第4話 新コーチの加入(7月上旬)

 太陽の日差しが痛く突き刺し始めた7月2日の土曜日。北ヘッドコーチの雄たけびで練習は始まった。『みんな、おはよう!…元気がないぞ!おはよう!』夏の暑さが吹き飛ぶどころか2℃ほど気温が増す。『今日も元気にブラジル体操から始めるぞ。最初に水入れてから整列!休憩じゃないぞ!』北ヘッドコーチは今日こそはと心に決めていた。≪リューノスケ父をコーチにさせよう≫前々から思っていた。体験会ですでにスクリューパスを習得していたこと。先月の交流戦でみせたリューノスケのラグビーのうまさ、勘の良さ。とても1か月しかラグビーを習った選手とはとても思えなかった。また、大まかではあるがラグビーのルールを知っていること。先週リューノスケに訊いてみた。『お父さんとパス練習とかしようと』『うん』『お父さん、ラグビーしよったと?』『うん』≪ほらみろ、子供から証言がとれたぞ。いつもいつも遠くから見学しやがって!こっちはお父さんコーチ不足で、きついんだぞ。今日こそはリューノスケの父を引きづり込んでやる≫


 リューノスケの父は、持参した折り畳み椅子に座って、いつものように見学をしていた。そこへ顔を真っ赤にした北ヘッドコーチが近寄ってきた。『大文字さん、お疲れさん、そこは暑いでしょ、もっと近くで見た方がよかっちゃないと。』ため口で近づいてきた、北ヘッドコーチの様子に危険を察知した大文字(リューノスケの父)は椅子を折り畳み、小さな声で『いえ、ここで結構ですので…』とそそくさと立ち去ろうとした。紅潮した顔で北ヘッドコーチが言い放った。『もう俺も54(歳)で、きついっちゃ。ラグビー経験者やろ、リューノスケが言いよったバイ!手伝っちゃらんね!』かなり上から目線である。大文字は『経験者とはいえ、もう30年以上前のことですよ。それにラグビーは下手で3年間ずーっと3軍です。』『どこの学校ね』『東(※東筑後川高校の事。福岡県のラグビー強豪校。)です。』『あの東ね。なら相当うまかろうもん。』『いや、さっき言った通り、3軍で公式戦出場は0です。』『まあ、いいたい。とにかく手伝って、頼むけん!』『いや、それに四十肩で手が上がらなくて…』大文字は右腕が上がらないしぐさをしながら、後ずさりした。なおも北ヘッドコーチは畳みかける。『明日スパイク買ってきて。ほら、俺もサッカー用の三千円ぐらいの安もんバイ!頼んどくけんね。』北ヘッドコーチは言いたいことだけ言うと踵を返した。≪絶対に引きずり込んでやる≫もう、これは執念であった。大文字の方はどっと汗が出た。≪これだからラグビー界は嫌いなんだ…≫


 練習終了後、大文字はリューノスケに聞いた。『リュー、今日、北コーチにお父さん、ラグビーしよったって言ったろ?』リューノスケは『うん』と悪びれることなく言った。『まあ、しょうがないか。あんまりお父さんがラグビーしよったって言わんといてね。』『なんで?』『コーチにさせられそうなんよ。』『マジで!じゃあ、やって!』『無理よ。お父さんがしよったのは30年以上前で、ラインアウトとかジャンプして取りよった時代よ。それに肩が痛い。』『でも僕とトレーニングしようやん。』『そりゃリューノスケ一人くらいなら何とかなるけど、みんなのコーチはできんよ。』『何で?いいやんコーチしてよ!』『無理ぃ』『やって!』『無理ぃ』『やって!』…この会話が帰宅するまで延々と続いたのである。


 ダイゼン。6年155cm、64k。ラグビー歴8年のベテラン組である。温厚で天然。もちろんいい意味で。気は優しくて力持ちがぴったりな少年である。そして、思ったことを口にする。『コーチ、今日の僕は頑張っていましたか。』コーチが『うん、頑張っとったよ。』と言うと『うれしいです。ありがとうございます。』と答える素直な子である。でもそのやさしさゆえか、ラックに入れない。自分でボールを持ち出すことが出来ない。北ヘッドコーチの格好の餌食になっている。『こらーーラックに入らんかあああ』や『自分で行かんかあああ』のフレーズは読者の皆様も聞いたことがあるでしょう。あれは全てダイゼンです。恵まれた体をなかなか活かし切れていないダイゼン。しかしラグビーは大好きだった。ラグビーが下手とか上手とかよりもラグビー好きの子供たちを一人でも増やしていくことこそが天満少年ラグビークラブが担う大きな仕事の一つだと思う。ダイゼンは口に出して言う。『僕もリューノスケ君のように上手になりたいな。』北ヘッドコーチは『大丈夫。しっかり練習すれば必ず上手になれるよ。まずは勇気をもってラック、タックルに入ろう。』『北コーチ、わかりました。今日も一生懸命、練習します。』はにかみながら、照れくさそうに笑うダイゼンは本当にかわいい。≪勝ち負けも大事だが一人でも多くのラグビー好きの子供たちを増やそう≫と北ヘッドコーチ再度、自分に言い聞かせたのだった。


 次の日曜日の竹林総合公園。北ヘッドコーチはスパイクを履き始めようとしていた時、駐車場の方からリューノスケとオッサンが近づいてくる。『誰だ?あの奇妙なオッサンは。まさか大文字…さん?何か勘違いしてんじゃないか。』大文字が北ヘッドコーチの元へ近づいた。『おはようございます。コーチの件ですが、どうしてもリューノスケがやれっていうのでお引き受け致します。用具係程度しかできないと思いますが、よろしくお願いいたします。』大文字はさっそく予防線を張った。『いやいやいや、やる気マンチクリンやないの。竹林チクリンだけに。ハハハッ』北ヘッドコーチは爆笑した。大文字の服装だ。色あせして若草色か緑なのかわからない緑白のくたびれた半袖ラガーシャツに超丈の短い白パンツ。体系のいい人が着れば、まだ様になるが、腹の出たオッサンが着ると滑稽である。スパイクだけは新しいが、色はショッキングピンク。『いやあこんなのしか持ってなくて。スパイクは買いましたけどね。セールで三千円はこの色しか無くて…』と答える大文字。隠すことなく大笑いする北ヘッドコーチは『いいよ、いいよ。』とスパイクの靴紐をぐっと締めようとしたが力が入らなかった。≪ク、ク、クッ笑い死にさせる気か!≫


 練習開始前、大文字は新コーチとして紹介された。北ヘッドコーチは『今日からコーチに加わって頂ける大文字コーチです。リューノスケのお父さんです。拍手!』と例のニタ顔で発表した。大文字は『リューノスケの父です。よろしくお願いいたします。』と小さな声で答えた。子供たちの反応は微妙だった。≪リューノスケの父ちゃん、ダサ≫≪結構、腹出とうね≫≪ヤバッ≫お父さんコーチたちも挨拶してきた。『タケミの父の松尾です。よろしくお願いします。』『アンの父の…』『ソータの父の…』『コースケの父の…』『フースケの父の…』緊張で覚えられない。こんな一遍に言われても覚えられない…。


 コンタクトの練習が始まった。タックルドリル。選手が『見たーーー』と発すると、選手の前方4、5メートルの位置からタックルバックを持ったコーチがゆっくりと2,3歩前進する。選手がタックルバック目掛けて前進するとコーチは右前方、左前方に動きを変える。選手はその動きにしっかりついて行きタックルに入る。タックルバックを持ったコーチはタックルを受けつつ踏ん張るが、倒れる(倒れてやる)。倒された瞬間、もう一人のボールを持ったコーチが倒されたところにボールを置く。タックルした選手はすぐに立ち上がり、ボールを奪うために、ボールを置いたコーチにタックルする。成功すれば次の選手に代わる。これが一連の動作だ。つまりコーチが2人必要だ。しかし子供15人は3組に分かれるので、2人×3組で最低6人のコーチが必要だ。出来れば交代要員(ずっと続けるときつい)+3人ほどいれば助かる。また、北ヘッドコーチやアシスタントコーチ(アンのお父さんコーチ)は指導する立場なのでここには加わらない。いかに多くのお父さんコーチの数が必要かお分かりになったでしょう。


 ケンタ、5年135cm、35k。体は小さいが、ガッツあるプレーが持ち味である。大きな相手でも果敢にタックルに入ることができるし、トップスピードでパスを受けることができる、数少ないプレーヤーである。小学生ぐらいだとパスを受けるとき、止まって受けるか、ジョグ程度のスピードで受けるのがほとんどであるからだ。ただし、やる気がない。やる気が見えないのか、内に秘めているのかはわからない。そして最大の弱点はわがままである。先日の交流戦でも『俺、フルバックしかせん。』といって駄々をこねていた。北ヘッドコーチはチーム事情や彼の特性からウイングで起用していた。そういえばウイングのケンタはいつも以上にやる気がみえなかった。北ヘッドコーチは途中でノアに交代させていた。タックルドリルの話に戻る。ケンタは『見たーーー(ア)ップゥッ』と掛け声とともに前進。コースケ父コーチがタックルバックを持って2,3歩前進後、右前方へ方向転換。それ目掛けてケンタがタックルに入った。思わず北ヘッドコーチ。『タックルが高いいいい。もっと低くううう』コースケ父コーチ、倒れる。その背後にソータ父コーチがボールを置く。ケンタは立ち上がりソータ父コーチにタックルに入った。北ヘッドコーチは叫んだ。『ビ(リ)ロード(タックルした、された後すぐに立ち上がること)が遅いいい。バインドの位置は膝裏やろうがあああ』ソータ父コーチは後ずさりする。『ナイスタックルやったよ、ケンタ』基本的にボランティアお父さんコーチは子供たちに優しい。そしてコースケ父コーチが立ち上がって次の子が番になる。これを繰り返すのだからお父さんコーチも過酷である。北ヘッドコーチが叫んだ。


 『ユーキ、大文字コーチに熱い洗礼を与えてやれ。ぶっ飛ばしてこい!』

ユーキ5年、147cm、59k。巨体を使った突進は破壊力がある。また、ラインアウト時のスローワーでもある。スローイングは正確かつ、距離も出る。休憩時間にはいつも松尾コーチとスローイングの練習をしている。『いいね、ここまでいける?』『ボールの回転もいいし、将来はフッカーやな、絶対、向いとーよ』がいつもの会話である。聞いた話ではゲームが好きでよくユージらとオンラインゲームを楽しんでいるらしい。弱点は膝である。成長痛らしい。いつも両足に大きなサポーターをしている。ブラジル体操での膝の曲げ伸ばしや、低い体勢でのタックルを苦手にしている。県大会までに治るといいのだが。『見たーーー(ア)ップゥッ』ユーキはがタックルバックを持った大文字コーチ目掛けてタックルに入る。『強く入れえええ』北ヘッドコーチが煽る。その時『ボスッ』といういやな音とともに大文字コーチが仰向けに倒れた。『大丈夫ですかっ』アンのお父さんコーチが近づく。大文字コーチは『いや、大丈夫です。』といかにも大丈夫ではない様子で立ち上がった。『ちょっと交代させてもらっていいですか。』大文字コーチは立ち去った。ユーキはきょとんとした顔で順番の列に戻った。北ヘッドコーチは≪してやったり≫とニタ顔した。


 『次はサンドイッチパスです。コンタクトじゃないんで入れますか。』アンのお父さんコーチが申し訳なさそうに聞いてきた。『わかりました。行きます。』頭に氷のうを当てていた大文字は立ち上がった。サンドイッチパス。(近況ノート参照)2列に並んだ選手にコーチAが走り込んだ選手Aにパス。選手Aは選手Bにパス。選手BはコーチBにパス。コーチCは選手Bにパス。選手Bは選手Aにパス。選手AはコーチDにパス。そして次に走り込んできた選手CにコーチBがパス、と続いていく。よってサンドイッチパスにはコーチが4人必要で2組作るのでコーチ8人必要となる。やはりお父さんコーチは多くの人数を要する。『じゃあ始めるぞ。声出して行くぞー』北ヘッドコーチも怒声からサンドイッチパスが始まった。『パスが欲しい時にパスと言え!』『もっと速く!!!』『パスが悪いやろ』一巡した時『やめっ』と北ヘッドコーチが止めた。

 

 『いいか。ハスを受けるのは体で受けるんじゃない。手でキャッチするけど、こうじゃないやろ』とボールを横向きで持った。『こうやろ。』胸元あたりでボールを立て向きに変えた。『そしてすぐにこう。』ボールを180度向きを変え、下腹部あたりに下ろした。『それからパスやろが。』と、大文字コーチにパスした。『ハンズアップも忘れたらいかんよ。最後はしっかり腕を伸ばそう。』アンのお父さんコーチが付け加える。北ヘッドコーチは『大文字コーチ、パスして』と大文字に要求した。『パス、といってキャッチ。』大文字のパスが乱れボールが回転してしまった。『大文字コーチ、ストレートで』と言ってボールを返された。『アゲイン、パス、といってキャッチ。』今度はボールが横向きに、しかも北ヘッドコーチの体半分後方にいってしまう。『大文字コーチ、この辺ぐらいに、こんな角度で放ってもらえんかな。』北ヘッドコーチは自分の胸元に縦の状態のボールを要求した。『アゲイン、パス、といってキャッチ。』今度はボールは胸元付近に放たれたが、ボールの角度は横向きだった。しかし北ヘッドコーチはその悪球パスを強引に手首を返してキャッチし、下腹部付近まで移動しボールを移動して『こうね。』と言ってみんなに見せた。『じゃあ始めるよ』皆、散った。北ヘッドコーチは大文字コーチにつぶやいた。『パス、難しいもんね』大文字の顔は紅潮してた。≪我ながら、、情けない、、、≫


 『じゃあ、オールメンするぞ、集まれ。』オールメン。グランド全体を使って、試合を想定した練習である。対子供の時もあれば、対コーチの時もある。今日は対コーチであった。『まずは、コーチたちがオフェンスね。成田コーチはハーフ、有吉コーチはスタンド、大文字コーチはセンター、佐々島コーチはウイングね。松尾コーチは、レフリーお願いね。』グランドほぼ中央の左サイドに、タックルバックをいくつか積み重ねた。北ヘッドコーチが子供たちに説明する。『ここにラックが形成されたとしよう。お前たちはディフェンスね。笛を鳴らすから、すぐに相手をノミネートすること。ハーフが球出ししたら、アップね。そのあとは、しっかりタックルに入ろう。』アシスタントコーチの清水コーチが『ノミネートは大きな声で、それとパドリングもしっかりして、かわされんようにね。』と付け加える。北ヘッドコーチがお父さんコーチたちの方を振り返り、『軽くかわしてもいいけん。あと(攻撃は)2次、3次ぐらいまででいいけん。』と、身振りを交えながら伝えた。『まずは、コーイチロー、ダイゼン、タケミ、ユージ、入れ。一人はラックに入れよ。行け、』笛が鳴って、子供たちがグランドに散った。コーイチローはラックに入る。ダイゼンがスタンド、ユージがセンター、タケミがウイングに入った。それぞれ、『スタンド見たー』『センター見たーー』『ウイング、ミターーー』とノミネートする。清水コーチがハーフの成田コーチに目配せして、ボールを出すように要求した。成田コーチはスタンドの有吉コーチへパス。ダイゼンが猛然とアップし、『あああーーー』と叫びながら、有吉コーチに襲い掛かる。有吉コーチは軽くステップしてダイゼンをかわす。ダイゼンは前のめりにこけてしまった。北ヘッドコーチが思わず笛を鳴らした。『ダイゼン、アップはいいよ。でもただ、突っ込んでるやん。何か忘れ取らん。』北ヘッドコーチはダイゼンの元へ駆け寄る。ダイゼンは立ち上がると手を口元にやりながら、『マウスピース忘れてました。いやあ、何か僕も忘れているって思ったんですよ。』とそそくさとマウスピースを取りに走り出した。北ヘッドコーチは『馬鹿タレー、パドリングたい!パドリングして間合い測って、タックルに入らなー!』と怒鳴ったが、ダイゼンの耳には届かなかった。マウスピースを装着して戻ってきたダイゼンに向かって北ヘッドコーチは『今の組、アゲイン』と言って、もう一度、準備させた。『ピッ』と笛が鳴る。コーイチローはラックに、ダイゼン、ユージ、タケミは各々ノミネートする。ハーフの成田コーチが有吉コーチにパス。有吉コーチは大文字コーチにパス、をしたところで大文字コーチが前にボールをはじいた。レフリーの松尾コーチが笛を鳴らし『ノックオン』。大文字コーチは頭を掻きながら『すいません、すいません。』と平謝りだ。北ヘッドコーチは『アゲイン』ともう一度、今のメンバーに準備させた。顔が曇っている。再度、北ヘッドコーチは『ピッ』と笛を鳴らす。皆がノミネートしたところで、成田コーチが有吉コーチにパス。有田コーチは極力、優しく、大文字コーチにパス。大文字コーチはウイング、佐々島コーチにパスをしようとした瞬間、ユージが大文字コーチに強力なタックルを見舞わす。大文字コーチの体はくの字に曲がり、ボールを前に落とした。北ヘッドコーチは『ユージ、ナイスタックル!』と手を叩いた。ユージは立ち上がると、大文字コーチの姿を見て、『北コーチ、大文字コーチ、白目むいてますよ。』と言った。あわてて北ヘッドコーチは、大文字コーチの元に向かい、『大丈夫?』と聞いてみると、大文字コーチは息絶え絶えに『ちょっと、休憩いいですか…』とみぞおち辺りを押さえていた。どうやらユージのタックルがみぞおちに入ったらしい。北ヘッドコーチは『清水コーチ、入れる?』と大文字コーチに冷たい視線を見せながら立ち去った。


 『それでは整列!今日はこれで終わるぞ!』コーイチローの終わりのあいさつ後、本日の練習は終了した。北ヘッドコーチは大文字コーチに声を掛けた。『楽しかったろ?』『はい…』大文字コーチは疲れ果てた顔で力なく答えた。『リューノスケとパス練、しよらんかったと?』スパイクを脱ぎながら北ヘッドコーチは聞いた。『まぁしてましたけど、ご覧の通り、私は下手クソです。高校時代もほとんどボールに触っていませんでしたので。』『でも3軍かも知れんけど練習には参加しよったちゃろ?』『それが…あまりの下手さで先生がアナリスト(自チームや他チームの分析や戦略立案する人)せんねって気を使ってもらって…分析しかしてなくて実務の方は…だからコーチはやりたくなかったんですよ…』情けなさそうな顔で大文字コーチは言った。≪30年前の東のアナリストかぁ。使えるかなぁ≫北ヘッドコーチは『じゃあ、お疲れさんでしたー』とリュックを担いで帰っていった。大文字父子も帰って行く。自宅までは車で30分といったところか。大文字父は子に言った。『リューノスケ、お父さん情けなかったろ。』リューノスケ『別に。トレーニングの時の方がよかったよ。』『あれはリューノスケと二人やけん、緊張もせんし、1on1ばかりやったし、タックルとかホットサンドパスとかせんやん』『サンドイッチね。』リューノスケが突っ込む。大文字父は『お父さん、もう辞めたい。』と言った時、リューノスケも『俺も!』と続いたのだった。


 リューノスケは天満の子たちに非常に感謝していた。5月の途中入部の自分に、とてもフレンドリーに接してくれたことに。お父さんコーチたちも同様だ。優しく、たくさんの技術を教えてくれたことに。リューノスケにとって、天満は何の不満もない。むしろ、土日がくるのが楽しみで、いっぱいラグビーがしたいと願っているほどだ。ラグビーは大好きだ。天満のチームメイトもお父さんコーチたちも大好きだ。しかし、残念なことに天満少年ラグビークラブは弱い。交流戦で思い知った。リューノスケは勝ちたかった。どうせラグビーをするなら勝ちたい。北九州に住んでいた時のサッカーチームは強かった。1部リーグで優勝争いするぐらい強かった。俺は強いチームでラグビーがしたい。それで天満を辞めて他チームに移籍したいという気持ちが心の片隅に芽生えてしまったのだった。


 驚いた大文字は『えっリューノスケ、ラグビー辞めたいと?』と聞き直した。リューノスケは『ラグビーじゃない。天満を辞めたいと。あぁあ。ゼンヤンに行けばよかったぁ。強いチームに行けばよかった。』とあきらめ顔で天を仰いだ。先日の交流戦の全敗がよほど悔しかったのだろう。大文字父が言った。『馬鹿タレ。天満やけん、試合に出してもらえるっちゃろうが。ゼンヤンは3軍まであるとバイ。新入りが試合とか出してもらえんよ。』ちょっと強い口調で言った。『移籍とかできんやろうねぇ』『無理やろ。』『天満がもっと強いチームやったらよかったのに。』悔しそうな顔でリューノスケが言う。父は続けた。『強いチームやったら試合に出してもらえんやろーもん』リューノスケはこっちを見て『俺なら出れる。』と自信ありげな表情で父を見つめた。大文字はあきれ顔だったが、≪確かに勝った試合を見たことないな。人材は悪くないけどな。≫と目を細めた。ハンドルを右に大きく切った。家まではあと少しだ。≪確か交流戦のビデオがラインに添付されてたなあ≫大文字父はゆっくり自宅の駐車スペースに車を止めた。≪分析するか≫

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