第5話 異世界特有の種族

 店を出て、私が真っ先に向かった場所は王都を出入りする為に通らなければならない門だった。何の考えも無しに門へ来てしまったことを直ぐに後悔した。店主が特殊だっただけで、私が何事も無かったように姿を表せば、直ぐに捕まってしまうだろう。そう考えた私はすぐさま門から離れると、人気の無い路地へ入る。幸い、店主から貰ったマントを身につけ、深々とフードを被っていた為、誰かにバレることは無かった。今度は前のように逃げる為に入り込んだのでは無く、能力で門の外に転移しようと考えたからだ。

 転移する為に能力を発動しようとした瞬間、近くからゴソゴソと音がした。虫や犬猫が立てるような音ではなく、それ以上に重いものが立てるような音だった。それこそ、人間のような。

 私は能力の発動を止め、ゆっくりと音のした方向へ目線を向けた。


「…人……間………?」


 そこに居たのは人型をしたボロボロで汚い布で頭から膝辺りまでを隠している何か。体格は幼い子供の様に小柄で、飢えが続いているのか、その体は痩せ細っている。流石に驚きが隠せず、返ってくるかも分からないのに問いかけてしまう。


「だ………れ……だ…?」


 私の声に反応したのか、重そうに頭を上げ、私の方を見ると、私を敵と思ったのか、随分と間を空けながら1音ずつ言葉を紡いだ。誰だ?と問いかけたその人型の何かは、明らかに空腹に苦しんでいるだろうに、それを誤魔化すように私を鋭く睨めつけた。

 幼い子供のような体格の生き物が、まるで親の仇と対峙しているかのように鋭く睨めつける為、私は少し恐怖しつつも、その問いに答える。


「私は通りすがりの旅人。人混みが苦手で避難しようとこの路地に入っただけだから。おじゃましちゃってごめんね?」


 そう言って回れ右をして足早にその路地から立ち去ろうとすると、私の左手を弱々しい手が握った。私は思わず立ち止まり、其方の方を向く。


「……待って……くれ…何か…食べるものを…くださ…い。」


 私の手を掴んだ幼い子供は、先程のような鋭い目付きから、警戒を解いたのか、目の下のクマも相まって、一層苦しそうに見える。本来ならばこんな事をしている場合では無いのだろうが、この様な子供を見捨てられるほど人間を捨てられていない。


「じゃあ、コレを上げるから。」


 そう言って食料やお金、大きな荷物等を入れていた空間収納からクロワッサンを1つ取り出すと、目の前の子供に手渡す。手渡されたクロワッサンを見つめ、子供は涙ぐみながら、何度も「ありがとう…ありがどぅ…」と感謝の言葉を述べ、大事そうにクロワッサンを食べ始めた。

 クロワッサンを食べている子供に、「親は?」と訊くと、暗い顔をしてふるふると首を横に振った。


「いない。……1か月前の戦争に行ったっきり。」


 なるほど。前の世界みたいに環境が整ってるわけでも技術が進歩してる訳でもないみたいだし、家に備蓄してあった食料だけでは1か月もたなかったんだろう。

 それにしても、やっぱりこの国は戦争をしてたのか。徴兵でもして大量の兵という名の民を送り込んでは死なせなんだろう。だからこそ異界から私という勇者を召喚したのか。

 罪のない人々が私が逃げたことで死ぬと考えれば心が痛むが、私にとってはたまったものではない。勝手に召喚されて戦争に送り込まれるなど。私にとっては私が一番なのだ。私に関係ない人など二の次。私に害を及ぼす者ならば誰であろうと排除する。きっと、私をクズだと罵る輩が居るだろうが、よく自分や周りを見つめ直して欲しい。人間など命の危機が来れば自分が一番大切なのだ。宝物がある者や、それこそ"本物"の勇者でもない限り。人間の本性は結局クズなのだから、それから目を逸らして「自分はクズじゃない」と言い張るのは如何なものかと思う。


「そう……家は?帰らないの?」


 無限に湧いてくる憎悪を遮断し、そう問いかける。


「無い。盗賊に襲われてお金とか金品も全部もって行かれたんだ。」


 なるほど。この子供の親は分かっていたんだろう。きっと、自分達は帰って来れないと。そうして取り残される子供の為に財産をできるだけ残していたのだろう。その盗賊はそれを理解した上で狙ったのだろう。


「………これ、貴方に上げるから。それでなんとか食いつないで早く仕事を見つけてしっかり生きていくのよ。」


 そう言って私は空間収納から金貨を2枚取り出すと、座り込んでいるその子供の前にそっと置く。店主によれば、金貨が2枚あれば、2〜3ヶ月ほどは食いつないでいけるらしい。もっとも、3ヶ月食いつなぐならば相当節約しなければならないようだが。


「こんな大金……」


「貴方みたいな子供が仕事を見つけるのは難しいでしょう?まあ、もし私に恩返ししたいとか思うなら、いつか私を探してこの大陸を練り歩いていれば、いつか会えると思うわよ。」


 金貨を受け取ろうとしないその子供に向かって、私は"遠慮せず受け取れ"という意味を込めてそんな冗談を交えて言う。


「……分かりました。…必ず、お返しします。」


 冗談のつもりだったのだが、その言葉を吐いたその子供の目は本気そのものだった。


「ええ。そうだ、貴方名前は?」


 そういえば名前を聞いていなかったと思い、そう問いかける。


「僕はウハクと言います。お姉さんのお名前を聞いてもいいですか…?」


 そう名乗りながらウハクはフードのように頭を覆っていた部分の布をずらし、頭部を晒した。

 ウハクは整った顔立ちをした男の子だった。そして、何より私が驚いたのは、ウハクの耳を見た時だった。人間の様に丸っこい耳ではなく、尖っていたのだ。エルフというやつだろう、異世界だから居るかもとは思っていたが、本当に居るとは…。


「……私は紗羅。」


 異世界特有とも言える種族を実際に目の当たりにして、私は感動で固まっていた。ウハクが私を見て首を傾げたところでハッとして、咳払いをして名前を名乗った。店主にも下の名前しか名乗っていないので、ウハクにも下の名前だけ名乗っておいた。


「サラさんですね。絶対この恩は返します。」


「ええ。」


 再び、ウハクは私に恩を返すと誓っていた。正直私は構わないのだが、ウハクはしっかりと返すつもりのようだ。

 随分と真面目な性格をしているなと思いつつ、私はウハクに告げた。


「じゃ、私はそろそろこの国とおさらばしたいから、行くわね。」


 ウハクは何も言わずに頷き、笑顔で手を振った。私は手を振り返すと、路地を出て、今度こそ人っ子一人居ない路地へ入ると、王都の門の外へ転移して王都を脱出した。


「ん〜!!やっと王都から出られた…」


 実に長かった。実際はそこまで長い訳では無い(むしろ短い)が、召喚されてお尋ね者になってやたら親切な店主に会って…など、大きな出来事が続きすぎていた。それが影響しているのだろう。


「さて、次の行先は確かトゥール領だったよね。」


 トゥール領は国境の領地で、国内で1、2を争うほどの豊かな領地で、領主はとても優秀なのだが、訳あって国王と仲が悪いらしく、事情を話せばすんなりと国境を通らせてくれるだろうとの事だった。


「それにしても、あのザ・独裁政治みたいな国王と仲違いしてよく領地とか爵位を取り上げられてないよね。」


 周囲に誰一人として居ない、トゥール領方面へ続くアスファルトやコンクリートですら整備されていない農道の様な道を淡々と歩きながらそう呟く。

 そうしているうちに日が暮れ、辺りが暗闇に包まれてしまいどうしようかと迷っていると、100m程先の方で焚き火をしているような明かりと、それに照らされている怯えた様子の人が見え、よく見るとすぐ近くに馬車らしきものがある。あの怯えた様子と、視線がやや上に向けられていることから、ギリギリ焚き火の光に照らされない辺りにいるであろうその動物に襲われかけていると考えられる。

 私は考えるより先に体が動いていた。空間収納から黒曜石の様に黒く、果物ナイフの様に軽いナイフ(ダガーナイフに似ているため以後タガーとでも呼ぶことにする。)を取り出し、思いっきり力を入れて切りつけた。その動物の首元に転移して切りつけたため、完全な不意打ちだ。


「ガァァァァァァァァァァ!!!!!!」


 鼓膜が破れるかと思うほどの轟音。それはその明らかに現実離れした大きさの狼の怒りの咆哮。殺りきれなかった。命が絶える直前の断末魔かもしれないが、直感的にそう感じた。即座に狼から距離を取り、精一杯の警戒をしながら狼がいるであろう場所をじっと見つめる。


「グルルルルルルルルル……!!!!!」


 その野太い声がした途端、全身を恐怖が支配して体が小刻みに震えて少しも動かなくなってしまった。狼はその隙を逃さなかった。目で追えないほどの速さで私の目の前に来たと思えば、私は近くにあった木に物凄い勢いで弾き飛ばされていた。


「がっ………あ………………?」


 何をされたのかを理解するのにラグが生じ、ようやく自分が狼によって吹き飛ばされていたことを認識した。その瞬間、麻痺していた感覚が戻ってきたのか、吹き飛ばされた際の痛みと木に叩きつけられた痛みが同時に襲ってくる。呼吸困難になって頭がどうにかなってしまいそうなほどの痛みが治まるのにどれぐらい掛かったのだろうか。実際は数秒なのだが、それでも体感では数日と言っても良いほど長く感じた。意識が朦朧とする中、自分の体が動く事を確認すると、傷口や出血がどれほどの物なのかを恐る恐る確認する。


「あれ……?大きな傷跡も無いし出血も全然無い…?」


 どうして傷口も出血も無いのだろうか?この世界に来て私の体に何か変化があったのだろうか?そもそも、あんな力と勢いで弾き飛ばされているのに気絶すらしなかったことがまずおかしいのだ。


「よい……っしょ」


 そう言いながらどんなに痛くても、無理にでも立ち上がろうとしたが、全く痛みを感じなかった。さっきの気絶しそうなほどの痛みは何だったんだと思うほど。そして、体の方も何も問題なく動いていた。骨が折れても内蔵が傷ついたとしても不思議じゃないのに。


「まあいっか。動くなら好都合。」


 そう言うと、再びダガーを構えたのだった。

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