第8話 魔族の社会

 オリヴィアははぁ……と諦めたように深いため息をつきながら自らの肩に置かれた私の手を軽く弾いて退かすと、着いて来いとジェスチャーをした。


「どこに行くの?」


 そう私が問えば、短く


「人目のつかないところ。」


 と言って、この場ではこれ以上は語ろうとしない。


「_さて、最初に言っておくが、この話は一切他言してはならない。それが守れないのならば私は語らない。」


 そんな重要な事を私に話しても本当に良いのだろうか?と、考えつつも、敵になるかもしれない人達の情報は知っておいて損は無いだろうと、緊張の面持ちでこくりと頷く。


「よろしい。じゃあ軽い前置きおどしはこれくらいにして、魔族について語っていく。」


 ごくり、と固唾を飲んでオリヴィアの話を待つ。


「まず、さっき魔族の寿命について話した時に言ったが、魔族の上下関係についてだ。これについては、例えるなら生態ピラミッドだ。大きく分けると3…いや、4層だな。最下層に下級の魔族、人間で例えるなら貴族に奴隷にされるような階級だ。下から二番目の層に中級魔族、人間でいう平民だ。そして上から2番目の層に上級魔族、人間でいう貴族だな。基本的に、表立って人間界に悪影響を及ぼしているのがこの上級魔族だ。そして最上層に位置されるのが魔王と呼ばれ恐れられる最上位魔族、人間でいう国王や、場合によっては神ともいえる階級だ。このように、魔族達には絶対的な階級の差が存在する。」


「質問、良い?」


 人間社会と対して変わらないんだなぁ…と思いつつも気になったことがあり、それを訊こうと思いそう言う。


「ああ。」


「例えばの話だけど、下級魔族が中級魔族とか上級魔族になることってあるの?」


 魔族って聞くと実力主義ってイメージが強いからそういうこともあるのかな?と思って訊いたが、オリヴィアからの返答は意外なものだった。


「いいや、それは絶対に無い。魔族の階級の差は絶対で、人間社会もそうだろうが、さっきの階級ピラミッドは上層から上と中層から下でハッキリと上下関係が別れる。故に、下級魔族が中級魔族になることは可能性としてはありえるが、中層から下の魔族が上層から上の階級になる事は絶対にない。ただ、特殊なのは上級魔族だからといっても魔王と呼ばれる最上位魔族の階級に上がれる可能性がゼロという事だ。」


「でもそれ、もし魔王が死んだらどうするの?」


 代替わりとかもあるのでは?と思いつつ訊く。


「もしも死んだり、引退という事になった場合はその魔王の遺言や言葉によって次なる魔王が選定される。ただ、殆ど身内だがな。そもそも、魔王と呼ばれる最上位魔族は不老だから寿命で死なないし、殺されはするかもしれないが、殺されない強さを持つからこそ魔王だ。」


 それもそうか、と納得した様子を見せつつ、話の続きを促す。


「今までの話から薄々分かるだろうが、魔族は実力絶対主義だ。故に、その最上位たる魔王は正に最強だ。」


 私は勘づいていたため素直にこくこくと頷く。


「だが、サラは既にその魔王に会っているはずだ。」


「……え!?」


 流石に驚かざるを得なかった。会っているなら何故私は殺されていないのか、と。そう思い、心当たりは無いかと思い出そうとしていると、ふとあの小さい女の子を思い出した。


「微かにだがサラからは魔王の魔力の残穢を感じる。どういう訳かは知らないが絶対どこかで会っているはずだ。」


 なにか心当たりは無いのか?と言いたげな目をオリヴィアは向けてくる。


「そういえば、私がこっち……この国から追いかけられるようになった頃、シュヴァルツに会う前にそれっぽい幼女に会ったかも。」


 確か角みたいなのもあって人間じゃなかったし、幼女にしてはえらく歳をとっているような喋り方だった。


「その魔王は老人みたいな喋り方をしてる幼女だったか?」


「え、うん。」


 きょとんとしながらそう答えると、オリヴィアは「まさか……あの魔王が?」と呟くと、「ありえない……」と何度か繰り返し言いながら少し青ざめていた。


「……あの魔王が人間に接する事などある訳ない…本当にその魔王と会ったのか?」


 おかしな様子のオリヴィアを少し心配していると、天地がひっくり返ってもありえない事のように再度訊いてくる。


「…そのはずだよ。少なくとも私には幼女の姿をした角が生えた魔王に見えた。」


 先程からオリヴィアの言葉に引っかかりがある。「あの」とか、「その」って、まるで魔王が2人以上居るみたいな言い方をするのだ。


「もしかして、魔王って複数人いるの?」


 気になったし、大分重要な所だと思ったため、頭から湯気が出そうなくらい必死に考えているオリヴィアに質問する。


「はぁ!?そんな事も知らずにこの世界で暮らしてたの!?」


 何を当たり前のことを、と呆れたような顔と共に、つまらない質問で纏まりかけていた考えがほとんど吹っ飛んだとでも言いたげな雰囲気で右の手のひらをおでこに当てて頬杖のような体勢になり、その数秒後に「分かった!」と言って立ち上がった。


「な、何がわかったの?」


 先程の事と少し驚いたもあり、少し慎重にそう問いかける。


「サラが会った魔王の事だ。」


「え?」


 本当?と、多少の興味と共に緊張で唾を飲み込む。


「まず、この世界に魔王と呼ばれる存在は七柱ななにんいる。その魔王達はそれぞれが能力と呼ばれる謎の力を持っている。」


 これはあの幼女の魔王に聞いた事だが、一応訊いておいた方が良いかと思い、次のことを質問する。


「その能力って魔王以外の人も持ってるの?」


「一応。ただ、それでも数は本当にごく一部に限られる。魔王、勇者、そしてその血縁にあたる家系であり、魔王または勇者の血を濃く受け継いでいる者、この3種類の者しか能力は持たない。」


 やはり、能力は限られた特別な役割の者しか持たず、その血縁であれども受け継いだ血が薄ければ能力は宿らないのだろう。きっと私は例外なのだろう。この世界に召喚という形で転生したのだから。


「話が逸れたな、続けるぞ。」


「うん。」


 少し上機嫌に見えるオリヴィアにそう相槌を返す。


「魔族には絶対的な力の序列があると話したが、魔王間は例外だ。魔王達は互いの力はほぼ互角と言ってもいい程強い。」


 つまり、魔族の中でもずば抜けて強い人達は皆が強すぎて差がほぼ無いから魔王同士の優劣は無いって事か。

 どうしても魔王って聞くと1人しか居なくて凄く強いけど最終的には勇者に討伐されるみたいなイメージが強いけど、もし勇者がいるなら最強クラスが何人もいるこの状況で勝ち目があるんだろうか?それとも…


「魔王が複数人いるなら、勇者も複数人いたりするの?」


 これだろう。魔王と同じ数である七人の勇者がいてそれぞれの相性のいい魔王に挑むみたいな感じならば勇者側、というより人間側にも勝機はあるだろうし。


「いいや。勇者は一人しか居ないし、そもそも勇者の血縁ならばそれなりに存在するだろうが、本当に勇者と認められる能力を持っているのは一人だけだ。ああ、魔王も第一魔王のみが同じような関係の能力を持っている。ただ、勇者と勇者の血族、第一魔王と他の魔王との関係性で大きく違うのはその力の拮抗具合だ。」


 それから、オリヴィアは魔王と勇者の関係について詳しく話してくれた。

 簡単に要約すると、勇者と勇者の血族は勇者が圧倒的に強く、単純な強さだけで言えば魔王二人分の強さがあること。

 ただ、勇者の能力の性質上、性格が正反対になったり、精神を能力に乗っ取られ理性が失われる、といったデメリットや、人間の寿命や愚かさも相まって永き時を生きる魔王達との能力や身体能力の練度の差が生まれてしまう事。

 そして、勇者の血族は才能があれば魔王一人分よりも少し弱い程度ということ。ただ、第一魔王と他の魔王では勇者と勇者の血族のような大きな差は無く、生きてきた永き時もあり、個々の戦闘力や経験が桁違いに高いということ。

 魔王には同じように能力を持ち魔法を自在に操れる様な者しか争うことすら叶わないという事。


「…魔王に勝てる人間なんて本当に居るの?」


 勝てるなんてはなから思っていないため自分が能力を持っていることは黙ったまま、呆れ気味に質問を繰り出す。


「まあ、居ないだろうなとは思う。勇者の練度と精神強度次第とも言える。結局、魔王に人間の半端な魔法や武器なんか効かないし。」


 大魔法使いみたいな人が居るならもしかしたら傷くらいは入れられるかな、というオリヴィアが続けて言った事に恐怖を通り越してとっくに呆れていた。こんなの無理ゲーじゃん、と。


「魔王は災厄の象徴。絶対的な強さの前には何もかもがひれ伏す。それは認めざるを得ない事実。実際に魔王の逆鱗に触れた国は昔たった一人の魔王に跡形もなく滅ぼされた。あくまでも私が知る限り、だけど。」


 なるほど、よく分かった。つまり、私はあの国というか王族だけを守らせる為に召喚されて、あわよくば魔王を一人でも欠けさせる擬似的な勇者の立ち位置に着かせようとしてた訳か。

 推測のはずなのに妙に合点が行き、苛立ちを抑えきれず思わず舌打ちをしてしまう。


「どうした?随分と苛立っているようだが。」


 舌打ちを聞いたオリヴィアがすぐにそんな事を言ってくる。


「ううん。こっちの話。ごめんね、不快にさせちゃったみたいで。」


 できる限りの笑みを浮かべるが、苛立ちを抑えきれていないぎこちない笑みでオリヴィアに返事をする。

 何をしているんだろう。オリヴィアに当たっても意味なんてないのに。


「話をだいぶ前に戻すが、紗羅が会ったという魔王は多分第一魔王に化けた第三魔王か第七魔王だろう。」


「あれが第一魔王の外見…?」


 あの幼女姿が?と疑問に思う。第一魔王はさっきの話を聞く限りは全然大人の姿をしていそうだと思っていた。

 いや、そんな事よりも…


「第三魔王と第七魔王って何者なの?」


「それは私にも分からない。何しろ魔王の能力は謎だらけだし内容もろくに記されてない。ただ、昔見た文献だと確か第三魔王と第七魔王は外見や声なんかを自由に変えれるような力がある、というような内容のものを見たんだ。だから多分そうだろうと思った。」


 魔王って言うくらいだしそれくらい謎なのが解釈一致かな、と納得してしまう自分が少しおかしいのだろう。


「でも、第一魔王の外見なら第一魔王の可能性もあるんじゃないの?」


「いや、第一魔王が人間に自ら干渉するなんて事をする性格じゃないはずなんだ。第一魔王は人間を狩りの対象の様にしか見ていないはず。」


 百聞は一見にしかず、という事だろう。実際に会っていないと分からないし、変身能力みたいなのを持っている魔王がいるならば余計に分からなくなる。


「オリヴィア、そろそろ夜も明けそうだしそろそろ私は行くね。色々と情報を提供してくれてありがとう。」


 空を見ると、少しずつ朝日が登り始めていた。商人もそろそろ出発しようとする頃だろうし、話が堂々巡りになる前に終わろうと思い、そう言葉を発す。


「あぁ…もうそんなに話していたか。あの商人も待たせているだろうし早くここを発つといい。」


 バイバイ、と手を振って商人の居る村へと戻っていく。

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