第3話 異世界での問題

「さて……これからどうしたものか…」


 国を滅ぼすと決意したのは良いが、この世界での生活基盤が整っていない。このままでは餓死するかもしれないし、せめて食料だけでも急いで入手せねば。


「でもなぁ…多分もう私の情報とか出回ってるだろうし、この国じゃ生きてはいけないだろうなぁ…」


 きっと、この国の良いように真実を改変して私の情報を流しているだろう。この国の悪態を知ってる人達なら真実を見極めてくれるだろうけど、知らない人達なら、私を捕まえようとか考えるだろうし。関わる人はしっかり見極めなきゃ。


「晴れて一文無しだよ…くそっ!」


 八つ当たりで屋根の上に居るのに地団駄を踏んでしまった。下にまだ兵士が居たらしい。怒号と共に、私の方へ走ってくる。屋根の上だから多少の時間は稼げるだろうけど、地形を理解出来てないからどこに逃げられるかが分からないからがむしゃらに逃げるしか無い…か。


「見つけたぞ!こっちだ!!」


「やばっ!」


 屋根に届くほど長い梯子を持ってこられ、その梯子で屋根まで全身鎧を着た兵士が何人も登ってきている。私は誰かに押されるように一目散に屋根の上を伝って逃げ出した。幸い、屋根と屋根の間は猿渡りの遊具の棒2本分くらいだったので私でも飛び越えられた。


「あ、ごらぁ、待てやぁ!!」


「何これ、アクション映画みたい!」


 大量のアドレナリンが分泌されてか、頭で思った以上の動きができて非常に楽しい。心做しか、体が薄緑に発光している気がするが、今はこのアクション映画の様な挙動ができる二度とあるかも分からない状況を楽しもう。


「何だあいつ!速すぎる!」


「だめだ、追いつけねぇ!」


 全身鎧の兵士達が次々に追いかけてくるが、誰一人として私に追いつくことは無かった。後ろを向けるような状況じゃないし、あの全身鎧の兜を被っていては顔も見えないが、兵士達はさぞマヌケな顔をしていることだろう。いや、忌々しそうな顔もあるかな?などと考えながら私は次々に屋根と飛び越えていた。これではアクション映画というより忍者の方が近いかも?


「ふぅ……ひとまず、撒けたかな…?」


 私が音がしなくなったと思い振り返ると、兵士達は誰一人として見当たらなかった。安堵の息を吐きつつ、私は真下の薄暗い路地裏に転移した。あの薄緑に発光する現象は収まったようで、少し体が重かった。


「ふぅ……ここなら一息つけ__」


「誰だ!」


 暗闇からドスの効いた声と共に首元に鉄製の剣が突きつけられた。


「ひっ……」


 兵士達に追いかけられた時の様な高揚感も収まってしまっていた。故に、今のこの状況はただただ恐怖しか感じられず、腰が抜けてしまい、私はその場に座り込んでしまった。


「ん、聞かねぇ声だな。」


 すっ、と突きつけられた剣が収められると、そう声を掛けられる。


「待ってろ。今明かりを付ける。」


 そう男が言うと、ランタンに火が灯され、私の周辺を暖かい光が包む。


「嬢ちゃん、よそ者か?ここらじゃ見ねぇ格好じゃねぇか。」


 先程とは打って変わったように気さくに話しかけてくる男。見たところ鍛冶屋だろうか?全体的に筋肉質で大きな体をしている。どうやら私は鍛冶屋の前に転移してしまったらしい。


「あ、えっと………」


 さっき召喚された勇者です。なんて馬鹿正直に言えるわけがなく、言葉が詰まってしまった。男は何かを悟ったような顔をすると、


「なんだ?訳アリか?」


 と聞いてきたので、私はこくりと頷いた。


「あの……差し支えなければ全身を覆い隠せるようなローブとかマントを頂けないでしょうか?」


「ま、その格好じゃ目立つわな。まあいい。うちは訳アリの奴もよく出入りするからな。どんな重い事情だろうと構わん。その様子じゃ一文無しなんだろ?嬢ちゃんのその訳を話してくれりゃ、マントと一緒にこの店にあるもんを幾つか譲ってやるよ。」


 この緩い条件はどういう事だろう?何を企んでいるのか。それに、訳を話すだけでマントと店の物を幾つか譲ってもらえるなんて美味しい話が本当にあるだろうか?でも_


「分かりました。でも、一つだけ。」


 受けるしかない。私が街中を通るには必要な物だから。


「なんだ?」


「私の事や私の情報を誰かに売ったり流したりしないでください。」


 流石にこればっかりは譲れない。これを譲ってしまえば、私は本格的にこの国で生きていけなくなる。下手すると別の国に行っても生きていけない可能性すらある。


「なんだ、そんなことか。それに関しては安心していい。言っただろう?うちには訳アリの奴もよく出入りすると。こんなんも慣れっこだし、俺ァこの国の王様は嫌いだからな。」


 以外な答えだった。確かに、この店は裏の世界にある、所謂"闇市"みたいな雰囲気だ。それにしても、この国の王政に抵抗でもしたいのだろうか?


「………分かりました。貴方を信用しましょう。」


「よし来た。じゃ、俺の店をしばらくの間拠点にしとけ。」


「え?でも……」


「どうせ泊まる所も無いんだろう?」


 他国に行くまでの間の拠点としてなら使える。立地も良いし、何かあってもこの店主なら誤魔化してくれるだろう。


「ありがとうございます。」


 私がそう言うと、店主は私に着いてこいと言い、店の中へ入っていく。

 店の中は店の外からの見た目で想像できるものよりずっと広かった。ただ、路地裏のダークな雰囲気というのだろうか?それは店の中も変わらなかった。照明も明るい訳ではなく、


「良いってことよ。じゃ、家賃とマント、店のもん選ぶ代として嬢ちゃんの話を聞かせてもらおうじゃねぇか。」


 随分と太っ腹な店主だな、と思いながら、私はこの世界に召喚されて混乱していた脳を少しずつ、丁寧に整理しながら店主に話していく。私がついさっき召喚された勇者であること。この国に利用されて、私の自由が奪われて死ぬくらいなら、こんな国は滅ぼしてしまおうと考えていること。私が怒ったような声色で言ったり、言葉に詰まったりしながら話しているのを、店主は神妙な面持ちをしながらも何も言わずに聞いてくれた。


「__と、こういうことがありました。」


 一通り話し終わり、私はふぅ…と一息ついた。


「なるほどな。そりゃ、災難だったなぁ、嬢ちゃん。」


 そう言った店主の顔はまるで孫娘の災難を心配する祖父の様だった。


「さて、頭は整理出来たか?約束の物を渡そうと思うんだが。」


「あ、はい。」


 裏世界の人間みたいな人は約束を守らないイメージがあったけど、この人はしっかりと約束を守ってくれるらしい。


「これが嬢ちゃんの体を覆い隠せるくらいのマントだ。地味なデザインだし、ちょうどいいだろ。あとは店から選ぶ物だな。何か欲しい物はあるか?」


 店主は私に新品に見える折りたたまれた漆黒のマントを手渡すと、手招きしながら商品が陳列してある部屋に歩いて行く。どうやら、私が入ってきたのは裏世界の住人用の店だったっぽい。これが本当か分からないし、後で店主に聞いてみよう。


「うむぅ…強いて言うなら…武器、とか?」


 いくら能力があってもずっと使えるわけじゃないだろうし、武器があることに越したことはない。それに、ここは武器屋だから、選べるとしても武器や防具くらいだ。防具は重そうだし、私の運動能力じゃ素早く動けない。第一、私は素の力が貧弱だから剣ですらまともに持てるか分からない。鎧なんて以ての外だ。


「おう。うちは良いもん揃ってるからな、こん中から好きなもん持ってけ。」


「ありがとうございます。それと_」


「資金だろう?」


 言葉が遮られたと思えば、私の言いたかったことが先読みされた。そういう魔法でもあるのかと思うほど至れり尽くせりで、正直有難いと同時に不気味でもある。


「え、はい。頂けませんか?」


 不躾なお願いであることは承知の上だが、他国に行ったり、買ったり、暮らしていく為には資金必要不可欠なのだ。

 私はどこの世界もお金か無いと生きていけないのは同じなんだな…と心で思いながら、店主に軽く頭を下げて誠意を示した。


「良いぞ。」


「…え?」


 私はあっさりと承諾した店主に驚愕の表情を向けて固まる。


「嬢ちゃん用の資金があそこにある金庫の中に入ってる。あれは全部嬢ちゃんのだ。どれだけ出しても、入れていても構わねぇ。暗証番号は嬢ちゃんが設定してくれ。」


「え?……え?」


 そんな声しか出せない私に向かって店主は人の良さそうな顔をしながら淡々と説明を続ける。


「それと、この金庫に入れている金は月一割で増やさせてもらう。」


 つまり銀行って事か…って_


「_一割!?」


 思わず叫んでしまった。一割なら、相当やばい勢いで金が増えていくってことだ。本当にこの店の経済は回っているのだろうか?話を聞く限り、私以外の人も助けているっぽいし、明らかに収入よりも支出の方が多いだろう。


「と、とりあえず、お金は後で頂きますね。」


「ああ。濃い一日で疲れてるだろ。さっさと選んで今日は部屋で休んじまいな。ま、必要なものがあれば何時でもここに来な。」


「はい。ありがとうございます。」


 そうお礼を言い、軽く会釈をすると、私は店に陳列されている品物を見始める。

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