギはただ首を縦に降り、中庭へのルートを探し、進んで行った。






 ***






「がはっ…。 くそがぁ…絶対に許さねえ、あのクソジジイ………。」


 ひび割れた地面から、一人の男が体を起こす。顔の右半分を真っ赤に晴らし、折れた鼻や切れた唇からは血を流していた。


 しかし、強い憎悪が男を取り巻く。

 ゆっくりと体を起こし、立ち上がる。無理やり起こされた体は、軋むように悲鳴を上げている。しかし、彼に宿った憤怒と憎悪はそんな事を気にさせる余地すら与えなかった。


「『初心者狩りビギナーキラー』と恐れられた、この谷岡をなめんなよ…。 とことん追い詰めて、あのジジイを殺す。 その前に、まずあのガキ共だ、ぶち殺してやる……。」


 怨嗟の炎を纏った男は、少年少女たちが辿って行った道のりを追跡するように歩き始めた……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る