第7話 強襲
「知ったことか。」
そう短く言うと辛うじて目で追える速度でせっきんしてきては戦鎚を豪快に振り回してくる。
「せめて目的くらい教えて貰えないかな?」
今度は受け流したり受け止めたりするのではなく、1歩後ろに下がって間合いのギリギリの所で戦鎚が迫った瞬間に思いっきり戦鎚に対してダガーを打ち付け、一瞬勢いを殺した所で更に後ろに下がり、戦鎚の間合いから完全に抜ける。
「目的、か。貴様の
怒気を孕んだ声でそう言うと、
「だから知らないものは知らないの!」
無いものを有るものとして扱われても此方は分からないのだから、いっその事真っ向から否定した方が逆に納得してくれる可能性もある。そう思い私は真っ向からその否定の言葉を吐きつつ
「そんな妄言で騙せるわけが無いだろう。確かに貴様から
熟練度の差なのか、私の
その戦鎚があと数十メートルで私に当たるという所で、走馬灯のように私の頭の中に再びあの声が流れる。
『喰ワセロ!!……オレに!!』
全く感情の籠っていなかった声で言ってきたはずのその杖の思念は、まるでさっきの私が聞けなかっただけと言わんばかりの勢いで感情と欲望の籠った声で、されど何かに焦っているかのようだった。
周りには商人どころか村人までおり、巻き込まれないよに少し離れた場所で傍観していた。それ故、能力で脱出するわけにもいかない。
『オレならこの状況をひっくり返してやれる!!』
私の迷いを見透かしたようにそう語りかけてきたことで、私は何かが吹っ切れたようにその魔杖をダガーを持っていない左手に顕現させ、あと数ミリの所で受け止める。
――否。"喰らい尽くした"のだ。
どういう理屈なのかは分からないけど、魔杖に
「……なるほど。その杖に
「ちょ、どういうこと?」
何故か納得したように頷きながらも私に明確な殺意を向けてくるそのダークエルフに、この杖にそんな力があるのかと問いただすように質問を投げかける。
「貴様が知らぬわけがあるまい。いい加減貴様のそのすつとぼけも飽きてきたぞ。」
怒りを通り越して呆れたように私にそのダークエルフは言う。ただ、私からしてみれば意味のわからないことを言われて勝手に納得されるという、相当拗らせた厄介オタクに絡まれているような感覚なのだ。
「あのさぁ…すっとぼけなんてしてないよ。この杖とダガーはある店の店主からつい最近譲り受けたものなの。だから私は何が何だか分からないし勝手な言いがかりをつけられても困るの。」
"譲り受けた"と言うと少し語弊があるかもしれないが、誤差だろう。そう考え、思いつくままに言葉を紡ぐ。
「譲り受けただと…?そんな妄言が私に通用するとでも………おい、今"店主"と言ったか?」
グインと戦鎚を振り回しながら更なる追い討ちを掛けようと戦鎚に風を纏わせていっていたダークエルフは、突然戦鎚を振り回す手を止め、何かしらの心当たりがあるかのように私に確認するように問いかけてくる。
「え、えぇ。私がどうやって他の国へ逃げるかと途方に暮れていた時に何から何まで見繕ってくれたのよ。」
当然だが転生の経緯は話さない。目の前の人物がどういう目的なのかや正体が分からない以上、できるだけ情報を引き出して頃合になればさっさと引き下がるつもりなのだ。
「その店主の名は?」
少し下を向き、考えを纏めているのか声色は心做しか少し低くなっていた。
「クロ、と名乗っていたはず。」
そのダークエルフは、殺気は無いものの鋭い目付きで顔を上げ、真っ直ぐ私を見つめる。
「貴様、名はなんと言う?」
真面目な顔と雰囲気をして何を言い出すのかと少し緊張していたのだが、間違いだったかもしれない。
「紗羅」
緊張感を少しでも解ければと、少し微笑みながら言ったのだが、次のダークエルフの発言で一瞬にして再び辺りに緊張感が立ち込める。
「サラ、貴様はあの店主に騙されておる。」
「………え?」
正直、信じられなかった。見ず知らずの私に身を隠すためのローブや戦うための武器、生活するためのお金までもくれたあの店主が?と。
「直ぐに受け入れることが出来ないのも仕方がない。しかし、少し思ったのではないか?本当に"クロ"という名なのか、とな。」
私は驚愕と絶句で言葉を紡ぐことすら出来なかった。脳内ではどちらが正しいのか、という考えが反芻していた。
ただの親切心だとは思えなかったのは確かだが、実際無償で物品をくれた以上、疑うのは失礼だと思っていたのだ。
「あの男の本当の名は"シュヴァルツ・ガイヅ"と言う。"クロ"と名乗ったのはあの男の正体と真名に関係しているからだろう。」
シュヴァルツ…確かドイツ語とかで"黒"だったっけ?だから"クロ"だと言ったと。ガイヅはなんだろうか?聞き覚えは何となくある気がするけど…
「真名からは何となく予想は着くけど、正体って?」
そう。正体に関しては全く予想がつかない。怪しさ満点と言っても差し支えないが、実際怪しいだけで人間だと思っていたのだ。ただ、目の前のダークエルフや、あの路地にいたウハクの様にエルフだって居たのだ。実際、魔族と言われる種族や悪魔、天使なんかが居ても驚きはするだろうが有り得ないとまでは思わないだろう。
「奴の正体は人と魔族の半人半魔。国や人によってひとつか魔族かの判断は変わるけどまあ、この国の基準で言えば魔族。主に奴隷や討伐対象にされる。」
「え?でもあの店主は…」
普通に店を構えていた。確かに堂々と構えているわけでは無いが、店を持つにはその土地や建物を所有しなければならないだろうし、きっと契約書てきな書類も必要になるだろう。この国の基準が魔族ならば、あの店主はとうの昔に殺されるか奴隷として売り払われるかされているはずだ。
「そう。それが奴の巧妙な所だ。半人半魔には様々な見た目がある。大まかに言えば、人間と同じ姿、魔族の姿、そして、人間と魔族の両方を合わせたような姿。魔族側の親の種族によって魔族としての姿は変化するだろうがな。」
所謂"亜人"と言うやつだろう。ただ、人間の姿だったり完全な魔族の姿だったりと、割と曖昧な部分が多いから"亜人"とは言わずに"半人半魔"と呼ぶのだろう。
「へぇ…あの人そんな凄いのね…」
話を聞く限り、あの人──シュヴァルツ──は相当苦労させられたのだろう。
「そして、本題はここから。」
そう前置きをして、そのダークエルフは言った。
「シュヴァルツ・ガイヅは出生時、"ほぼ魔族の姿で生まれた"そうな。」
「え?」
思わずそんな素っ頓狂な声が出る。
だって、今までの話の流れからして、生まれ持った姿を誰にも気づかれないくらいまで変化させるなんてできるわけが無いと思った。 シュヴァルツがほとんど魔族の姿で生まれたなら、私が会っていたシュヴァルツも魔族の姿でないとおかしいはずなのだ。
「驚愕するのも当然と言える。ただ、一つ事実としてシュヴァルツはとんでもなく天才だ。それこそ、自分を完全に人間と思い込ませることが出来るほどに。」
「シュヴァルツが私を色々と助けてくれた理由は大方理解出来たわ。ただ、それで私が騙されることに何の根拠があるの?」
話の流れから、シュヴァルツは自らの境遇と私の境遇を見て助けてくれたのだと予想できる。故に完全に善意としか考えられないような助け方をしておきながら、いつ私を騙したのかと不思議に思う。
「根拠か……そうだな、私は…いや、私も、奴に助けられた者の1人だからこう断言できる。」
そこで再び、私は驚愕に染まる。
「半人半魔の寿命ってそんなに長いの?」
「む?サラに私の年齢を言っただろうか?」
しまった。アニメとかゲームとかで大体エルフ系の種族は寿命が長いから完全にそのつもりで訊いてしまった…
「あ……いや、えっと……」
しどろもどろになっていると、きょとんとしつつもダークエルフは話を戻した。
「まあいい。私が奴に助けられたのはもう100年以上前のことになる。その時には既に奴の店はあった。きっとサラが見た見た目と大差ないだろう。ちなみに、どちらの血が濃く出ているかによって変わるようだが、大体、というかほぼ例外なく半人半魔は生まれてから100年以内には死ぬ。」
100年以上前からあの店があった…シュヴァルツの見た目は全く変化なし…更にはほぼ例外なく100年以内に死ぬと来た。ではシュヴァルツは例外中の例外ということだろう。
「そういえば、魔族の寿命ってどれくらいなの?」
私のイメージだとエルフと同じくらいかそれ以上はある感じだけど。
「魔族全体ではなんとも言えない。種族や強さ、上位存在なのかにもよるし。ただ、下位の存在でも300年くらいは生きるはず。エルフ系統の種族は大体700年程度で、大抵の魔族はこれくらいの寿命。でも、上位存在となれば話は別。その寿命は短くても1000年、長ければ寿命が無い不老種だし、不老種の魔族は意味がわからないほど強い。間違いなく魔族のカーストピラミッドの最上位層に君臨している。そしてその最上位層の頂点が魔王。」
わお……想像の倍は複雑だった。魔族にも明確な力関係があるんだろう。力や経験に比例して権力もあるんだろう。爵位とかで区分分けされててもおかしくないか。やっぱり魔族の寿命は人間からするとかなり長い。不老なんてのもいるっぽいし。ただ、話を聞く限り魔王だけが不老種なんだろう。
「貴方はその魔王と会ったことあるの?」
随分と確信を持って説明してくるということはきっとその魔王に会ったことがあるのだろうと思いそう訊く。御伽噺などを参考にした説明ならもっと曖昧な説明の仕方をするだろうと思ったのだ。
「まあ。」
先程のハキハキとした話し方からは想像出来ないような、なんとも素っ気ない返しだった。
「そういえばサラの名字を込めた名前はなんという?」
そう訊かれてハッとした。確かに互いに名前も知らずに話していた。いや、正確には目の前のダークエルフに下の名前だけは言っていたが。というか、互いどころか片方も名前も知らないのによく戦闘を仕掛けようと思えたな…。やってる事通り魔と同じだよね。
「
多少の怒りと呆れの籠った声でそう名乗る。
「そうか。サラと呼ばせてもらおう。…それにしても、サラは随分と変わった名をしているのだな。」
この世界の人は急に距離詰めてくるなぁ…その辺の価値観が違うんだろう。
「それで?貴方は?」
「私はオリヴィア。オリヴィア・エラーと言う。」
…あ。わかった気がする。なんとなく感じてたけど今思えばこの世界の名前って外国の名前だ。だから紗羅が名前じゃなくて苗字だと思われてて呼ばれたのかもしれない。
「あ、えっとね…私は苗字が藍神で、名前が紗羅なの。」
少し耳を赤くしながら慌てて訂正する。
「ふむ…そうだったのか。通りで変わった名だと思った。」
ふぅ…と安堵の息を吐きつつ落ち着くと、だんだんさっきの話が途切れていることに気づいた。
「ねぇ」
そう短くオリヴィアに話しかける。
「なんだ?」
そう返事をしたオリヴィアの肩に片手をぽんっと置いて、言った。
「なんで急に名前なんか訊いてさっきの話を誤魔化したのかな?」
私は笑みを浮かべながら言ったが、きっと他者の目から見ればその笑みは目が笑っていない笑みだっただろう。
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