ミラクル・フィフティーン

来住 美生

第1話 少年ラグビークラブ(4月)

『何でノーバンで取らんとかあああ』

『そんなに走らせたらいかんやろおおお』

『トライ、取り返してこいいいい』

 雲一つない4月の日曜日。福岡県春日市にあるラグビー場。ミニラグビーの交流戦が行われている。ミニラグビーとは小学校高学年、5,6年生が行う9人制のラグビーである。福岡県における小学生のラグビー人口は全国2位という多さでラグビー人気は高い。本日の交流戦は、北は北九州市、南は久留米までの6チームが参加していた。交流戦ということで公式戦とは違い、数多く試合ができるよう1試合12分で行われていた。我が天満少年ラグビークラブはたった12分の試合ですでに6トライ取られている。熱くなっても仕方ないじゃないか。

『すぐに寝るなあああ、立っとけえええ』(※寝る。タックルを受けてこらえきれず、倒れること)

『ダイゼン、ラックに入らんかあああ、ドライブ、ドライブううう』(※ラック。ボールに密集している状態)(※ドライブ。前に出ろ!ってこと)

『そこは捨てろ、捨てろおおお』(※捨てろ。ラックの状態からマイボールにすることができないと判断した時、ディフェンスに専念する時に発する言葉)

天満少年ラグビークラブは幼児から中学生までの約80名のチームである。5、6年生に限って言えば14名で他のチームに比べると圧倒的に少ない。相手チームのゼンヤン(ゼンマイヤングラガーズの略称。)は5、6年生のみで60名を超え、新規の入部希望者はお断りしているそうだ。何でそんなに差がつくのか私には解らない。

『ボール見えとうやろ、自分で行かなあああ』

『ヤンボー、ヤンボー、下がれ、下がれえええ』(※ヤンボール。相手がボールをキープしている状態)

『寄るな、寄るな、開け、開けえええ』(※寄る。選手がボールに寄っている状態)(※開く。コートいっぱいに開くということ)

またトライされた。ここで試合終了。トライ数8対1。コーイチローの意地のワントライがあったものの、12分間で8トライも許すとは。非常に情けない。俺の指導が悪いのか。皆が帰ってくる。

『まずはお疲れさん。水入れて。』(※水を入れる。水を飲むこと)

『今日の僕は頑張っていましたか?』と天然ぶりを発揮するダイゼン。

『ああ。頑張っとったよ。もう少しラックに入ろうね。』と、労う北ヘッドコーチ。

『北コーチ、膝が痛い。』とユーキ。

『メディカルバックにシューがあるから、シューしとけ。』(※シュー。冷却スプレーのこと)

『疲れたぁ、コーチ、この後はもう帰っていいですかぁ』とケンタ。

『馬鹿タレ、反省会たい、悔しくないのかっ』

本当に情けない。これが負けグセというものか。まず元気がない。声がない。ラグビーの技術うんぬんいう前にやる気がない。まずはここを変えていかないと。


 6年コーイチロー。163cm、56k。小学生にしては恵まれた体で天満のキャプテンだ。フィジカルも強いが、ステップで相手をかわすこともできる。タックルにも入れる天満のエースだ。コーイチローの母は車の運転をしながら聞く。『コーイチロー、今日はどうやった?』ふて寝していたコーイチローはめんどくさそうに『何が』と短く返事した。『何がって、試合よ』『全部負けた』『トライできた?』『うん』『何トライしたと?』『忘れた。母さん、水筒どこやった?』『リュックになおしたよ(片づけたよ)』コーイチローは後部座席のリュックを漁った。麦茶を飲みながらコーイチローは≪ああー今日も負けたな≫と思った。≪あーあの時、タックル、ミスったしなあ。あれでトライされたけん、俺の責任やなぁ。ラグビーうまくなりたいなぁ、強くなりたいなぁ。≫帰りの車の中で悔しがるコーイチローは、母に悟られまいと麦茶をがぶ飲みした。


 その夜、コーチ陣たちは反省会という名目で焼き鳥秀吉に集まった。

『お疲れ様です。遅れました。』最後にやってきたのはアンのお父さんコーチだ。『まずはビールで乾杯しましょう。』天満少年ラグビークラブのコーチはほぼ100%お父さんコーチである。それは他チームも同様だ。もちろん全員がラグビー経験者ではない。未経験者の方が多いのではないか。コーチの仕事はたくさんある。パス出しやタックル受けのようなラグビーの技術的な指導はもちろん、用具係やテント張り等の雑用仕事まで幅広い。練習は主に土日祭日ではあるが、商売をしていたり、サービス系の職種に従事するお父さんは仕事の都合で練習への参加が難しい。よって未経験者でもコーチになってくれる方は大歓迎なのである。

コースケの父が焼き鳥をほおばりながら言った。『北コーチ、今日も散々でしたね。』『だいたい声が出てない。キックオフの時もマイボールって声がないから誰がとるのかわからない。挙句の果てにノッコン。』とソータの父。『そうですよね。声出ていませんでしたよね。』と相づちするフースケの父。やや真剣なまなざしでアンのお父さんが言った。『練習方法を変えてみますか。』『練習方法を変えるってどんな風に。』とちょっとイラッとした口調で北ヘッドコーチ。目が血走っている。練習内容は全て北ヘッドコーチが考えている。

 

 北ヘッドコーチ。彼は唯一自分の子供がチーム内にいないコーチである。6年前、彼の子が6年生の時にヘッドコーチに就任し、見事に県大会優勝を成し遂げている。その手腕が認められて、子が卒部してもヘッドコーチを続けているのだ。が、実のところは本人がやりたいだけであった。心底ミニラグビーが好きなのだ。毎週の練習メニューを考え、コーチラインに練習メニューPDFを添付して送る。一番に練習場にやってきては三角コーンやマーカーでコートを作る。大変な作業である。よって自分はこれだけのことをしているんだ、という自負があり、他のコーチの意見に耳を貸さない頑固な一面もあった。同じく、俺がこんなにやってるのに、との思いから、子供たちにはついつい罵詈雑言を浴びせることがある。

 

 今でも現役でラグビーを続けているアンのお父さんからしてみれば、これだけメタメタにやられたんだから、少しはチーム方針や練習メニューの変更も必要だろうと考えていた。また、ラグビー経験はないが、子が1年生の時からクラブに入部し、それと同時にコーチを続けているコーチ歴6年のソータのお父さんも、同様に考えていた。ソータの父はなるべく優しく言ってみた。『かなりタックルミスが多かったのでコンタクト中心の練習メニューを取り入れてみてはどうでしょうか。』北ヘッドコーチは焼き鳥とビールを交互に口に詰め込みながら『いや、小学生なんだからコンタクト中心だと、けがのリスクがあると思うよ』と言ってビールを飲みほした。。『そうですよね。』コースケの父がうなずく。コースケの父は北ヘッドコーチの大学の後輩で、絶対に北ヘッドコーチには逆らわない。ラグビー界では、先輩、後輩の縦の関係は、絶対である。後輩が先輩に歯向かうことは許されない。無論、最近はそうでもないらしいが。

 

 素面のアンの父(吞めない)が口をとがらせながら『しかし今のままでは勝てませんよ。県大会まで半年しかないですよ。勝利至上主義ではありませんが、勝つことの感動や高揚感を子供たちに味わってもらいたいんですよ。そのためには、練習メニューの再考が必要ではないでしょうか。』と北ヘッドコーチ目掛けて言い放った。『そんなことはわかってるよ。俺だって勝ちたい。そのために練習メニューを考えている。しかし、他チームと比べてみても、特に我々天満がコンタクトの練習が少ないわけじゃない。俺は練習メニューよりも子供たちの特性を見直して、ポジションの変更を含めたフォワード(FW)バックス(BK)の再構築の方が、よりチームが強くなると思う。ところで、この前も話したけど、アンはフォワード(に変更にする案)は?』と、北ヘッドコーチは反論した。『絶対に嫌です。』アンのお父さんは即答した。≪俺は現役のセンターだぞ!我が子はセンターとして育てたい。フォワードなんて無理だ≫と。こういうところがお父さんコーチのわがままだったりした。

 

 2、3秒、沈黙が続いたのち。『まあまあ、でも今日はコーイチロー君が光りましたね。5試合で3か4トライしたんじゃないですか。』と、場の空気を変えようとタケミのお父さんがちょっとハイテンションで言ってみた。『そうですよね。コーイチロー君、良かったですよね。』とフースケのお父さんコーチは得意の相づちを見せた。 フースケの父はラグビー未経験者であったが、コーチ歴はすでに3年。今年はMRR(ミニラグビーレフリー)取得を目指す勉強家のコーチである。温厚な性格で、用具係などの雑用も率先して受け持つ非常にありがたい存在である。ただし、呑むと大虎になることも記しておく。チームスタイル、練習メニュー、戦術等コーチ間でぶつかり合うこともしばしばあるが、基本は同じラグビースクールに通うお父さん達だ。その後、夜遅くまでラグビー談義で花を咲かせながらお酒を飲み交わしたのは間違いない。

 

 4月29日、昭和の日の金曜日。竹林総合公園での練習である。竹林総合公園は、人工芝の多目的球技場を中心に、アスレチック施設や管理棟などが併設された、市が管轄する公園である。人工芝はよく手入れされ、ラグビーをするには、持って来いだ。しかし、多目的球技場は、ラグビーはもちろん、ゴールポストを設置すれば、サッカーのグラウンドにもなるように設計されている。地元少年サッカークラブと場所の取り合いになるのは必至だ。小学5年生からは土日の練習になるが、(4年生以下は日曜日のみ)土日ともに、竹林総合公園で練習はできない。市が平等にラグビークラブとサッカークラブに、配分しているからである。例えば、土曜日に竹林総合公園を使用できたとするならば、日曜日は他の練習場を探さなければならない。ある時は別の総合公園、またある時は、高校のグランド等、まるで渡り鳥のように練習場を探して回る。そもそもラグビーができるグランドはなかなかないものである。練習場探しも一苦労なのであった。

 

 今日はゴールデンウイークの初日の祭日ということで、天満少年ラグビークラブの全学年が集まった。練習は幼児、小学生低学年(1、2年生)、中学年(3,4年生)、高学年(5,6年生)、中学生で分かれる。練習内容も当然違って幼児、低学年、中学年は、楽しいラグビー、安全なラグビーを基本とする。例えば鬼ごっこの要素を取り入れたラグビーだったり、タッチフット、タグラグビー等である。パス練習も、輪になってボールを回すなどの簡単なものになっている。高学年になるとレベルが上がる。パスも4列パスやサンドイッチパス、タックル等のコンタクトプレー、グランド全面を使ったオールメン等、高度な練習となる。北ヘッドコーチは、子供たちの技量に合わせて、様々な練習メニューを考えていた。

 本日も通常練習だった。コーチ会で色々話し合った結果、これだという練習メニューやポジション移動は決まらなかったようだ。まずはブラジル体操から始まってグリッド。基本練習が始まった。

①ダウンボール&ピックアップ

※ボールをしっかりと地面にグラウンディングするラグビーの基本動作。

『声が聞こえんようおおお』

『ダンボール、マイボールは丁寧にいいい』

『もっと腰を落とさんか!』

②トライダウンボールエビ

※タックルを受けた時のことを想定して、ボールを隠しながら前に倒れる。そして半身になり、エビのように体を曲げながら、ボールを味方の方に手で突き出す、ラグビーの基本動作。

『ダンボールの時はしっかりボールを隠して、それからエビやろおが!』

『エビの時はもっとヒップスイングせんか!』

『ディフェンス側も本気でボール取りに行かな。練習にならんやろうが!』

③シールド。

※子供たちは2つに分かれて、お互いの正面に立ち、左の子がボールを持って、ダウンボールして地面に寝る。右の子はそのボールをとろうと走る。次の左の子は、それをさせまいとボールを守る。このボールを守る動作がシールド。ラグビーの基本動作。

『シールドに入るのが遅いいいい!』

『ちゃんとボールの上を押さんかああ』

『受けたらいかん、オーバーしていかなあああ』

いつものようにコーチたちの声が飛び交う。はたから見れば罵声に聞こえる。天満ラグビーのいつもの光景である。遅れてやってきた子が来た。『ユージ、遅かったやないか。グランド1周して、アップしてすぐに入いりい。』

 

 ユージ。6年149cm,39k。やや小柄ではあるが天満内では標準である。天満の子たちが小さいのである。正確なタックル。速いステップが持ち味である。また、キックがダントツにうまく、天満のキッカーでもある。何よりラグビーIQが高い。いつ飛び出すのか、どのルートにステップするのか。スペースがあいていないか。瞬時に判断できる頭のいい子である。3年生の時に入部したのだが、4年生のタグラグビーの大会で、マン・オブ・ザ・マッチに選出されるほどの高い能力の持ち主でもある。しかし、最近は、ラグビーに対して情熱がなくなっているというか、やる気がないように、コーチ陣には見受けられた。チームの中心人物で、能力も高い。しかし、このように遅刻してきたり、練習中にもかかわらず、ボーっとしてたり。

 ≪だって弱いやん。この前の試合もメタメタに負けるし。別にやる気がないわけじゃあない。チームが負けっぱなしでモチベーションが下がっているだけだ。練習は面白くないし、声出せ、ばかり(言われる)。この前、チョコパン(ちょこっとパント、チップキックの事)したらコーチに怒られるし、意味(が)分からん。サッカーチームにでも移籍しようかなあ≫グランドを一周しながらプロスピ(人気の野球のゲーム)の選手交換会が今日だった、などと考えるユージだった。


『次、4列パス、ジョグで整列!』

4列パスとは、おおよそ3~5メートル間隔で4列に並んで右、または左にパスをつなぐ練習である。詳しくは『4列パス』と検索してユーチューブ動画で見てみよう。

『流れとうよ、真っすぐ走ろう!』

『ハンズアップ、アーリーキャッチ、フォロースロー忘れんな!』

『ノッコンが多い!集中!』

『キンタロー、パスがワンテンポ、遅い。』

 キンタロー。5年、144cm、42k。まじめで、練習もほぼ休まない。明るく、優しい、おっとりとした性格である。ポジションはフォワードもバックスもこなせる、器用な選手である。しかし、優しく、おっとりとした性格が災いし、闘争心がない。パスは正確なのだが、ワンテンポ、出すのが遅い。タックルにも入れるのだが、ワンテンポ、遅く、しかも、押す力が弱い。北ヘッドコーチは『もっと遠慮せんで、押さんか。』と、いつも言っているのだが、本人曰く、『けがさせるかもしれんやん。』と真顔で言う。北ヘッドコーチが『けが、せんけんもっと強く当たろう。もっと速くパスを出そうぜ。』とハッパを掛けるが、キンタローはどこ吹く風のような顔で立ち去ってしまう。どこかマイペースで闘争心がないキンタローは、ラグビーより最近、学校で飼い始めたカブトムシの幼虫の成長の方が気になっていたのだった。


練習が終了した。キャプテン、コーイチローの声が響いた。『整列、気を付け、休め』続けて北ヘッドコーチ。『はい、今日もお疲れ様でした。もうちょっと声を出していこう。声を出すのにラグビーが上手い、下手は関係ない。しっかり大きな声を出そう。試合中は周りの雑音もあるから聞こえにくいし、練習からしっかりと声を出していかないと、いざ試合では全然聞こえんぞ。わかったか!』『はい』『聞こえんんん!』『はいっ!』といつものパターン。北ヘッドコーチは続ける。『そう、いつもそのぐらいの声を出そう。えー、連絡事項が一点あります。明後日の日曜日は体験会になっています。ゆっとったやろ。皆、チラシは配ってくれたか?一人、十枚はお友達に配ってほしいとお願いしとったけど大丈夫?配ってくれたか。まだ今日もこの後、時間があると思いますからできるだけチラシを配ってお友達を誘ってください。えー、他のコーチの皆様は何かございますか。…なければこれで終わります。コーイチロー。』北ヘッドコーチは他のお父さんコーチを見渡した後、コーイチローに目配せした。コーイチローは、『これで今日の練習を終わります。礼。』と発声。『ありがとうございました。』とみんなは続く。コーチ陣『ありがとうございました。』と頭を下げた。≪今日も無事に終わったな。さあ帰ってビールでも飲むか≫北ヘッドコーチはグランドに一礼し、荷物が置いてある、テント内に戻った。スパイクを脱ぎながら、体験会の準備やお世話をするコーイチローの母に『体験会の準備はできていますか』と尋ねてみた。ごみの処理や片づけに忙しく働くコーイチローの母は、短く『ええ』と答えた。北ヘッドコーチはスパイクの泥を落としながら『5、6年生は来てくれますかねえ』と、コーイチローの母のバタバタぶりを逆なでするように、のんびり聞いてみた。コーイチローの母は、またもや短く『さあ?』と答える。『体験会かぁ、5、6年、いっぱい来てくれないかなあ』と、なおも聞き直しながら、北ヘッドコーチはバナナを食べ始めた。イライラの頂点に達した、コーイチローの母は『北さんもご存じの通り、例年5,6年生の体験会の参加は一人、二人です。もうテントは撤収しますんで、どいてください。』と、厳しい口調で言い放った。北ヘッドコーチは≪ん、俺、何か悪いことでもしたかな≫と思いつつ、バナナをほおばり、リュックをからって(背負って)その場を退散した。でも、北ヘッドコーチを始め、コーイチローの母も、お父さんコーチたちも、そして子供たちも、この時点ではまだは知りえることはできない。明後日の体験会で、天満少年ラグビークラブの救世主ともいえる、あの子に出会うことになることは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る