第7話 一難去ってまた一難
「えーっと……?」
たった一枚のタオルをこれほど心強く感じたことはない。
男同士でもマナーだろう、と腰回りを隠した5秒前の俺を褒めたい。
なんせ普段は一人だったからタオルで隠すなんてしてこなかったのだ。
ただ、そんな密かなファインプレーを知る由もない彼女は、俺と共有する疑念が彼女の中で確信へと変わるにつれ目を大きく見開いていく。
ぁ、マズ……!?
「きゃああああああ!?」
やがて、俺を異性だとはっきりと認識した彼女は左手で身体を隠し悲鳴を上げた。
それだけならまだよかったのだが、彼女はもう片方の右腕を振るい
「ちょっ、うぉおおお!?」
とっさに横に飛んで避けると、魔弾はシャワーの扉を弾き飛ばし、バァンと大きな音を立て円形のヒビを入れた。
魔弾はオーソドックスな攻撃方法だが、突発的な状況で反射的に出すのはそう簡単なことじゃない、らしい。
で、力が後ろに逸れたのにあの威力かよ……。
いや、よくよく考えれば異世界からわざわざ軍の施設に来ているのだ。
もしかすると協力しに来てくれた人材なのかも知れないし、もしそうならこの実力にも納得というもの。
とはいえ、アレがかすりでもしていたらと想像すると鳥肌が立ってくる。
これが魔力のある普通の人間なら、防御反応でシールドとまではいかなくとも魔力を用いた防御を反射的に行うが、俺は違う。
防御手段を一切持たない俺には、ノータイムで放たれる魔弾は
強烈な凶器になってしまうのだ。
背筋を冷やしながら俺は床に這い蹲り、恐る恐る彼女の出方を窺う。
見るのは怖いけど、見ないともしもの時に避けようがないんだよな……。
まぁでも、さすがに動かなきゃ撃たない……よな?
「ご、ごめんなさいっ、怪我はないですか!?」
「あっ、ちょっ……大丈夫、大丈夫だから、もう撃たないで!」
彼女は慌てた様子で謝ると、こちらに来ようと湯船から立ち上がろうとした。
それを察知した俺は即座に反対を向き必死に懇願する。
ぶっちゃけ、硬いタイルにダイブしたのだ。
おかげさまで全身がそこそこに痛むが、心配して近寄った彼女が裸体を晒すことでパニックになり、もう一度魔弾を撃ち込まれるなんて理不尽を被ることだけは避けたかった。
「えっ、ぁ……すみません……」
「いえ、いいんです。でも、あの、ここ男湯なんですけど……?」
「……ふぇ?」
「えっと、女性用はもう二つ上の階だったはずです……」
彼女がどうして間違えたのかは分からないが、毎日使っている俺は間違いようがない。
すると、一瞬の間の後、彼女が湯船の中ジャバジャバとこちらに近づく音が聞こえ、俺は顔をそむけたまま慌てて制止の声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「い、いえ、すみませんっ、すぐに出ますので!」
「いやっ、もし誰か他の人と鉢合わせしたら困るでしょうから、俺が先に出てお知らせします。なので少し浸かって待っててください」
「でも……!」
「すみません。気まずいでしょうけど、それが一番丸いかと思うので、お願いします」
「……そうまで言ってくださるなら、申し訳ありませんがよろしくお願いします」
ちゃぷん、と湯船に戻る音が承諾を言外にも伝えてくる。
ひと悶着あったものの、その音を最後に浴室に静寂が舞い戻った。
よし、急いで着替えて合図して外で待機、これでいこう。
安心した俺は腰のタオルに注意して立ち上がる。
だがその時、脱衣所の方から微かに扉が開く音が聞こえ、それに続いてフォアンフォアンというドローンの稼働音が聞こえてきた。
「マジか……」
「どうされたのですか?」
「たぶんですけど、さっきの魔弾の魔力を検知して警備のドローンが来てます」
「えっ、嘘……。そんな……どうしたら……こんな状況を記録されたら私は……」
状況を説明すると彼女は酷く困惑した様子で不安を吐露した。
事情は分からないが深刻に思い詰めていることは分かる。
少なくとも、間違えて男湯に入っただけ、では済まなそうな雰囲気だ。
気がつくと俺は彼女を助けるべく思考を巡らせていた。
相手はドローンでここはプライベートスペースだ……誤魔化せないことはないか……?
「そっちに行きます。いいですか?」
「……え?」
「もしかすると上手く誤魔化せるかも知れません」
「本当ですか!?」
「絶対とは言えませんけど、可能性はあります」
「私には何も打つ手がありません。どうかよろしくお願いします」
承諾を得て振り向くと湯船に浸かる彼女と目が合った。
とある理由で異世界人の年齢は見た目通りとは限らないけれど、見た感じは同じくらいの年頃に見える。
特筆すべきはその外見だ。
日本人の要素が見られる顔立ちだが、異世界人は揃いも揃って美形揃い。
そのことを分かってはいたけれど、改めて見るその顔は驚くほど整っている。
大きな目に長い睫毛、すっきりと整った鼻筋、形のいいふっくらとした唇、恋愛に興味の持てない俺でも延々と褒め続けられそうなビジュアルだ。
ただ、そんな異性が無防備な姿で居て、その彼女に近づかないといけない。
さすがの俺も思わず尻込みしそうになる。
「えっと……?」
「少し下がってください。俺も中に入るので」
「ぁ、はい……」
「失礼します」
気後れしていては助けられない。
人助けと割り切った俺は仕事モードで身体を動かすと、マナー違反を承知でタオルごと湯船に入った。
まさかこの浴槽で初めて一緒に浸かる相手が女性になるとは思わなかったな……。
冗談はさておき問題はここから。
俺の提案を彼女が受け入れてくれるかどうか。
「人が居る場合、警備ドローンはプライベートスペースに許可なく侵入できませんし、映像を解析はしますが問題が発見されるまで記録はしないはずです」
「はい」
「ただ、察知した異変を解決するため状況の確認を行おうとします。なので、俺の後ろに隠れてください」
「あなたの後ろに……それで大丈夫なのですか?」
「俺もドローンの仕様に精通している訳じゃないですけど、たぶん大丈夫です」
「……分かりました」
どうにも信じ切れていないのが声音から伝わる。
それでも、彼女は俺に賭けるしかない。
出来ればもっと説明してあげたいが時間がなかった。
どうやら脱衣所を一周していたらしいが、警備ドローンがついに浴室のドアに辿り着いたのだ。
「来ます。レンズに写らないように出来るだけ側に」
「はい……」
ギリギリ、触れるか触れないところに彼女の存在を感じる。
普段の敵とも、迫るドローンとも異なる、初めて味わう緊張感に戸惑いながらも、俺は入り口で止まるはずのドローンと彼女の直線上を意識して背筋を伸ばす。
その瞬間、電子制御された扉が開きドローンが姿を現わした。
ただ、すぐさま中心に浮かぶ丸いレンズが俺の姿を捉え動きが止まる。
「プライベートゾーンに生体反応を検知。敵性反応なし。調査のための進入の許可を願います」
自動生成された文章が聞きやすい女性の声で読み上げられた。
ここまでは予定通り。
上手くいけばいいんだけど……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます