第1章3話 『神の力』
「この世界での生き残り方を教えてやる。」
長刀から滴る怪物の血液を払い、彼は私たちにそう言い放った。『生き残り方』を教えてやると彼は言っていたが、当の本人たちには全く伝わってなかった。目の前で起きた惨劇と当然の出来事に対し、脳の処理が追いついていなかった。
目の前で怪物を斬り捨てた人物は、傷や泥、所々には穴が空きボロボロになっている漆黒のロングコートを羽織い、こちらを振り返ったその顔は整っており、彼の中心でかき分けられていた髪の毛はその綺麗な額を露わにしていた。それはこの暗く、重い空間を跳ね除けるような圧倒的存在感を放っていた。
こちらを見つめる鋭い目つきに、私たち、「弱者」は警戒心を抱いた。しかし、抱くだけ無駄である。人間を簡単に殺戮できる、あの強大な生物をいとも簡単に骸に出来るほどの存在。
(--不用意な選択はかえって命取りになるかも…)
惨劇と逃亡により、自分の中で感覚が研ぎ澄まされているのを感じた。人間は危険を感じると、その危険に対してより一層敏感になる。ナミハの脳は、目の前の人物を「危険」として判断してしまった。故が、この怯えだ。そして、その選択は間違いだったかもしれない。反射でしてしまった行動に対して、少女は後悔をしていた。
「あ、貴方は…誰ですか…?」
間違った選択をしてしまったかと不安を
「『誰ですか』だって? 何の為にそんな質問をするんだ。 そう、怯えることはないだろう。別に、俺は君たちまで斬るわけじゃない。」
「でも、僕たちは。貴方の事を知りません!貴方も僕たちのことを知らないのに、そんな事…分からないじゃないですか…!!」
「そうか…。それもそうだな…。すまない、浅はかだった。」
「………えっ?」
目の前で頭を下げた彼に対し、ナミハは、レイは、アカギは、彼等彼女等は呆気に取られた。
呆気に取られている間に、彼は言葉を続けた。
「分からない事も沢山あるだろう。困惑するのは分かるが、今は俺の言うことを聞いてくれないだろうか」
淡々と言葉を連ねていくその人物に、私たちはただ聞いていることしか出来なかった。でも、その言葉には温かみがあった。なぜそう感じるかには自分には理解できない。
でも、「きっと大丈夫」だと。私の考えとは反対に、私の心がそう肯定するのだった。
「俺の名前は『龍崎シオン』だ。君たち『
突然の自己紹介、そして「守らせてくれ」という提案に、こんな場所に連れてこられて困惑していた私たちの頭は混乱を極めた。流石に情報の収拾がつかない、ゆっくり話してほしいと思ったが、他の言葉を寄せ付けない勢いで話を進める彼に私たちは事を切り出せないでいた。
「…どうしたんだ、そんなに困惑したような顔をして」
「あ、あの! 困惑してるのも当たり前だと思うよ! だって何言ってるかぜ〜んぜんわっかんないもん!!」
「………」
彼女は、切り出せずにいる私たちを案じてか、代表して彼に言い放ってくれた。と…みんなは思っていると思うが、彼女は本当に何も分かっていなく、何も理解できないから、とりあえずその有り余る元気を使ったのだと思う。きっとそう。
「え、えっと…「龍崎さん」でしたよね? ま、まずは助けてくれてありがとうございます。 でも僕も本当に今どういう状況で、何が何だか分からないんです…」
「私も」「俺も」と言葉が続いていく。さっきまで圧倒的な程の存在感を見せていた「武人」も、何も知らないナミハたちに問い詰められ萎縮していた。
怯えを克服したサクラの一言から、核心を突くようなレイの発言によって、ペラペラとただ事柄だけを告げていた龍崎は冷静さを取り戻した。
「す、すまない。俺としたばっかりが、君たちを助けることに精一杯で…。君たちの理解を視野に入れていなかった。」
また謝罪した。先程まで鋭かった彼の目つきはすっかりと柔らかくなっており、何回も私たちに謝罪したせいか、既に威圧感や恐怖などというものは風の如く、どこかに吹いていった。
彼はその美顔に微笑を浮かべ、不安に苛まれる私たちに対して
「歩けるかい?君たちを安全な所まで連れていく。勿論、脅威が迫れば、打ちのめす。だから、信頼してくれるかい?」
そう語る顔に、少ない経験でも嘘は感じなかった。だから、私はこの混沌とした世界で彼を信じたいと思った。
「少なくとも俺は信じたいと思うぞ。こんな訳の分からない状況を説明できるのなんて貴方しかいないと思うからな。よろしく、龍崎」
「--申し訳ない。君たちの意向を汲み取れるように全力を尽くそう…」
先程の混乱の以前、暴君によって腹を蹴られ、もがき苦しんだ末に、気を失ってしまった「タツヤ」を背負ったアカギが口を開いた。彼が一番に賛同を示したのは後ろに背負っている「タツヤ」を「いつまで守り通せるのか不安でもあるからだ」と説明を加えた。
アカギが意を決して賛同を示した直後に、サクラが「私も私も!」と賛同をすると、またたく間に周囲からまた賛同の声が広がった。今、置かれたこの状況から脱するには、彼の協力が必要不可欠なのもまた事実だったからだ。
ただ、やはり初めて会ったからには油断は禁物だと思う。
あれほどの力を持つような人が何も利益や見返りを求めないで私たちを一方的に守る理由が思いつかないからだ。
そんな事を考えているナミハの肩にレイが手を伸ばし、触れた。
「ひゃっ!?」
「あっ!? わっ!! ご、ごめん! 何か考え事でもしてたかな?」
私の意思に反して不意に漏れ出た声に私の頬はかぁ〜と染まる感覚があった。恥ずかしい。肝心のレイに関しては私からこんな声が出ると検討もしてなかったのか少し慌ただしくしている。
「ど、どうしたの… レイくん。びっくりしたよ」
「ナミハさんはさ… あの人の事、信用できると思う?」
「……まだ信頼しすぎるのはよくないと思う。 けど、今はあの人に着いていくことが一番の最善手だと思うな」
「だよね。 ナミハさんが信じたいって思うなら、僕も信じたいと思うよ」
「うん、ありがとう」
私はやっぱり
あの怪物と遭遇した時、思った。もっとはやく最前の行動を出来ていたら。あの男の人を助けられたかもって。彼の足は酷く、大変な怪我を負っていた。それでも、それが彼を助けることを諦める理由にはならないし、そうしてはいけなかったと思う。自分は、あの時の選択は間違っていた。そう思う。
あんなに暴れて、皆に被害を出して、傷つけたりして、それでも……私たちと同じ人だから。助けてあげるべきだった。なのに、私は逃げに徹した。多数が生きるために、少数の命を切り捨てた。だから、私には彼を疑ってはならない。
--信じなきゃ。
「私も…。 私も! 龍崎さんを信じます。」
「僕も龍崎さんを信じたいです。」
「全員賛同だな。よし、まずは移動をしよう。ここに居るとまた
最悪、それは彼の手で何とかなるのではないんじゃないかと思ったけど、この人数の警護は流石に絶対とは言い難いのだろう。万が一を想定した上での最善手なのだと私は感じた。
ナミハは立ち上がり、レイと共に、彼の背中を追った。--
***
彼は歩きながら、様々な事を説明してくれた。
この世界は…世界と呼ぶより『ひとつの空間』として認識した方が良いこと。
彼はこの空間が都市王国にあるどの場所とも関係の無い、見つからないような場所…。曰く世界の狭間にあると予想された、この闇の空間を。龍崎さんは『
そして、この世界は私たちが恐れていた『神隠し事件』と類似、またはその正体であると推測されていた。彼が、ここに連れてこられた人から聞かされたいくつかの名前が、外で行方不明になっていた者の名前と同じだった為、らしい。
この世界では頻繁に人が連れてこられ、怪物の餌にされるそうだ。最も、何のために、誰が行っているかは依然不明だそう。
『Dark Side』に連れてこられた者は、無自覚にも龍崎さんのような「特別な力」が発現するらしい。
「腕を見てみれば分かる」と言われた私は、衣服の袖を
龍崎さんが言うには、
「『特別な力』が発現した際に、その紋章は輝きを放つ。最初に発現する時に、その紋章は大きく輝く。だから、君ら自身で身を守れるようになる時まで、僕が面倒を見る。そして、君ら自身が困った時、無論、協力する。」
彼は喜んで力を貸す。と…そう言っていた。「何故、見ず知らずの私たちを助けるのか」と理由を訪ねてみたところ。一つは自分も昔、助けてもらったから。そして、二つ目は味方は増やしておいて損は無い。からだそうだ。
そうして、歩いているうちに、この校舎のような場所の3階まで来た。薄暗い廊下は、肝試しをしているかのような感覚を私たちに味合わせた。冷たさが肌に触れる。
その時、私たちは怪物に出会った。
警戒心を剥き出しにし、一斉に足を止める。目の前にいる怪物は、間違いなく「ヤバい」からだ。
痩せ細った体に、まるで藻のように顔を隠す長髪。だがその両腕の先についている手の爪は膝あたりまで伸びており、明らかに人を殺す形状をしていた。
『…ガァァ…アァ…アアァ……。』
「…しっ。」
だが、そんな怪物にも臆することなく、彼は姿を消した。と思ったその時には既に怪物は両断されていた。ザシュっと音が。変形した右腕が一閃。それだけで怪物に致命的な攻撃を与えた。
『ガアアアアアアァァァァァァァァァ!!??』
怪物の鳴き声が響き渡る。左腰から右肩まで傷を与えられたその怪物は、もがきながらも傷口からひたすら血を流し続けた。が、それも直ぐに止まった。その怪物の、命の溢れる音が消えた。
圧倒的な強さに、迷いのない行動。間違いなく、彼はここで何度も経験を重ねている。全く形状の違う怪物に対して、怯える様子を片時も見せずに、ただ一撃の元に斬り伏せていく。
それは武士を見ているかのようだった。一瞬の元に行われる行為に、私たちはただ見ているだけだった。いや、見てることしか出来なかった。
***
「龍崎、アンタのその武器。一体どういう原理なんだ?」
龍崎の武器に対して、アカギが自分の中に抱いていた疑問を吐き出した。怪物を一閃し、死に至らしめるほどの凶器。
「これは…君たちに宿る『特別な力』だ。 個人によって発現する力は違う。 俺はこの力の事を…【
「
「そう、このイカれた世界で生き残る為に神様が与えてくれた力…と俺は思っている。 俺の【神力】は『
アカギの純粋な質問とレイの困惑に彼は冷静に答えていった。対応している彼の腕の紋章は光り輝いている。それは彼の言うとおり、神様が与えてくれた力かもしれない。残酷な世界の中で、少しでも、有利に生きるために。
私は自分の腕を見つめた。私の腕の紋章は光る事なく、ただ刻まれているままだった。彼の背中について行き、怪物を倒す彼を見て、私は思った。守られてばかりだと。
ここに来る前もそうだった。両親を失い、愛の行方が分からなく路頭に迷い、更には貧乏になってしまった自分の境遇を呪い。ひねくれていた私の事を癒し、守ってくれたのは「サクラ」だったからだ。彼女の笑顔に、行動に、優しさに、私はずっと頼りっぱなしだった。
私は生きて元の世界に帰りたい。でも、何が起こるか分からない。そんなままでまだ守られるのか…また助けてもらうのか。強い心を持つ
そんなの、私が許さない。私はもう、自分を許したくない。助けてもらうばかりなんて嫌だ。だから、今は彼の背中について行く。
けれど、私は【神力】を手に入れたら、彼の横で、彼を支える。それは自分だけの為ではない。決して邪魔にはならない。
そして、彼女に……サクラを守る。レイを守る。今度は私が守ってあげたい。彼女に救われた優しさを、今度は私が強くなり、見せてあげたい。「強くなったよ」って。
私はそう、「自らの覚悟」を心に刻んだ。
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