第1章12話 『よろしくお願いします?』

 落ちていく。


 私の身体がゆっくりと落ちるのを感じる。


 あぁ、怪物が壊れてく。


「よか、ったぁ…」


 息をつく。

 その髑髏どくろの怪物は頭部からその巨大な体躯にかけて壊れていった。肉片を飛び散らせながら、壊れていく。


 勝利した。


 勝負に勝った。


 でも、私は死ぬかもしれない。

 今、私の身体はボロボロだ。脚は【神力ギフト】の力を利用したことにより内部は酷い有様な気がする。

 あの巨大な頭部の目の前まで飛んだんだ。きっと凄い衝撃だったんだろう。

 頭や腕、肩など全身にかけて非常に痛む。突き刺すような痛みで正直、叫喚を上げたいくらい。


 でも、そんな余裕すらない。


 ボロボロとなった私の身体は地面に目掛けて今、まさに落ちていっている。


(--【神力ギフト】を使う力すら残ってないわね…)


神力ギフト】を使ってなんとか落下の衝撃を抑えようと思ったけど、さすがにダメだった。

 それを行使する力も残ってなかった。


 地面までの距離が近くなっていく。


 死ぬ時は感覚がスローになると言われていたが、どうやら迷信ではなかったみたいだ。


 なら、なんでそのような話が出回ってるのかは分からないが。


(--というか、走馬灯なんてなかったのね)


 人は死ぬ前に走馬灯が頭を駆け巡ると言われている。

 でも、見なかった。

 見れなかったのだろうか。

 見るほどの思い出がなかったと言えば、確かにあまりなかったかもしれない。


 私の人生自体、特段何か思い入れのある事や、思い出と呼べるほど立派だった出来事は特にない。


 ただ、サクラやタツヤと過ごした時間は幸せだった。

 不幸だと思い込んでた自分を忘れる事が出来た。


 レイと出会えた事もよかった。

 シオン兄さんのことを思い出せてよかった。

 アカギと背中を合わせて戦ったのも。


 なんだ、いっぱいあるじゃん、思い出。


 自分の人生を頭に駆け巡るくらい思い出すのが、『走馬灯』なのかな。


 そう考え、私は目をつむった。

 そうして、最後に本音が漏れてしまった。


 --あぁ、もう少し生きたかった。


 そう思った時、私の背中に何かが当たったのを感じた。

 硬い地面なんかではない、別のもの。


 地面にしては背中に当たる感覚が限定的で、なにより温もりのようなものを瞬間感じたから。


 つむっていた目を開けると、そこには三白眼の赤髪の少年がいた。

 その顔は傷だらけだった。

 服にも目をやると、ボロボロだった。

 青いブレザーに白基調の制服。

 彼が背中に掛けていた竹刀袋は無くなっていたのもすぐに分かった。


「あ、あれ…アカギも死んじゃった?」


「なわけねーだろ、寝ぼけてんのか」


 恐る恐る聞いたナミハに対し、アカギは「有り得ないだろ」と顔をしかめながら言い放った。


 その時、アカギの後ろからずるずると音を立てて誰か近寄ってきた。それは彼よりも更にボロボロのレイだった。


 色白の肌は更に白くなっており、もはや死ぬんじゃないかというレベルで深刻なように見えた。

 彼の引きずる方の脚を見ると、逆方向に曲がっており、何故歩けているのか疑問に思うくらいだ。


「レ、レイ…大丈夫、なの?」


 不安ながら声を掛けるナミハに対し、レイは口角を吊り上げながら答える。


「へっちゃら…なわけないけど、死にはしないと思うよ…」


 そう言い、片目をつむりながら、その黄金色の髪をなびかせる少年はナミハの方をじっと見つめる。


 安心したのかナミハは大きな溜息をついた。

 その姿を見てアカギとレイも口元を緩ませた。


 だが、安息の時などない。


 直後、大きな物音がなった。

 それはあの髑髏の怪物スカルダイナソーが出た時と同じような、地面の爆砕音だった。


 光の粒となって消えていく怪物だったものの背後に、新たな怪物が現れた。


 巨大な体躯。

 ワームのような体には無数の手足が生えており、まるで百足を彷彿とさせるような姿。

 飛び出た口からは鋭利な歯がびっしりと生え揃っており、噛まれたらひとたまりもないだろう。


『グギギギギギギギギギギギギギギギ』


 凶悪な鳴き声を出す怪物を見て、アカギは膝から崩れ落ちた。

 脅威が去ったのだと思い込んでいたのか、その顔はひどいものだった。

 レイは折れている脚を無理矢理動かしてでも立ち向かおうとしたが、その場に倒れ込んでしまう。

 ナミハはもはや満身創痍の状態であったがために、手先を動かすこともままならいない。


 --三人は、到底戦えるような身体じゃなかった。


「ねえ、アカギ…。 ここから巻き返す手段ってどれくらいあると思う…?」


「その策が浮かび上がるようだったら、俺は膝なんかついてねえよ…はっ、俺の運もここまでか…」


「……笑えない冗談ね」


 ナミハがアカギに手段を問うも、返ってきたのは諦めの言葉、ただ一つだった。


 無理もない。

 こんな満身創痍の状態で、さらに脚の動きもままならない少年に、それよりも動くことが出来ないようなお荷物の少女を抱えてどうにかしろだなんて無理がある。


「……でも、ただじゃ死ぬ訳にはいかねえよな」


「当たり前、じゃない…」


「……そう、ですね…。 この世界では諦め、は悪手ですよね」


 ナミハたちはまだ諦めていなかった。

 もはや生存率など限りなく無いに近いこの状況でも、目の前の死に対し抗おうとしたのだ。


 信念を宿して、立ち上がる。

 勇気を出して、立ち向かう。


 少年少女のその姿は、遠くで見ていた男の心を燃やした…。






 ***






「倒した、か…。 マジか、マジかよ、半端ねえな」


 斑鳩いかるがは旧校舎の屋根からその様子を見ていた。

神力ギフト】の力を手にした三人の男女。

 怪物に圧倒されつつも、徐々にその身を削る姿は戦士を思い浮かばせた。


 あれで本当に戦闘未経験者なのかと疑うくらいに。


「あれは才能大アリだな。 生まれながらの天才と言うやつか? 世界は広いなぁ、うん。 ワシは見る目がないみたいだ」


 とほほと言いながらブツブツと呟く斑鳩いかるが

 彼は思っていた。

 シオンが見つけた少年少女には、きっと何かを起こす。

 だからこそ、彼等彼女等を突き放し、その上で何が起こるのか彼は様子見しようとした。


 実際、起きた。

 あの初心者狩りビギナーキラーが不意打ちとはいえ、何も出来ずに殺され、かの少年少女たちの前に『絶望』という名の雨を降らせた怪物の降臨。


 彼がすぐに出ていけばあの怪物など蹂躙じゅうりん出来るだろう。ただ、それはしなかった。


 あの少年少女たちが一体どんな選択をとるのか。

 彼は興味本位で見ていたのだ。

 シオンの置き土産なんていう言葉は無視して…。


 そして、見事に【蒼の少女】は覚醒した。

 この世界で最も潜在能力が高い五つの属性を冠する【希少神力レアギフト】を。


五大属性サンクアトリビュート】の力の一端を手にした。


 その圧倒的潜在能力で彼女に力をもたらした。

 しかし、それで経験がつくわけではない。技術が向上するわけでもなければ、精神が育つわけではない。


 少女だけでは力不足だった。


 しかし、そこに更に【赤髪の少年】までもが覚醒。

 彼も同様に、【五大属性サンクアトリビュート】の力を行使し、怪物に立ち向かった。


「だが、あの少年は無理だろうな」


 残る少年には恐らく才能がないのだと、斑鳩いかるがは早々に見切りをつけた。


 何人、何十人と覚醒した者を見てきた彼の眼鏡に島崎レイは適わなかったのだ。


 しかし、島崎レイはそれでも立ち上がった。

 自分の無力差を痛感し、友を救いたいというその一心のみで彼も覚醒したのだ。


 それは斑鳩いかるがですら知らない【神力ギフト】。


「あんな、の初めて、見たぞ…」


 アカギの失敗した作戦を利用し、本物の爆薬を怪物にぶち当てた。自らの脚をも犠牲にした強力な蹴り。


「身体能力を高める感じの【神力ギフト】か? いや違え、あれはそんなもんじゃねえ。 例えば、『理想を現実にする』みたいな壮大なレベルのやつだ…」


 斑鳩いかるがの考えは的確だった。

 彼の人を見抜く能力は半々だとしても、能力を見抜く能力だけは素晴らしいものだった。


 この世界で生きて、この世界の知識を手にした彼はありとあらゆる【神力ギフト】について知っていた。


 そんな彼が知らない【神力ギフト


 未知の世界に産み落とされた本物の『未知の存在イレギュラー』だ。

 彼の心はたかぶった。


 そして、まさに目の前の少年少女たちは怪物を打ちくだし、勝利した。彼が育てる人材にぴったりになるくらいに。


 覚悟と勇気を示した。

 この世界で生きる覚悟と、未知に立ち向かう勇気。


 それこそが彼の…斑鳩いかるがの眼鏡にかなう条件。


「よし、それじゃあアイツらのことを旧校舎の内部で待ってや--」


 その時、轟音が響いた。

 またもや、怪物が現れた。


 満身創痍の少年少女たちは恐らく立ち向かうすべを持っていない。彼等彼女等が絶望し、この世界に立ち向かう勇気を失ってしまう。


 彼はそう危惧した。


 だからこそ、目の前の光景に信じられなかった。


 怪物に震え、絶望することを繰り返していた愚か者なんて、もうそこにはいなかった。


 ただでは死なない、まだ生き残ってやる。


 そんな『強さ』を見せつける少年少女たちの姿がそこにあった。信念を宿し、勇気を見せていた。


「はっ…くわっはっはっはっはっはっはっ!!

 シオンのやつはなんちゅうやつらを残してくれたんだ!!」


 彼は笑った。

 目の前の光景を侮辱しているわけじゃない。

 彼の予測を何度も裏切り、挙句の果てには彼の心すら越えるものを見せつけられた喜びから出た笑いだった。


 だが、もう余裕は無い。


「マリィーン!! マリィーンはよでてこぉい!!」


「なぁ〜にぃ〜、うっさいなおじいちゃんはぁ…」


 呼び掛けに応じるかのようにひょこっと出てきた可憐な少女。紫紺の髪色、ツインテールの髪型。

 その顔は気だるそうな表情を浮かべている。


「あのガキンチョ共をちと助けてやってくれないか」


「んぁ〜? はいはい、やればいいんでしょ〜」


 彼女はだるそうにも立ち上がる。

 露わになった彼女の服装はタイツによって頭から首以外の全身を覆われる際どい格好に、上にはダウンジャケットだけという何とも奇天烈な格好をしていた。


 だが、その手に握られた武器が彼女の力強さを物語る。

 華奢な身体には不相応の巨大な戦斧バトルアックス


『大戦斧』を片手に彼女は、屋根を飛び降りた。






 ***






「くっ…手先なら感覚が戻ってきた…。 【神力ギフト】なら使えないこともない…」


「本当か? ならあいつにあのドデカいの一発ってのも…」


「残りの力振り絞れば…って感じかしら」


「……ダメってことじゃねえか…」


 アカギが希望を浮かべるも、それもすぐに打ち砕かれる。

 ナミハの【神力ギフト】は強大な代わりに彼女の体力すらも喰らってしまう。

 扱いやすい、出力が高い、それに対するデメリットがないはずがない。


 レイも【神力ギフト】を使おうとするも、激痛が走り、うまく制御が出来なくなる。


 目の前の巨大な蚯蚓の怪物ワームモンスターに対する対抗手段はもはや手詰まりといってもおかしくなかった。


 唯一動くことが出来そうなアカギですら、武器を失ってしまっている。


「くっ……一か八かやるしかねぇか!!」


 彼がそう咆哮のように叫び、怪物に豪快な蹴りをしてやろうと駆け出す。蚯蚓の怪物ワームモンスターはそんなアカギを喰らおうとし、動き出した。


 その時だった、旧校舎の屋根が少し吹き飛んだように見えたのは。


 そして、それは吹き飛んだようにではなかった。


 吹き飛んだのだ。


 直後、蚯蚓の怪物ワームモンスターが真っ二つになっていた。一瞬の出来事で、三人共目をぱちぱちとしながら瞬きをすることしか出来なかった。


 血が飛び散り、音を立てながらその怪物は崩れ落ちた。


 一体何が起きたのか、理解出来ないでいると。


「はぁ〜〜〜いっ、終わったよぉ〜〜〜」


 その怪物が真っ二つにされた地点から、血塗れの少女が出てきた。

 レイとアカギが顔を赤らめるような際どい格好。

 身体の線が浮き彫りになるくらいに、ピッチピチの全身タイツに、羽織っているのはダウンジャケット一枚のみ。


 まさに奇天烈な格好をしたその紫紺の少女は、ナミハたちを見ると、


「何? あたいの顔になんかついてるわけ」


 ギロりと睨んでくるような目に、つい震えてしまった。


 本能的な怯えだ。


「とりあえず、お疲れさん」


 そんな声が聞こえたと同時に、私は意識を失った。






 ***






「---…っは!?」


 目が覚めると、そこは謎の部屋だった。


 様々な小道具が置いてあり、旧校舎の内部くらい広い部屋。


 見渡せば石室のような場所だったが、旧校舎と違うのは怪物の薄気味悪い雰囲気を感じなかった。


 少し身体に痛みは走るも、楽になっていたのを感じ、恐らくあの少女が私たちを助けてくれたのだとすぐに理解した。


「目が覚めたか、ナミハ」


 声を掛けられた方向を見ると、包帯をぐるぐる巻かれたミイラ男とアカギがいた。


「あ、あの…そちらのミイラさんは…」


「……レイだ」


「え?」


「レイだっ」


「ま、まじか…」


 レイは思ったより怪我が深刻だったのか、包帯をぐるぐる巻きにされ、身動きすら取れない状態にされていた。


 特に脚の怪我はかなりやばかったのか、包帯の量がおかしい。

 てか、そもそも包帯をぐるぐる巻きにされていること自体がおかしいんじゃないか。


「う、動けない…ナミハさん…た、助け…」


 レイが必死にナミハに懇願する。

 怪我と比べられるくらい今の状態は酷い。


 隣を見るも、アカギは全然マシだ。


 アカギも同じくらい怪我してたのに、常人の治療程度だった。

 レイが一体何をしたって言うの?


 そう、ナミハが考えていると今度は背後から声が聞こえた。


「目覚めたか、お嬢ちゃん」


 その声に反応し、後ろを見るとそこにはあの時旧校舎で出会った男性がいた。


 斑鳩いかるが 入鹿いるかだ。


初心者狩りビギナーキラー】を一撃で仕留めたあの屈強な男性がそこにいた。


 だが、なぜ彼が助けてくれたか理解出来ない。

 ナミハたちを突き放したのは紛れもなく斑鳩いかるが本人だ。

 頭を悩ますも、血を流しすぎたのか、頭の回転があまりよくない。


「何を難しい顔をしとる。 マリィーンに頼んでお前たちを助けてもらったんだ」


 マリィーンっていうのはあの紫紺の少女の事だろうか。

 とても際どい格好だったなと思い返すも、すぐに本題へ戻ろうと言葉を放った。


「な、なんで助けてくれたんですか」


 彼は予想外の質問だったのか、首を傾げた。

 しかし、斑鳩いかるが自身、すぐに自分の行動を思い返したのか、答えてくれた。


「ワシはお前らを気に入った!!」


「「「は?」」」


 つい、そう言ってしまったが、隣で聞いていたアカギとレイも同じく声を漏らした。

 何を言ってるんだこのおっさんは、と。


 私たちを無能と言い放ち、絶対仲間になどしたくないと言い放った男が、今度は気に入ったと言っている。


 --リカイフノウ


 頭を抱えながら、そう考えていると斑鳩いかるがが言葉を続けた。


「お前ら!! ワシの子供になれ!!」


「「「……?」」」


 その言葉は、更に意味がわからなかった。


「「「はあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」


 驚嘆の声が、石室中に響いた。

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