第8話 嘘の代償

「特務偵察隊所属、深影英慈みかげえいじだ。要請を拒否する。十分な理由がない」

「照合いたしました。准尉、この付近で基準値以上の魔力の行使を確認しました。調査の必要があります」


「こちらではそのような事象は確認していない。俺はただ風呂に入っていただけだ」

「異常なしの報告を受領、誤検知の可能性を認識しました。ですが、ここからではこのエリアの全域を確認出来ず、誤検知と判断を下す十分な証拠が得られません」


「なら1メートルの侵入を許可する。それで浴室全体が見えるはずだ」

「了解しました。確認を行います」


 拒み続けると上位の管理者である人間が来てしまう。

 故に譲歩するしかなかったのだが、無制限に譲歩しては背後の彼女を隠し切れなかった。


 だからこそ、必要最低限の侵入に留めるべく簡単なロジックを導いたところ、ドローンは許可を得るなりすぐさま中に入って来てレンズのある正面を浴室中へと向ける。

 魔力を察知して来たのだから、警備ドローンには間違いなく魔力を感知する機構があるはずだ。


 ただ、それは一度に空間全域を把握出来るものではないと予想している。

 技術的に出来る出来ないという話ではなく、レンズが前にある構造上それだけの性能は必要ない、という話だ。


 つまり、俺の後ろに居れば彼女の魔力を隠せる可能性は大いにある。

 そして案の定、ドローンのレンズは俺の前を素通りして反対側の確認に移った。


「……まだなのか?」

「全体の92パーセントを確認いたしました。総合的に判断し誤検知の可能性が高いと思われます。ただ、残りの部分に潜んでいる可能性がゼロではありません。再度全域調査の許可を求めます」


「必要とは思えない。この時間はいつも俺しか居ないんだ」

「仮にその場合、失礼ながらもう一つの可能性を提示せざるを得ません」


「なんだ?」

「准尉が魔力を行使した可能性です。その可能性を除外するためにも全域の調査が必要です」


 これは予想していなかった展開だ。

 まさか軍のデータベース上でも俺の魔力について偽装されているとは思わなかった。


 マズいな……。


 ドローンに自由に動かれたら彼女を隠し切れるはずがない。

 とりあえず何か手を考える時間を作るために、俺はドローンに問いかけることにした。


「俺が魔力を行使しただって?」

「准尉の評価を鑑みれば可能性はごく僅かに過ぎませんがゼロではありません」


「なるほど?」

「ですが、先ほどより准尉から魔力が確認出来ません。機器のトラブルが疑われます。応援を要請しましたので少々お待ちください」


「……応援?」

「はい、すぐそこまで来ております」


 応援と聞いたことで動揺したのか、俺の背中に彼女の手が触れた。

 びっくりして顔に出そうになったが、こちらを向くレンズに悟らせる訳にはいかない。


 あごの筋肉を軽く緩め鼻でゆっくりと呼吸し感情を殺していると、ドローンの宣言通りドアが開き応援が姿を現わした。

 それは一台目と同じモデルの警備ドローン。


 人が現れなかったことに密かに安堵していると、二台目は何の断りもなくフォンフォンと音を鳴らし一メートルのラインまで入って来た。

 それどころか、一台目のすぐ隣ではなく少し離れた位置に停止した。


 機械のくせに狡い真似を……。


 少しでも視界を確保するためだろうが、こちらとしては堪ったものじゃない。

 なにせ真後ろに隠しているものがあるのだから。


 そして、当の彼女もドローンの稼働音で二台目の位置を察知したらしい。

 カメラの射線から身を隠すべく、俺の背中にその身を密着させてきた。


「っ……」

「どうかされましたか?」


「……何も無い。少しのぼせてきただけだ」

「了解しました。再度確認いたしましたが、やはり准尉から魔力を確認出来ません」


「あー……俺の魔力が少ないからじゃないか?」

「備考欄にもその旨が記載されておりますが、機密制限があり私では判断致しかねます。補完的な判断のためオペレーターによる質疑応答を要請したいのですが、よろしいでしょうか?」


「許可する」

「こちら保安部、どうされましたか?」


 許可するや否やドローンから男性の声が問いかけてきた。

 理由こそなかったけど、もし断っていたら今度こそ人が来ていたのかも知れないな。


「深影准尉です。今お風呂に警備ドローンが二台来ているのですが」

「ああ、映像が来てないと思ったらプライベートエリアのようですね。何がありましたか?」


「うっかり足を滑らせてシャワールームの備品を破損してしまいました。恐らくはその音に反応したのかと」

「音に、ですか……報告には魔力反応に対応、とあるのですが……?」


「その件は機密事項が関与してまして……確認して頂けますか?」

「確かに報告にもそうありますね。少々お待ちください」


 一旦、通話が途切れ手持ち無沙汰な時間が流れる。

 なお、その間もレンズはこちらを向き続けていて気を抜くことは出来ない。


 ま、でも勝ち確かな……。


 この流れこそ想定してはいなかったものの、俺の魔力が無いこと……は伝えられなくても、その部分が担保されれば誤検知と判断されるはずだ。

 そんなことを考えていると通信が戻った。


「確認出来ました。どうやら誤検知みたいですね。シャワールームの備品については了解いたしました。こちらで手配しておきます」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


「ですが、不慮の事故といえど備品の破壊にあたりますので始末書の提出をお願いします」

「……了解です」


「以上です。通信終わります」

「ご苦労さまです」


 彼女の存在を隠し通せても壊れたドアは隠し通せない。

 そう思って予めに用意していた嘘を吐いたけれど……まさかというかなんというか……。

 いや、よくよく考えればそりゃそうなんだけど、最後に一つ面倒なおまけがついてしまった。


 人助けって大変だなぁ……。

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