第3話 夢の終わり
「マスカレードはメイガスよ。魔術師の名を冠する派閥、その中でもマスカレードは目が見えない代わりに魔力の扱いに長けているの」
「じゃあ、あれは魔力に反応して襲ってるってこと?」
「そういうこと。だから、ジッとしてれば、えいじは襲われない」
「……ぁ」
「でも、音は聞こえるから、気づかれないようにここでジッとしてて」
「えっ……どういうこと?」
「あれを倒さなきゃ誰も出られない。大人たちだけじゃ無理みたいだから、私も手伝ってくる」
「う、ウソでしょ!?」
驚きの悲鳴を上げながら俺の手はさくらの腕をブラウスの上から掴んでいた。
この時の俺はフェアリーの脅威を正しく認識出来てはいなかったが、絶対に手を離しちゃダメだと握りしめたのはハッキリと覚えている。
フェアリーは、今の俺でも勝てるか怪しい相手だ。
下手をすれば簡単に殺されてしまう可能性だってある相手。
その理由は、完全に物理攻撃しかして来ないリーフ、ブランチと異なり、フェアリーは魔力の塊を飛ばす
魔力を持たない俺はシールドを張る事も、魔力を持つ人間なら誰しもが帯びている最低限の防御も無く、被弾は死に直結してしまいかねない。
そんな相手に、大人ですらシールドを貫通し被弾している相手に、彼女は向かって行こうとしているのだ。
分からないなりに危険を察知し止めた俺の判断は間違いなく正しい。
が……。
「大丈夫だから。ね、手を離して?」
「イヤだよ! 危ないよっ、一緒にここに居てよ!?」
「私が居たらえいじまで見つかっちゃう。一緒に逃げるためにはアレを倒さないと」
「そんなの……でも……」
「それに、私一人じゃ倒せるか分からない。早く行かないと、みんな死んじゃうかも」
「みんな……」
「だから、ね? お願い、ここでバレないようにジッとしてて」
「……分かった」
俺が緩慢な動きで手を緩めると、さくらは笑ってキュッと手を握ると椅子の陰から飛び出した。
妖精と呼ばれるだけあって、どこか可憐な雰囲気をも漂わせるフェアリーが生み出す地獄へと、彼女は迷うことなく一直線で向かう。
「なっ、なにしてるの!?」
「子どもは下がってなさい!」
「ちょっ、なによそ見してるの!?」
「えっ、あっ……!?」
さくらに気づいた女性たちから悲鳴や怒声が上がる。
そのうちの一人に、フェアリーの
一瞬の隙が彼女にシールドの生成を許さない。
誰もがまた一人の犠牲を覚悟したその瞬間、さくらが割って入り作り出したシールドで魔弾を防ぎきってみせた。
「えっ……うそ、完璧に防いだ!?」
「……なるほどね」
「やるぅ!」
「ぁ、ありがとう……」
大人たちから口々に驚嘆の声が上がり、漂っていた重苦しい空気が少し和らいだ。
これまではシールドを悉く破られ、避けきれなければダメージを負うしかなかった。
もはや負け濃厚、ジリ貧で戦うことを余儀なくされていたところに、敵の攻撃を完全に防ぎきれる人間が現れたのだ。
たとえそれが子どもであろうと一縷の望みを見出せば、戦場から遠ざけないと、という平時の常識は胸の奥にすっこんでいく。
「絶対にその子に敵を近づけないで!」
「分かってるわ!」
すぐさまさくらを戦力と見なした大人たちが意思を共有した。
シールドで魔弾を防げる力量があっても近接攻撃は別だからだ。
魔力も持つ人間は身体能力を魔力で増強出来るが、それでもシールドが無ければ、リーフの歯は人間の身体を引き裂くし、ブランチの腕は骨をも砕く。
近づければ防ぎ損ねる危険性はどうしても生じてしまう、だからこそ近づけるな、と指示が飛び交った。
「あなた、攻撃もできる?」
「出来ます」
「じゃあ、攻撃をお願い。防がれても気にしないで、その分あいつの攻撃が減るから」
「分かりました」
さくらは女性の言うことに淡々と即答していた。
その後ろ姿はとても落ち着いて見えて、彼女に敬意を抱く俺の心が記憶を改竄しているのでは、とつい思ってしまうほどだ。
とにかく、そこからの戦闘はさくらを中心に優勢に進んだ……はずだ。
というのも、時たま飛んで来る破片や流れ弾に怯え、幼かった俺は戦闘をつぶさに見れていないからだ。
これは夢、見ていなかったものを見ることは出来ない。
だが、終わりの瞬間だけは、困惑という名の感情を伴って、俺の脳裏に忘れようのない傷跡としてしっかりと残ってしまっている。
「いけるっ、いけますよ!」
「そこだよっ、やっちゃえ!」
「やぁああああ!」
最後の一撃となるはずだった、さくらの渾身の
地震かと思い逸れた意識が眼前の戦場へと戻ると、そこには傷だらけのフェアリーを抱きかかえる一人の女性が居た。
ただ、その女性は人間ではなかった。
あまりに場違いな漆黒のAラインのドレスだけでそう判断した訳じゃない。
床まで届く黒のレースのフードの下、目元だけを覆う同じく黒のレースのマスクから覗く紅い目が、なによりフェアリーを慈しむように抱きかかえていることが、彼女が人間でないことをそして、敵であることを物語っていた。
「優秀な子ね。まさか私の攻撃を防げるとは思わなかったわ」
「うっ……く……」
敵の言葉にようやく気付いた。
戦っていたはずの人たちが全て、力なく倒れ伏している。
傷ついたさくらを残して。
「っ……」
一人ふらつく彼女に思わず声を上げそうになった。
いや……確かに彼女の名前を叫んだはずだった。
なのに、俺の喉から声は出ていなかった。
恐怖。
そう、恐怖心が俺の喉に詰まり、固まった身体が声を上げさせなかったのだ。
図らずも、俺はさくらの言いつけを守ることになった。
「これで……防げたは、馬鹿にしてるでしょ」
「ごめんなさい、そんなつもりは無かったの。必要な子を助けるためにちゃんと殺すつもりで攻撃したわ。なのに生きてるから驚いてるの、本当よ?」
「あなたは……何なの……?」
「答えを知っているのにどうして聞くの? それに、聞いたところで意味がないでしょう?」
「どうせ死ぬなら教えてくれてもいいでしょ」
「ふふ、嘘つき。そんなつもりないくせに。私もヒマじゃないから、悪い子にはそろそろ消えてもらうおうかしら」
そう言ってさくらに向かって右手を伸ばすと、敵の背後を埋め尽くす程の大きな黒い翼が広がった。
逃げて、と叫ぶ声はまたもや形にならず、さくらは敵に向かって駆け出して行く。
あまりに無謀過ぎる行動。
それを、俺を逃がし守りきるためと解釈するのは自意識過剰すぎるだろうか。
だが、彼女が辿り着く前に敵は伸ばした掌を握り締める。
すると、手を合わせるように背後の羽が、ドンっ、と音を立てて前で閉じ彼女の姿が見えなくなった。
無事を祈るには重すぎた骨まで響いた衝撃音。
その、耳と目から届いた情報に心と身体から力が抜け、俺はその場に崩れ落ちてしまう。
それでも微かな希望は捨てきれず呆然と彼女の居たところを眺め続けていると、次第に、霧が晴れるが如く黒い羽が薄れていく。
しかし、羽が消え改札への階段が見えるようになっても、もう一度彼女の姿を目にすることは出来なかった。
それだけじゃない。
あれだけ倒れていた人たちも、敵の姿さえも跡形もなく消え去ってしまっていて、破壊されたモノと血の跡だけがあの戦いが確かに在ったことを、さくらを失ったのが現実であると俺に示し続けていた。
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