第1章11話 『発現する者たち』

「りゃああああああああああああああ!!」


 ナミハが構えた手から激流を解き放つ。

 解き放された激流は再び怪物の触手を吹き飛ばす。


 弾ける触手を振り回しながら、怪物は応戦する。

 目の前の『蒼の少女』の抵抗に、怪物は動揺していた。


『ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』


「--ぐぅっ!! っ……まだまだぁ!!!!」


 絶えず撃たれる水の弾。

 怪物には知性がなかった。知性がないが故に、その弾丸を防ごうとして、防御ごと吹き飛ばされる。

 ナミハは目の前のバケモノに知性が無いことを理解し、撃つ手を決して止めなかった。


 初めてする『攻撃』という動作に、ナミハは反動に襲われる。


 --シオン兄さんは、こんな辛かったんだね


 ナミハは自分たちを守っていた青年の辛さを思い知る。

 彼のしていた行動は、この世界では愚行に過ぎない。

『強者』が『弱者』を守る。弱肉強食の摂理に抗い、自らの圧倒的力を利用して、彼等彼女等に迫る敵をなぎ倒した。

 それは簡単なことじゃない。決して真似出来るものじゃない。

 怪物と真正面から向き合い、そして生き死にを賭けて戦う。

 そうすることでようやく理解出来たのだ。


 --島崎シオンは、異端であるつよすぎる


 彼の強さは恐らくナミハなどでは到達できない超越された領域。彼等彼女等は理解できなかった。

 あの強さ。あの領域を。なぜあの道化が声を荒らげてまでシオンを殺そうとしたのかを。


 ナミハは痛みに耐えながらも、戦場を駆ける。

 怪物の荒れ狂う触手が地面を穿うがち、砂塵さじんが、岩石がんせきが彼女を襲う。

 彼女が誇れた唯一の取り柄『自慢の身体能力』で必死に躱すも、全ては避けきれない。

 致命的な攻撃のみを避けて、最小限の被弾に抑える。彼女に出来るのは、せめて死なないこと。

 今までの状態じゃ抗えなかった。彼女の能力の覚醒が、彼女に現実味を帯びないことを実現させる。


「本気で、やばいかも…」


 息を荒らげるナミハ。

 全力疾走で回避、そして攻撃、更に加わる反動で疲弊していく。避けられない被弾により、徐々に蓄積されるダメージ。

 ナミハの体力は削られる一方、なのに怪物は壊しても壊してもその触手を生やし、彼女に襲いかかる。


 --圧倒的、理不尽


 それでも、ナミハは走る。

 二人の少年を守る為に。自分を救ってくれた青年の犠牲を無駄にしないために。必死に足掻く。


「ぐ、うあああああああああああああああああ!!」


 彼女の咆哮と怪物の咆哮が混ざり、爆ぜた。






 ***






「お、おい…レイ、大丈夫か??」


「うぅ…少し、ヤバいですね…」


「…… !?」


 アカギがレイを戦場から運び出し、木の陰に隠していた。

 アカギが心配をすると、レイが血を吐きながら少し苦笑する。

 余裕のない笑顔に、アカギは必死の形相を見せた。


 背中に突き刺さるナイフはレイの服を赤く染め、鮮血を零れさせる。鮮血がその身体から失われる度に、レイの身体は体温も同時に失っていく。

 時間は限られている。深く刺さっているナイフを抜くのはもはや悪手で、内臓まで達しているかもしれない。

 危険を犯すくらいなら、いっそのことそのままにしておいた方がいい。ナイフ自体が少しばかり止血の代わりとなる。


 それでも、レイの状態が危険であることに変わりはない。

 衝撃により、傷を負い、その後さらに重傷により倒れてしまったレイを見て、アカギの心は揺らいだ。


 --あの時、俺は助けられるべきだったのだろうか


 彼もまた、思い悩む人間のひとりであった。


 自分が足を引っ張ったせいで、龍崎--島崎シオンは命を落とすことになった。

 自分があそこで重力に抗えるくらい、強くいれば、屈強だったならば、きっとシオンは死ななかったかもしれない。

 あの時、目の前で彼らを嘲笑い、見下した道化師の顔が記憶にこびりついて離れない。


 許せない、からだ。


 アカギは、『憤怒ふんど』という名の炎を纏う。

 自分の失態、そして弱さ、この場でもただ一人の少年に手を貸すこともままならない不甲斐なさに、自らの『弱さ』に怒りが宿る。


 噛み締めながらも、彼は拳を作る。

 滲んでいく。拳から血が零れる。


 彼が失態を犯し、その手でシオンが倒れた時…。

 彼を助け出そうという者はいなかった。

 自分も傍観者の一人だった。

 彼に助けられていた『潮風 ナミハ』もまた傍観者。

 同族だと、思っていた。


 そんな事を思っていた自分の愚かさ。

 悔しさに涙を流しそうになるも、必死に抑える。


 でも、あの時、アカギは見た。

 彼は目の前で苦しむ一人の少年に、敬意を抱いていた。


 あの時、邪悪な道化に立ち向かった一人の少年。

 それは恐れを抱かない『強さ』だった。

 そして、彼はまた魅せられた。

 怪物に襲われた少女を自らの手で救った。


 無力な少年が少女を助ける。

 傷を負い、倒れて、『希望』が『絶望』に変わる。


 そんな中で、彼が救った少女は立ち上がった。

 蒼い光を解き放ち、怪物の触手をほふった少女。


 潮風ナミハは戦った。立ち上がった、弱さを克服し。

 あのとき、ただ見ていただけの少女は立ち上がったんだ。

 彼女は傍観者なんかじゃない。

 彼女もまた、レイと同じ『強さ』を持った。


 彼は、アカギは、情けなく思った。

 ナミハとレイあいつらは立ち上がったのに、自分はここで、いつまでも何をしていると。

 ただ黙ってあの姿を見ていろと。


「俺は……俺、は……!!」


 彼の口から言葉がこぼれる。

 それは、目の前で必死に足掻く少女。

 傷を負い、苦しみに声を荒らげ、それでも叫び、目の前の圧倒的…強大な存在に抗っているその姿が…


「もうお前らに、恥ずかしい姿は見せらんねェ!!」


 --また、一人、少年の心に火をつけた


 燃え盛る炎、それはもう憤怒などではない。

 自分の失態に対する怒り。

 自分の不甲斐なさに対する怒り。

 自らの『弱さ』に対する怒り。


 そんなもの、どこにもない。

 もうそれは捨てた。

 捨てた物に怒りなんてない。


 俺は、自分が纏う炎は、そんな弱いものじゃない。


『強さ』に憧れた者が纏う煉獄。

 彼もまた、許された才能を持っていた。


 弱さを乗り越え、強さを求める。

 ただ貪欲に、窮地をひっくり返すくらいの強さを。


 超克した者は、木隠こがくれアカギは手に入れる。

 強さの証を、【神力ギフト】を。


五大属性サンクアトリビュート


 燃え盛る炎が、彼の身体を包む。


「ア、アカギ…?」


 レイの頬が照らされる。

 その目にうつるのは、炎を纏った少年。

 アカギは背中から竹刀袋を取り、その中から武器を取り出す。


 怪物に対し、それは有効なのか分からない。

 ただ、感覚だった。

 彼がその武器を手に取ったのは、本能。


 彼が今まで積み上げてきたものを、研鑽けんさんを活かす時が来た。

『竹刀』に炎が纏われる。

 まるでそれは、昔話に出てきそうな『炎の剣』だった。


五大属性サンクアトリビュート】--【ファイア


 纏う炎は全てを焼く。

 その【神力ギフト】もまた使い手と共に成長する特殊。


 まさしく、火力の権化。

 彼は竹刀を持ち、戦場へ飛び出す。

 ナミハと交戦している以上、その場を動けない怪物とレイの接触はありえないと。

 疾風の如く駆け、馳せ参じる。

 目の前で抗う、少女の元へ。






 ***






 まずい!

 ナミハに限界が訪れた。

 蓄積された疲労は決して取れるわけではない、脚がもつれた。

 それは戦いの場で置いて、死を意味する。

 油断も何も無かった、でも失念していた。

 この怪物の底を。

 再生する怪物に対し、手に入れた能力のみで対抗するのは無理があった。

 彼女だけでは、戦力は足りてなかった。

 触手が彼女に迫る、鋭利な刃物で切り裂こうと。


「がああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 その時、アカギが切り込んできた。


「なっ!? ア、アカギ!?」


 彼女が声を出し、手を伸ばす。

 しかし、その目に写ったのは違った。

 以前、見た少年とは違う。

 その赤髪の少年は、炎を纏っていた。


 彼もまた【神力ギフト】を手に入れていた。

 自分の弱さを乗り越えたいと思った少女と同じ、彼もまた自らの弱さを乗り越えたいと思い、力を手にした。


「ナミハ、そこで少し休んでろ、なァ!!」


 アカギが竹刀を怪物の触手に対し、叩きつける。

 触手は燃え上がり、異様な匂いを放つ。


 黒く炭化していく触手を無理やり怪物は引き剥がし、再生を試みる。


 しかし、再生が遅い。

 怪物は気づいた。これは傷口が焼けただれている。

 炎は内部まで浸透していた。気づかないうちに内部を焼き、切り離したあとでも切り離した肉までも焼け焦がす。


 思いもよらぬ反撃に対し、明らかな動揺を見せる。

 怪物が焦った。その瞬間を逃すはずがない。


「隙ありだボケエエエエエエエエエエエエエエ!!」


 ガラ空きになった巨躯に対し、アカギが竹刀わ振るう。

 竹刀から放たれた火炎は怪物の体に激突する。

 大きく爆発する炎と怪物の体。


『グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


「ぐっ!!」


 怪物の悲鳴ともとれる咆哮が再び響き渡る。

 耳が引き裂かれそうな痛みに、ナミハとアカギは苦悶の表情を浮かべる。しかし、敵から目は逸らさない。


 攻撃は、通じる。

 しかし、再生が止まるわけではない。


「ナミハ、もう充分休めただろ?」


「ええ、ありがとう。 ということはつまり、ここから…」


 二人の目の焦点が同じ地点に合う。

 それは目の前で無いはずの目でこちらを睨みつける一匹の怪物。二人の力に翻弄されるだけのデカい爬虫類モドキ。


 彼らの目にはもう怪物だと写っていない。

 対抗するすべは手に入れた。隣で戦う仲間もいる。守りたい仲間がいる。足りないものは、ない。


「「反撃開始だ」」


『グギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』






 ***






「ふぅ、随分と派手にやるみてえだな、嬢ちゃん坊ちゃん」


 その男は、ただひたすらに中庭を見ていた。

 無謀に走る少年、成長した少女、促されるように覚醒する赤髪の少年。

 その様子を全て見ていた。


「ワシの悪役っぷりにも箔がついたな。 斑鳩いかるが 入鹿いるかは危険だぞっていう教育に、なぁ」


 斑鳩はただひたすらに下の戦場を見ていた。

 繰り広げられる戦闘はまさに、怪物狩りモンスターハント

 ナミハとアカギの必死の攻防により、その巨大な体を削られていく獣。再生もままならない。

 勝負は決定している。


 などと、常人は見るだろう。

 しかし、違う。


「しっかし、あれは勲八等くんはっとう級の超獣エンティティだ。 力を使いたての少年少女じゃあまりにも分が悪い。」


勲八等くんはっとう超獣エンティティ】--『スカルダイナソー』


 巨大な体躯に、鋭利な触手。そして持ち合わせた再生能力。

 超獣エンティティも【神力ギフト】ではないが、それに近しいものを持っていた。

 強さと残虐さを持ち合わせた理性を持たないモンスター。

 ただ狩りをするためだけに現れた。


「狩り、か…」


 その言葉に疑問を持ちながら、斑鳩は長い間考えていた。


 というか、

 この【超獣エンティティ】という存在自体面倒くさい。

 獲物は狩り、その身を喰らい、味を楽しむ。

 ただそこに存在するのは愉悦のみで、それ以外は存在しない。

 つまり、かの怪物たちは腹を満たすという概念がないのだ。故に、腹が空くなどという概念もない。


 まさに怪物と呼ばれるにふさわしいわけだ。


 なぜ、こんなことを知っているのか理由は一つ。


 斑鳩は、超獣エンティティを研究していた。

 この世界の解明という自分自身のためのミッションの為にだ。


「--にしても、あれは【五大属性サンクアトリビュート】じゃねえか。 あの小僧に小娘…」


 彼は目の前で暴れる『超獣エンティティ』よりも、その怪物と攻防する二人の方に興味があった。


五大属性サンクアトリビュート】を行使する彼等彼女等に彼は魅力を感じた。


 偉大なる5つの属性。

 全てを燃やし尽くすといわれる煉獄の化身『ファイア

 最大出力に際限のない、調律の化身『ウォーター


 その他にも存在する『ウィンド』,『ルミナス』,『ダークネス


 それはこの学校に設置されたとある部屋の書物に記された物。

 しかし、彼の頭にはそれ以外の記憶もあった。


 おぼつかない記憶だが、それでも不明瞭ながらもこちらを照らす輝きが。【五大属性サンクアトリビュート】を知っていた。


「--世界でたった1人の、五大属性サンクアトリビュートの制御者、ワシはそいつを知ってるのだろうか」


 彼は溜息をつきながらも、ただ戦場を見つめる。

 そして、倒れる少年に向けて何かを言った。

 それはあまりにも小さく、決して少年には届かない声。


 しかし、少年は立ち上がろうとしていた。






 ***






 --焼けるように痛い、てか熱い、苦しい


 島崎レイは、中庭に唯一存在する建造物である『小屋』に背をもたれていた。

 彼は苦しんでいた。

 背中に突き刺さるナイフ。体内を貫かれた激痛。異物が混入しているという圧倒的違和感。


「ぐ、おえぇっ…」


 血を吐き出す。

 ひたすら止まらない吐血に、彼は青ざめていった。

 これ以上動くと、命の危機かもしれない。


 しかし、ただ戦場を見つめているだけでいいのか。


 その瞬間、目の前に一つの影が飛んでくる。

 力を振り絞って交わすと、その正体はすぐに見えた。


 アカギだ。

 壁を突き破って倉庫へ侵入するアカギ。

 獲物の触手の攻撃を弾ききることが出来ずに、被弾をしてしまったらしい。

 幸い、彼が目の前に突き出した竹刀により、命に危険はなく、衝撃で身体を吹き飛ばされたのみだ。


「くっ…竹刀が折れちまった、てか痛え…」


 悔しそうに自分の手に握られた武器を見つめるアカギ。彼の竹刀は折れていた。それどころかさっきの衝突の反動でアカギにもダメージが蓄積されている。

 彼は未だに抵抗していた。目の前の存在に。

 圧倒的暴力に対して、ただひたすらに。


 折れた武器は恐らく使えない予感がする。

 しかし、アカギが武器に込める想いは格段に違う。

 折れた武器でも、力を発揮するように願う。

 そうすると、折れた先からまるで聖剣のように炎が伸びてきた。刀身の代わりとなる炎を纏った竹刀を力強く握り、走り出そうとするアカギ。


 しかし、走り出す寸前、小屋の中で奇妙なものを見た。

 小屋は至って普通だ。

 ただ、何も無いという訳では無い。

 スコップやペンチなどの道具、ボロボロとなった木箱。元いた世界でお世話になった日用品などが見られた。

 使えるとは限らない、そう思っていたところ、一つ、不自然なほどに綺麗な木箱があった。


 まるで誰も触らないような雰囲気をかもし出す木箱にアカギは中身を覗く。


 目を見開いて驚愕きょうがくする。

 はやく、はやくナミハに教えなければ。

 正気が見えたかもしれない。


 その綺麗な木箱を持ちながら、彼は走り出す。


「ナミハ!! 一旦離れろぉ!!」


「え、な、急に!?」


 急なアカギの呼び掛けに、ナミハは疑問を感じながらも鋭いバックステップで怪物から距離をとる。

 触手による追撃が彼女を襲うも、すぐさま【神力ギフト】を行使し、何とか逃れる。

 必要以上に追撃の出来ない怪物は、暴れ狂うだけだった。


「これがあれば、行ける!!」


 木箱の中に入っていたものは、爆弾だった。

 少し見ただけだが、その爆弾の数は数え切れないほどある。

 重さなど忘れ、勝利の為に運んできた『希望』だ。


 木箱を燃やすと同時に、怪物へ投げつける。

 怪物は触手でなぎ払おうとするも、木箱の中身が露わになる。

 そこから見えた物に一瞬で反応し、切り刻もうとするも『無駄な足掻き』だとナミハとアカギは感じていた。


 しかし、違った。


「---…は?」


 切り刻まれた。

 自分が渾身の一撃のつもりで投げた爆弾。

『希望』ともいえるそれは、あっさりと。

 炎に包まれながらも落ちる残骸に。ただ呆然と。

 アカギは呆然と見つめているのみだった。


「なん、で、だよ…」


 直後、爆砕が発生する。

 呆然としていたアカギは、当然のように反応が遅れた。


 不味い、と思った。

 しかし躱すことなど到底出来やしない。

 目の前に迫る致命的な攻撃。


「やああああああああああああああああああ!!」


 身体が宙に浮く。

 ていうか、吹き飛ばされた。

 アカギが地を転げ回った後、自分の元いた場所を見る。


 そこには、血に塗れた少女が倒れていた。

 重傷だ。また自分のせいで。

 赤髪の少年は額から流れた血など気にしていなかった。

 そんな、余裕もなかった。


 打ちのめされる。

 また、起きてしまったことに。


 ナミハは動けた。今度は。

 しかし、倒れた。

 アカギは再び『絶望』の表情に染まる。




 しかし、アカギは気づいていなかった。




 その少女の手が、ピクリと動いていた事に。






 ***






 その光景を全て見ていたのは、意識が朦朧としていた少年。

 背中から血を流し、霞む目で必死にその光景を見る。


 地面を削るようにして、少年は立ち上がる。

 あまりの力に爪は剥がれ、指からは鮮血が見える。

 痛みが走るも、彼は気にしている暇すらなかった。

 背中の痛みも、指の痛みも、全身の痛みも。


「ナミハ…アカギ…」


 彼の全身に力が駆け巡る。

 信じられなかった、立っていた自分に。

 もう死にゆく身体だったはずの自分が二本の足で地面を掴むことが出来ている。


 それなら、やる事は一つ。

 無力な少年は、覚悟を決めた。


「--二人共、助ける」


「あの力が欲しい」


「僕も、あの力を」


「あの力があれば助けられる」


「お願いします、神様」


「これは都合の良いことじゃない」


「そう差し向けられた事象なんです」


「だから、お願いします」


「力を、ください--」


 レイの身体が光り輝く。

 それは彼の願いに世界が呼応したのかは分からない。


 ただ、彼の心が。

 またその力を呼び起こした。


 彼が手にしたのは【五大属性サンクアトリビュート】ではない。


 そんな簡単に、得られるものではない。

 異端の力だからだ。才能の無いものには無縁のもの。


 でも、彼には彼なりの力が存在した。

神力ギフト】--『創造クリエイティブ行使アクション


 それは、彼の思い浮かべたものを、再現する。

 今はただ、ちっぽけなもののみ。

 それでも、彼は力を手にした。

 力の使い方は分からない、ただみんな使えてる。


 つまり、力とは感覚。

 無意識のうちに、行使し、発動するもの。

 彼は流れる事象に身を任せ、ただ動いていく。


 彼は両手を皿のように目の前に出す。

 光り輝く粒子が、手に集まる。


 彼が持っていた木箱、それを想像して。

 そして彼の両手に、『それ』が創造される。


「僕にも、出来た…」


 彼は、足を引きずりながらも、前へ進む。

 怪物は瀕死の人間になんか見向きもしない。


 ならば、それを…


 利用する。


 彼は木箱を空中に置く。

 当然、重力の影響で落下するだろう。

 彼は自分の足に創造の【神力ギフト】を使用する。


 あの怪物まで、届く一撃を。


 蹴り出す!!


 光り輝く粒子が彼の足に集まり、そして力を溜める。

 足に感じるのは、浮遊感。

 あまりにも軽い。

 なら、やれる。


 彼は流れに身を任せた。

 起こされること一つ一つにただイエスと答え、行使していく。


 蹴り出される右脚。

 ひしゃげつつ、吹き飛んでいく木箱。


 そして、喉が切れるくらいに叫ぶ。


「アカギ!! 炎を、あの木箱に炎を!!」


 アカギはすぐさまその声に反応するも、思考する。

 恐らく、あの木箱は爆弾と同じ。

 彼が、自分に声を掛けたってことは必要な力だからだ。


 自分が炎を放ったところであそこまで届くのか。

 炎の斬撃がどのくらいの飛距離があるのかが分からない。

 だが、やるしかない。


 閃いた一つの策が、アカギに決意をさせた。


 折れた竹刀に燃え盛る炎を。

 それを丸ごと、木箱に向かって放り投げた。

 まるで戦士のような投擲とうてきを見せるも、不安を取りきることは出来ない。


 届くか怪しい飛距離、到達地点は予測。

 奇跡が起こってくれない限り、無理だ。

 希望的観測を何度も行う。

 夢の光景を、想い描く。

 何度も、何度も、想い描く。

 それが現実になるように。


 二人は願う。

 その衝突を、爆発を。

 怪物の巨躯が爆砕する瞬間を。


 肝心の怪物はレイやアカギにターゲットを切り替えるも、変哲もない攻撃に飽き飽きとした。

 理性はなくとも、感情が存在する怪物。

 目の前の怪物は二度目の出来事にうんざりし、無視を決めようとしていた。


 しかし、それは、悪手だった。

 今、この状況において怪物がするのは、止めることだった。

 もう遅い。手遅れだ。

 彼らの願った奇跡が、発生する。


 大爆発が巻き起こる。

 燃え盛る炎、黒く覆う煙。

 怪物の肉が焦げ、触手が半身ごと吹き飛ばされる。


『オガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?』


 咆哮が轟く。

 耳の奥まで鳴り響くような、醜悪な悲鳴。

 まさに、不意をつかれたような一撃。

 怪物の身体は焼け、肉体の半分わ失う。

 だが、お決まりの再生能力を使う。


 そして、残りの生物全てを葬る。

 怪物は怒り狂っていた。

 自分が狙っていた獲物が、自分を追い詰めたことに。

 理性ではなく、感覚…本能で感じ取った。


 対象を抹殺する。

 それで、終わりにする。


 失われた肉が再生していく。

 赤い肉が取り戻されるその姿…。

 その悪夢のような光景を見せられたレイとアカギは、自分たちの終わりを悟り、俯いてただその時を待とうとしていた。


「ここまで、なのかもな…」


「短すぎた、よ…」


 ドサッと音を立て、その場に倒れるレイ。右足は逆関節に曲がり、まともに動くことが出来るのか怪しい。

 立てていたのは、奇跡だった。


 至近距離で爆破を浴びせられたアカギは、全身が黒い灰に覆われつつも、怪物を見ていた。

 終わりを悟ったその暗い瞳で。

 怪物を、そして怪物の。


 あれ?


 怪物の、なんだアレは。


「---あぁ!?」


 その怪物を見ていて、おかしいことがあった。

 怪物だけのはずだった。

 自分が見ている存在はそれだけ。

 なのに、別の存在が介入してきた。

 彼の頭から離れていた『何か』だった。


 慢心した怪物の元にあるのは、一つの影。


「な、んだ…あれ…?」


 声を漏らすアカギ。

 影を見る。

 それは人の形をしているような、気がした瞬間だった。


 そこから見えたのは蒼い光。

 自分たちに希望をもたらしたあの蒼い光。


 爆発の粉塵に紛れて、その姿は見えなかった。

 しかし、輝きが確信させる。


『---!?』


 何かを察した怪物が、触手で粉塵を薙ぎ払う。

 しかし、もう手遅れだった。


 露わになった姿。

 それはさっきまで血塗れで倒れていた1人の少女。


 しかし、それはブラフだ。

 自分を怪物のマーキングから外すための策。

 彼女が、思考を巡らせて、実現した策。

 負傷する前提の行動は、まさしく異常。


 しかし、実現させた。

 そして、反撃に移る。

 一撃の元に葬る。


『スカルダイナソー』の再生能力はあまりにも厄介だ。

 ならその再生能力を限界まで行使できる核が存在するはず。

 シオンの行っていた戦闘を思い出し、ナミハは賭けに出た。


 大きな賭けだった。

 頭部の破壊。

 恐らく、格があるのは頭部だと予測する。


 予測はあくまで予測だ。

 だが、この極限状態じゃ、外れたら死ぬのみ。


 だからこそ、構えた。

 右手をその髑髏どくろへ突きつけるように。

 左手で攻撃の反動を抑えるために、支える。


 そして、激流が解き放たれる。


「『ウォーターガン』!!」






 ***







 怪物は悟った。

 その少女の姿を見て、悟ってしまった。


 理性のないモンスターは殺戮の為にのみ動く。

 生きている人間を狩り続ける。狩人ハンターだった。


 それこそが、今回の失態を招いた。

 スカルダイナソーは少女が死んだと思い込んだ。


 矮小な思考。

 だからこそ、失敗した。


 目の前に現れたのは、自分が選択肢から切り捨てたはずの少女だった。

 弱々しく、逃げ回るネズミのような存在。


 そんなネズミのような存在は、怪物に理解させた。


 狩人ハンターなんかではなかった。


 怪物じぶんもまた、獲物だったことに。


 解き放たれた激流は髑髏の眼を貫いてゆき、鮮血を飛び散らせながら髑髏全てを貫いた。

 飛び散る肉片、割れていく頭蓋、そして砕けた核。


 朦朧としていく意識の中で、怪物は見た。


 落下する潮風ナミハ。

 しかし、それはすぐにアカギによって受け止められる。


 怪物には存在しなかった『仲間』という存在。


 怪物は、何かを思い出しながら、何かをゆっくりと思い出しながら…


 --意識を、永遠の闇に連れていかれた。


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