第12話 第五魔王
「――ルーク、そしてその従者達、下がっておれ。ワタシはこの娘と2人で話がしたい。」
「は。……承知しました」
ピクリとも動けないような緊張感の中、ルークと呼ばれた魔族に声を掛けた第五魔王――ルナ。その言葉に感激した様な、目の前のルナという魔王に心酔した様な表情を浮かべなから、ルークは私を連行した魔族たちと共に玉座の間を後にした。
そうして、玉座の間には私と
「のう、人間。何故ピクリとも動かないのだ?」
「っ……その……緊張感……?というやつで……動いちゃいけないって……」
口の動きですらぎこちなくなってしまう。それ程目の前の魔王の覇気というのが強いのだろう。
「あぁ、そうか。ワタシには初めて会うからな。それで緊張しているのか」
「……?」
いや、何か解釈が違う気がする。そういう意味で言ったのではないのだけど……
「えっと、そうじゃなくてね?貴女の……その、覇気?で」
私は精一杯自分なりの言葉で説明しようとする。すると
「そうか、親密度というやつだな!」
「……」
自信満々に言い放ったその言葉に私はジト目をしたままで、言葉を発することは無かった。
私が何も言わないままで固まっていると、
まるでお茶会でもするかのようなその様子に私は固まる。
「えっと……何を?」
再び私が問いかける。
「何……?見ての通り、
「……まあよい。座れ。ワタシとオマエの2人だけの空間だからな、気軽に接してくれ。呼び方もルナでよい」
そう軽く言い放ったルナは自分が用意した椅子に座った。ルナからはいつの間にかあのとてつもなく強い魔王の覇気が感じられなくなっていた。覇気のON OFFなんてできたのに驚きだが、何か縛られているような感覚から解放されたように体が動かせるようになった。そして、私はルナに促されるままに空いている一脚の椅子に座った。
「さて、まずは自己紹介と行こうじゃないか。親睦を深めるにはまず相手を知るところから、だ」
ルナはそう言い放ち、私に自己紹介をするように促す。
その間、何故かティーポットとティーカップが用意され、独りでにティーポットが動き、まるでそこに誰か居るかのように私とルナのティーカップに紅茶を注いでいた。
「私は……
私は絞り出すように短く名前だけを伝えてすぐ口を閉ざした。
「それだけか?能力は?持っているんだろう?」
ルナは拍子抜けした様にそう言うと、すぐに問い詰めてくる。
「初対面で敵か味方かも分からないのにどうして能力を言わなきゃいけないの?」
そうだ。どうして見ず知らずの、現状敵か味方かかも分からないような得体の知れない存在に自らの生命線とも言える能力を教えなければならない?
「ふむ。それもそうだな。では私の自己紹介と行こうか」
納得したかのようにそう言って、ルナは自己紹介を始める。
「ワタシはルナ・ニグラト。知っての通り第五魔王だ。ワタシの能力は『あらゆるものを生み出す』という力がある。この机や椅子を一瞬で出現させたのもその力だ」
と、目の前の
本当に信頼できる仲間でもない私に何故そう簡単に自らの能力を明かすのか、それが分からず困惑した。
「なんっ……――」
「――サラが今一番疑問に思っているのは『なんでそう簡単に自分の能力を明かすのか』だろう?」
ルナは私の考え、言いたいことを見透かしたように私が紡ごうとした言葉を言い当てる。
驚いた私はただこくりと驚いた表情で頷くことしかできなかった。
「ワタシはサラのことを敵だと思っていないからだ」
ルナは当然のことの様にそう言ってのけた。私は当然困惑が深くなる。
さっき初めて顔を合わせたばかりだというのに、何故敵ではないと断言できる?
この魔王が元の世界で暮らしていたら、確実に小学生でも引っかからない様なベタな詐欺にですら引っかかるのではないだろうか?
それとも、この余裕やチョロさ、距離感の近さは魔王という絶対的な強さ故の自信というやつなのか?
様々な疑問が私の脳内を駆け回り、その自分一人では完結することの無い疑問の答えを出そうと必死に思考を巡らせる。
「――ラ、……サラ!」
気づけば、ルナが怪訝そうな顔をしながら私の体を軽く揺さぶりながら名前を呼んでいた。目の前にはルナの大人の余裕に溢れている美しい顔があり、私は寝ぼけたようにじっとルナの顔を見つめていた。
ハッとした私は思わず顔を手で抑えながら顔を逸らした。その時、私は私が笑みを浮かべていることがわかった。
「気がついたか?ワタシがどれだけ声を掛けても不気味な笑みを浮かべたまま何も反応を示さなくなったから心配したぞ」
そう言いながら安堵したようにルナは元々座っていた対面の席に再び座る。
それにしても、何故急に笑みを浮かべながら意識が遠のいていたのだろうか?
この世界に来て驚きの連続なせいで頭がパンクしたのかもしれない。
「ご、ごめん。もう大丈夫だから」
私は慌ててルナにそう伝え、頭を抑えつつ自分が何をしていたのか思い出そうとする。
(あれ……?私何してたんだっけ……?)
意識が遠のいている時は勿論、ここに来た経緯までもが思い出せなかった。何かがおかしい。とても大切なものを忘れてしまったような……そんな不安感が私を襲った。
「さて、ワタシはそろそろ自室に戻る。サラも気をつけて帰るんじゃぞ。」
ルナはそう言って優しい笑みを浮かべ、私に帰るように促した。
「うん、分かった。今日はありがとね、美桜」
私はそう言って、自然な動作で初めてきたはずのこの城を最初から知っていた様に歩き出した。
―――――――――――――――――――――――
「のう、
手元にルービックキューブの様な立方体をふわふわと浮かばせ、それを不服そうに見つめるルナはゆっくりと立ち上がって虚空に向かって話しかける。
「……何がだ?」
スッ、と
今の姿は紗羅に見せた姿とは違い、スラッとした体型の、端的に言うと高身長イケメンだった。
「分かっておるであろう。あのサラという少女の能力の記憶をこのキューブに移して偽りの記憶を植え付けたことじゃ」
ルナは紗羅する様にその言葉を吐き、
「良いも何も、ソレは俺がアンタにしてくれって頼んだことだぜ?」
第七魔王は平然と言ってのける。その、残酷でありながらも魔王らしい事実を。
「だからと……!
ルナは「いくらなんでも此方に何も害を与えられていない人間にそんなことをする必要はないのでは無いか」と言うようにその言葉を紡いだ。
「関係ないね。確かに、
第七魔王のその言葉を聞いたルナは「どこまでも冷酷な奴だ」と嫌味を零した。
「オマエが何故そこまで
「あのなぁ……アンタも
あくまでも、十分に起こり得る最悪の未来を事前に選択肢から消すためにした事だ、というのが第七魔王の考えだった。
そして、それは魔王側から見れば最善手であり、紗羅との友好を望むのならば最悪手であった。
「それは分かっておる。ワタシが今最も言いたいのは、
そう。紗羅は人間――あの召喚された国――を恨んでいる。故に、魔王が友好を望めば紗羅はきっと魔王と手を組み、友好を結べていただろう。
第七魔王の言う紗羅の危険な能力――あの空間を操る能力――を魔王の仲間として人間を滅ぼすのに使えたかもしれないのだ。
しかし、第七魔王は紗羅を追い出すために、紗羅にもうきっと会うことが叶わないであろう親友を見せてしまった。それは紗羅の今最も踏んではいけない地雷であると知らずに。
「親友だぁ……?そんなモン、俺達には関係ないね。他の魔王だってそう言うだろうよ。たかが人間如きが持つには危険すぎる上に、それは
第七魔王の声は苛立ちを露わにする様に怒気を帯びる。
「……あぁ、そうじゃな。これ以上人間の方を持つのも違うしの」
ルナは苛立ちを露わにした第七魔王をこれ以上苛立たせない為にも、すぐに引き下がる。
「とりあえず、魔王会合でこのキューブの扱いは考えるとしよう。ひとまず、それまではワタシがこのキューブを保管しておく。それで良いな?」
「あぁ。ただ、折角アンタとの会話の記憶やアンタの能力の記憶まで消してやったんだ。また接触しようとしたり、ましてやその
第七魔王は念を押すようにそう言う。
「分かっておる。一部とはいえ、能力を開示したのだからな。サービスとしてそこまで記憶を消してもらったのには感謝しておるからの。そのうな悪手に出るつもりは無い」
先程までのルナとは打って代わり、魔王としての冷酷な顔でそう言葉を吐いた。
―――――――――――――――――――――――
魔王の城から去った紗羅は、虚ろな表情をしながらひたすらに深い森の中を歩いていた。
そりゃあそうだろう。ほんの少し記憶を弄られた程度ならば何ともないだろうが、この世界に来て得た記憶のほぼ全てに含まれる"能力"という要素の記憶を弄られてしまったのだから。
「美桜…………私……わたしは……ナニ……?ミオ……?ソイツハダレ……?ワタシハ……?ナゼ……コンナトコロニ……」
紗羅はひたすらに歩き、ある大樹の前に立った。 意識も朧気な程虚ろだった目と表情は少し光を取り戻し、紗羅に思考力を取り戻させた。
しかし、それは紗羅にとって幸運であり、同時に不幸であったと言える。
先程まで楽しく話していたはずの美桜との会話の記憶。しかし美桜はこの世界に召喚される前の親友であり、決してこの世界に存在するわけが無い。
そうした数多の矛盾と人どころか動物の気配すら無い不気味な深い森の奥という状況に直面している事を認識し、紗羅は混乱し、既に精神は負荷に耐えられないほど疲弊していた。
「あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
紗羅は顔を両手で覆い、地に膝をつき、叫び声とも泣き声とも取れるような声で、どうにもならないような現状に絶望し、目は光を失い、ひたすらに涙を流しながら発狂していた。
「誰だ……こんな夜更けに五月蝿い声で喚き散らしやがる馬鹿者は……大体こんな森の最奥に来る奴なんて……」
そう鬱陶しそうに大樹の頂上からゆっくりと飛びながら降下してきたのは、少し紫がかった黒髪の男だった。
男は紗羅を見るや否や、「この世界の人間では無い」と真っ先に気づいていた。そして、何があったのかも。
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