第1章4話 『来訪者』

「ねぇ〜ねぇ〜!! アカギくんってさぁ!! 昔、何かやってたぁ??」


「な、なんだ。 急に…??」


「そのさぁ! 背負っている竹刀袋! ずぅ〜っと気になってたの!!」


「あ、あぁ…これの事か? 俺は昔から剣道をやってるんだ。 ただ一心に、これをやりたい。そう思ったからだ。」


 アカギは龍崎との問答を終え、後ろに背負っているタツヤに気を遣いながら歩いていた。そんな大変な彼を見兼ねて、「お節介の権化」ことサクラは彼に話しかけていた。きっと、サクラなりの心配なのだろう、そう思った。


「へぇ〜!! カッコイイね、アカギくん!!」


「なっ…。……有難う。」


「あぁぁ〜!! もしかして、照れてるぅ〜??」


「て、照れてない!! 勝手に俺の感情を決めつけるな!!」


「わぁ〜!! 照れてる照れてるぅ〜!!!!」


 いや、違うかもしれない。サクラはきっと彼をからかいたいんだ。アカギはサクラの「からかい条件」を百パーセント満たしている。


 栗原サクラの からかい条件


『その1 堅苦しい』


『その2 変に真面目』


『その3 冗談をふっかけると、取り乱す』


 ふむ、完璧なんじゃないか?現に、彼女に翻弄されてる。でも、これがいいと思う。


 見事に翻弄される彼はサクラに火照ったその頬をつつかれながらも、私に対し「おいこの阿呆を何とかして」とばかりに懇願する。でも、長い間彼女と過ごす私は知っている。何かに夢中になっている彼女を止めるのは暴れている猛獣を抱擁するより難しい。


「えーいえーい」と彼を小突くサクラから、とうとう諦めたのか、アカギは何も言わなくなった。それでもなお、サクラは構い続ける。さすがにそれはしつこいかもしれないと思ったが、言わないことにした。


 その時だった。


 サクラの足下の地面が突然割れ、下から腕のようなものが伸びてきた。いや、腕じゃない。それは触手だった。


「いやぁぁぁぁああっ!!」


 またたく間にサクラの足首に触手が巻き付き、上へ引き上げられる。割れた地面から出てきたのは大顎。牙が生え、隠しきれないほどの数の歯の数。間違いなく、怪物だった。


 私がその怪物を視認した途端、左隣から風が吹いた。そしてレイの右隣からもまた、風は吹いていた。


 直後、怪物の触手が裂かれる。「きゃあっ」と声を上げながら落ちるサクラをキャッチしたその人物は、龍崎だった。


 龍崎たちは歩いている間、ずっと先頭にいた。つまり、私が視認した途端に、彼は動き出したのだ。


(--速すぎる…!)


 反則級の速さだった。

 怪物は獲物を逃した事に怒り狂い、地面が盛り上がる。しかし、


『--------アァ!?』


「二階で湧いたのか…? まぁ、貴様のような怪物なら、失敗時は無防備だろ?」


 そう彼が言い放つと、奴が触手を出すよりも先に、その大顎の上に立ち、変形した両腕の長刀で奴を斬り刻んだ。


『ゴオオオオオオオオオオオ!!??』


 血飛沫を上げながら、その怪物は見事な程に細切れにされた。

 無防備な相手に対する超高速の斬撃は一瞬で奴に、命を形成する全てのものを奪い去った。


 血に塗れた彼は顔周辺の鮮血を拭い、私たちに言った。


「心配するな、あそこに着くまでは守りきってみせる。」


 三度の怪物の遭遇。そして、強者による蹂躙。

 決して怪物が弱いわけではない。あんなに馬鹿げた力を持ち、平然と人を殺戮できるヤツらが弱いわけがない。彼が、異端なんだ。あまりにも強すぎる、それは怪物からしても理不尽なくらいに。


「あなたは…本当に何者なんですか…?」


 その質問に対し、血塗れの武人は答えなかった。下をうつむいたまま、何も言わずにいた。場は静寂に包まれ、今にも息絶える怪物のうめき声と、呼吸音だけが響いた。






 ***






「着いたぞ、ここが安全地帯セーフティーポイントだ。」


 そう言われて、前を見るとそこにはあまりにも広すぎる屋上が広がっていた。相変わらず寂れてはいたが、天井などは存在しない大空間。私たちが入ってきた場所以外にも出入口が存在しているのも確認できた。焚き火などを使った形跡があり、恐らく龍崎…あるいは使用した人物を龍崎さんが知っているような感じだった。


 広大な空間では怪物でさえ奇襲はかけづらい。襲撃時も、他の出入り口から分散して逃げることにより、被害を出さずにすることが出来る。間違いなく安全地帯だった。

 私たちが【神力】を入手したならば、襲撃時に備えて万全な臨戦態勢をとることが出来る。私たち、弱者にとっては有難い場所だった。


 私たちの他に着いてきていた人たちも、屋上に来ると駆け出した。この場所に来た時、少し解放された気分になったんでしょう。その空間は、恐怖を忘れることが出来たから。


「でも、本当にこんな場所…。僕達が頂いてもいいんでしょうか?」


「あぁ、大丈夫だ。それがいつか巡って俺の為にもなるだろうからな。」


「ありがとうございます。龍崎さん。」


「あの場所で出会ったのも、きっと何かの縁だからな。」


 レイの疑問に、龍崎はハッキリと本心を伝え、私の言葉にも、笑顔をもって返事をしてくれた。


「おい!このバカは一体いつになったら起きるんだ?」


「ダメだよぉアカギ!!タツヤは「なんじゃく」だから仕方ないの!!」


「……お前それ意味知ってて使ってんのか…?」


 いつまでも彼の背中にお世話になっているタツヤに対し、彼も痺れを切らしたのだろう。私たちに恨めしい視線を向けるも

 すぐさまサクラに制止され、調子を悪くしていた。


「龍崎さん、大事な事を聞き忘れていました。」


「ん、なんだい?」


 レイの質問に対し、龍崎が良好な反応を見せる。


「その、怪物とは…何なんですか?」


「そうだね…。あの怪物というのは--。」


 その時、私たちの身体が突如…重たくなったかのように感じた。いや、重たく感じるんじゃない。重いんだ。


 上から圧力がのしかかる。屋上の地面にひびが入り、安全地帯だったはずの屋上が悲鳴をあげる。


「なっ…なにこれぇ……っ。」


「く…苦し…苦しいよ…ぉ…。」


 何人かが苦悶の声をあげる。龍崎さんの方をふと見ると、あの人は決して表情に出さなかった「焦り」を見せていた。


「こ、これは…まさか…?」


 龍崎さんがふとそう呟くと、直後、私の背後を大きな影が覆った。目の前の地面に映る影は人間のものじゃなかった。


 怪物だった。


 巨大な影から分かるのは、有り余るほどの耳、そして人の頭蓋なんて簡単に割れそうな棍棒のようなものを持っている。上からかかる圧力により、一歩も動けずにおり、死を覚悟した。


「--あっ。」


 しかし、その影は割れた。後ろから生あたたかいものがとびちった。後ろからは激しい呼吸音が聞こえる。


 重い身体を何とか動かしながら振り返ると龍崎さんがいた。

 彼はなんとかその重い身体を突き動かしてまでここまで駆けつけてくれた。


「はぁ……。大丈夫か?」


「え、えぇ…。でも、これは…何なんですか…。」


 息を切らしながら安否を確認する龍崎さんに、垂れてくる気持ち悪い血を拭いながら、私は返事をした。身体は未だに重い。苦しさを感じている。私の背後にいた怪物が起こしていたのかと感じていたが、死んでもその効力が落ちる気配はない。


「……え?」


 その直後だった。謎の黒い影が入口から恐ろしい速度で出たのを視認した。龍崎さんもすぐさま反応し、駆け出す。


 駆け出した龍崎さんは、蒼白だった。


「逃げろぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!」


 かつてないほどの怒声が空間中に響き渡り、黒い影はそれでもなお速度を落とさず、接近した。


 それはあまりの重さに二人分の圧力がのしかかっていたアカギに対して、の接近だった。

 気づいた時には、もうその影はアカギの前にいた。






 ***







(ぐっ…うぅ…。重い…。息が出来ない…。)


 アカギは苦痛にもがきながらもその両足で地面を掴んでいた。突如発生した謎の重力により、その場を動けずにいた。


 彼の隣にいたサクラは、自分の事で必死になり、饒舌に彼をからかっていた彼女は今、必死にその圧力に対し抵抗していた。


 重い身体を動かしながら周りを見渡すアカギ。周りには自分たちと同じように圧力に襲われ、耐えきれなくなり倒れる者もいた。苦しさに声を漏らし、身体は震えを見せていた。


 その時、周りを見渡していたアカギは気づいてしまった。

 入口付近に立っていたナミハの後ろに巨大な人型の怪物が立っていたのを。その巨躯は体格は人間に近いものの、奴の頭と顔が人間とは全く異なる別の生き物を想像させた。


 兎に近い顔、四つの目玉、巨大すぎる耳。そして極めつけは今にも振り下ろそうとしてるその棍棒だった。それは彼女の頭を今にも割ろうとしており、苦しさに抵抗しながら必死に声をあげようとしたが、出なかった。目の前でまた人が死ぬ恐怖に彼は襲われた。


 しかし、その心配は無用のものになった。

 駆けつけた龍崎によって、またもや怪物が斬撃の餌食となったからだ。今までと違ったのは、ナミハが怪物の血を浴びてしまったことだけだった。


 彼は深く息を吐き、そして落ち着きを取り戻した。


(この重力はとても強い。だが、所詮それまでだ。)


 この謎の重力はとても強く、身体を地面につけようかと思わせるほどだった。しかし、効力自体はそれまでで、苦しいという所までしかなかった。


 必死に苦痛の声を漏らす者をいるが、死に至るような程ではなく、この謎の状況に思考が傾いてきたほどだ。


 きっと、件の重力もあの怪物の影響。そう思っていた。


 --だが、違った。


 いつまで経っても重力は全く弱まる気配はない。つまり、あの怪物が本命な訳ではなかった。しかし、予想が外れた事により、アカギの思考は冷静さを失った。冷静さを失った彼は、行動すら遅れをとった。


 それが致命的だった。


 気づけなかったのだ。自身に接近している黒い影に。

 恐ろしい速度で自分の元へ飛んでくる、その影に。


 --気づいた時には遅かった。


「----…え?」


 不意に声が漏れた。自分に接近している影は、見えてしまったその顔は、自分があまりにも知っている人物に酷似していたからだ。遅れていた彼の行動は更に遅れ、思考だけが彼の全身を駆け巡った。


「ぐぅぅうっ……っ。」


 瞬間、彼の目の前に鮮血が飛び散った。


 しかし、それは自分の血では無いことにすぐに気がついた。身体に異変はなく、痛みすらなかったからだ。


 いや、痛みはすぐに来た。地面に思い切り突き飛ばされ、石の上を転がる彼は、すぐに理解した。庇われたのだと。


(----あ)


 ボトッと落ちる音と共に、彼の目の前に飛び散った鮮血は、絶望という色を彩らせるには充分なほどの色彩を見せていた。


 目の前に、よく知っている黒いロングコートの袖と共に、腕が落ちていた。目の前にいる男は…苦しそうにしていた。


 そう、『龍崎シオン』の右腕は、肘から下がもう無くなっていた。






 ***






(私は、何を見ているの…?)


 アカギは助かった。しかし、その代償は大きかった。

 彼の肘から下の右腕は、切断され、アカギの前に転がっている。タツヤと共に吹き飛ばされたアカギは、まだ重力の影響下でありながらも、もはやその事を気にしている余裕はなかった。ナミハはただ、呆然と立ち尽くしていた。


 地面は彼の血で赤く染まり、垂れ流れる血は、その異常事態の深刻さを残酷にも告げていた。

 そして、彼を襲った黒い影。彼が思考を遅らせ、彼の行動全てを遅延させたその存在は、嬉しそうに喋り出した。


「 奇襲、大成功。」


「くっ…そがぁ…。」


「シオンンン…。 俺がプレゼントした重力の【神力】の効果は忘れてないよねぇ? あ、血が出てるよ? 大丈夫かい??」


「貴様は…お前はぁぁぁぁあああああああああああ!!」


 右腕から垂れ流れてくる血にも構わず、彼は目の前の存在に対して叫んだ。それは少しの間だが、一緒に行動し、理解した彼の顔からは想像もつかないほどの憎悪と憤怒の表情だった。


 そして彼の憎悪の視線を向けられたその男の顔は。信じられなかった。彼と瓜二つの顔だった。髪の色も、目の色も、形も…額の上で分けられた前髪も。強いて違う部分を上げるなら、龍崎が若干長髪なのに対して、彼は短髪だった。ヘアバンドを巻いている事も彼を見分ける相違点だった。


 白いワイシャツに黒のサスペンダーという格好をした彼。その左手は赤く染まっていた。


「お前だけは…お前のような男に……っ!!」


「龍崎シオン。 残念だったね、俺が発動した【神力】と、能力低下デバフの【状態異常神力アンチアビリティ】。 この二つを出されたらいくらお前でも…とは思ったが。」


 ひたすら憎悪の目を向ける龍崎さんに対し、彼はただ淡々と喋っていった。二人の意味不明な会話が続く。この世界に長く居続ける猛者同士の会話。私たちのような、歓迎を受けたばかりの弱者には決して理解できない領域。


 その時、龍崎を襲った男はこちら側を見て…。醜悪な笑みを浮かべる。


「それがぁ…ガキを庇ってこのザマ。堕ちたな、お前も。」


「初めからこの不意打ちが目的だったくせに…。よく言う。」


 龍崎さんは片方のロングコートの袖を引きちぎり、傷口に巻いた。そして、激情を見せる。重くのしかかる圧力なんかの影響を受けていないかのように。彼が今まで見せなかった怒りを。その姿を見て、奴はまだ笑い続ける。


「ハハハッ!! 笑えてくるなぁ…シオン。 その怒り、燃やしすぎて灰になるなよ? 俺がお前を『殺す』前に。」


「安心しろ…。死ぬのはお前だからな…『アンノウン』!!!!」


 二つの声が交わった瞬間、屋上を取り巻く空間が戦慄した。

 アンノウンと言われた奴の腕が光り輝いた。しかし、それは光とも言い難いほどに漆黒だった。対局する龍崎さんもまた紋章を光り輝かせ、影響下にある腕を変形させ…





 --二つの光と闇が、轟音を鳴らし、ぶつかった。



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