第11話 魔王の御前
「――紗羅。……紗羅?起きて、紗羅」
……誰かが私の名前を呼んでる。起きなきゃ……でも、一体誰が?
「……おーい、紗羅ー?起ーきーてー……お!起きた?」
優しくて包容力のある懐かしくも落ち着く声。深く落ちた意識の底でそっと手を伸ばす。
すると世界は白く染まり、あの公園と共に私をじっと見つめてきている私の親友の
時刻は……昼だろうか?太陽はまだ沈みかけてすらいない。
「……あれ、美桜?私……公園で依頼された絵の練習をしてて……それで……」
混濁する記憶を1つずつ丁寧に整理していく。しかし、あるはずのない空白の時間に積もったぽっかりと空いた思い出せない記憶がある気がした。
「紗羅、落ち着いて?自分の名前、フルネームで言える?」
美桜は落ち着いて私の意識がしっかりしているかを確かめてくる。
「何を言ってるの、美桜。私は
美桜は目に涙を浮かべて、静かに「……ばか」と言いながら私を抱きしめてくる。
「美桜、何があったの?泣かないで?」
私は困惑しながらもあやす様に美桜の頭を撫でながら言った。
「紗羅が倒れたって聞いて駆けつけてきたんだよ、ばか!!」
とうとう大泣きしてしまった美桜は鼻声で私に勢いよく言い放つ。
倒れた……?私が?確かに体は弱いけど、倒れるような運動はしてない……
「そうだったの、ごめんね。美桜、ありがとう」
抱きしめる力が強くなったことに何も言わず、よしよしと頭を撫で続けながら言う。
「ううん……、いいよ。でも……、今日はもう家に帰ってゆっくり休むこと!」
そっと離れ、鼻をすすりながらも人差し指を立てて私に言い聞かせるように美桜は言った。
「えぇー、やだー!」
そのいつも通りの美桜の対応に、私もまたいつも通り駄々っ子の様に拒否した。
「やだじゃない!」
「やだ!」
「むむむ……そんなこと言っていいのかな?」
一通りいつものやり取りを終えた頃、美桜は弱みを握った中学生の様な事を言ってきた。
「折角私も紗羅の家に言ってさっき言ってたタコパをしようって思ってたのになー?」
「はっ!?」
美桜のその言葉に、私は盲点だった、と言わんばかりに目を見開いて驚く。
「ふっふっふ、さあ、どうする?帰る?帰らない?」
ドヤァ、という効果音が聞こえてきそうなほどの表情をした美桜に、私は屈する様に「……帰る」と言った。
その答えを聞いた美桜は満足気に私の家に向かって私を引っ張っていくのだった。
「――さーて、久しぶりに紗羅の家でのイベントだー!」
「こらこら、私の家でのタコパの事を年1のイベントみたいに言わないの」
時間は過ぎ、18時頃。私の家に来てしばらく談笑した後、私と美桜はたこ焼き器などを準備してタコパを始める所だった。
「だってさー、紗羅はいっつも『忙しいから』って誘いも断るんだもん!全然外出てこないし!」
「うっ……」と心に刺さった時の声を出しつつ、「一言余計よ」とほんの少し怒ったように美桜に言う。
「じゃあね、紗羅。今度は倒れないように気をつけないとダメだよ?」
「うん、じゃあね、美桜。分かってる!気をつけるから!」
「また会おうね、紗羅」
「もちろん。今度は何処か遊びに行こ〜」
そんなこんなで私達は存分に楽しみ、片付けを終え、美桜は帰路についた。近くまで見送りすると私が言うと、美桜はすぐに「近いから良いし倒れた人は安静にしてなさい!」と言って拒否してきた。そんな訳で私は玄関で美桜を見送った。
「さーて、お風呂にでも入って……寝ま……」
プツンと体の自由が突然奪われた様に私は倒れる。
再び世界が暗転したかと思えば、遠くから聞こえてくる誰かの悲鳴。
感覚が戻り始めた頃、私の体は誰かに担がれている様だということが分かった。
「……ん、ここは……」
私はその呟きと同時に重い瞼をゆっくりと上げた。
そこに拡がっていた光景は、一言で表すならば"悲惨"だった。
周りの建物には一切破壊された後は無く、宿の建物ですら私が吹き飛ばされてめり込んだ部分しか目立った破損部分が無い。
一見何ともないように見えるが、宿の扉の隙間からだらりと流れてきている赤い液体。その液体を目でたどっていくと、そこには無惨にも様々な方法で殺された宿屋に居た人々の姿が見えた。
腹を思い切り抉られた
(商人は無事…?……いえ、きっと……もう……)
扉の隙間からでは見える死体に限りがあり、見える範囲内に商人が居なかったことから、もしかしたら無事かも、と淡い期待を抱いたが、杞憂に終わるだろうとその期待を打ち消した。
(ひとまず、この状況からどうにか逃げ出さないと……)
そう考えた私はすぐさま能力を使い逃げようとしたが、何故だか能力が発動しない。
「なっ……なんで能力が発動しないの……!?」
思わず声に出てしまい、私を抱えている魔族が「お、やっと起きたか」と愉快そうに話しかけてきた。私を抱えて運んでいるのは私と戦ったあの魔族だった。
「ああ、そうだ。お前の能力はしばらく使えないようにさせて貰ってる。だからおめおめと俺らから逃げられるなんて考えずに大人しくしといてくれ」
「俺ら……?」
能力が使えないようにされた、ということにもかなりの驚きを隠せないのだが、"俺ら"という言葉に引っかかり、周りを見渡した。
すると確かに周りには巨人の様な体格の男の魔族と中学生くらいの体格をしたお嬢様の様な女の魔族、そして青年と形容するのが適切であろう男の魔族の3人の魔族が何も話さず、足音も無く横に並んで歩いていた。
「しっかし、魔王様達は偉大だな。まさか能力を一時的に使えなくできるとは」
私を抱えている魔族だけが表情豊かに語りかけてくるが、周りの3人の魔族は何故か無表情のまま何も話さない。
「どういう仕組みな訳……?能力を一時的に使えなくするなんて……」
何もしてこないならまずはこの魔族から情報を得なければ。
「ああ、それな。俺にもよく分からんが、どうやら能力の扱いが未熟ならば一時的に使えないようにできる
魔族は親切に教えてくれた。戦っていた時もだが、この魔族は少し人間味があるように思える。ほかの魔族もこの魔族の様に人間味があるのかは分からないが。
「そんなものが……あ、宿のあの死体はどういうことなの!?商人は!?商人は無事なの!?」
魔族達の事や能力が使えないことに上書きされて忘れかけていたことを慌てて魔族に問い詰める。
「ん?ああ、あれか。
……は?そう口に出すことすら出来なかった。
「商人は……?」
絞り出すように問いかける。
「商人?……ああ、
あまりにもあっさりと私の捨てきれなかった淡い期待は裏切られた。
商人とはとても短い間の付き合いだったが、本当に私に良くしてくれた。本当の善意だと私が確信できるくらいには。
私はもう、それ以上商人の事について触れることは無かった。
私は体を完全に脱力させ、顔には絶望が入り交じった真顔が浮かんでいる。
「おいおい、こんなことでへたばんのかよ?」
魔族は相も変わらず気さくに声をかけてくる。そして、「こんなに簡単なら最初からそうしとくべきだったな。」と、私に聞こえるかすら微妙な声で呟いた。
少し経ち、魔族たちはトゥール領の城壁都市から離れ、自然豊かな森林の中へ入っていく。魔族に抱えられている私もまた、抵抗もせずにじっと運ばれている。
沈黙が続いていたが、5つの切り株が中心の焚き火跡を囲むように存在している場所に着くと、魔族は私をゆっくりと降ろし、切り株のひとつに座らせた。そして、私を抱えていた魔族を含めた4人の魔族も空いているそれぞれの切り株に座った。
私を抱えていた魔族がパチンッと指を鳴らすと、焚き火跡だったはずの場所から火が立ち上り、たちまちそれは焚き火へと成った。
私は、大自然の空気で身が澄んでいくのを感じ、少し落ち着きを取り戻すと、表情は変わらず、声色はか細く、私は絞り出す様に問いかけた。
「私を…………私を連れてこいと言った魔王は……どんな魔王なの?」
魔王は複数人居るということを理解しているという意味も込め、オリヴィアに聞いた魔王の中の誰かであるのかを確認する為にも訊いた。
「魔王様、か。そうだな…………」
私を抱えていた魔族がそう悩む素振りをしながら声を出し、3人の魔族に「話していいと思うか?」と問うた。
「この小娘からは既に戦意も我らから逃げ出そうという意思も感じられぬ。どうせ教えたところで逃げられもせぬし、教えても良いのではないか?」
巨人の様な魔族がそう意見を発する。
「ワタクシは親愛なる魔王様の事を人間如きに教えるのは反対ですわ!」
お嬢様の様な魔族が反対の意を示す。見た目に反さない典型的な話し方だ、と思いジトッとした目を一瞬をその魔族に向けたが、私を疎ましそうに睨みつけて直ぐに視線を焚き火に戻した。
「まあまあ、僕はいいと思いますよ。彼女は魔王様について気になるようですし、教えてあげるのもいい勉強になると思います」
お嬢様の様な魔族を諌めるように青年の様な魔族が私に魔王の事について話すことに賛成した。
「ふむ、そうだな。では、話すとしようか。かなり大雑把だが」
「ええ、ありがとう」
話を始めようとしている魔族に礼を言うと、それを聞いた魔族が少し驚いたような表情をした後、魔王について語り始めた。
「まあ、まずだ。今回
第一魔王でも第三魔王でも第七魔王でもなく、第五魔王……?その3人の事はオリヴィアから話は聞いたけど、第五魔王の事なんて一切知らない。初耳だ。
「今から話すことはごく一部の魔族のみ知る真実となる。だから他言無用という事を肝に銘じておけ」
「分かった」
「よし。では話すとしよう。ルナ様の御体は
私は何を言っているのかよく分からない、と思いつつもこくりと頷きながら話を聞いていた。
「
「お、人間にしてはいい質問じゃないか。能力を持つもの同士だからか?」
魔族は「待ってました!」と言わんばかりに私を褒める。
「ルナ様はちと特殊なんだ。何もかもな。ただ、
大方予想通りの答えだった。魔王は皆能力を持っているそうだし。
「ルナ様はな、す――」
魔族が再び話し始めた瞬間、焚き火のある場所に突然禍々しい扉が現れ、魔族は自慢気な態度から人が変わったように真面目モードになった。
「っと、迎えが来たな。来い、人間。いよいよ魔王様との謁見だ」
魔族が急に真面目になってそんな事を言い出し、私は一気に現実に引き戻された。
そして、私は無言で立ち上がり、自慢気に話してきていた魔族の背中を追いかけるように扉へと入っていく。後の3人の魔族は私の後ろから続いているようだった。
「――よくその娘をワタシの眼前まで連れてきてくれた。感謝するぞ、ルーク」
「はっ。有り難きお言葉」
扉を抜けた先は正に魔王の間と呼ぶに相応しい玉座がある空間だった。
私を召喚した時のあのセンスのない玉座の間とは違い、しっかりと作り込まれている、文句なしだ。
そんなことを思いながら周りを見渡していると、玉座に座った紫髪のショートヘアで大人らしい美貌を持つ女の魔族がそう声を発した。
ルーク、そう呼ばれた私を先導した魔族は、その女の魔族の言葉に跪き感激の意を端的に述べた。
この女の魔族こそが魔王ルナ・ニグラトだと直感的にそう思った。
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