第10話 紗羅vs魔王軍

「……分かったわよ。行けばいいんでしょう?」


 吐き捨てるようにそう言い、商人にはここに残るように言った。商人の財産を狙っているということも有り得るからだ。もしそうならば、少しの間とはいえボディーガードとしてできる限り守る努力はするべきだろう。


「お嬢さん、もし魔王軍が私の財産を狙っていた場合、迷わずに渡してください」


 扉に手をかけた瞬間、商人は私の考えを見透かす様にそう言った。


「それはできないかな」


 迷わず私は商人にそう言った。

 もしこれで死ぬなら、私はそれまでの命だったってことだ。

 少し絶望した様な表情をする商人を横目で見つつ、私は決意が鈍らないうちに扉を開け、その光景を目にする。


「ようやく出てきたか。危うくこの宿を跡形もなく消してしまうところだったではないか。」


 扉を開け、そこに立っていたのは人間らしき少し小柄の男と如何にも悪魔の翼という見た目をした一対の翼を持つ長身の人外の男が立っており、人外の男は偉そうに私に話しかけてきた。その言葉には棘があるが、声色は穏やかであり、怒りの感情は感じられない。


「あんたは…何者?」


「やれやれ、圧倒的な実力差がある事を理解していないのか?俺に向かって"あんた"などという下賎な呼び方をするとはよ」


 そう言い終えると同時に、私に凄まじい威圧がのしかかった。思わず片足が後ろに下がり、ガクガクと体が震える。

 そうして私は理解する。


(ああ、私とこの魔族との間にはここまで強さに差があるのか)


 死を悟った様な諦めの表情を浮かべかけた時、それが吹っ飛ぶ程の衝撃的な一言を魔族は発した。


「まあ、手前は俺達の敬愛する主である魔王様より、『最高級の客人の様に微塵も汚すことも傷つけることも無いよう連行保護しろ』とのお達しだからな。殺すことは勿論、如何なる危険も寄せ付けやしねぇ。」


「……は??」


(あいつは今なんて言った?客人…?私が?

 魔族なんてそれこそあの路地裏のロリくらいしか…)


 魔族の言葉によって混乱する思考の中、必死に今まで会ったであろう魔族を記憶の中から手繰り寄せ、召喚されたばっかりの時に会ったロリ魔族を思い出す。

 そして、オリヴィアと話した時に聞いた魔王の話を思い出した。


(確か…私に路地裏で接触してきたのは第一魔王の見た目だけど、実際に接触してきたのは姿を変えれる第三魔王か第七魔王だったはず…

 となると、私を連れてこようとしているのはこのどちらかってことよね?)


「さて、そういう訳なので、大人しくついてきてもらえるか?あまり手荒な真似はしたくない」


「嫌よ。折角あのクソ国王から逃げてきたってのに。こんな所で自由を奪わわれてあいつに復讐できなくなるなんてごめんよ!」


 精一杯気力を振り絞り、威勢のいい言葉を吐く。

 そのまま勢いであの時路地裏で見せられた火柱を鮮明に思い浮かべ、感覚が導くままに魔法陣を描き、魔法を発動する。


「《火柱ひばしら》!!」


 そうデタラメに叫んだ瞬間、足元に描いた魔法陣から上空に向かって勢いよく太い火柱が昇った。

 周囲から私が死んだのではないかという驚きと困惑の声が聞こえるが、私は無事だ。

 この《火柱》は中まで火で埋め尽くさずにバームクーヘンの様に中身をくり抜いて安置にしてある。

 一瞬とはいえ、考える時間ができた。ここまで見ている人が多いと下手に能力は使えないだろう。見かけだけの適当な魔法陣でも描いて能力を発動すればいいだろうか?

 まあいい。一旦はそのやり方をしよう。


「ほう、炎魔法か。おもしれぇ、あのちっこい魔王様と適正が同じなのか?」


 魔族のそんな興味深そうな声が聞こえて来るが、まずはこの状況を打破する方法を考えよう。

 火柱が残っている内に能力を発動し、空中に手を出すと、空間が歪み、手首の辺りまでが歪みに飲み込まれたように消える。

 ガサゴソと手を動かし、目的のものを掴むと、歪みから手を出し、黒曜石の様な光沢を放つダガーナイフを取り出す。

 歪みはそのまま消え去り、それを見届けた私は魔族の真後ろの空中辺りに能力で瞬間移動する。


「…ふんっ!」


 そう声を出しながら逆手に持ったダガーナイフを魔族の頭目掛けて横なぎに振る。


「おいおい、手前テメェ、いつから俺の真後ろに居たと勘違いしてやがる?」


 私の背後から嘲笑う様な余裕そうな声が響く。

 

「んなっ…」


 思いっきり空を切るダガーナイフと視界から消え背後から聞こえる声に驚き呻くような声を出す。


「ちっ…折角痛い思いせずに連れて行ってやれるって伝えてやったのに」


 その呟きと同時に私の体は重力が何倍にもなり、横にかかるようになったかのように宿の建物の壁に吹き飛ばされた。


「がっ……はっっ……」


 吹き飛ばされたことに気づくのに数瞬掛かり、血反吐を吐き出しながらも意識を落とさないように神経を集中する。

 次の手を考えて早く立て直さなければ。その思いを強く持ち、節々が痛む中ボロボロと崩れている宿の壁と瓦礫を支えにして立ち上がる。


(折角自由になったのよ…!何されるか分かったもんじゃない魔王軍のところになんて行ってたまるもんか!)


 そう意気込んだは良いが、既に体はボロボロだ。そりゃあそうだろう。いくら能力や魔法があったとしても、身体強化や再生能力など持っているわけでも使えるわけでもないのだから。所詮人間の肉体でしかないのだから、脆いのは仕方ないだろう。


(もう体は激しく動かせないと見た方が良いでしょうね…)


 そう心の中で呟き、能力による瞬間移動を利用した回避を行いつつ、近距離ではなく魔法を利用した遠距離からの攻撃を行うべきだろう、と考える。


「はっ!大した根性じゃねぇの。人間の体で俺の蹴りを喰らってその程度の怪我で済んだだけじゃなく立ち上がってくるとはな!」


 魔族はどこか歓喜した様な声でそう声をかけてくる。

 きっと私が死なない程度には加減されていたんだろうが、怪我をしてしまっている以上、その命令を下した魔王にどう言い訳するつもりなのだろうか?

 何か傷や怪我等を完璧に治せる方法でもあるのか?

 それこそ、アニメや漫画なんかでよくある《治癒魔法》や《完全回復薬フルポーション》みたいな。


「私には傷一つ付けるなって言われたんじゃなかったの?」


「ああ、確かに言われたさ。ただ俺達には《治癒魔法》を使えるやつがいるからな。多少痛めつけても何も問題は無いのだよ。」


「だとしても、少しは加減ってものを覚えないと私死ぬわよ?人間なんだから」


「分かってるさ。だからで戦ってやってたろ?」


 たった一撃だったがな、と魔族は笑う。


「やっぱり、魔族ってのはどんな世界においてもこんなものなの?」


 そう呟き、苛立ちを隠す様子も無く想像イメージを固める。そのままダガーナイフを持っていない左手を突き出し、魔法陣が浮かぶ。


「さっさと消え失せなさい!《炎槍アル・グングニル》!!」


 魔法陣から姿を表したのは赤色の槍。それは純粋な炎の凝縮体であり、紗羅の想像イメージしうる最大の攻撃だった。

 赤色の槍を掴むことはなく、軽く横投げの様に浮かせたまま魔族に向かって投げ飛ばす。


「やはり、あのちっこい魔王様と同じ適正を持つようだな。実に興味深い」


 そう言葉を吐きつつ、魔族は何やら透明度の高い空色の障壁のようなものを展開した。

 それによって赤色の槍の直撃を免れたようだが、これにはまだ追加効果がある。

 ニヤリと少し痛みを堪えながらも笑みを浮かべる。

 赤色の槍は魔族が展開した障壁の様なものに接触した瞬間、爆発を起こした。

 その爆発は接触したものを中心に半径5m以内の物体を高密度の炎の球体と化した《炎槍アル・グングニル》に閉じ込め、そのまま炎に飲まれて確実に死ぬというトラップだった。


「ほう…?まだこんなものを放てるだけの力が残っていたか」


 そう愉快そうに言いながら魔族は炎に包まれ飲み込まれて行く。

 しかし…


「《水流乱弾ウォーターブラスト》」


 炎の球体の内側に水色の魔法陣がまばらに12個展開され、その魔法陣から鉄をも貫く威力の超水圧弾が放たれ、周辺が霧が掛かったようになり、私の《炎槍アル・グングニル》による爆炎の球体檻は容易く突破されてしまった。

 魔族は多少服が焦げた程度で悠々と水蒸気の霧から姿を現す。


「やっぱ手前テメェはあのちっこい魔王様より遥かに弱ぇ」


 呆然とする私の目の前まで歩いて来ると、愉快そうな表情が突然つまらないものを見るような表情になり、淡々と語りかけてくる。

 その心からの言葉は、小さく、けれど確実に、私の心を傷つけた。


「……あ?まだんのか?」


 それでも負ける訳には行かないと、なんとか立て直し、能力で目の前に迫っていた魔族から距離を取る。


「だから何よ!そりゃあ私みたいなただの人間にはあんた達みたいな魔族にたった1人で勝てるわけないでしょう!?」


 私は今までずっと抑えてきた重圧を少し解き放つ様に叫んだ。

 召喚される前の世界での親の期待という重圧、それから逃げるように好きな道に逃げた罪悪感、全部分かっていながらも自暴自棄になって好き勝手生きてきた人生。

 召喚された後の波乱万丈な短期間、国から追われる立場となってしまった面倒さ、魔族にまで狙われ始めた自分。

 それら全ての積み重ねにより、私に耐えられる重圧ストレスに限界が訪れていた。


「この期に及んで何を言い出すかと思えば……」


 呆れたように魔族は小刻みに頭を振った。


「そもそも、あんた達魔族が私を攫おうとする理由がまず分かんないのよ!それが分からないのに素直について行く馬鹿なんていないでしょ!?」


 呆れ気味の魔族に対して構わず私は思いの丈を吐き出す。

 いつしか街には私と魔族と領主の男、そして宿の中に居る商人達のみとなっていた。


手前テメェ如きの人間を我らが魔王様が無傷で御前まで連れてこいと命じられたのだ。理由だの動機だのはそんだけで十分だろ」


 我らが魔王様が手前テメェ如きを、ましてや人間なんぞを連れてこいなどと仰る理由は知らねぇがな、と魔族は付け足し私に言い放つ。

 

「その魔王の前に無傷で運ばれたってその後の無事は保証されないじゃない!私の"能力"で逃げら……」


 "能力"。その単語を発した瞬間、魔族は私の背後に回り、羽交い締めにするように腕で私の首を締めた。


(く……そ……、私だって……人間なのに……なんで誰も助けて……くれないの……?)


 そう心の中で呟き、宿の扉の方に目を向けると、その視界に映ったのは私を見て涙を零しながら絶望した表情をしている商人と、自分達は助かる、と喜び私を嘲笑う様に見る宿に避難していた商人以外の人間達だった。

 

 それを最後に、私の意識は暗い闇へと落ちていった。


 


 

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