第3話 交流戦 (6月)

 さわやかな空気と日差しが日増しに強く感じつつある6月5日、日曜日。今日は交流戦が行われる日だ。北ヘッドコーチは5時に起きルーティンであるモーニングコーヒーを味わっていた。苦めのコーヒーが体内を通過した時、次第に気合が入っていった。≪今日は前回のようにはいかんぞ。リューノスケの加入でレベルアップしたし、バックス陣のサインプレーの強化も図った。特に攻撃力は向上しているはずだ。今日は勝つぞ≫大胸筋がぴくぴくと動いた。そして同じく強い思いを持った選手がいた。


 『コーイチロー、テントを車に乗せて。』コーイチローはテントやテーブル、ウォータージャグ等をせっせと積んだ。キャプテンの母親は大変だ。誰よりも早く来てテントを2基設営し、テーブルや長椅子をセットする。前日から用意した麦茶の入ったウォータージャグ(9リットル)とスポーツ飲料が入ったウォータージャグ(9リットル)をテーブルに乗せる。近年は新型コロナウイルスが猛威を振るってラグビークラブの活動にも影響を及ぼす。練習に参加する子供たち、お父さんコーチの検温、消毒もコーイチローの母の仕事だった。今日は交流戦だから横断幕の設営も必要だ。健康チェックリストの作成も。コーイチローの母は≪早く車に乗せて、急がねば≫と焦った。これらは、すべてボランティアである。なぜここまでコーイチローの母が天満少年ラグビークラブのために尽くすのかというと、子がキャプテンであるから、という使命感だけではない。≪うちは早くに離婚して、お父さんコーチがいない。コーイチローがキャプテンというのに、皆さんに申し訳ない≫という罪悪感があった。別に必ず、父親がコーチをしなければならない、という規則はない。お父さんが美容師で、土日が仕事でコーチはできないという方もいる。お父さんは転勤でコーチはできないという方もいる。しかしコーイチローの母は≪私が父親の分まで働こう≫と、一層、汗を流すのであった。

 コーイチローの母は職場も変えた。前は早番、遅番、日曜出勤もある総合病院の看護師の仕事をしていたが、現在は平日昼間だけでOKの小さな開業医の職場に転職した。≪えっそこまでする?≫という、お母さん方もいたが、多かれ少なかれ、子のために、いくつかの犠牲を払う家庭はある。コーイチローの母も耳にした。遠征やラグビーの多くの道具を積むために、大きな車に乗り換えただとか、上の子がスポーツ特待で東京に行ってお金がかかるので、夜も働いているだとか。コーイチローの母は≪うちだけではないんだ≫と、より一層、ラグビーにささげた。


 そんな母親の姿を見ているコーイチローは他の選手より、一層ラグビーに打ち込むのであった。父親がいないことに不満はないが、他の子供たちが父親である、お父さんコーチと仲良くパス練習している姿は、ちょっとうらやましかった。そんなコーイチローは、前面に闘志をむき出すというより、内に熱い闘志をひめるタイプだった。声を出して、チームを鼓舞するというよりは、自分のプレーを見てついて来い、というキャプテンだった。一見おとなしく見えるキャプテン、コーイチローを見て、周りのお父さんコーチ達は物足りさも感じていたかもしれないが、それは全く違い、内に秘めるラグビー魂は誰よりも熱く燃え広がっていたのだった。≪チームのため、北ヘッドコーチのため、そして母さんのために俺は必ず勝つ!そして…あの人のためにも…俺がトライを取って、必ず勝つ、≫


 久留米市河川敷にて交流戦が行われた。交流戦ということで今回も1試合12分である。しかし、6月になれば日差しも強くなり、2分間のウォータータイムをとるとし、6分-2分-6分とすることを代表者会議で決まった。初戦は最大のライバル、ゼンマイヤングラガーズ。(天満が勝手にライバルと思っている。ゼンヤンは思っていない)5,6年生、総勢65名、春日ラグビー場を拠点とする、福岡県下ナンバーワン、いや九州ナンバーワンのチームである。練習環境もよく、何よりジャージがかっこいい。慶応義塾ラグビージャージを模した黒黄のジャージである。タイガージャージがいかにも強そうに見える。また、体もでかい。赤ジャージの天満は、ゼンヤン陣営を見てビビっているように見えた。『みんな、起きてるか!準備はできてるか!まずはゼンヤンだ!気合い入れていくぞ!』北ヘッドコーチの怒声が響く。途中、声が裏返っているのが気合の入っている証拠だ。


 『スターティングメンバーを発表する。1番コーイチロー、2番タケミ、3番ダイゼン、ハーフ、リューノスケ、スタンド、ユージ、センター、アン、左ウイング、ケンタ、右ウイング、シンゾー、フルバック、ソータ、以上だ。』両チーム挨拶後、キャプテン、コーイチローがじゃんけんで勝った。ボールを取る。ちなみに天満はじゃんけんで勝てば必ずエリアではなくボール(キックオフでキックする)を取る。少しでもキックによってエリアを取りたいからである。ただしヤンボール(相手ボール)から始まりやすいので、有利かと言えばそうでもなさそうだが。北ヘッドコーチの変わらない戦略であった。全員ポジションにつく。レフリーが両チームの人数を確認。定刻の時間が来た時、右手を上げ笛の音が鳴り響く。『ピィーーーッ』。キッカーのユージの『いくぞっ』の掛け声と同時にボールをけりだす。そして全員で『オーーー』と前に飛び出した。ユージは15mライン(大人なら22mラインのこと)手前まで深く蹴り込んだ。それをゼンヤン10番の選手がキャッチ。左のエリアから右のエリアに大きく回った。天満選手は左のエリアにボールがいったことで、みんな左へとつられてしまい、右のエリアが手薄になった。左ウイング、ケンタ、タックルミス。フルバック、ソータがどうにか止めるも、サポートに入って来たゼンヤン3番にオフロードパスされ、開始30秒でトライを許してしまった。ゼンヤン応援団に歓声が起こる。

 

 『しっかり横一列で出らんかあああ!!!』ゼンヤンの歓声を打ち消すように北ヘッドコーチの怒声が鳴り響いた。公式戦なら、トライが決まればコンバージョンキックであるが、交流戦や練習試合では、時間や設備上、省略される。ゼンヤンのキックオフから始まる。高校からの15人制では、トライされたチームからのキックオフで再開されるが、小学生のミニラグビーでは7人制同様にトライしたチームのキックオフで再開される。ゼンヤンキッカー7番『いくぞっ』とともに大きく蹴りだした。ちなみにどのチームもキックオフの際は『いくぞっ』の掛け声である。他の掛け声があるチームがあれば参考に教えてほしい。ボールはダイゼンのやや後ろへ。バンザイの状態で手を出すがはじいてしまい、ボールはむなしく前方へと転がる。レフリーの小さな笛が鳴りノックオンを宣告。ゼンヤンボールのスクラムで再開される。


 ここで簡単にスクラムについて説明する。小学生ミニラグビーではスクラムは前方(フロントロー)3人でスクラムが組まれる。そして押してはいけないルールになっている。コーイチロー、タケミ、ダイゼンの3人がフォワードだ。『クラゥチ、バインドゥ、セット!はい、頭入れようね』とレフリーの声。と同時にゼンヤンの(スクラム)ハーフがボールを入れる。スクラムは押さないので当然天満はボールを奪ってはいけない。これをノンコンテストスクラムという。以上がミニラグビーにおけるスクラムである。


 ゼンヤンの2番の選手がボールを足で掻き出す。ゼンヤンのハーフはボールを右後方のスタンド(オフ)にパス、さらに右から走り込んできたセンターにパス、をしたところで天満センター、アンちゃんの強烈なタックルが成功、しかしゼンヤンの集結が早い。モールからラックが形成される。その後がもっと早かった。ゼンヤンのハーフがすぐにボールを出す。そこには体重70kはあろうか3番がピラー(※ピラー。ラックが形成された時の両側の事)目掛けて突入。天満はピラーを誰も守っていなかった。天満ハーフのリューノスケが飛びつくも、体重差が倍以上の相手に勝てるはずはなく、難なく2トライ目を献上した。『コラー!ピラーは絶対に立たんかあああ』北ヘッドコーチが叫ぶ。3トライ目も同じように献上した。キックオフからキャッチミスしてノックオンとられ、相手スクラムから再開される。ハーフから今度は左に展開され、左隅にトライ。3分で3トライ。もうこの流れはどうにもと止まらない。前半の6分終了時にはトライ数で0対5になっていた。2分間のウォータータイムに入った。


 北ヘッドコーチ『水を入れろ。まずはキックオフを大事にしよう。必ず両手でしっかりキャッチするんだ。』『そしてボールが取れるときはマイボールと声を掛けよう』とアンのお父さんコーチ。『あとは必ずピラーを守れ。誰も入ってないやんか。入った時も必ずピラーと声を出そう』とソータのお父さんコーチが声を張り上げた。みんなは無口で水を入れながらコーチ達の言葉を聞き、小さな声で『ハイ』とささやくように答えていた。


 後半はゼンヤンのキックオフで始まった。ゼンヤンは3人のメンバー交代がなされていた。あの巨大な3番がいない。その他、俊足の10番とハーフが変わっていた。北は拳を握りしめながら≪交流戦ということで主力を変えてリザーブの選手を投入してきたな。なめられたもんだな。ボコボコにしてやるぞ≫などと思っていた。キックオフをソータがキャッチ。するもつぶされラックが形成される。ラックのサイドからコーイチローがアタックし3、4メートル前進するもタックルを受ける。ゼンヤンの選手はタックルを非常に鍛えられている。『コーイチローおおお、寝るな、立っとけえええ』北ヘッドコーチの怒声むなしくコーイチローはこらえきれず寝た。そこのポイントの集積が圧倒的にゼンヤンが早い。ジャッカルされヤンボールに。そしてこの瞬間、力の差を見せつけられる。ゼンヤンはきれいにバックスにラインができている。天満はシンゾー1人。ゼンヤンのハーフは素早くスタンドへパス。この時点で1対3の状況。シンゾーはスタンド目掛けてタックルに入るもセンターにパスを出され6トライ目を献上した。7、8トライ目も似たような展開だった。ヤンボールスクラムで始まり、ハーフが球出し後、スタンド、センター、ウイングまで回され、左ウイングのケンタ、ステップでかわされ7トライ目。8トライ目はマイボールのラインアウトだったが、タケミのスローイングとコーイチローのキャッチの息が合わずノックオンを取られヤンボールスクラム。今度は右に展開され右ウイング、シンゾーがタックルに入るものの体重差もあり、弾き飛ばされトライされることになった。


『ピッピッピーーーー』レフリーの笛とともにノーサイドが宣言された。後半は4トライ奪われ、トライ数0対9の完敗だ。お互いに礼、相手チームへ移動し礼、そして自チームの前で礼『ありがとうございました。』悲壮感が漂っている。『よくやった』北ヘッドコーチは小さな選手たちに労いの言葉をかけた。『みんな切り替えろ。後3試合控えているんだぞ』アンのお父さんコーチが激励するように言った。『そうだ、成長したやないか。天下のゼンヤン相手に善戦したやん』ソータのお父さんコーチの褒めている。選手たちもわずかだが笑顔がもれた。北ヘッドコーチは≪県下一の強さを誇るゼンヤン相手にトライ数1桁で押さえたことは褒めるべきだろう。ディフェンスも一定の範囲だが機能していた。もっと広がって、サインプレーも強化すれば、得点能力も向上するだろう≫と考えていたのであったが。


 『お疲れ様でした。』ゼンヤンコーチが挨拶してきた。『こちらこそ、ありがとうございました。お疲れ様でした。』『一応、得点に間違いないか確認にきました。』『えーと、前半0-5、後半0-4、合わせて0-9で宜しいでしょうか。』『はい、大丈夫です。ありがとうございました。』北ヘッドコーチは続ける。『それにしてもゼンヤンさん、今年も体格もよく、鍛えられていますね。』北ヘッドコーチはゼンヤンの選手たちを見渡しながら話した。しかし、ゼンヤンのコーチは頭を搔きながら、申し訳なさそうに言った。『実は謝らなければならんとですよ。先ほどの代表者会議で他チームの方にはお話ししたんですが、北ヘッドコーチは早く戻られてしまったので言いそびれましたが、うちのAチームは長崎に遠征に行ってるんですよ。』『えっ』


≪今年は非常にいい素材が集まっている。173cm、69kのカズキを中心に全員165cm以上60k以上の大型フォワードたち。ハーフは俊敏な動き、速いパス出しが持ち味のヒデキ。バックス陣はクレバーでキック飛距離が70mのスタンド、ダイキ。そして50m走7秒3、トライゲッターのキャプテン、165cm、50kのコーキ。この十年では最強のチームが出来上がるぞ。今日は長崎遠征だ。去年、長崎県大会優勝チームの強豪、北台さんから練習試合のお誘いだ。このチャンスは逃せないぞ。≫ゼンマイヤングラガーズ小学部総監督の大文字監督はチーム保有のマイクロバスの最前列で腕を組んで鎮座している。


 大文字総監督(68)。元社会人ラグビー神戸製鋼出身のバリバリのラガーマンだった。引退後、地域への貢献と活性化、未来のラグビー選手の指導、育成のためこのゼンマイヤングラガーズにやってきた。時に厳しく、時に楽しくがモットーだ。最近、若いコーチに煙たがられる存在になっていることは自覚しているが、そんなことは無視だ。交流戦があることはわかっていたが、後日、北台リトルラガーズからの練習試合の申し込みがあり、こちらを優先したのだった。若いコーチたちは『交流戦を優先して下さい』などとほざいておったが。≪交流戦はまあ、Bチームで勝てるやろ。参加チームはティア2(※ティア。世界のラグビーにおいて、最上位国を表すのがティア1(ニュージーランドなど)。ティア2はラグビー中堅国(日本など)を表す。この場合は、交流戦に参加した他のチームを揶揄した言葉)ばかりやからな。ちょうど、Bチームの底上げになるだろ。フン≫大文字監督は座席に深く座りふんぞり返った。若いコーチはマナー違反になることを言いたかったのだが、大文字監督はBチームでは負けるのではと心配していると考えたようだ。


 北ヘッドコーチは唖然とした。≪あれはBチームだったのか。嘘やろ。うちより一回りは大きかったし、うまかったやん≫さっきまで、ディフェンスが機能しただの、得点能力の向上だの分析した自分が腹立たしくなった。北ヘッドコーチは肩を落とした。ゼンヤンの壁が福岡タワーのごとく、高く高くそびえ立つ。2試合目は北九州の強豪、筑ヶ谷ラグビースクール。ハーフ以外、全員160cm以上の大型選手相手に1対10、昼食をはさみ3試合目は久留米の古豪、久米ジュニアスクール。コーイチロー、アン、ユージも奮闘したが、2対7でそれぞれ完敗した。残すは4試合目、糟屋郡の志免ジュニアラグビークラブだけとなった。チーム内に悲壮感が漂う。皆、下を向いている。そんな天満少年ラグビークラブに非凡な才能を持つ少年が一筋の光をもたらせる。


 4試合目、志免ジュニアラグビークラブ戦。今日の最後の試合は終了した。北ヘッドコーチは目を閉じ、回想した。

 キックオフはユージのキックで始まった。15mラインを大きく超え、ゴールライン付近まで転がった。そこにシンゾーが飛び出している。志免ジュニアの子は思わず味方ゴールエリア内、インゴールに入りグラウンディング(ボールを地面に付けること)した。レフリーはキャリーバックと宣告し敵のインゴール前5mでマイボールスクラムを勝ち取る。スクラムが組まれハーフのリューノスケがボールを入れる。リューノスケは相手のハーフに隠れるように小さくなると、スクラムのサイドから飛び出し、見事にトライを決めた。リューノスケ、生涯初のトライであった。また、前半終了間際の6分、観客を魅了するプレーが出る。ハーフウェイライン付近、左サイドでのマイボールスクラム。ハーフのリューノスケはボールを持ち出し、今度はオープンサイド側に飛び出した。相手ハーフは間に合わない。リューノスケは相手スタンドとセンターのギャップを突きステップで抜き去った。最後はフルバックが待ち構える。リューノスケはショートパント(小さなキック)を試みる。相手フルバックの頭を超え、ころころと楕円のボールは縦回転しながら転がった。リューノスケは相手フルバックを抜き去り、ボールがポンッと跳ね上がった時にキャッチ。『おおーー』っと歓声が沸き上がった。後は全速で走り2トライ目をゲットした。続く後半3分には自陣10m、右サイドタッチライン付近でのマイボールスクラムの時だった。リューノスケ、今度はブラインドサイドを走り抜け出した。待ち構えるのはフルバックのみ。リューノスケはキックのふりをする。相手フルバックは先ほどキックをされ、抜かされた映像が脳内によみがえる。その一瞬を突き、リューノスケはステップで抜き去ったのだった。逆転の3トライ目であった。試合はその後、志免ジュニアに2トライを許し5対6で惜敗した。≪ラックが形成されたところに必ずいるし、パスもまあまあの精度。ハーフとしての役割をよくわかっている。そしてあのランニングセンス、キックのタイミングと精度。とてもラグビーを始めて1か月とは思えん。何か秘密があるに違いない。≫北ヘッドコーチは『コーイチロー、整理体操!』と大きく声を上げた。


 『1、2、3、4』コーイチローは整理体操をしながら今日を振り返った。いくつかトライすることはできたが、チームの勝利にはつながらなかった。悔しかった。勝つことができたらあの子に告白しようと思った。告白といっても≪ライン交換してくれませんか≫というぐらいなのだが。いつの日か我が家にソータ、シンゾー、アンが泊まりに来たことがあった。母さんは男の子ばかりの中だけどいいの、と心配してアンのお母さんに尋ねていたが、アンのお母さんは『全然大丈夫ですよ。雑魚寝でも構いません。逆にお世話になっていいんですか?』と心配されていたらしい。さすがに雑魚寝はまずいと母さんは自分の部屋でアンと寝たのだが。ラグビーの練習の最中ではアンとしゃべることはほとんどない。アンは5年生の女の子、ノアといつもくっついている。5、6年の女の子はアンとノアの2人だけだからかもしれない。話も合うのだろう。試合では体を使った突進で頼もしい。俺はステップで相手を抜くが、アンはまっすぐに突進する。そして簡単には倒れない。体幹トレーニングでもしているのかな。そんなアンが男3人に交じって泊まりに来た。初めは別にしゃべることもないし、とか思っていたが、いざ4人になるとしゃべるしゃべる。こんなにアンは饒舌だったのかと驚かされたものだった。学校の事、ゲームの事、好きなドラマや映画の事。食事が終わってお風呂が済むと、みんなでトランプをした。七並べだ。俺はダイヤの6を止める意地悪をすると、アンが『だれえーダイヤの6止めとう人?』と困った顔がかわいかった。何より風呂上がりの濡れた髪からシャンプーの香りがとても心地よかった。初めてアンを女の子と認識した瞬間だった。その日から俺の心にはアンという存在が住み始めた。今日は負けた。つまり今日は告白する日ではないのだ。と自分に言い聞かせた。それにしてもリューノスケ、初試合にしてはすごかったな。


 それについては他のメンバーも同様だった。ユージは≪やっと俺と対等なヤツが現れたな≫と感じた。飛距離は上だが、キックの精度はリューノスケが上かなっと思った。なにより、走りながらのキックはユージはしたことがなかった。≪今度、リューノスケとキックして遊んでみよ≫とユージにやる気が少しだが芽生えた。

 5年のコースケは『お父さん、今日のリューノスケのトライすごかったね。』と帰りの車の中で連発していた。試合中も『スゲー、スゲー』を連発。まるで自分がトライしたかのように、はしゃいでいた。コースケの父は『見るのも勉強だ。いいプレーはしっかり目に焼き付けておけよ』とアドバイスする。タケミも同じ小学校のリューノスケを誇りに思った。『あー、あん時、リューノスケをラグビーに誘ってよかったー、ねえ、父さん。』『ああ、ほんと偶然、小学校で見つけたもんね。』とハンドルを握る、タケミの父が答えた。タケミは≪もっと練習しよ≫と密かに闘志を燃やした。


 リューノスケは初めて試合に出場したこと、仲間に入れてもらったことがうれしかった。みんなが集まってくれる。一緒に喜びあってくれる。すぐに仲間の中に溶け込ませてもらったことが何よりもうれしかった。北コーチをはじめ、お父さんコーチたちも、『ラグビー初めて1か月とはとても思えんよ』と、褒めてくれ、何だか恥ずかしい。リューノスケはみんなの反応にありがたみを感じていた。≪まだ入部して1か月なのにこんなに仲良くしてもらえて…≫感謝の念ともう一つ、心のどこかに何か引っかかるものがあった。が、とりあえず飲み込むことにした。

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