第9話 県大会前(9月)

 9月1日木曜日の朝、北ヘッドコーチは大文字コーチにライン電話をしてみたが、つながらなかった。昼過ぎごろ、大文字コーチからラインで≪次の練習の時に私だけですが参加します。その時リューノスケの症状を報告致します。≫との連絡があった。北ヘッドコーチはとりあえず連絡がとれてよかったと安どした。


 9月3日、土曜日。大文字コーチが現れ、さっそく北ヘッドコーチが近寄った。他のお父さんコーチも心配そうに近寄ってくる。北ヘッドコーチが開口一番『どんな風?』と声をかけた。大文字コーチは申し訳なさそうな顔で『ご心配をおかけしまして申し訳ございません。』と頭を掻いた。要約するとこうだ。小学3年生の夏ごろから病気≪病名は伏せます。北≫を発症。腎臓系の難病指定されている病気で原因等は不明。中でもリューノスケの場合は難治性で入退院を繰り返している。ただし、命に関わることはなく、一般的に思春期を過ぎると治るといわれている。現在はステロイド系の薬の投与で症状は治まっている。まだ寛解かんかいはしていないが、来週には退院はできる。ただし、大量のステロイド系の薬の投与の影響で骨が弱くなっている。ラグビー等の接触があるスポーツや体育の授業は禁止。とのことだった。心配そうに有吉コーチが『いつになったらできるんですかね。』と尋ねた。大文字コーチは『ステロイド系の薬は一週間ごとに少しづつ減量されるんですよ。まだ具体的に先生には聞いてはいないんですが、たぶん1か月後ぐらいかと。』と指を折って話した。北ヘッドコーチは『9月は無理か。10月からどうにかってことか。』とため息をついた。成田コーチは『でも、まずは完治が一番。あせらず、ゆっくり治してください。』と大文字コーチを励ました。大文字コーチは『ところで清水コーチとアンちゃんは?』と見回した。『いやいや大丈夫。二人とも元気になったみたい。待期期間の5日間は過ぎたけど、念のため来週から練習に参加するって。』北ヘッドコーチは続ける。『リューノスケに伝えとって。県大会公式戦は10月30日やけん、それまでに間に合わせればいいって。絶対に無理はするなって。』大文字コーチは『はい。ありがとうございます。伝えておきます。』と答えた。


 練習開始前に北ヘッドコーチはみんなにアンとリューノスケの症状を報告した。神妙な面持ちだったが、『みんなは今やるべきことに集中しろ。』とハッパをかけた。試合の時はどうにかモチベーションを保った子供たちだったが、練習になると元気がないように見えた。アンやリューノスケがいない練習は、どうも勝手が違うらしい。特にコースケは集中力がないようだ。≪リューノスケ、大丈夫やろか。俺、入院とかしたことないけど、どんな感じやろか。リューノスケが言いよったけど、小学3年、4年の時は半分くらい入院しとったって聞いた。クリスマスもお正月も病院で過ごしたって聞いた。一週間ぐらいなら学校、休めて楽しいかもしれんけど。注射とかいっぱい、するんやろか?≫と、その時『コースケ!ボーっとすんな!』と北ヘッドコーチが叫んだ。4列パスが自分の番だった。練習終了後、数名の子供たちが大文字コーチの元に集まってきた。『リューノスケ、元気?』『死なんと?』『いつ退院すると?』『痛いと?』と、質問攻めだ。大文字コーチは『心配せんでいいって。来週には退院できると思うけん。』と極めて明るく答えた。『それよりもみんなは県大会まであと2か月もないとよ。集中して練習しよう。』と大文字コーチはこぶしを上げた。みんなは安どの表情で『はいっ』と答えた。


 その日の夜、大文字のスマホが鳴った。親父、つまりリューノスケのおじいちゃんからだった。

『おい、またリューノスケ、入院したらしいやないか。大丈夫か。』

『ああ、大丈夫。来週には退院できる。』大文字はぶっきらぼーに答える。

『激しい運動とかさせるなよ。腰の骨やるぞ。ところで見舞いは行けんっちゃろ?』

『ああ、コロナの影響で、荷物の受け渡しだけで俺たちも会われん。』淡々と答える。

『わかった。何かあったら連絡してくれ。』

『ああ、親父もコロナとか用心しろよ。』大文字は電話を切った。孫が心配で電話をよこしたのだろう。親父とはコロナの影響もあり、近くに住んでいるのだが、数年会っていない。そもそも親父が嫌いだ。幼少期、親父の自己都合で無理やりラグビーをさせられた。本当は野球がやりたかった。なのに、親父はそれを許さなかった。有名な元ラガーマンだったのかもしれないが、俺に無理強いしてラグビーをさせることはないだろう。自分でもラグビーの才能がないことはわかっているんだ。子に無理やり自分の夢を託すことはするな。俺は絶対にしない。リューノスケがしたいスポーツをさせてやるんだ。しかし、リューノスケがラグビーに目覚めるとは。親父のラグビーの血が流れていたということだろうか。


 次の土曜日、アンと清水コーチが復活した。みんなは『アン、大丈夫やった?』と駆け寄る。お父さんコーチたちも清水コーチに『大丈夫でしたか?』と集まった。2,3日は熱やのどの痛みがあったそうだが、その後は全然まったく正常で『ご心配をおかけしました。』と照れ笑いしていた。北ヘッドコーチが『集合!』の合図を皮切りに、練習が始まった。アンが復活したお陰で練習が引き締まった。ブラジル体操、グリッド、パス、コンタクトと進む。北ヘッドコーチが『はい、ヘッキャ(ヘッドキャップ)被って、そして肩当て,胸当て!』と声掛けしていると、向こうから大文字父子がやってきた。しかもリューノスケは練習着を着て、スパイクも履いている。それに気づいたコースケが『リューノスケ!』と叫び、『リューノスケ、大丈夫か!』と皆が駆け寄ってきた。リューノスケは『うん』と小さくうなずいた。お父さんコーチも大文字コーチの元に『大丈夫でしたか。』駆け寄った。内容はこうだ。もう月曜日には退院したらしい。そして金曜日にはあのステロイド系の薬の減量が始まったらしい。順調に減量されると来月10月初旬からはコンタクトの練習も再開可能とのことだった。そしてリューノスケが早く練習に参加したいとのことから、コンタクト以外の練習に参加させてもらえないかという内容だった。北ヘッドコーチは『ああ、もちろんOKですよ。他のコーチたちも気を付けてください。リューノスケはコンタクト禁止ね。』とコーチたちに申し送りをした。子供たちにも『リューノスケにはタックルはするなよ。骨が折れるけん。絶対バイ。』と注意した。ユージが冗談ぽく『俺がタックルしたら全身の骨が砕けるぜ。』と笑顔で言っている。コーイチローは『俺とか、握手しただけで指の骨、折ってしまうかも。』と珍しく冗談を言ってみせた。肩をゆするコースケに対してリューノスケが『おい、やめろ。骨が折れるやろ。』とじゃれ合う。そんな光景を見ている北ヘッドコーチは≪天満ラグビーの非常事態宣言は解除だ!≫と意気込んだ。


 9月17日土曜日。北ヘッドコーチは高学年コーチ会を招集した。場所はいつもの焼き鳥秀吉だ。議題はコロナ渦における協会からの連絡事項伝達と、県大会のエントリーについてである。『お疲れ様です。遅れました。』最後にやってきたのはアンの父、清水コーチだ。『みんなそろった?では酔う前にコーチ会を始めたいと思います。でもその前にカンパーイ!』北ヘッドコーチのいつもの発声で高学年コーチ会が始まった。


 『えっ。じゃあこれから県大会まで、交流戦や練習試合はできないんですか。』成田コーチが言う。北ヘッドコーチはジョッキ片手に『そうなんだ、協会からの伝達で、コロナの蔓延防止の一つとして県大会までは他チームとの交流戦や練習試合は、自粛になったんだ。』と話し、ビールを飲み干した。清水コーチは秀吉名物、明太子入り卵焼きに手を伸ばしながら『協会としても2年連続でコロナで県大会が中止になったんで、今年こそは開催したいということでしょう。』と卵焼きを皿に取った。北ヘッドコーチはビールを再注文しながら『そういうわけで、今後の練習はオールメンや部内マッチを多めに取り入れて、試合感覚を取り入れていこうと思います。それでいいね。』と他のコーチたちを見渡した。皆、≪うん、うん。≫と首を縦に振った。おもむろに清水コーチが『今後の練習についてなんですが…』と切り出した。『練習開始前と練習終了後だけでいいんですが、子供たちにスタイル、スタイルの徹底をお願いしたいのですが。』とシャツをズボンに入れる仕草をした。ラグビーにおける≪スタイル≫とはシャツをラガーパンツの中に入れることである。公式戦では必ずシャツはパンツの中に入れる。北ヘッドコーチはおかわりのビールを一口飲み『そうやね、そうしよう。』と賛成した。『じゃあ挨拶も…』と成田コーチも切り出す。『子供たちにもっと挨拶をしっかりするよう指導したいです。というのも交流戦とかで他チームの子が私にも≪おはようございます!≫ってしっかり挨拶をしてくるんですよ。あれって気持ちいいですよね。』『あっそれ私もありました。気持ちいいですよね。』と佐々島コーチが乗っかる。北ヘッドコーチは『うん、できてる子もいるが、声が小さかったり、恥ずかしいのか言えなかったりする子はいるね。まずはコーチたちから積極的に声掛けをして挨拶がしっかりできるよう指導していきましょう。』と言いながら焼酎セットを注文した。『それでは私からも一ついいですか。』と有吉コーチが手を挙げた。『練習終了後の三角コーンやマーカーの片付けは今後、子供たちにやらせることはどうでしょうか。これも交流戦でみた光景なんですが、練習が終わるとサーっと子供たちがマーカーとか走って片づけていたんですよ。あれっていいなあと思いまして。』『それはいいんじゃないですか。子供たちの自主性を高めるためにも。』と松尾コーチが山芋鉄板焼きをつつきながら相づちした。北ヘッドコーチは『うん、それいいね、取り入れよう。俺も楽になる。』と芋焼酎のロック片手に北ヘッドコーチは続けた。『ごめん、話が遅れたけど、相談があるっちゃん。』とちょっと神妙な顔に変わり皆を見渡した。『今年の県大会のエントリーはBブロックで申請しようと思うっちゃけど。』全コーチは≪えっ≫という顔になった。


 小学生ミニラグビー県大会はA、B、Cの3ブロックに分かれる。サッカーでいえば1部、2部、3部といった具合だ。サッカーなら1部なのか2部なのか、去年の成績で決まる。が、福岡県ミニラグビーにおいては自己申告制なのである。去年の成績に関係なく、Aブロックに入りたければ申請することでAに入ることが出来る。ただし、通常はAブロックには強豪が集まり、そしてB、Cの順に力が劣る。なぜなら、ゼンヤンや筑ヶ谷のような大所帯のチームなら最大3チームの登録が可能であるため、AチームはAブロックに、BチームはBブロックに、CチームはCブロックに登録するからである。よって、天満のような単独チームは、チーム事情を考慮した上でA,B,Cブロックのどこに申請するか自己申告すればいい。過去の天満は、強くても弱くてもAブロックしか申請したことはなかった。北ヘッドコーチの≪Bブロックで申請≫の言葉に全コーチは驚いたのだった。北ヘッドコーチは続ける。


 『俺、どうしても勝たしてやりたいっちゃん。ヒック、今の子供たちに。よう頑張りようやん。ヒック、Aブロックに登録してもいいよ。でもそれじゃあ1勝、よくて2勝やない?最悪は全敗。ヒック、だけん…』ちょっと涙声になってきた。県大会は1日2試合の3日間、全6試合が行われる。北ヘッドコーチはAブロックに登録すれば、6試合中、1、2勝ぐらいしか勝てないと見込んでいた。有吉コーチも『そうですね。勝つ喜びを味合わせてあげたいですね。』と焼酎の水割りのグラスを傾けた。『私はAでお願いします。』と下戸の清水コーチがコーラを空けた。『確かに勝たせてあげたい。Aブロックに登録すれば、私も1、2試合ぐらいしか勝つことはできないと思います。最悪0勝もあり得るでしょう。しかし、勝つためにBブロックに登録することは今後の彼らの長い人生においてはよくないのではないでしょうか。』北ヘッドコーチは『いや、清水さん。別に逃げてBブロックじゃないバイ。ヒック。Bブロックだって、強豪も集うし、Bブロックで優勝をねらうのも十分彼らの人生において、いい影響はあると思うよ、ヒック、』と焼酎のロックを口にそそぐ。成田コーチは今だ生ビールを飲みながら『うーん、私の見立てはAブロックなら1勝と思いますけど…Aかな、登録は。』と頭をひねりながら言った。松尾コーチは『私もAでお願いします。1勝はできる。子供たちを信じます。1勝できれば十分です。』と芋焼酎の一升瓶をボンと置いた。北ヘッドコーチは≪佐々島コーチは?≫と振った。佐々島コーチは『ん、俺?ヒック、私はBがいいと思ったんやけど、ヒック、6年生コーチが揃ってAっていいよんやけん、Aでいいっちゃない、ヒック、』やばい、お馴染み、大虎になりかけている。北ヘッドコーチは『ところでヒック、大文字さんは?あんた、今日、一言も喋っとらんっちゃないとね、ヒック、』と今度は大文字コーチに振った。寝ていた大文字コーチは『…すいません…夜勤明けで、お酒が入ったら急に睡魔に襲われて…ところで何の話ですか?』北ヘッドコーチは怒り任せに『AかBか聞きよったい!ヒック、』と怒鳴った。寝ぼけ眼の大文字コーチはメニューを広げ、『じゃあ、串10本のAセットで。』と答えた。皆、ずっこけた。しかし佐々島コーチは串10本のAセットを注文していた。北ヘッドコーチは『じゃあAで登録申請するけんね。どうなっても知らんバイ!ヒック、』と雄たけびをあげた。今日も騒がしく高学年コーチ会の夜は続く。


 9月25日、まだまだ残暑厳しい日曜日。交流戦が無くなり、少しでもゲーム感覚を忘れないようにと、オールメンを繰り返している。2次、3次攻撃の時、口を酸っぱくして呪文のように唱えていたピラーの守備もよくできるようになった。アップもよくなった。北ヘッドコーチの理想とする、ディフェンスシステムは完成系に近づきつつあった。『じゃあ練習終了。整理体操ね。』と発した時、子供たちは一気に散らばった。そして三角コーンやマーカーを競うように集めている。早々にそれらを片づけると輪になって整理体操を始めた。体操終了後、コーイチローの『整列!』の声と共に子供たちは整列し、互いに『スタイル、スタイル』と呼びかけ合う。シャツを入れた子供たちの一人、一人のかがやいた顔を見渡したのち、北ヘッドコーチは『お疲れさん、今日のオールメンの出来は大変良かったと思います。特にピラーは必ず守っとった。それを続けていきましょう。それと県大会のことですが、Aブロックでエントリーしました。強いチームが集まるけど、みんな、大丈夫?』と問いかけた。一番にコーイチローが『勝ちます。』と大きな声でいった。他にも『よっしゃー』と手をたたき合ったり、『勝つぞ!』と小さくガッツポーズしたりいい雰囲気だ。弱気なものは誰一人いない。北ヘッドコーチは改めて≪子供たちを信じよう≫と決意した。


 2週間後、Aブロックの登録で申請した北ヘッドコーチの元に協会から通知がきた。Aブロックは天満を含め、7チームが申請されていた。県大会は全6試合のため、ちょうど総当たりのリーグ戦で行われる。10月30日の県大会1日目にいきなり久留米の古豪、久米ジュニアスクールAチームだ。6月の交流戦で2-7で負けている。2試合目は志免ジュニアラグビークラブ。11月6日の県大会2日目は小倉ヤングハリケーンズAチームと北九州の強豪、筑ヶ谷ラグビースクールAチームだ。こちらも6月の交流戦で1-10の大敗を喫している。11月13日の県大会最終3日目は、旭ヶ丘ラグビークラブAチームと優勝候補No.1ゼンマイヤングラガーズAチームだ。こちらは6月の交流戦では0-9で大敗、しかもBチームにだ。Aブロックなのだから、どこと当たろうと強豪ぞろいだ。北ヘッドコーチは、さっそく上記の結果をコーチラインに送った。有吉コーチが≪最後にゼンヤンとは。ドラマチックですね≫などと送ってきた。いよいよ始まるぞ、と北ヘッドコーチは気を引き締めたのだった。

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