第6話 魔法

「さて…どうするか…」


 勢いに任せてダガーを構えたのは良いが、あの奇襲攻撃で殺りきれなかった以上、同じ手は通用しないと考えた方が良いだろう。それに、狼のあの速度は尋常じゃない。たとえ転移したとしても、動き回られてしまえば攻撃は当たらない。そこまでの知能があるかは定かでは無いが、同じ手で奇襲を掛けても通用しないことだけは確かだろう。


「そういえば魔法ってのをまだ使ってなかったっけ」


 あの幼女が放った魔法を思い出し、感覚である程度魔法の発動の仕方を覚える。そして、イメージする。今までアニメや漫画で見てきたチートレベルで強い魔法を。自分になら出来るという強い確信と共に。

 右手をパッと開き、体に流れる魔力を感じる。それを掌から細かく放出し、掌のすぐ側の空に円を象る。これが魔法陣の原型。それに自らの思い描く、放ちたい魔法のイメージを流し込むと、そのイメージが情報として魔法文字に変換され、中心に五芒星が描かれ、様々な模様と共に魔法文字が刻みつけられていき、魔法陣が完成する。その複雑な魔法陣に必要な量の魔力を流し込むと、魔法が発動し、真紅の槍が顕現する。


「爆ぜろ、〖炎槍〗グングニル!!」


 その槍はパッと開いた右の掌と15cm程離れた宙に浮いていた。どういう原理なのかは分からないが、直感でそのまま右手をあの狼に向かって横薙ぎに振ればいいと思い、直感に従って思いっきり右手を横薙ぎに振った。すると、その真紅の槍は真っ直ぐ狼に轟速で向かったと思えば、瞬きを一度した瞬間狼に着弾し、狼の体をすっぽりと収めてしまう程大きな炎の球体の爆発を起こした。当然、狼は灰すら残さずに消滅し、狼が居たであろう場所には小さなクレーターが残っていた。


「…できた!できたー!!」


 狼を始末できた安堵の息を零した直後、初めての魔法が成功した喜びが一気に込み上げてきた。しばらく喜んでいると、恐る恐るといった様子で狼に怯えていたであろう人物_以後商人の男_が近寄ってきた。


「……あのぉ、助けていただいてありがとうございますぅ。」


 その商人の男は、若干私に怯えているような雰囲気でお礼を言ってきた。


「いえ、良いんですよ。」


 何か怖がられるような事をしただろうか?と思考しつつ、愛嬌溢れる態度で一言、そう言った。


「す、すごい魔法でしたね。…お嬢さんは、もしかして凄く名の通った大魔法使いだったりするんでしょうか…?」


 何に怯えているのかがわかった気がする。きっとこの人はさっき私の放った〖炎槍〗グングニルに怯えているのだろう。


「いえいえ。私はただの通りすがりの少女ですよ。」


 知り合いにこんな事を言えば、「少女…?」とわざとらしく言われるため、場を和ませようとつい言ってしまったが、目の前の人物は私の身長から判断したのか、自然と受け入れているようだった。


「そうだ、よければ馬車に乗せてもらえないですか?」


 この人は馬車を持っている。移動手段としては歩きより遥かに早い。本当ならば私の能力で転移した方が一瞬で着くため格段に早いのだが、頭の中に刻まれた能力の情報では、一度も行ったことのない場所への転移は転移先の正確な座標が分かっていないと転移した先で地面に埋もれたり、遥か上空に転移してしまったり、建物の壁や天井に埋まったりする可能性があり、大変危険らしいのだ。安全に転移するには、一度行ったことのある場所か、視界内の場所だけ。故に、一度も行ったことのない場所に対しては危険を冒してまで転移するのではなく、安全に陸路や水路で移動した方が良いのだ。尤も、私に他人の記憶を覗き見る力でもあれば別だろうが。


「え、えぇ!勿論ですとも!お嬢さんは私の命の恩人ですから!」


 商人の男は快諾してくれた。そうして、トゥール領に到着するまでの私の足となる人物が決まったのだ。


「して、お嬢さんは何処まで行きたいのでしょうか?」


 混乱して暴れかけていた2頭の馬をあっさりと落ち着かせ、手際よく馬車に繋いで私に馬車に乗るように促した商人は、まるでタクシーの運転手のような聞き方をしてきた。


「……とりあえず、トゥール領までお願いします。」


 吹き出しそうになるのを必死に抑えながら、行先を伝える。

 この会話だけ聞けば、完全にタクシー運転手とその客なのだが、実際は違う。タクシーのように近代的な見た目でもなければ、雇われの運転手ではなく、この商人の男は私に命を救われ、その恩に報いようとしている。


「分かりました。…それにしても、偶然ですね。私も丁度トゥール領へ行こうと思っていたのですよ。」


「それまたどうして…?」


 ぶっちゃけ、なんとなく理由は分かる。きっと戦争中でもあるこの国からさっさと出て他の場所で旅商人として生きたいのだろう。あの王なら赤子でもない限りはどんな人間でも捨て駒として使いそうだし。そして、この予想は見事に的中していた。


「お嬢さんもきっと同じ理由でしょう?この国は最近きな臭くなってきてますからね。女子供も、それこそ、商人だろうとお構い無しに徴兵されるかもしれないような戦争中のこんな国にいつまでも居る訳にはいかないでしょう?」


 私とは少し違うが、概ね同じ理由だった。この商人の男は徴兵なんぞされるまえにとっととおさらばしたい。私はこの国の強力な手駒にするために召喚されたけど、それは絶対嫌だからさっさと他国に逃げてしまいたい。この国から早く去りたいという共通の目的と私への恩がある以上、この商人の男は絶対に私を裏切らないだろう。何しろ、私という強力な護衛を得たようなものなのだから。


「…それと_」


 私が言葉を紡ぐ途中で、商人の男が分かっていると言わんばかりに私の言葉を遮って私の言いたかったことを当てて見せた。


して頂くことに対する対価、ですよね?」


「よく分かりましたね。商人ってのは自分の利益を最優先にするものだと思っていたからてっきり私が言うまで黙っていると思っていたのですが。」


「いえいえ、命の恩人でなければ私はそうしていたでしょう。例えそれを言われたとしても命の恩人でも無い限りは『馬車にのせてやっているだろう』と言って終わりです。ですが、私は命を救われ、その恩には馬車に乗っていただくこと、そして私が死ぬまでこれから全霊でお嬢さんに協力することで恩をお返しします。ですが、それだけでなくお嬢さんは私とこの馬車の護衛もして頂くことになってしまう。それでは私が一方的に利益を得てしまう。礼儀として、護衛をして頂く方に報酬をお渡しするのは当たり前のことです。」


 当たり前だが、アニメとかで見ていた商人とはやはり違うようだった。アニメとかで見る商人は大抵ドス黒く、ずる賢いという印象がどうしても強くなってしまうが、この商人はしっかりと双方の利益を見ている。


「ああ、それと、商人とは信用を得ることが最も大切です。確かに自らの利益を得ることも大切ですし、自らが損をしないように取引も見た目よりも慎重に行わねばなりません。目先の利に眩んで視野が狭くなってしまえば行く先は決まって破滅ですから。」


 やけに饒舌に話すと思ったけど、この商人もしかして割と大商人とかだったりするのかな?興味もなかったし余りしっかり見ていなかったけど身なりもしっかりしてるし、馬車もよく手入れされているのもあるのか新品みたいに綺麗だし。まあ、どっちにしても商人の知り合いはいて損は無いから結果助けて良かった、かな。

 そう思っていると、馬車がゆっくりと停止していく。どうしたのかと商人の方を見ると、小さな村に到着しており、村長らしき人と親しげに話していた。

 馬車に乗ってからしばらく経ち、既に日が傾いてきているため、次の街へ行くには危険だと判断したんだろう。そう考え、私が馬車を降りようとした瞬間、目の前に目で負えない速度の何かが降ってきた。当然、そんな勢いで落ちてきたのだから大量の砂が舞い上がり、辺りを煙のように包んだ。そして、目の前に落ちてきた何かが居るであろうその場所から、今までに感じたことの無い鋭い殺気を感じた。

 そちらに意識を集中した時、私の空間収納の中に入れているはずのあの奇妙な杖から強い思念を感じた。


『__セロ。_喰_セロ。__喰ワセロ!!』


 喰わせろ、喰わせろ。と、ただその一言だけを機械的に、感情があまり感じられない声で延々と言ってくるのだ。私は意味がわからず、杖を出さなかったが、その選択は正解だった。

 砂の煙が晴れていないのにもかかわらず、その鋭い殺気を放つ人物は私に攻撃を仕掛けてきた。咄嗟にダガーを取り出し、攻撃を受け流そうとしたが、その人物の武器はハンマーのように面で攻撃するような武器だったようで、私はそれを受け流すどころか反応することすらもできずに脇腹の辺りに攻撃を食らってしまった。ただ、手加減していたのか体勢を崩して転んだ際に擦り傷ができた程度の怪我で済んだ。


「おい、何故〖大罪能力〗クライムを使わない?」


 少女の様な、それでいて妙に大人びているような声に、疑問の念をのせて私に話してくる。擦り傷といえど、平和な世界に住んでいた私には気にしてしまうところで、痛みを我慢して少し涙目になりつつも立ち上がる。あの狼に吹き飛ばされた時は本当に死んでしまうのではないかと思うほど痛かったし今の比では無いけど、痛みや怪我にはやはり慣れないし慣れたくもない。


「何それ?私痛かったんだけど?」


 〖大罪能力〗そんなものなんて聞いたこともないし、そんな事より急に襲ってきてこっちが怪我してるんだから謝ってくれる?という意味を込めて言葉を返す。ぶっちゃけ、急に襲ってくる人に対してこんな煽りをかませば、きっと逆上して今度は殺す気で来そうだと思ったため、日和ったのだ。


「その程度の怪我で何を言う?戦地にでも行ってきたらどうだ?その程度の怪我ですまない人達がごまんといる。」


 やはりこの世界では擦り傷程度の怪我は心配する程のものでは無かったらしい。実際、戦争やら何やらが蔓延っている様だし。

 砂の煙が晴れてきて、私を襲った人物の姿があらわになる。褐色肌に白髪、そして尖った耳。見たところダークエルフと言うやつだろう。イラストレーターの仕事でたまに描くことがあった。背の高さはそこまで高くないが、低すぎる訳でもない。中学生や高校生くらいというとわかりやすいだろうか?


「確かにそうだけど、私は何も分からないのに襲われてるんだよ?そもそも初対面だし。喧嘩や戦争だって互いに何かきっかけがないと起こらないでしょ?」


 相手の目的も分からないのに戦うのは得策では無いと思い、ひとまず話し合いで解決出来ないかという意味を込めてそう話しかけた。



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