第10話 エリス=エルオリオス=ローゼンブルート

「でも、まぁとにかく、なんとかなってよかったですね」

「ありがとうございます、ミカゲエイジさま。鉢合わせたのが貴方でなければどうなっていたか……」


「不幸中の幸いってやつですかね」

「本当に申し訳ございませんでした。この件は他の者とも共有し二度と起きないよう注意いたします」

「あー…………えっと……?」


 バレたらマズいから隠そうとしたんだし、今も俺に黙っていてもらうようにお願いしにきたのでは……?


 という俺の疑問とまるで矛盾する発言に思考が停滞してしまった。

 そんな具合に思わず宙を見て固まる俺を見て彼女は慌てて口を開く。


「失礼いたしました。実はまだ公表されていないのですが、私は数名の同胞とともにアルフヘイムから参りました。エリス=エルオリオス=ローゼンブルートと申します」


 ……うん?

 いや……確かにまだ名前は聞いてなかったけど。


 俺がなんて呼ぶべきか悩んだと勘違いしたのか、彼女は綺麗に頭を下げ自己紹介をしてくれた。

 自ずと、自己紹介を返すべく口が開く。


「あっ、改めまして、深影英慈みかげえいじです。えっと、すみません、異世界のことは詳しく無いしエルフの方と話すのも初めてで……なんてお呼びしたらいいですか?」

「ふふ、長いですよね。どうぞ、エリスとお呼び下さい」


「了解です。自分のことは深影でも英慈でもどちらでも大丈夫です」

「では、エイジさま、と」


「……なんか様付けで呼ばれるのって変な気分ですね。誰にでも敬称を付けるんですか?」

「誰でもという訳では、エイジさまは恩人ですので。ご不快ならお止めしますが」


「別に不快って訳じゃないですけど、英慈でいいですよ」

「かしこまりました」


 どうせこれっきりの関係だ。

 呼び方なんてどうでもいい。


 どんな理由があってさっきのことを隠したがっているかは知らないけど、俺にはどうでもいいことなんだ。

 俺はさくらの復讐が出来ればそれでいい。


 そう言う意味では、異世界、アルフヘイムからやって来たエリスたちはたぶん強力な戦士で、俺たちの戦いに何らかの形で寄与してくれるはず。

 そんな相手を助けるのを惜しみはしないし、なにより足を引っ張るような真似をする気はさらさらないのだ。

 

「それで、お話しってなんですか?」

「そうでした。話というのはですね。先ほどの一件、全てエイジさまの胸の内にお留め頂きたいのです」


「あー……それだけ、ですか?」

「はい。もちろん、対価はお支払いいたします。私に出来る範囲に限られはしますが……本当に大事なことなので、どうか……」


 エリスは真剣な貌でこちらを真っすぐに見据えお願いをした。

 ただ間違えて男湯に入っただけ、でないことは俺としても重々把握しているつもりだったものの、そんな申し出をされたところで対応に困ってしまう。


 だが、何も要らないから安心してくれと言ったところで、大人しく引き下がるとも思えない。

 いくら危機から救いそのことを感謝しているといっても、会ったばかりの相手を心の底から信頼出来るかはまた別問題だからだ。


 やっぱり、ここは当初の案で行くのがよさそうだな……。


「警備ドローンとのやり取りを覚えてますか?」

「……あの時の、ですか? そうですね……一言一句全部とはいきませんが、覚えていると思います」


「俺はあの時、とドローンに思わせられたら帰るだろう、そう考えて対応していました」

「それは……エイジさまが軍の士官だからですか?」


「違います。ドローンは俺が魔力を行使した可能性も疑っていましたよね?」

「確かにそうでした……。その後、機器のトラブルか何かで別のドローンが来て、エイジさまの魔力反応が検知出来ない……と、そんなことがあるのでしょうか?」


「無いんですよ」

「えっ……それはどういう……」


 曖昧にではあるが秘密を暴露したところ、エリスは動揺したように顔を曇らせた。

 まぁ、そんなことないですよ、とドローンが二台ともおかしかったことを否定したと受け取った場合でも、結局は俺の魔力が無いという意味にはなる。


 しかし、現状、俺以外に魔力が無い人間が見つかっておらず公表もされていない。

 また、魔力とともに生きてきた彼女にとって、魔力の無い人間という存在自体、とてもじゃないが信じがたいのだろう。


 怪訝そうにこちらを見る彼女の形のいい綺麗な目が、その猜疑心を如実に物語っていた。

 視線を辿るとそこには、今朝茉莉さんから受け取ったネックレスがある。


 自分じゃ気づけないけど、ちゃんと機能してるんだな……当然だけど。

 ってか、うっかりしてたけど、他の人が居る時はお風呂場でも着けないとバレるかも知れないのか……習慣で付け外ししちゃうの気をつけないとな……。


「オペレーターに確認してもらった機密は俺に魔力が無い事。で、俺以外の人が居ないとされたから誤検知と見做されたってことですね」

「……本当に無いのですか?」


「ありませんよ。あったことが無いので無いとしか言えないんですけど」

「でも……ほんの微かにですけど、間違いなく感じられますが……」


「これでどうですか?」

「えっ……そんな……!?」


 俺はそう言うと種明かしにネックレスを外しテーブルの上に置いた。

 彼女の目にどう映っているかは分からないが、驚いているところを見るに疑いは晴れていっているはずだ。


「そんな訳で、俺に魔力が無いことは軍の機密になってます。つまり、無暗に吹聴すれば軍法会議に問われちゃうんですよ」

「え……えぇっ!?」


「早い話が、これでお互いに秘密を知ったってことです」

「お互いに秘密を……?」


 エリスはあまりピンと来ていないの様子でオウム返ししてきた。

 俺としては自身の秘密を彼女の事情に釣り合うものにすべく、軍の機密であることを意識してもらえるようにアピールしたのだが、もしかすると遠回りが過ぎたのかも知れない。


「事情があって俺は軍に居る必要があるので、秘密をバラされては困ります」

「……じゃ、じゃあ、どうして私に教えたのですか?」


「……えっと、普通は自分の秘密を知ってる相手の秘密をバラしはしないですよね?」

「……そういうものなのですか?」


 エリスは目をぱちくりさせながら聞き返してきた。

 そのまさかの反応に俺は目を白黒させながら頭を働かせる。


 十中八九、お前程度の秘密と私の秘密じゃどうやっても釣り合わねーよ、という厭味ったらしい煽りではない。

 となると、信じがたいことだがシンプルなロジックが腑に落ちていない、ということになる。


 いや、異世界の人だしな、エレベーターの件もあるし一応説明してみるか……うん。

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