第12話 県大会(後編)(11月)

 11月12日土曜日。練習は終わった。調整の意味も含め、軽めに切り上げた。子供たちはすぐにグランドに散り、三角コーンやマーカーを集める。コーイチローが『整列!』と言う。どこからともなく『スタイルッ』と声が掛かり、シャツを入れる。もう、コーチたちからは何も言わなくていい。北ヘッドコーチは『お疲れさん。練習はこれで終わります。今日は、明日に備えしっかり寝ろよ。』と、極めて明るくふるまう。≪明日でこのチームとはお別れになるんだと思うと…感慨深い…≫実際は12月末までは、このチームで活動するのだが、県大会の公式戦終了で一つの節目となる。北ヘッドコーチはこれまでの激しい練習や子供たちの成長を走馬灯のように駆け巡らせているのだった。


 11月13日、雲がどんよりした日曜日。今にも雨が降りそうだ。気温も低い。県大会3日目、場所は香椎スポーツ競技場。勝っても負けても今日が最終日だ。厚い雲を吹き飛ばすがごとく、子供たちは元気がいい。スターティングメンバーは大会初日の1試合目と一緒だ。コーイチローもじゃんけん5連勝で運も味方につけているようだ。今大会初、セカンドジャージを身に着ける。シャツは青を基調として襟と脇の下のラインが黒。引き締まった印象のかっこいいセカンドジャージだった。アップが終わり、北ヘッドコーチの激励が空高く舞う。コーイチローの『いくぞ!』の合図で子供たちはコートに向かった。10時から始まった、旭ヶ丘ラグビークラブ戦は圧勝で終わった。コーイチローが3トライ、アンが2トライ。シンゾー、ユージ、リューノスケ、途中出場のタケミがそれぞれ1トライずつで、63対5で勝利した。後半はアンに変わりダイゼンも出場。トライこそなかったが、ラックに入って仲間たちを後押しした。タケミも初トライすることができ、うれしそうだった。リューノスケはコンバージョンキックを全て成功させ、今だ成功率100%を維持する。全メンバー絶好調だった。清水コーチはまた泣いている。保護者席も歓喜の渦だ。天満よ、このまま全勝優勝だー。


 試合が終わり、みんなで天満控えテントに戻る途中、ゼンヤンの大文字総監督が仁王立ちしていた。北ヘッドコーチは小走りでその元へ行き、直立不動後、一礼した。『これはこれは、大文字総監督、お久しぶりです。最終戦でお手合わせさせて…』と話しの途中で、大文字総監督は早足でリューノスケの元に駆け寄った。大文字総監督はしゃがみ、『リューノスケ、おじいちゃんたい。覚えとうか。ラグビー上手やね。』と顔をゆるませた。リューノスケは『うん、覚えとうよ、おじいちゃん。』と笑顔で答えた。北ヘッドコーチは戻ると『やっぱり総監督のお孫さんでしたか。』と尋ねるように聞いてみた。しゃがんでいる大文字総監督は北ヘッドコーチの方を見上げ、『ああ、うちの孫たい。北、リューノスケは今からでもいいけん、ゼンヤンにやれ。』と冗談めかしに言って立ち上がった。北ヘッドコーチは『いくら大学の大先輩である、大文字総監督のお願いでも、それはできません。』と、これまた冗談めかしに返した。大文字総監督は『北、それにしてもいいチーム、作ったな。攻撃力もあるが、それ以上にディフェンスがいい。』と腕組みした。北ヘッドコーチは『いえいえ』と謙遜した。≪今のディフェンスシステムを提案したのは、おたくの息子さんなんですがね≫との言葉は飲み込んだ。大文字総監督はリューノスケを見て『じゃあね、次の試合頑張るとよ。』と言って手を振る。そして北ヘッドコーチを見返し、『じゃあ、あとは試合で。』と言い残し、踵を返した。北ヘッドコーチは『お疲れ様です。』と深く頭を下げた。


 大文字総監督は携帯電話を手にした。『もしもし。わしだ。いつからリューノスケにラグビーさせたんか。』『親父か。何でゼンヤンに入れんかったとでも言いたいんか。』息子の大文字はやや、強い口調で訊いた。いつかはこういう文句があるであろうことは予測していた。『いや、お前、ラグビーは好きやなかったやろ。』想定外だった。親父の事だ、リューノスケのラグビーの指導は俺がする、ゼンヤン以外でラグビーするな、のようなことを言われると思ったからだ。まさか、俺のラグビーの好き嫌いを聞かれるとは。『いや、嫌いじゃない。ただ、ラグビーが下手なだけで。』『そうか。てっきり俺が無理やりラグビーをさせたんで、嫌いになったと思いよった。スマンかったな、無理やり。』あの傲慢な親父が謝るとは。そして無理やりラグビーをさせたことを悔いるとは。『いや、それはもう気にしてない。ラグビーセンスはなかったけど、知識は身に付けた。リューノスケのラグビーセンスは、親父譲りなんだろうな。』大文字は素直に答えた。『いや、あのラグビーセンスは俺以上だ。それに天満のディフェンスシステムは…スマン、次の試合が始まるんで、もう切るぞ。今度、リューノスケと遊びに来い。じゃあな。』と電話は切れた。≪県大会が終わったら、遊びに行ってやるか≫と大文字は背伸びした。


 天満ラグビー一同は11時30分から始まるゼンヤンvs筑ヶ谷戦の視察に向かった。最終戦のゼンヤン対策の糸口が何か見いだせればとの思いからだった。しかし結果は逆だった。≪くー、何なんだ、あの小学生離れした、でかい1番は!パンフレットによるとカズキ、173㎝、69k!嘘やろ、これ中学生やろ。反則やろ。ほら、また一人で突進してトライした。これは止めれん≫北ヘッドコーチは頭を抱えた。≪あのハーフもすごいぞ。パスがすごい。速いし、距離もある≫今度は天を仰いだ。≪スタンド、えーダイキという名前か。こいつのキック、尋常じゃあないぞ。自陣5メートルから蹴って敵陣15メートルを楽に超えてるじゃないか≫顔を手で覆った。≪それにキャプテンマークを付けてるウイング、コーキ、165㎝、50k。小学生のくせにグースステップ踏んでやがる。しかも足がめちゃめちゃ速い。犬より速そうだ≫北ヘッドコーチはとうとうふさぎ込んだ。結果は56対5。ゼンヤンの圧勝で終わった。


 ≪あの強豪、筑ヶ谷を赤子同然にひねりつぶした。我々は筑ヶ谷戦は28対14。しかし数字以上に苦戦を強いられた。観ても対策はない。それどころか自信喪失だ。観にこんどけばよかった≫天満ラグビー一行は悲壮感漂わせ、控えテントへ戻ったのだった。大文字コーチの姿が北ヘッドコーチの目に留まった。北ヘッドコーチは『大文字コーチ、何か気づいたことある?』と問いかけてみた。大文字コーチは『は、何の事ですか。』ととぼけた顔を見せる。北ヘッドコーチは『今、観たやろ!ゼンヤン対策たい。何かないね!』といらだたせる。大文字コーチは『いや、無いですね。スピードもあるし、キックもうまい。しいて言えば…』『しいて言えば?』『スタミナぐらいですかね。』北ヘッドコーチは『スタミナねぇ』とやや落胆した顔をみせた。≪スタミナ勝負かぁ。何か対策は…≫と腕を組み、天を仰いだ。北ヘッドコーチの顔を冷たい雨が濡らす。


 15時30分開始の最終6試合目のゼンヤン戦の15分前、北ヘッドコーチは、天満控えテント前にファーストジャージに着替えなおした子供たちを集めた。保護者席も神妙な面持ちだ。子供たちもこれが最後の試合とわかっており、表情が硬い。雨も少しづつ強まる。北ヘッドコーチは大きく息を吸った。『スターティングメンバーを発表する。1番コーイチロー、2番ユーキ、3番アン、ハーフ、ソータ、スタンド、コースケ、センター、シンゾー、左ウイング、ノア、右ウイング、リューノスケ、フルバック、ユージ。いつでもいけるようにリザーブも準備しとけ、総力戦だ!いくぞ!勝つぞ!』『はいっ』と子供たちは大きく答えた。保護者席からは割れんばかりの拍手。頑張れー天満んーー。


 試合前のじゃんけんでコーイチローは初めて負けた。≪パー出したのに…≫幸い、ゼンヤンはエリアをとってくれたので天満のキックオフで始まる。やや雨が小康状態になった試合開始5分前、円陣を組んだ。北ヘッドコーチは『いいか。相手はゼンヤンと思うな。ただの≪かも≫と思え。試合に飲み込まれるな。いつもの天満ラグビーをすればいい。前半はとにかく走れ。バックスは右に左に展開して走らせろ。いつものようにディフェンスだ。ディフェンスからチャンスを生み出せ。さあ、お前たちのラグビーを見せてこい。天満ラグビーを見せてこい。円陣を組め!』子供たちは円陣を組んだ。コーイチローは言う。『みんな、今日までキャプテンらしいこと、してこんで(しないで)ごめん。でも今日ほど勝ちたいと思ったことはない。絶対勝つぞ!』『オーーー』子供たちは雄たけびを上げる。保護者席からも割れんばかりの拍手が響いた。


 雨脚が強まった15時30分。定刻通りフォーンが鳴った。レフリーが右手を上げ、試合開始を告げる笛を吹く。ユージが『いくぞ!』の声とともに高くキックする。深く蹴り込んだボールをゼンヤン選手がキャッチ。あの173㎝、69kの1番カズキにボールを回した。猛然と走ってくる。しかし、ゼンヤンの味方選手にぶつかってしまった。が、アンがタックルに入る。不意にアンの顔に1番の選手の肘が入ってしまった。アンが仰向けにいやな倒れ方をした。『ピー、アクシデンタルオフサイド。』(ボールを持っている選手が自分より前にいる味方の選手にぶつかる事)レフリーはそう発すると、仰向けで倒れるアンに近づき『天満、メディカル!』と叫んだ。『アンッ』と北ヘッドコーチと清水コーチが飛び出した。清水コーチが『アンッ大丈夫か!』と抱きかかえると、アンは軽く頭を振り、『お父さん、大丈夫よ』と立ち上がった。しかし、北ヘッドコーチは『いや、だめだ。清水コーチ、本部席隣の看護テントにアンを連れて行って。看護師さんがいるから。そこで出場許可が出ればいい。タケミ!交代だ!』と告げた。開始早々20秒の出来事であった。それを目の当たりにしたコーイチローは≪アンニャロー!ボコボコにしてやる!≫と闘志を燃やした。マイボールスクラムで再開した天満だったが、雨の影響か、シンゾーがノックオンしてしまう。それにゼンヤン選手が反応する。ゼンヤンのハーフ、ヒデキはスタンド、ダイキにパス。ノックオンアドバンテージを得ていることをレフリーで確認したダイキはボールを蹴った。蹴ったというよりもキックパスだ。左ウイングのキャプテン、コーキに合わせている。天満リューノスケ、それを追う。ボールを競り合ったが。身長差でコーキがキャッチ。すぐさまリューノスケはタックルに入るも、後ろからフォローしてきたゼンヤン、フルバックにコーキはオフロードパス。それが成功。前半1分50秒、ゼンヤンに先制トライを献上してしまう。コンバージョンキックも決まり、得点は0-7となった。天満の選手は動揺してしまっている様子だ。前半早々のアンの離脱。今大会、初めて、先制トライを献上。コーイチローは≪そういえばじゃんけんも負けたな≫とも思った。天満内にネガティブな雰囲気が漂う。すると『取り返すぞ!もっと走るぞ!』と大声を張り上げた者がいた。リューノスケだ。その一声でみんなは『おー勝つぞ!』『おー取り返すぞ!』と息を吹き返す。


 しかし、フィジカルで勝るゼンヤン。その後もゼンヤンが押し気味の展開となる。でも、天満の選手たちも鍛え抜かれたディフェンスで応戦した。フォワード陣のコーイチロー、ユーキ、タケミは必死でゼンヤンフォワード陣に食らいついた。ユーキの膝は悲鳴を上げていたが、それでもユーキはタックルを繰り返した。≪ここで負ける訳にはいかない!≫ユーキは膝をかばうことなくタックルに入る。

 ゼンヤン、スタンド、ダイキのキックはことごとくリューノスケが防いだ。そもそもダイキはこの試合はキックを多用しようと思っていた。≪雨の試合はハンドリングエラーを誘発する。キックは有効だ。しかし、どんなスペースに蹴ってもあの小っちゃい8番に取られてしまう。ノックオンもせんな≫リューノスケは小1から小5までサッカーを習っていた時、コートを真上からも見ることができる特殊能力とでもいおう、技術を身についていたのだった。まるで3D映像のごとく、コート全体を把握することでダイキのキックがどこに飛んでくるか、予測していたのだった。≪ゼンヤンのスタンドはうまい。必ずスペースがあるところに蹴ってくる。だから逆に予測しやすい≫

 バックス陣も必死のディフェンスだ。3メートル外に立って、アップする。外には逃がさない。内に来れば、ダブルタックルで仕留める。外勝負にきた右ウイングをノアがケンタばりの全体重タックルで止めた。≪ケンタの全体重タックルも、リューノスケの捨て身タックルも、私、習得済だから≫しかし、地力に勝るゼンヤンは、じりじりと天満陣内に攻め入る。1番、カズキが抜け出した。あのコーイチローが吹き飛ばされた。ソータとコースケがダブルタックルに入るも、なかなか倒れてくれない。そこにハーフのヒデキが飛び込んできた。カズキはヒデキにパス。ヒデキは華麗なステップで左隅にトライ。ゼンヤンベンチは湧いた。雨風が強くなり、左隅からのコンバージョンキックは外れたが、0-12と引き離される。

 『まだまだ、これから、取り返すぞ!』ユージが鼓舞する。≪次のマイボールで必ずトライまで持っていく!≫ゼンヤンのキックオフで再開される。シンゾーが丁寧にキャッチした。しかし、ゼンヤンのディフェンスは固い。右に展開しても、左に展開しても、サイドアタックしてもことごとく止められてしまう。ラックを形成したが、相手の圧が強い。ユーキの膝は限界に達していた。タケミがシールドに入るも押し負けそうだ。雨の影響か、足でボールをコントロールできない。タケミはボールをとられまいと、つい手で掻いてしまった。『ピッ、ハンド』とレフリーが告げた。ラック内のボールは手で掻いてはいけない。すぐさまゼンヤンはボールを小さく蹴り、フォワードで突っ込んできた。天満はまだ、ディフェンスラインが十分でない。前半終了間際の11分30秒でついに3つ目のトライを奪われる。コンバージョンキックも決められ、0-19で前半が終わった。


 北ヘッドコーチはずぶ濡れで、ボロボロになった選手たちを迎え入れた。『お疲れさん、まず、水を入れろ。』北ヘッドコーチは何と声を掛けようと迷った。これだけやられまくったんだから、何かいいアドバイスを送りたいのだが…その時、清水コーチとアンが戻ってきた。北ヘッドコーチは開口一番、『大丈夫?』と声を掛けた。清水コーチは『ええ、大丈夫です。外傷はありませんし、ふらつきや、吐き気などがなければOKとのことでした。心配なら明日、MRでもとりなさい、とのことでした。』と言った。アンは『だけん、大丈夫っていったやん。』と父である、清水コーチの腕を引っ張った。清水コーチは『ということで、後半はアンを出させてください。スタミナ、十分なんで。』と力こぶを見せるように腕を曲げた。北ヘッドコーチは≪スタミナかぁ≫と思った時、選手を集めた。

 『みんな、よく聞いてくれ。この雨の中、ゼンヤンは右に左に走らされ相当、体力が消耗しているはずだ。おまえたちは元気だな!』『ハイッ』と子供たちは答える。『後半は…ジャッカルだ!』≪ジャッカル…≫子供たちは静かに聞いている。『タックルに成功したら敵よりも早く立て。リロードだ。そしてすぐさまジャッカルしろ。タックル、リロード、ジャッカルこれを全員、繰り返すんだ。後半はタケミに変わってアン、行けるか。』『はいっ』アンは答える。『絶対、無理はするなよ。体調が悪くなったら遠慮せず言えよ!』と付け加えた。本大会では、けがの治療のための一時退場については再出場が認められた。『それと左ウイング、ノア。よく頑張った。ありがと。お前のタックルで天満は救われた。フースケと交代だ。』『ハイッ』とフースケが立ち上がる。『それともう一人、ユーキ、お前もありがとな。ヒザ、つらかったやろ。ユーキに変わって、…ダイゼン!いけるか!』ダイゼンは『お任せください、北コーチ。シャー』と両腕を上げた。≪これで、天満フォワード陣に厚みが増す≫ダイゼン、アンというフレッシュな選手の投入で北ヘッドコーチはフォワード戦を優位に持ち込もうと考えていた。ただ、一つ気がかりだった。スローワーがいない。コーイチロー、ダイゼン、アン、この3人は、ラインアウトでスローイングの練習をした者がいない。北ヘッドコーチは≪ラインアウトがありませんように。≫と念仏を唱えたのだった。いよいよ運命の後半戦が始まる。


 雨がやや弱まってきた後半戦、ゼンヤンのキックオフで始まった。天満は左に展開する。しかしフースケが捕まる。次は右に展開した。コースケからシンゾー、シンゾーからリューノスケへパスが通った。リューノスケの前にはゼンヤンのキャプテン、コーキが立ちはだかる。コーキがタックルの姿勢をした瞬間、リューノスケはショートパント(小さく、高くキックする)を試みた。コーキ≪くそっやられた≫、一瞬出遅れる。リューノスケはそのボールを見事にノーバンでキャッチして走り抜ける。リューノスケのプレーに会場がどよめく。しかし、正面からフルバックが、後ろからコーキが追いかける。ちょうど、前後、挟み撃ちの状況だ。≪なめんなよ、小っちゃいの!≫コーキは猛然と追いかける。ここでリューノスケは、なぜかスピードを緩めた。自らタックルの餌食になるのか!案の定、フルバックとコーキの前後、挟み撃ちタックルを受けた。とその瞬間、リューノスケは、ほぼノールックで左後方にパス。そこにはユージが走り込んでいたのだった。リューノスケは後方からユージがフォローで走ってきているのをすでに確認済みで、パスの間合いの調整でスピードを緩めていたのだった。後半1分50秒、ユージはほぼ中央にトライ。天満ベンチは立ち上がり、拍手した。保護者席もユージ、ユージと連呼。ユージの母は、飛び跳ねた。コーイチローが『もう一本!』とユージの肩を叩いた。ダイゼンはガッツポーズを見せる。自分がトライしたかのようだ。『チームのトライはみんなのもの。』ダイゼンは心の言葉を口にした。コースケは『勝つぞー』と雄たけびを上げる。ゼンヤン、キャプテンのコーキは≪あの小っちゃいの、必ず、やり返してやる!≫と顔をぬぐった。リューノスケは冷静にコンバージョンキックも決め、得点は7-19に差を縮めた。北ヘッドコーチは≪いける≫と拳を震わせたのだった。トライをとられてしまったゼンヤン応援席は選手を鼓舞するため盛大な応援を送る。


 『いけいけ、ゼンヤン、押せ押せ、ゼンヤン、タックル、タックル、突き刺せ、タックル!』ゼンヤンの大応援団の声援が雨の降りしきるグランドに鳴り響いた。さすが5,6年生60名を超えるゼンマイヤングラガーズ。応援までよく練習されている。それに比べ天満はリザーブが6人だけ。時折、『がんばれー』とか『いいぞー』とかキンタローやカンシューがいうくらいだった。北ヘッドコーチは≪くそー。応援団でもこんなに差がつくのか。悔しいな≫と思ったその時だった。

 『天満頑張れー、リューノスケ頑張れー』と大声援が巻き起こった。リューノスケは振り返ると50から60人はいるであろう大応援団がいた。目を凝らしてみた。あれはヴィーナス、一ノ瀬ヴィーナスの子たちだ。リューノスケが引っ越してくる前、北九州で所属していた、一ノ瀬ヴィーナスのサッカーチームの子たちであった。後で知ることになるのだが、偶然にもこの地、香椎スポーツ競技場の隣のサッカー場で、小学生少年サッカー県大会が行われており、一ノ瀬ヴィーナスは見事、県大会優勝。その後、まだお母さんラインでつながっていたリューノスケの母が、隣でリューノスケがラグビーの試合をしているとラインで連絡。じゃあ、応援に行こうじゃないか、とヴィーナス監督の粋な計らいであった。『頑張れ、頑張れ、てんまん、頑張れ、頑張れ、リューノスケ!』リューノスケは手を振った。大応援団は『おーー』と気勢を上げ、手を振り返す。かつての同期、キーパーをしている、ルイス・マイケル・一朗が『おーい、リューノスケ、俺たち、県大会、優勝したぞー!お前も優勝しろよー』と叫んでいる。リューノスケは、『わかったー』と応じた。『おい、リューノスケ。あれ、何?』ユージが聞いてきた。リューノスケは『昔の仲間。いや、今でも友達の仲間。』と嬉しそうに答えた。≪絶対に勝つ!≫リューノスケはヘッキャをかぶりなおした。


 雨がやんだ。何としてもマイボールとしたいユージは、キックオフは5メートル付近のゴロキックを選択した。しかし、ゼンヤンの集積は早い。ハーフからスタンドにボールをつなぐ。猛然とアップしたコースケがタックルに入った。アンも入り、ゼンヤン、スタンド、ダイキは倒れてしまった。コースケはすぐに立ち上がる。ジャッカルを狙った。が、ここは相手のシールドに阻まれた。≪くそっ≫コースケは『捨てろ!』と言ってピラーを守った。ゼンヤンは執拗にフォワードで攻めたが、コーイチロー、ダイゼン、アンの献身的なディフェンスを突破できない。そう悟ったハーフ、ヒデキはバックス勝負を選択した。フォワード戦が続いたため、やや油断した、コースケ、シンゾーはアップが遅れた。スタンド、センター、ウイングまでボールを回された。ゼンヤン、ウイング、キャプテンのコーキは≪さっきの借りを返してやる!≫とばかりにグースステップを踏んできた。グース、つまりアヒルのように、上半身はあまり揺れず、足は忙しく動く。左足で右前方向に大きくステップすると、空中で左足が前に出す。しかし、着地は右足だ。右に行くのか、左に行くのか、ディフェンスを惑わす、高度なステップ技術である。リューノスケはパドリングしながら前にでる。コーキは大きく右にステップをしてきた。間合いを計っていたリューノスケは≪今だ≫とタックルに入った。コーキの両の足が地面から離れる瞬間を待っていたのだ。≪グースステップ、最大の弱点は両足が地面から離れる時間が長い。≫リューノスケはしっかり両手でバインドし、コーキを地面にたたきつけた。リューノスケはすぐに立つ。ジャッカルだ。コーキはボールを離すことができない。『ピッ。ノットリリース。』リューノスケは、小さくガッツポーズの後、『チャンス!行け、コーイチロー』と言ってボールをコーイチローに渡した。コーイチローはすぐさま小さくキック。前に出ると思いきや、大きく左へ。コーイチロー、十八番の横走りだ。ほぼ、左サイドまで走ったコーイチローは捕まるもダイゼン、アンがフォローしている。ハーフ、ソータが『アン、1回、サイド突くぞ。』とアンを下げさせる。突進してきたアンにソータがボールを合わせた。アンは両手でボールを持ってやや前かがみで突進する。一人、また一人とタックラーがアンに襲い掛かるもアンは倒れない。むしろ、前進している。ダイゼンが後ろを押す。ソータが『アン、寝ろ!』と叫んだ。後、2メートル。コーイチローはラッシュのスタンバイをする。ゼンヤンベンチが『フォワードで来るぞ。』と大声を上げる。ゼンヤンディフェンス陣はコーイチローのサイドアタックを警戒する。しかし、ソータはバックス勝負を選択。スタンド、コースケにパスを出す。コースケはふらふらっと右に走る。シンゾーが猛然とダッシュする。『パスっ』と大声を上げた。と同時に、リューノスケは『ロングッ』と大声を上げた。これにより、ゼンヤンディフェンス陣は翻弄され、やや右に流れた。そこにクロスで入ってきたユージが『パスッ』と走ってきた。コースケはユージにパス。右に流れてしまったゼンヤンディフェンス陣はもはや立て直せない。ほぼ中央にユージの2本目のトライが決まった。後半8分30秒の事だった。ユージは拳を上げながらコースケとハイタッチ。コーイチロー、ダイゼン、アンのフォワード陣も手を叩いて喜んだ。すると突然、リューノスケがボールを奪っていった。そしてキックティー無しで、ドロップキックでコンバージョンキックを決めた。リューノスケはユージに『時間がない。すぐに準備しよう。』と駆け足で自陣へ向かった。さあ、後半残り時間は約3分。逆転のトライを決めろ、奇跡の天満少年ラグビークラブ!

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