第11話 信頼の証
「……仮に、ですが、俺があなたの秘密を暴露した場合、あなたは報復で俺の秘密を明らかに出来るんですよ」
「……ぁー、抑止力になるのですね。納得しました」
「そういうことです」
「ごめんなさい。もう10年になるのにまだ慣れないことが多くて」
「というと?」
「精霊体の時は言葉ではなく思念のようなもので会話してたので、力の差がある相手に隠し事をするのは大変だったんです。だからむしろ、大事なことを教えるのは信頼の証というか」
「なるほど……」
「だから、対価を払って隠し事を奥に仕舞い込んでもらうことはあったんですけど、そっか……今はお互いに秘密を知る事でも成り立つんですね」
エリスはそう言ってしみじみと現在と過去の違いを噛み締めているようだった。
その表情は内容に反して穏やかなものだが、俺からすれば精霊体の時の方がヤバすぎて苦笑いせざるを得ない。
力の差で隠し切れないって、そんなんもう拷問だろ……。
彼女の口ぶりからしてそこまでえげつないものではなさそうだったが、秘密を知る者が増えれば隠し切れない可能性はシンプルに上がる。
そういう社会ならさっき見せた反応も分からなくはない。
「でも、そういう意味では今も前もあまり変わらない感じもしますね」
「えっと、どういう点で?」
「どっちも相手を信頼しているって部分は同じじゃないですか」
「……あー……そう、なのかな?」
「私はそう思います。でなければエイジさまが私に教えて下さる理由がありませんから」
「いや、まぁ、確かに?」
「違うのですか?」
「いやっ……お風呂場で俺のことを信じてくれたし、教えてもバラさないだろうなって思ったのは確かだよ」
「やっぱりそうだったのですね! ありがとうございます。私もエイジさまの信頼に必ず応えてみせますから!」
「あ、うん……」
自身の凡ミスを表沙汰にしたくない、と深刻そうに話していた時と真逆の嬉しそうな溌溂とした笑みを浮かべるエリスの圧に、俺は若干引きながらも頷き同意を示した。
思っていたのとちょっと違うが、話がまとまるならそれでいい。
その時、丁度よくエレベーターの到着を報せる音が耳に届いた。
同じように目と耳が反応した彼女と頷きあい、俺は彼女と席を立つ。
「じゃ、俺はこれで」
「ありがとうございました。では、またいつかどこかで」
「エルオリオス様、まさかとは思いましたがこちらにいらっしゃるとは」
「アルルーレ?」
名前を呼ばれたエリスは振り向きながら、エレベーターの方からやってきた人物のものと思われる名を口にした。
見るとその女性は白と黒のメイド服、それもかっちりしたクラシックなものではなく、ちょっとサブカル寄りのフリル多め丈短めの可愛い系のを着ている。
髪は金髪で瞳は琥珀色、きりっとした顔立ちにすらっと長い手足は海外のモデルを思わせる恰好良さがあり似合ってはいる。
ただ、なんというか……どうにもコスプレっぽい。
「申し訳ございません。こちらにいらっしゃるということは、やはり私がボタンを押し間違えたようですね」
「そのようね。3と5を間違えてしまったのかしら、次からは気をつけましょうね」
「はい。ですが、もっと早くにお気づきするべきでした。申し訳ございません」
「あまり自分を責めないで。中に居ると思っていたら確認はしないでしょう?」
粛々と謝罪を口にし頭を下げるアルルーレにエリスは優しく理解を示した。
つまり、エリスじゃなくて彼女が押し間違えたってことなら、エレベーターを呼んでボタンだけ押してエリスを先に行かせたってことなのかな。
服装は一応メイド服だし、その行動からしてもアルルーレと呼ばれた女性はエリスの使用人というか部下的な立ち位置に思える。
となると、エリスはもしかして異世界、アルフヘイムでは重要人物なのだろうか。
そんなことを推測していると、アルルーレの目がこちらを捉えて口が開いた。
「それで、そちらの男性は?」
「こちらの方は――」
「深影英慈です。彼女とは更衣室で会いました」
「……まさか、男性用の更衣室に入られたのですか?」
「ええ、まぁ……でも、間違えて入っただけだから」
「本当にそれだけですか?」
ここまで一切感情の起伏を示さないアルルーレは淡々と問い質す。
……ように俺には聞こえてしまう。
エリスは俺と鉢合わせたことを隠そうとしていたが、近しい関係に見える彼女にもバレてはいけないのだろうか。
「それだけって……どういうこと?」
「いえ、それにしては時間がかかったのではと思いまして。私としては、お一人で不自由をされてはないか、とつい不安になり女性用の中を伺ってからこちらに確認に来た次第ですので」
確かに俺と更衣室でばったり出くわしただけなら説明がつかないか。
というか、湿り気の残る髪など他にも証拠はある。
万が一報告書と齟齬が出ても困るし、ここは俺が説明しよう。
と、言い訳しようと口を開くエリスに言葉を被せた。
「それは——」
「それは、女性が入ってきたことに自分が驚いてしまって、のぼせていたこともあって足を滑らせて気を失ったからです。介抱してくれた彼女には感謝しています」
「なるほど。ですが、そういう時は医療に長けた人間を呼ぶべきでは?」
「そこまで気がつかなかったの。今度からはそうします」
「しかし、それならどうして
「えっ……?」
「御髪が湿っているように見えますが?」
「自分の身体が濡れていたので介抱してもらった時に濡れたんじゃないですか?」
アルルーレの指摘に聞き返したエリスにしゃべらせないよう、俺は彼女に問いかける。
すると、彼女は頷き口裏を合わせてくれた。
「ええ……たぶん、そうだと思います」
「……そうでしたか。私のせいでエルオリオス様が浴室で殿方とご一緒されていたらと心配しておりましたが、安心いたしました」
「ありがとう。でも、ここは地球だし、なにより私にはもう関係のない慣習でしょう?」
「そうでしょうか。エルオリオス様を貶めようとする者にとっては難癖を付けるに十分な証拠になりかねないかと」
「……かもしれないわね。気をつけます」
「異世界だからと軽く考えず、くれぐれもお気をつけくださいませ」
俺には詳細の分からない遣り取りで話は終わった。
分かったのは何か異世界の慣習が絡んでいるということと、やはりエリスはそれなりの立場にある人物だということくらいか。
「では、我々はこれで失礼いたします。参りましょう、エルオリオス様」
「そうね。エイジさま――」
「この度はありがとうございました。エリスさん」
「……はい。こちらこそ、いろいろと教えて頂き感謝しております」
先ほど、探りを入れるようにアルルーレの反応を伺っていたあたり、エリスは今日の一件を彼女と相談したいのかも知れない。
しかし、俺には彼女らの事情を伺い知ることは出来ないのだ。
だからこそ、俺は最後まで彼女にボロを出させないよう先手を打って挨拶を交わした。
あとのことは彼女次第、俺は俺で自分のすべきことをしよう。
そう判断し、彼女らと別れた俺は上官である
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