第12話 辞令

「深影准尉です。出頭いたしました!」

「楽に」

「はっ!」


 エリスたちと別れ加佐見さんに言われていた通り上官である茉莉さんの元へとやって来た訳だが、ここは職場。

 家に居る時とは違いとして彼女に向き合う必要がある。


「思ったより遅かったわね」

「申し訳ありません。少々トラブルがありまして遅くなりました」


「あなたがここで? 珍しい……というか随分久しぶりね」

「申し訳ありません。あの、その件で少し相談があるのですが」


 特殊な事情があるとはいえ軍では異質な存在である子ども、かつ俺自身がさくらの復讐しか頭に無いクソガキだったことで、恥かしながら当初はそれなりにトラブルを引き起こしていた。

 そして、そのトラブルの大部分は上官である茉莉さんが助けてくれていたのだが、同居するようになってからも、何かあればすぐに言うようにと彼女に言い含められている。


 今回の件についても、彼女の協力を得る必要がある部分がいくつかある。

 もちろん、エリスだと分からないように茉莉さんには伝えるつもりだが、万が一に備え軍人ではなく保護者としての彼女を頼る形にした。


「……了解。でも、先にこっちを片付けましょう」

「はっ!」


「辞令よ。深影英慈准尉、貴官に国立魔術学校への入学を命じる」

「……はっ!」


 国立魔術学校、それは侵略者に対抗するための次世代の人材を選別し、教育するための機関として作られた最初の学校である。

 最初の学校なだけあってド直球な名前ではあるが、直接戦うための人間だけでなく、その手段となる技術を研究したり侵略者自体を調査したりと、指導する分野は多岐に渡る。


 ただ、俺にとっては別の意味を持つ学校でもある。

 そう、それはさくらが行くはずだった学校なのだ。


 魔力ゼロの俺が行くには場違いな学校だけど……。


「質問してもよろしいでしょうか?」

「許可します」


「自分には今の任務があります。学校に通うとなれば任務の活動時間を変更することになると思うのですが?」

「現在の任務からは外れてもらうことになるわね」


「えっ……!?」

「現状、新たな発見はほとんどなく大規模な作戦の予定も未定。任務を継続する重要性は低いとの判断よ」


「……ですが、自分は魔力がありません。魔術学校に行ったところで何をしろというのですか?」

「准尉、昨年の作戦は失敗したけど、あなたの集めた情報は十分に評価されたわ」


 首都地下鉄解放計画、およそ5年の歳月をかけて計画された作戦は失敗に終わった。

 いくら評価されようと失敗は失敗、復讐にはほど遠い。


 それでも、次の機会を信じ任務に従事してきた俺に茉莉さんの言葉は重くのしかかった。

 ともすれば俯きそうになる俺に彼女は言葉を続ける。


「動員年齢を引き下げる新たな法律が施行されたのは知っている?」

「知ってます。ずいぶんと批判されていましたね」


 そもそも既に戦場に出ている自分には関係のない話だったのでさほど興味は無かったが、話としては知っている。

 というか、普通に考えれば誰も好き好んで子どもを戦場に出したくはないだろうし、大きな反発が起きたのも当然だ。


「だから、表向きには地球人ではなく、肉体を得たことで制限のかかったエルフたちのための法律とされているけど、あなたの新しい任務に全く関係ない訳じゃないの」

「新しい任務、ですか?」


「そうよ。あなたには学校で結成されるチームにサポート要員として入ってもらうことになるわ」

「上官の発案ですか?」


「私なわけないでしょ、上の命令よ。あなたを表に出すのを少々早まったかもしれないわ」

「どうしてそう思われるのですか?」


「到底上手くいくと思えないの。なにより、あなたの実戦経験はここでしかない。マスカレード以外の神域の調査はあなたの幅を広げるでしょうけど……」

「より危険が伴う、と」


 茉莉さんは真剣な顔で頷いた。

 サポート要員と聞いて安全な役目を担うのかと思いきや、どうも違うらしい。


 茉莉さんは俺の力を見出したが、あくまでもそれは最低限の安全を保障した中での活用に留めてきたし、俺を守ろうと努力してくれていた。

 例を挙げると、俺が決まった時間に調査するようにしたのも彼女の発案だ。


 マスカレードの神域に昼も夜もあったものじゃないが、普通は時間帯で変化がある可能性を考慮して調査を行う。

 だが、一番パフォーマンスを発揮できる時間に俺を限定し、他は俺以外の人員を使って補完してくれていた。


 だからこそ、失敗の責任が俺にあったらとつい思ってしまうが、上官である彼女の口からは、俺の集めた情報は役に立った、と今日もそうだけど一貫して語られるばかり。

 もちろん、それを疑ってはいないけれど、もっとやれたんじゃないか、とはやっぱり思ってしまう。


「ま、でももう決まったことだから、ここでどうこう言ってもどうしようもないんだけど」

「確かに……」


 辞令が下れば従うしかない。

 諦めたように軽く椅子の背もたれに身体を預けながら苦笑する茉莉さんだったが、すぐに雰囲気を一転させニヤリと笑って俺を見た。


「な、なんですか?」

「いやね、もちろん実技とかもあるだろうし、そういう時はちゃんと気をつけては欲しいんだけどさ。せっかくなんだし、休暇だと思って学生生活を謳歌するといいよ」


「謳歌って言われても……自分は勉強が不得意ですが」

「もう……不得意って、勉強に興味持てないだけでしょ。それに、別に勉強じゃなくてもいいの、勉強だけが学生生活じゃないし。どうせ上が留年なんてさせないし、いっそ歴代最低成績記録作って卒業してもいいのよ?」


 と、悪い笑みを浮かべて唆すのは上の決定に異論があるからだろうか。

 ただ、いくら茉莉さんの雰囲気が普段のものに思えても、さすがに俺としてはなんとも言えない。


「はぁ……」

「まっ、なんにせよ辞令は下ったし、新しい任務に就く以外は自由だから、新しい生活の中で見つければいいよ」


「了解しました。ところで、自分のIDはどうなりますか?」

「別にそのままでいいけど……勝手な調査はダメだよ?」


「分かっています。どうせ神域に入るには許可が要りますし、どうにか他の入り口を使っても記録に残りますから」

「嘘吐いたら怒るけど、ちゃんと分かってくれてるなら持ってて大丈夫かな。あったら役に立つこともあるかもしれないし」


「ありがとうございます。でも、もう自分にも一兵士としての自覚があります。拝命した任務を放棄はしません。ですが、なにか進展があった時は」

「分かってる。そういう約束だからね、必ず教えるから安心して」


「ありがとうございます」

「……あー、そうだった。一応これも聞いておかないとね」


 辞令に関する一連の話が終わったらエリスとの一件について話したいところだったのだが、俺が話を切り出そうとしたところ、茉莉さんは重そうな口ぶりで再び口を開くのだった。

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