第5話 ディフェンスシステム(7月中旬)
7月16日土曜日。練習終了後、夏合宿(7月29日~31日)の決起集会と称し高学年コーチ会が行われた。北ヘッドコーチ及び高学年お父さんコーチ6名が出席し、いつもの焼き鳥秀吉で行われた。『みんなそろった?では酔う前にコーチ会を始めたいと思います。でもその前にカンパーイ!』北ヘッドコーチの発声で宴会、いや、コーチ会が始まった。
『あのぉ』と、か細い声で大文字コーチが手を挙げた。『勝手なことを言ってもいいですか。実は先日の交流戦の分析をしたんです。ちょっと時間を宜しいでしょうか。』なるべく丁寧に言う。『まず問題点を言います。』お父さんコーチたちは大文字コーチに注目した。『一つ目がキックオフの処理。二つ目がタックルミスやディフェンスのギャップからとにかく走られる。三つ目が…』皆、ポカンっとなった。『大文字コーチ、そんなことはみんな、分かっとうバイ。キックオフで取れずにノックオンや、取りきらんでボールが転々として敵に取られる。』北ヘッドコーチはビールが入り、口滑らかだ。『対策としてボールキャッチのうまい子を適切に配置しよっかなって言ってたんですよ。』と清水(アン父)コーチ。『あと、マイボールの声が出てないね。自分が取る時はマイボーールって大きく言わな、いかんね』と成田(ソータ父)コーチ。『とにかく走られるのはディフェンスの時アップが足りんですね。見てるもん。あれじゃあウオッチャーですよ』と松尾(タケミ父)コーチ。『それにタックルには自分の間合いで入らなですね。パドリングが出来てない。』と有吉(コースケ父)コーチ。『そうですよね。出来てないですよね。』と相づちするのは佐々島(フースケ父)コーチ。大文字コーチは背筋を伸ばし真剣な表情で訴えた。『皆さんが言ってることはごもっともです。ですが、タックルミスやディフェンスのギャップは戦略で改善できると思うんですよ。天満の子は体が小さいですよね。コーイチロー君やアンちゃんならその改善策で対応できると思いますが、他は体が小さいので大型の選手だと止めることがでません。うちの子もそうです。戦略を変えてみませんか。』その時『ストッップ!』北ヘッドコーチが大声を張り上げた。大文字は≪だめか…出しゃばりすぎたな≫と反省した。北ヘッドコーチを怒らせてしまったっと思った。≪新人ド下手クソコーチの分際で戦略がどーだ、こーだなんて100万年早いわあああ≫この程度は言われる覚悟をした。北ヘッドコーチはおもむろに口を開いた。『コーチ達、これから大文字コーチが話すことについて約束してくれ。一つは最後まで話を聞くこと、そして絶対に否定しないこと。わかった?では、続けて、大文字コーチ。』大文字は気合が入った。
『一つ目はディフェンスシステムの変更をお願いしたいです。』≪ディフェンスシステムをっ≫全コーチが耳を傾けている。大文字コーチは続ける。『天満は対面(トイメン)の相手をノミネートして真っすぐ出ます。そして外へ外へと追い詰める。他の多くのチームが採用しているディフェンスシステムです。しかし現在の体の小さい天満にとってはこのディフェンスシステムはあっていません。なぜならマンツーマンでは体の大きさで負けてしまうからです。回されて、タックルミス、あるいは弾き飛ばされて走られてしまう光景をたくさん見てきました。』≪確かに≫コーチたちはうなずく。北ヘッドコーチは『じゃあどうすればいいんだ。』と先を急がせる。大文字コーチは乾いたのどを潤すように一口ビールを入れた。『ダブルタックルの状況を作ります。ダブルタックルなら体の小さな天満の子たちでも止めることができると思うんです。』お父さんコーチたちは首をひねった。≪ダブルタックルの状況を…しかしどうやって?≫
アン6年、154cm、56k。とにかく突破力のある天満自慢のラガー少女だ。お父さんの影響で年中からラグビーを習う。4年生の時、九州さわやかセブンスで優勝し、MVPを獲得。この頃から自慢の突破力で次々と男の子たちをなぎ倒し、トライを決める。現在弱小の天満が優勝?何かの間違いでは?と思われる読者の多いだろう。この頃はほぼ,全てアンちゃんにボールを回せば一人で突破してトライを奪えたのだ。パスはしない。できないのではなく、味方にパスをしても取ってもらえず、ノックオンになってしまうからだ。さすがに6年生になると一人で突破していくことは難しくなったが、堂々と男子の中で渡り合っていく頼もしい女子ラガーマンである。
その頃アンはお風呂に入っていた。『キャー!足にアオジミができとう。』ラグビーでは擦り傷、打ち身等のけががつきものである。女の子を持つ親御さんの心配の種でもある。『お母さん、お風呂上がったよ。ところでお父さんは?』『コーチ会と言ってたけど飲み会よ。ところでこの前のカンタベリーのワンピース、どうしたと』せっかく買ってあげたのに、と不満顔のお母さん。『もうなおしとう(片づけとう)よ。』と答えるアン。≪カンタベリーの服ばかりでいやになっちゃう。たまにはかわいいリンジーとか着たいのに≫おしゃれが気になる普通の女の子なのです。髪を乾かし終え、自分の部屋に戻ったアンは今日のノアとの会話を反芻した。
ノアがいう。『絶対、コーイチロー、アンちゃんの事、好きやけん。突風が吹いてみんなの水筒が倒れとったやん。そしたらコーイチロー、自分とアンちゃんの水筒だけ元に戻して、しかもくっつけておいとったとよ(ハート)』やや、近所のおばさんの会話みたいだ。『嘘やん。きもっ。たまたまやろ?』『絶対好いとーよ。聞いてみちゃろっか。おーい、コーイチロー、』厚かましいおばさん風である。『やめてよ。』とアンちゃん。『なん?』とか言って近づくコーイチロー。今は行くのはやめろ。これはトラップだ。『お前、アンちゃんの事、好いとっちゃろ?』おばさんやめろ!『はぁー何ばいいよっと(汗)』わかりやすいコーイチロー。『顔が赤いバイ。』ノアちゃんはおばさん化してしまった。アンはその場から立ち去った。≪コーイチローはホントに私の事、好いとっちゃろか?でも、私はあの人の事が気になっとっちゃけど…≫
大文字コーチはゆっくりと説明を始めた。『バックス陣は対面をノミネートします。ただし、対面のプレーヤーの正面ではなく…』『…なめるように走ります。』
『…から走ってきたフォワードがダブルタックル!』『…ダブルタックルに入ればいいんです。』大文字の説明は大方終わった。
北ヘッドコーチは天を仰いだ。≪言いたいことはわかった。さすが元アナリストだ。大文字コーチにこんな才能があったのか。しかし…≫北ヘッドコーチはやや重い口調で発した。『考えはわかりました。多分、他のコーチも大文字コーチのディフェンスシステムは賛成ですよね。しかしあえて問題点を提起すると、県大会まで、あと約3か月です。今から新しいディフェンスシステムは完成できますか。間に合いますか、というのが1点。もう一つはこのディフェンスシステムは前列の3人、フロントローに大きな負担を強いることになる。コーイチローは体もあるし体力もある。走るのも速い。後1人のプロップは誰っというのが2点目の問題点です。対策はありますか、大文字コーチ。』4杯目の生ビールを片手に『北さん、、、ヒック、完成するかしないかなんて私はわかりませんよ。ヒック。でも、やるなら今でしょ!やりましょう!勝ちましょうよ!ヒック、そしてもう一人のプロップはアンちゃんしかいないじゃないですか。コーイチロー並みの体と、スピードを併せ持ち、体力面でも男子に引けをとらない、ヒック。少々のタックルならものともしない。ピラーからの攻撃でうちの得点力は倍になりますよ、ヒック、』大文字コーチはすでに酩酊していた。清水コーチは『それはだめです。』と即答した。お酒を飲めない清水コーチは素面だった。『清水コーチ、もう覚悟決めな!』北ヘッドコーチもかなり酔っている。『そうたい、そうたい。』佐々島コーチが乱暴な相づちをしている。大虎に変身しかけている。≪これだから酒飲みは嫌いだ。≫清水コーチはやけ食いし始めた。『夏合宿で新生天満ラグビー部の誕生だぁああ』と、焼酎に移行した北ヘッドコーチが叫んだ。今日も騒がしくコーチ会の夜は続く。
7月24日、日曜日。今日は下田原グランドにて練習である。竹林総合公園は取れなかったようだ。『整列!』コーイチローの声が鳴り響いた。北ヘッドコーチが始まりの挨拶を始めた。『みんな、おはよう。朝飯は食ってきたか!じゃあ、いつものようにブラジル体操から始めよう。その前に来週から夏合宿に入るの、みんな分かっているな。楽しみやな。必ず参加するんだぞ!じゃあ始めよう!』
『夏合宿、楽しみやね。』シンゾーがソータに声を掛けた。『そやね。シン、ゲーム持ってくる?』『もちろん!』『でも、去年持ってきて、北コーチにめちゃめちゃガラれた(怒られた)やん。』と麦茶を飲みながら、ソータは答えた。『じゃあ、ソータは持ってこんと?』シンゾーは聞く。ソータは水筒を地面に置くと『もちろん、持っていくに決まっとろうもん!』とニカッと笑った。
シンゾー6年、146cm、42k。ラグビーセンス抜群の選手である。それもそのはず、シンゾーの家はラグビー一家だ。父は大学ラグビーの元ラガーマン。大学生の兄も高校生の兄もラグビー名門校に通っている。体はやや小さめ(天満内では標準)だが、鋭く切れ味の良いタックルが自慢である。ただし、試合中、どこでもタックルに入るので北ヘッドコーチから『シンゾーはラックに飲み込まれすぎだぞ。相手のライン、余らせとうやん。』とか注意されたこともある。が、タックルに入れるということは非常にすばらしい。
ソータもシンゾー同様天満内では標準だが、他チームに比べれば体は小さい。しかし、ソータも非常にいいタックルを持っている。天満の子たちは体が小さいがみな、タックルに入れる。体は大きいが、タックルに入れない子は結構いたりする。怖いからだ。普段の生活で人にぶつかるなんてことはない。大人だって人にぶつかっていくタックルは怖いものではないだろうか。走ってくる相手にタックルする。まさに、勇気が必要である。ソータも天満の子たちも勇気あふれる選手であった。ソータは元々ハーフが本職であった。リューノスケの加入でフルバックに転向した。≪いつかはハーフに戻りたいな。≫とソータは思っていた。ソータ自身、自分のベストポジションはハーフだと思っていた。実は北ヘッドコーチもそう思っていた。≪ハーフとしての能力、俊敏性や判断能力はリューノスケに引けをとらない。パスの飛距離や正確性はソータの方が上だ。しかし132cm、27kのリューノスケに他のポジションは…≫
『サンドイッチパスするぞ、コーチの皆さん、手伝ってください。』北ヘッドコーチが大きな声で指示を出した。子供たちは2列x2列で整列し、コーチ8人は持ち場へ散った。
≪お父さん、4列パスやサンドイッチパスの時はいつもリューノスケの列に入ったよ。もちろん、パスの技術を盗むためさ。ごめん、もっともらしい理由をつけてみたけど、本当はリューノスケが好きなんだ。いつも全力で練習する姿はかっこいいね。お父さんに『見るのも練習だ』と耳がタコになるくらい聞かされたけど。お父さん、俺、わかってきたよ。今までリューノスケのパスの姿は手や腕の動きばかり見てたけど、足の使い方も重要なんだね。例えば左からパスを受け、右にパスする時は左足が前の状態でボールをキャッチすれば素早く右にパスすることができたよ。他にも目線とか。リューノスケは右にパスするなら先に右後方選手の位置を確認して左からのパスに反応してたよ。だから右からくる選手の位置をいち早く察知できるんだね。そうだ、お父さん、パスの強化のため、リューノスケの家に泊り行っていいやろか?≫とか考えていた子がいた。北ヘッドコーチはサンドイッチパスの風景を見て≪最近コースケのパスがやけに良くなったな。≫と感じていたのだった。
『やめぇ。じゃ10分休憩。』北ヘッドコーチが叫んだ。子供たちは各々水を入れた。そしてユージとリューノスケはボールを持ってグランドへ飛び出した。天満少年ラグビークラブの練習メニューにキックの練習はない。他の多くのチームもそうである。限られたキッカーだけのためにキックの練習に時間を割くことはできない。そこで休み時間にキックが好きな子同士がキックして遊び、キックの練習に充てているのだ。ユージとリューノスケがドロップキックの蹴りあいをしている。そこにコースケが割って入る。向こうではフースケとカンシューがキックの蹴りあいだ。
フースケ5年、137cm、29k、カンシュー5年、141cm、33k。これまた小さな選手たちだ。フースケ、カンシュー、二人とも、2年前から入部した同期だ。仲もよい。
『フースケ、キック!』カンシューがフースケにキックを要求するもとんでもない方向にいってしまった。『カンシュー、キック!』今度はフースケがキックを催促すがカンシューは空振り。フースケはおもわずこけた。カンシューはどこからか、キックティーを持ってきた。キックティーにボールをセットし、3,4歩後ろに下がった。小走りでキックするもボールは上には飛ばず、力なく転がった。キックティーに興味を持ったフースケが『俺にも蹴らせて』とやってきた。フースケはキックティーにどうやってボールをセットするか知らずボールをまっすぐ立ててみた。3,4歩後ろに下がった。フースケは五郎丸選手のようなそぶりをみせた。そして思いっきりキックするもボールは50cmほどの地点を転々とした。が、履いていたスパイクは大空へ舞った。
『ようし、オールメンするぞ。チーム分けします。』全面コートを使ったオールメンだ。子供たちに一番人気のある練習メニューである。チーム分けは試合を想定してレギュラーメンバーと控え組に分かれる。天満は人数が少ないので控え組にお父さんコーチで補填する。『1番コーイチロー、2番タケミ、3番ダイゼン、ハーフ、リューノスケ、スタンド、ユージ、センター、アン、右ウイング、シンゾー、左ウイング、ケンタ、フルバック、ソータ。』
『Bチーム(控え組)1番ユーキ、2番は無しね。3番キンタロー、ハーフ、ノア、スタンド、コースケ、センター成田コーチ(ソータの父)右ウイング、カンシュー、左ウイング、フースケ、フルバック、有吉コーチ(コースケの父)』『まずはキックオフからBチームのキックね。ごめんけど松尾コーチ(タケミの父)レフリーして、佐々島コーチ(フースケの父)とえっと…大文字コーチ、タッチジャッジして。』松尾コーチは笛を、佐々島コーチと大文字コーチは旗を手に移動した。
『いくぞ』比較的キックのうまいコースケがドロップキックをした。高く舞い上がったところをダイゼンがノックオン。『その同じことで何回やられとうや!!!』北ヘッドコーチの罵声が響き渡る。ダイゼンが『はい、ごめんなさい。』と泣きそうな声で言う。『謝らんでいいい!もう一回、アゲイン。』コースケはダイゼンが気の毒に思い、≪他のところに蹴ろう≫と思った。2回目『いくぞ』っと、次はリューノスケ付近に蹴った。リューノスケはキャッチし、ステップを切りながら前進する。あれよあれよと走られる。『誰かコーチ、止めて』北ヘッドコーチが叫ぶ。どうにか有吉コーチが止めた。がフォローは誰もいない。『ピー、ノットリリース』レフリーの笛が鳴った。ラグビーではタックルを受けた場合、速やかにボールを離さなければならない。『誰かちゃんとついていかんか!』北ヘッドコーチがまたしても怒鳴る。
『次はDエリア!Aチームボールのスクラムで。』北ヘッドコーチが位置を指示する。Dエリアとは自陣5メートル付近のエリアを指した。松尾レフリーはかかとを付けつま先を立てた。両者スクラムを組み、2番タケミが足でボールを出す。そのボールを4番リューノスケが5番ユージにパス。ユージはボールを大きく蹴りだした。が、そこにはフルバック、有吉コーチが待ち構えていた。キャッチしてそのままダッシュ。コーイチローがどうにか止めるが右に展開されBチームが見事にトライした。北ヘッドコーチが烈火のごとく『ユージ、一番蹴ったらいかん所やろーが!』と吠えた。ユージは≪ちょっとミスった。≫と地面を蹴った。
『じゃあCエリアで…ラインアウトから行こうか。Aチームが攻撃ね。』北ヘッドコーチは中央付近の左端のサイドラインを指差した。Cエリアとは中央付近の両サイドを示す。タケミがスローイングする。が、自陣の方に大きくそれてしまった。松尾レフリーが『ピッ、ノットストレート』と宣告した。北ヘッドコーチは『真っすぐ入れらな。50cmぐらいならノットストレート、とられんけど、今のはそれすぎ。』と身振り手振りする。『ちょっと、ユーキ、投げてみてん、練習しよっちゃろ。』北ヘッドコーチはユーキに言ってみた。ユーキが投げる。ボールは良い回転をして真っすぐ、距離も出ている。『タケミ、わかった?松尾レフリーも自分の子にもスローイング教えちゃらな。』と北ヘッドコーチは叫んだ。≪こっちまで飛び火した≫と松尾コーチは北ヘッドコーチの目線をそらした。
『最後はAエリアでブレイクダウンの状態からね。Aエリアでは何するか、わかっとろーもんな!』北ヘッドコーチのいつもの罵声が飛んだ。Aエリアとは敵陣5メートル付近を指した。このエリアに入った時は、天満はラッシュ、ラッシュを繰り返す決まりである。(ラッシュ。フォワード陣でひたすら攻める。ちなみにスイングはバックスに展開する。)ハーフ、リューノスケがボールを出す。まずはコーイチローが突進した。が、成田コーチに止められる。タケミがラックに入る。ダイゼンも入ったところで足元にボールが見えた。北ヘッドコーチが『ダイゼン、ボールが見えとろーが、持ち出さな!』と声を張り上げる。ボールを持ったダイゼンではあったが、そこにユーキ、キンタローがダブルタックル。ダイゼンはひっくり返った。ダイゼンは『すいませんっ』と涙声で言う。北ヘッドコーチは『謝らんでいー!』と叫ぶ。≪やれやれ≫顔の北ヘッドコーチは『じゃあ、これでラストね。きっちりトライ取って終わろう。』と全体を見渡しながら言った時、清水コーチがダイゼンとアンに何かを伝えていた。全員がポジションについた時、北ヘッドコーチは、フォワード陣を二度見した。3番ダイゼンの位置にアンが入っている。黙ってそのまま続けた。ハーフ、リューノスケ、コーイチローにボールを出す。捕まった。タケミ、アンがラックに入る。足元にボールが見えたところで、アンがボールを持ち出す。有田コーチ、タックルにいくもすり抜けられた。ユーキ、キンタローがタックルに入る。ダブルタックルだ。が、その二人を引きずりながらアンは突進を続ける。見かねたコースケがタックルに入るが、すでにゴールラインを割ってそのままトライ。『ピーーーッ』松尾レフリーの笛が鳴り、手を大きく振り上げた。どこからともなく拍手が。拍手の主は北ヘッドコーチだった。北ヘッドコーチは清水コーチに目をやると、清水コーチはコクッと頭を下げた。≪清水コーチ、腹をくくったな≫とニヤ顔で返した。
『じゃあ、整理体操をしよう。』北ヘッドコーチは子供たちに声を掛けた後、三角コーンやマーカーを片づけ始めた。清水コーチも片づける。北ヘッドコーチは清水コーチに『アン、ナイストライやん』と声を掛けた。清水コーチはマーカーを片づけながら、小さく『いや』と謙遜してみせた。≪小学生の間だけ、フォワードさせるか。≫と考えを改めていたのだった。≪アンにラグビーのすばらしさを感じてもらいたい。好きでいてもらいたい。トライした時の達成感を味わってもらいたい。そのためには、小学生ならフォワードの方がトライしやすいしな≫と、少々下心ありの清水コーチの決断であった。北ヘッドコーチは清水コーチを見て≪何をニヤニヤしてマーカーを片づけているのだろう≫と不思議に思ったのだった。
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