第4話 疑心暗鬼

 あれから30分ぐらい陳列されている品物を見ていたが、素人の私から見ても明らかにこの店の品物は質が良い。この世界の知識が少ないから本当にそうなのかは分からないが、日本にいた頃の知識や常識で言えば、この店の品物は本当に質が良い。


「さて、この中から何を選ぶか……」


 再び考える。剣?いや、剣だと私の貧弱な力じゃ持つので精一杯になるだろう。ナイフ?確かにナイフなら私でも扱えるだろう。もしもと時の為に持っておいて損は無いだろう。とりあえず、近接武器はナイフで良いだろう。何かあれば店主に頼んで良いものを見繕ってもらおう。

 私は一本の鞘に収められた黒いナイフを手に取った。刃を見るため、鞘から抜き出すと、その刃は黒曜石のように黒かった。持った感じは悪くない。果物ナイフの様に軽いのにリーチはナイフにしてはそこそこ長い。ダガーナイフというやつだろう。実際に斬ったりはしてないから斬れ味の方はよく分からないけど、見た感じだとかなり鋭く、その気になれば一振で家も両断できてしまいそうな、得体の知れない輝きがあった。


「よし、ナイフはこれにしよう。」


 本能に従い、手に取ったナイフを店の会計をするカウンターに起き、再び品物を見る。


「あれ…?」


 視線の先には、先程までは無かったはずの杖。30cm物差しの程の大きさで、少し太めの木の枝ほどの太さの、如何にも魔法の杖の様な杖であった。


「さっきまではこんなの無かったよね…?」


 何故か自然と体が杖の方へ向かい、その杖を手に取る。瞬間、脳に電流が走ったかのような感覚になる。体に力が流れているのを感じた。これは比喩でもなんでもない。もっと分かりやすく言うならば目眩が起きる時の感覚に似ていた。その感覚は一瞬で消え、私は自らを吊る糸がプツンと切れた操り人形の様にその場に力なく倒れそうになったが、なんとか足に力を入れ、前に踏み込むことで立ったままの状態を維持できた。


「なんだろう…不思議な感覚だったけど…この杖、もしかして危険な代物だったりするのかな。」


 そう言って杖を元あった場所に戻そうとするが、杖を握る手を思いっきり開いても杖が手から離れることが無かった。


「えぇ!?ちょっ、離れてよ!!」


 まるで手に虫でも飛びついてきたかのような反応を示し、手首を解すように手をブンブンと振って杖を振り落とそうとする。だが、それでも杖が離れることは無かった。


「瞬間接着剤でも付いてたの…?」


 そんな思考に至るほど杖が離れない。いや、冷静に考えれば瞬間接着剤でもここまで離れないことは無いだろうと。ただ、今の私は冷静じゃなかった。店主に「どうなっているんだ!!」と怒鳴り散らして問い詰めようとすら思っていたほどに。


「おいおい、嬢ちゃん。そんなに騒いでどうしたんだ?」


 あまりにも私がうるさかったのか、店主が若干迷惑そうな顔をしながら店まで入ってきた。


「ちょっと店主さん!この杖、私の手から離れないんだけど!」


 流石に「どうなっているんだ!!」とは言えず、焦った様子で私が店主に訴えると、店主は「うーむ…」と、私の手と杖を交互に見定めるように見た後、言った。


「そりゃ、嬢ちゃんがこの杖に気に入られたからだな。」


 「何を言っているの??」と言いたげな表情をして私は店主に言った。


「だからって、なんで私から離れないんですか!」


 店主はどう説明するか悩んだのか、少し考えて私にこの杖について教えてくれた。


「それを説明するには順序ってのがあるんだが、結論から言えば、それは嬢ちゃんを気に入って、その嬢ちゃんがそれを手放そうとしたから杖は拒絶して離れなくなってるんだ。」


 私が頭に「????」を浮かべていると、店主は分かりやすく説明した。


「そうだな…例えばだ。小さな子供が居るとしよう。その子供を親が見捨てようとすると、子供はどうする?」


 そう問いかけられ、私は少し考えて出た結論を口にした。


「その子供が親に見捨てられないようにする?」


「そう。それと同じようなことがそれと嬢ちゃんの間に起こってんだ。」


 なるほど、と少し納得したが、やはりまだ疑問は残る。


「でも、どうして杖なのにそんな事になるんですか?」


「その杖はな、『魔杖』という分類でな。」


 『魔杖』?聞いた事がないけど…ゲームやアニメで言うところの魔剣的な感じなのかな?


「『魔杖』ってのは『魔剣』と同じで微弱だが自我を持ち、持ち主を選ぶ。選ばれれば持ち主の強大な力となり助け、選ばれなければ選ばれなかった者は金輪際その『魔杖』や『魔剣』に近づけない。下手をすれば、選ばなれなかった瞬間に死ぬ。」


 あまりにも物騒な話で、私は思わず絶句した。店主の話が本当ならば、私がもしあの『魔杖』に選ばれなければ死んでいたかもしれないということだ。


「なるほど…?」


「ま、つまりはその『魔杖』に嬢ちゃんは選ばれた。選ばれた以上、それは手放せないって事だ。」


 厄介な代物を処理できて良かったとでも言いたげな表情で店主が言った。


「それは良いんですけど、この『魔杖』ってどんな『魔杖』なんですか?」


 嵌められた…と、若干恨みの感情が浮かぶのを感じながらも気を取り直して問う。

 『魔杖』や『魔剣』の事は粗方理解できたけど、結局、それが分からないと有効活用しようにもできない。


「それに関しては、杖自身が教えてくれるだろう。」


「そんなんじゃ納得で_」


「_1つ、教えられることがあるとすれば」


 私の不満を述べる言葉を言おうとすると、店主は私の言葉を遮り、「1つ」といつ言葉を強調して真剣な面持ちで言った。


「その杖は今も、今後も嬢ちゃんに必ず必要になるモンだ。それは呪いにも近い途轍もない力で嬢ちゃんを手助けする。それを手放そうとすれば、きっと嬢ちゃんは死ぬ。」


 背筋が凍るような、低く、酷く鋭い声だった。その声から重くのしかかる圧、自分では決してこの人には勝てないから逃げろ、という自らの生存本能。私は全身に悪寒が走り、声が出せずにただこくこくと頷いた。


「どうした?ビビっちまったか?」


「そんな怖い声と顔で自分が死ぬなんて言われたら誰でも怖いと思いますよ。」


 先程までの怖かった店主ではなく、いつもの優しい店主へと戻った店主に、私は安堵の息を吐きつつそんな小言を嫌味交じりに言う。

 店主はガハハハハハハ!!と豪快に笑いながら私の頭をポンポンと優しく叩くと私に言った。


「そりゃそうだ!こりゃ一本取られたな!」


「ところで、店主さんは名前はなんて言うんですか?」


 ふと名前を聞いていなかったことを思い出し、店主にそう問いかける。


「俺か?俺は……_」


 少し考え込む素振りをして店主は言った。


「クロだ。」


 名前を言うのに悩む必要などあるのだろうか?と、少し疑問を浮かべつつも気にしないふりをして店主にほほ笑みかける。


「クロさんですね。私は紗羅と言います。きっとこれからもクロさんのお世話になると思いますがよろしくお願いします。」


 名前を教えてくれと自分から言ったのだから、自分も言っておいた方が良いだろうと考え、私は名前を述べて店主に手を差し出し握手を求める。


「そうか。嬢ちゃんの名前はサラって言うんだな。覚えとくぜ。なんかあれば遠慮なく此処に来たらいいぜ。よっぽどの事がねぇ限り俺ァ此処に居っからよ。」


 店主はそう私に言うと、差し伸べた手を握り、私たちは固い握手を交わした。

 ひとまず、この店主は信じてもいいだろう。ここまでしてもらって悪いが、正直こんな美味い話が本当にあるのかと思い、店主を疑っていた。こんな都合のいいところに王宮の刺客なんて居ないだろうとは思っているが、王宮以外にも今頃は指名手配されているであろう私を狙う者は少なくないはず。その1人なのではないか…と。だが、能力や魔法というものを完璧に把握したり使いきれていない私は、今が捕らえる絶好のチャンスのはずだ。それをしなかった上に私に様々な物資を与えてくれた。それでも裏があると疑うことはできるが、そんな事をしてもキリがない上に申し訳ない。故に私はこの店主を信用した。


「そうだ、嬢ちゃん。1つ聞きてぇんだが」


「なんですか?」


 はっ、と思い出したかのように話を切り出す店主に対して、私は嫌悪感など全く抱かずに質問を促した。


「嬢ちゃんはこれから何処に行くつもりなんだ?」


「そうですね…地図ってありますか?できれば世界地図が良いんですけど」


「ああ、あるぜ。………これだ。」


 そう言って店主は店のカウンターの下辺りに手を伸ばし、やがて丸められた画用紙の様な紙を取り出し、カウンターに広げた。その地図にはこの国、コリンツスを中心に小国から大国まで、大陸中の国々が記されていた。


「この大陸の中で一番私が住みやすい国は何処ですか?」


「うむ…それなら此処だろうな。」


 そう言って店主が指さしたのは、内陸国であるオリンツスから最も遠く離れた沿岸国、クランティアだった。


「オリンツスは内陸国でありながら大陸国5本指に入るほどの大国だけどよ、クランティアも負けず劣らずの大国だ。大陸国5本指の中で2番目に強いとされているにも関わらず、他国出身の者や身元不明の者を快く受け入れてくれる上、国に仕えるかは自由だから徴兵は無い。嬢ちゃんにはうってつけの環境だろ?」


「確かにうってつけの環境ですけど、どんな国にも裏があるでしょう?_」


 _この国みたいに。


「そりゃあそうだ。国なんてまさに表裏一体だろ?裏があるから表が成り立ってんだ。まあ、クランティアはオリンツスみてぇなどす黒い闇は持ち合わせちゃいねぇ。」


 店主の言うことはもっともだろう。前の世界もきっと色んな闇を抱えているだろう。それによって私達が守られていたということも十分ありえる。実際、私はこの国の闇に触れているし、なんなら私自身がこの国が排除したい闇そのものだろう。


「ただ、基本的に自由主義だからな。領地の運営も領主に一任してあるから、災害以外での経済危機に陥っても国は支援してくれねぇ。勿論、年に1回各領地に国家予算から金は支給されるがよ。それだけじゃ1年分としては到底足りねぇ。」


 自由と聞けば何を想像するだろうか?きっと楽しいことばかり想像するだろう。確かに自由は楽しい事を縛りなく自らの意思で出来るが、常に責任という重い枷が付きまとう。


「つまり、 " ある程度の金は支給してやるからこの1年間しっかり領地を運営して暮らしていけよ " ってことでしょう?」


「ま、そういうこった。だから、領主が無能だったらその領地は貧困街、所謂 " スラム " ってのに早変わりしていく。」


 人望に経済力に経済を回す力に…様々な力が領主には必要とされるだろう。自由主義といっても、責任もって領地を運営できず、領地をスラムへと早変わりさせた無能な領主はすぐさま領主の座から降ろされるだろう。


「だからよ、嬢ちゃんは嬢ちゃんが行く領地をよーく考えて決めた方がいい。先ずはクランティアの王都で情報を集めてから決めた方がいいだろうな。」


「分かりました。色々と助かりました。またお世話になる事があるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。」


「良いってそんな堅苦しい挨拶は。まあ、あれだ。達者でな。」


 気さくな態度の店主に対して堅苦しい挨拶をした私を見て店主は少し呆れたような表情をしつつも、私を送り出す言葉を言った。これが店主なりの激励だろう。一刻も早くこの国から出たいと考えていたため、行動は早かった。直ぐに荷物を纏め、能力で異空間に収納し、私は店を出た。

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