このキモチが奪われる前に

前世はヒグマ

プロローグ 

「こちらオブリビオン、脱出ポイントまでおよそ40メートル。ただ、10メートル先の角に敵小隊あり。オーバー」

「こちらオペレーター、接敵を避けることは可能か?」


 骨伝導ヘッドセットが伝える通信士の言葉に再確認するも、暗視ゴーグル越しに見える敵影は位置を変える気配がない。


「接敵は避けられるがゲート開閉時に感知される可能性がある。指示を頼む」

「陽動のためにスタングレネードの使用を許可する。幸運を祈る」

「スタングレネードの使用了解。アウト」


 通信を切り左手でポーチから取り出すと、もう一度位置関係を確認し暗視ゴーグルを切る。

 そして、念のためカフェのショーケースの陰に身を隠し、歩いて来た通路に向かって手榴弾を投げた。


「ギィッギィッ!」

「チキキキキキッ」


 カツッカッ、と手榴弾が床を跳ねる音に反応し敵が跳ねるように飛んでいく。

 俺は敵が通り過ぎたのを確認してスルリと店を出た。


 光に備え目を薄く開けておく。

 ほどなくして後ろで手榴弾が爆ぜる乾いた音が鳴り、一瞬放たれた光が地下街を映し出した。


 五年前話題になった映画のポスター。

 今では流行の波に消えたスイーツ。


 久しぶりに肉眼に映る色づいた世界は、あの日幼馴染に手を引かれ歩いた時のまま。

 その、夢によく見る光景が胸に響くも、色褪せぬ夢と現実は異なる。


 帰ろう……ぇ!?


 薄れゆく光が完全に消えるその間際、もう夢でしか会えないはずの12歳から変わらない彼女が、あの日一緒に立ち寄ったクレープ屋の店先に見えた気がした。

 一瞬、自分が驚きの声を上げたのではと不安になるくらいに動揺し、俺は心を落ち着けながら全身全霊で背後を窺う。


 ……ありえない、何もかも……ありえない。


 幸い声には出ていなかったようで、敵がこちらを察知した気配は無い。

 暗闇の中、俺は頭を振って揺れる心を鎮める。


 彼女は居ない……仮に居たとしても、12歳のままのはずがない。


 思考から気持ちを整理し暗視ゴーグルのスイッチを入れる。

 ゴーグル越しの見慣れた景色に彼女の姿は無く、俺は溜め息の代りに軽く首を振ると音もなくポイントへと走った。


「こちらオブリビオン、ポイントに着いた。オーバー」

「既に確認している。すぐ開くから不意の接敵に注意しろ」

「了解」


 両開きのドアがゆっくりと開き、俺は開ききるのを待たずして素早く中に滑り込む。

 暗く赤い光の中、前と左右の壁の上から夥しい数の銃口が出迎える。


 ここはキリングスポット。

 万が一敵が入り込んだ場合、外界に出さないための砦だ。


 指示された通り警戒するも、閉まっていく扉の向こうに敵の気配はない。

 やがて、安全が確保されると俺は下ろされた昇降機に乗り込んだ。


「オブリビオン、帰還しました」

「よく無事に戻ったな。報告はあるか?」


「特に変化はなく新たな発見もありません」

「そうか、お疲れさん。っと……ゆっくり休めよ」


「はい、ありがとうございます。加佐見かざみさん」

「おぅ」


 通りがかった人を気にして俺の名前を呼ばなかった彼に対し普段通りの挨拶をすると、彼は目を細めて見送ってくれた。

 まだ15歳で軍に所属している俺には機密が多い。


 コードネームの使用もその一つだ。

 俺の素性を知る人間は数少ない。

 

 それでも、未成年の俺を軍が存在を出来る限り秘匿してでも利用するのは、もちろんその価値があるからだ。

 十年前に変わってしまったこの世界で、現在確認されている唯一の魔力ゼロ。


 そのおかげで、十年前に突然現れた化け物どもの一部に感知されず行動出来る。

 俺にしか出来ないかげの仕事こそ、幼馴染を奪った化け物に出来る俺に出来る唯一つの復讐。


 ただ、残念ながら復讐には制限時間がある。

 化け物が創る、そこで死んだ者は神域に取り込まれ、いつか存在したことすらも消えてしまう、らしい。


 だから……。


「この復讐心キモチ前に必ず君のかたきを討つ」

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このキモチが奪われる前に 前世はヒグマ @ZenseHaHiguma

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