第7話 夏合宿 後編(7月下旬)

 次の日も快晴だった。暑い日が続く。朝食後、グランドに移動。午前中は9時から12時が練習時間だ。まずはいつもの練習メニューが一通り終わった。次は新ディフェンスシステムの導入のための3on3かと思いきや北ヘッドコーチがみんなを集めた。『3on3を始める前にまだアップが足りん。ディフェンスではアップが重要やろ。そこでアップを強化するための練習を取り入れます。ボックスタックルをします。みんな二手に分かれて。』アップとはディフェンスの時、相手スクラムハーフがボールを出した時、素早く相手オフェンスの間合いを詰めること。間合いが狭いほど、相手はステップにしてもパスにしても難しくなる。こちらはタックルに入りやすくなる。そのアップの大切さを知るための練習を北ヘッドコーチは考えたのだった。


 マーカーが3メートル四方で並べてある。子供たちは左右に並んでいる。四角の底辺の真ん中にコーチがボールを持って座っている。北ヘッドコーチが説明する。『いい、コーチがボールをパスします。左右、どちらにパスをするか、わかりません。ボールを受けた方がオフェンス、トライを狙ってください。トライできればオフェンス側の勝ち。対面の人はタックルに入りましょう。タックルできたり、サイドに押し出せばディフェンス側の勝ち。さあ、始めよう。』まずはリューノスケ対ダイゼン。成田コーチがリューノスケにパス。ダイゼンが突進。リューノスケ、軽くステップを踏んでダイゼンのタックルをかわす。トライ成功。『ダイゼン、アップが足りん。それに飛び込んでいる。』『パドリングやろ、タックルに入る前は。』コーチたちの怒声が舞う。3メートル×3メートルのボックスタックルではオフェンス側の勝利は30,40%ぐらいか。ステップの上手な子、アタックが上手な子に軍配が上がった。『じゃあ次は1メートル×1メートルね。』とマーカーは1メートル四方になった。かなり狭い。また、リューノスケ対ダイゼン。ボールはリューノスケに渡ったが、猛然とダイゼンがタックル。リューノスケはサイドに押し出された。『ダイゼン、もっと低く入ろう。』『いいよ、ダイゼン。いいよ。』コーチたちがねぎらう。この1メートル×1メートルボックスタックルでは、ほぼ100%、ディフェンスが勝利した。


 『やめ、集まって。』北ヘッドコーチがみんなを集めた。『わかったろ。1メートル角ならみんなタックル、成功したやろ。じゃあディフェンスの時、どうしたらいい?シンゾー。』『アップを早くして1メートル間隔になるようにします。』シンゾーは汗を拭きながら答えた。『そうたい。とにかくアップして相手を1メートルの中に入れろ!最後にもう1回、3メートル!』北ヘッドコーチが声を張り上げた。マーカーをもう一度3メートル角に戻した。またまた、リューノスケ対ダイゼン。3度目の勝負だ。ボールはリューノスケへ。ダイゼン、猛烈な勢いで間合いを詰める。リューノスケは行き場を失い、スピンで切り抜けようとするも、ダイゼンはしっかりと両手でバインドし、サイドに押し込んだ。ディフェンスの勝利。『ダイゼン、アップ、よかったよ。』『いいぞ、ダイゼン!』コーチたちが盛り上げる。ダイゼンも『ありがとうございます。』とちょっと誇らしげだ。この3メートル×3メートルはディフェンスの勝利が90%に向上した。アップの大切さが子供たちに浸透したようだ。3on3を終え、午前中の練習メニューを終えた。昨日同様、お父さんコーチ陣は死んでいた。昼食の時、北ヘッドコーチは≪午後の3on3は、対コーチは無理かな≫と死んでいるお父さんコーチ陣を横目に見ながらおにぎりをほおばった。


 午後は3on3やオールメンといった実戦形式の練習が中心となった。変わったのは対コーチではなく、対子供になったことである。もちろん人数の少ないところにコーチが入るが、交代で入るのでお父さんコーチ陣の負担はだいぶ軽くなった。その分子供たちの運動量は増えるのだが、このゲーム形式の練習は子供たちは大好きだ。至って元気である。ただし、熱中症のリスクもあるので北ヘッドコーチはこまめにウオータータイムを取り入れ子供たちに体調の変化がないか目を配った。北ヘッドコーチは『集合』とみんなを集めた。『お疲れさん、この暑い中、みんなよくやった。1次のディフェンスはかなり良くなったと思います。問題は2次、3次のディフェンスやね。清水コーチが再三指摘してたけど、ブレイクダウンの状態で捨てるのか、オーバーをねらうのかチグハグやったろ。それは≪捨てろ≫とか≪チャンス、オーバー≫とか声掛けが大事やろ。また、2次、3次の時、ピラーに誰もおらん状態が見受けられた。最低限、ピラーには立とう。そして≪ピラー≫とわかるように声を出して俺が守っとうとみんなに伝えよう。またせっかくピラーに立っても体の小さなリューノスケがおったりする。そこは体の大きな子が≪どけっ俺がピラーに立つ≫とか言って代わろう。とにかく声が出てない。コミュニケーションが足らない。そこでコミュニケーションを強化するため、今夜特訓をします。それじゃあ水入れて体操をして午後の練習を終了しましょう。』特訓とは何か。みんなはちょっとワクワクしながら水を入れた。


 夕食を終え、夜8時から肝試しが始まった。幼児、低学年は4~5人組で、保護者の入った組もあった。中学年は3人組、高学年は2人組になるよう指示され、2,3分置きに出発した。もちろん、幼児、低学年には、どちらかというと、かわいいおばけに扮したお母さん方が登場するという配慮されたものだった。出口では≪がんばったね≫とお菓子が配られた。中学年以上はグレードが上がった。暗い部屋の中にカメラマンがいるので写真を撮ってもらうように、というミッションが与えられた。そこでカメラマンが『ハイ、チーズ!』と言った瞬間、後ろからお化けに扮したお父さんコーチが写真に写り込み、振り返った子供たちが驚く、といった寸法だ。北ヘッドコーチは言った。『次は高学年の番ね。2人組を作って。これはコミュニケーションの特訓です。しっかり声を掛け合ってミッションを成功させてください。』これがコミュニケーションの特訓かはわからないが、確かに悲鳴のような声は出ていた。高学年も次々と消化していく。残りはコーイチローとリューノスケ、アンとノアだけになった。ノアがビビりながら言う。


 『ねえ、コーイチロー一緒に行かん?』『えー俺!』コーイチローは人差し指で自分を指す。アンは『私はどうすると?』と悲壮感をただよせた。『アンちゃんはリューノスケと行って。私、怖い。』『えーーー』残る3人は≪またノアの我がままが始まった≫とあきらめ顔だ。結局、ノアはコーイチローと出発した。でもアンはそれほど不満でもなかった。最近、リューノスケが気になり始めたのだった。≪ちっちゃいし、初めはどうも思ってなかったけど、リューノスケが来て天満ラグビーは変わった。何か活気ついたような。リューノスケは何か持ってるよね。それによく見ると顔もかわいいし。そのうち身長も伸びるだろうし≫『最後はリューノスケとアンちゃんね。はい、出発していいよ。頑張って!』係が誘導した。二人は暗い廊下へ進んだ。

 

 リューノスケは不安でいっぱいだった。リューノスケは超、ビビりだった。体重が倍以上ある相手でも果敢にタックルに入る勇気はあるくせに、お化けや怖い話などはとても苦手だった。アンにビビりだと悟られないように、とにかく強気な姿勢を崩さないようにと『全然怖くないね。』とか言ってみせた。10メートル進むと足元におもちゃの蛇が置いてある。それに気づいたアンはおもわずリューノスケの腕をつかんで『きゃ!』と小さく飛んだ。リューノスケの顔は引きつっていたが、『おもちゃやん。』となんとか冷静さを保った。さらに進むと右に≪天満写真館≫とおどろおどろしい文字で書かれた看板があった。中から女の人が震えた声で『いらっしゃいませ。こちらにどうぞ。』と先にある2脚の椅子の方へ手招きしている。ちょっと離れた2脚の椅子に違和感があったが、二人は座った。『ハイ、チーズ!』という発声とともにカメラのフラッシュが暗い部屋に放たれた。と同時に誰かが肩に腕を掛けた。リューノスケは思わず横を振り向くとゾンビが≪やあ!≫というように肩を2,3度たたいた。『きゃー-』とリューノスケはアンを残したまま、一目散に飛び出していった。暑くなったのか、ゾンビの被り物を脱いだ佐々島コーチが『アンちゃんで終わり?あー暑かった。』と水を入れた。アンは≪リューノスケ君、かわいっ♡≫と出口へ向かった。コミュニケーションの向上にはつながらなかったようだ。


 いよいよ夏合宿最終日。ほんとに天気に恵まれた3日間であった。本日は合宿の仕上げともいえる練習試合が組まれている。別府市内から別府少年ラグビースクール、大分市内から大分ヤングラガーズ、玖珠町から玖珠ホワイトタイガーズである。幼児低学年、中学年、高学年と別れた。高学年は7分-2分(ウオータータイム)-7分で行われる。軽いアップの後、10時から試合が開始された。1試合目は別府少年ラグビースクールだ。北ヘッドコーチは朝から吠えた。

 『いいか、3on3を思い出せ!まずはディフェンス、ディフェンスだ!前半のメンバーを発表する。』お父さんコーチたちは北ヘッドコーチのポジションの変更に感心した。何でも清水コーチと相談しての決定らしい。フロントローの1番、3番はコーイチローとアンで変わりないが、2番に5年生ながら、ユーキを指名した。確かに天満の中では体があるのだが、何よりもスローイングがいいところを評価しているようだった。休み時間にスローイングの練習をしているユーキのボールは回転が良く、飛距離が出ている。ラインアウトではこの飛距離が武器になるだろう。ただ難点は成長痛からのひざの状態が悪いことだった。2番はユーキとタケミの併用を想定しての起用のようである。また、ハーフにソータを戻した。元々ハーフだったソータであったが、リューノスケの加入により配置転換された。でもハーフの素質があり、パスの飛距離、正確性でリューノスケを上回ると判断し、ハーフに戻したのだった。では、リューノスケはというと、右ウイングに起用したのだった。理由は本人、リューノスケの強い希望があったらしい。自分より倍の体重がある相手にも果敢にタックルにいく勇気もある、ラックにも入れる。何より足が速い。ウイングの素質十分と判断してのことだった。何よりもサプライズだったのはスタンドオフに5年コースケを抜擢したことだ。149cm、56kは立派な体格だ。タックルにも入れる。課題だったパスがみるみる成長したことがスタンドにコースケを配置した大きな理由だ。その効果でユージをフルバックで配置できた。ユージはラグビーIQが高い。キックもできる。何よりタックルは天満一のうまさだ。こういう人物がフルバックに控えていることは非常に安心できる。センターにシンゾー、左ウイングにケンタとノアの併用。これが北ヘッドコーチの構想だった。後半、控え組も全員投入することも北ヘッドコーチの考えであった。勝ちにこだわればそのままのメンバーで戦うことが最善の手段だろう。しかし練習試合である。まずはチームの底上げが大事だ、と北ヘッドコーチは確信していた。


 別府戦は前半はトライ数1-1で折り返した。注目は北ヘッドコーチの読み通り、ユーキのスローイングだった。前半4分、敵陣10メートル付近でマイボールラインアウトを獲得した天満は、スローワーのユーキが『A、A、2』(サイン)の掛け声とともに2列目のアンに合わせた。


 ここで小学生ミニラグビーにおけるラインアウトを説明すると、フォワードは三人しかいないため、一人がスローワーで残り二人がジャンパーとして並ぶ。第一列はタッチラインから3メートル(大人は5メートル)離れなければならないため、まだ投げる力のない、コントロールがない小学生ミニラグビーでは第一列のジャンパーに合わせることがほとんどである。しかしユーキは正確なコントロールと長い飛距離で2列目のアンに合わせることが出来るのである。相手フォワード陣の裏をかいた作戦であった。キャッチしたアンは持ち前の突破力でそのままトライに結びつけたのであった。後半は控え組が中心ということもあり、0-3という結果に終わった。3トライやられたのは全て、ピラーからの攻撃だ。2次、3次のピラーからの攻撃を死守するディフェンスの強化が課題となる。全体として1-4で負けた。


 大分戦は前半2-1で折り返した。前半をリードして終わることが出来たのは初めてではなかっただろうか。注目は右ウイング、リューノスケの躍動だろう。ウイングまでボールを回せばリューノスケが何とかしてくれるということがわかった。また、センターのシンゾーやフルバック、ユージが飛び出しても、必ずリューノスケがフォローについている。圧巻はタックルだ。身長170cm、体重70kぐらいありそうな選手に果敢にタックルに入り、止めた。まずは相手の腰のあたりにタックル。しかし、身長も体重も相手の方が大きい。そこで相手の力を利用して足は踏ん張り、自分の方向にのけぞる。ブリッジの形だ。そのままだと相手の下敷きになってしまうため、倒れる寸前に体を半回転させる。しいて言えば柔道の捨て身技か。この技(?)で止めることが出来たのだった。このタックルが勇気を与え、優勢にゲームを進めることができた要因だろう。後半は1-3で合計3-4で逆転負けをくらった。タックルミスが多かったのが敗因だろう。タックルに入る間合いやバインドの位置等の修正が必要だ。しかし光るものもあった。タケミだ。タケミが後半、貴重なトライを奪うことが出来たのだった。後半5分、敵陣深く切り込んだ天満はアンがサイドを突くもつぶされる。すかさずタケミとダイゼンがラックに入ってシールドする。足元にボールが見えている。タケミはボールを拾ってさらにサイド攻撃。そのスピードが速かった。ディフェンスラインができる前にトライ。タケミのトライだ。タケミの成長が垣間見れたシーンだった。


 玖珠戦は3-1で折り返した。何といっても、これまで献身的にピラーを守り続けたコーイチローの3トライが大きかった。玖珠のキックオフで始まった前半、シンゾーがキャッチして大きくゲインした。ハーフのソータはコーイチローを呼び寄せると、コーイチローはソータに合図。ソータは突進してきたコーイチローにパス。敵はピラーをガチガチに固める。コーイチローはピラーを狙って突進と思いきや、左へ方向転換。左横に大きく走って左隅にトライ。ノーフォイッスルトライだ。このトライを皮切りに、優勢にゲームを進めた。後半は悔しいことに1-3、前後半合わせて4-4の引き分けという結果に終わった。後半6分、あと1分、守り切れれば天満の初勝利という場面で、玖珠のキックオフで始まったのだが、ダイゼンがボールを取り切れずノックオン。ヤンボールスクラムで大きく左に展開される。どうにかノアがタックルで止めるも、あせった天満は全員、左に流される。ラックから玖珠は素早く右に展開。3人は余っている状態で楽々トライされてしまった。何とも悔しい引き分けであった。悔し涙を見せる子もいたが、北ヘッドコーチは頭をなでながら『よくやった。胸を張れ!』と頑張った子供たちをねぎらった。


 大分の3チームにコーイチローが代表してお礼の言葉を述べ、3日間の夏合宿を締めくくった。帰りのバスの中では子供たちは大いにはしゃぎまくっていた。もう敗戦の事は吹っ切れているようだった。あまりにもバスの中で子供たちが騒ぐので北ヘッドコーチは≪うるせえぃ!≫ぐらい怒鳴ろうかと思ったが、今日は怒るまいと目を閉じ、今日の試合を振り返った。≪まだまだ未熟ではあるが、このディフェンスシステムは必ず機能する。さらに完成度を高めていけば、必ず県大会までには間に合う。間に合わせてみせる!≫北ヘッドコーチは手を握りしめた。その時、コーイチローの母が『うるさーい。少しは静かにしなさーいっ!』と怒鳴った。

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