時を泳ぐカバ

 子どもの頃、民俗学系の、地元の博物館に行くのが好きだった。
 平日はたいてい空いている。
 そこに展示されているものからは、埃くさいのともまた違う、血と汗と土が混じり合ったような濃厚なにおいがしていて、「気分が悪くなる」と云う友だちもいた。
 異世界が始まる匂いだ。
 しんと静まった建物の中、世界を歩く。アフリカ、ペルー。こちらは先住民族のブース。アボリジニ、エスキモー。
 勇壮な戦士の装束も、わたしの背よりも大きなブーメランも、いったい誰の持ち物だったのかは分からない。
 展示品の説明プレートを見ると、こう書いてある。
 レプリカ。
 なんだ模造品か。
 ではこの匂いはなんなのだ。確かにこの建物の中に沈殿している、異国の砂と照り付ける太陽を想わせる、この濃いにおいは。

 青いカバを検索すると、エスニック料理店に飾られているようなかわいいカバがたくさん見つかる。
 瑠璃色のカバがきれいだ。
 カバは「川と生命と、創造と破壊を司る神(文中)」であり、豊穣をもたらしもし、氾濫により全てを押し流しもする。
 いつかどこかで古代の人々の頭の上に降り、敵を押し流していた雨は、巡りめぐって現代の高校生の上にも降っている。
 青いカバが水を運ぶのだ。
 えっちらおっちら。
 水いりませんかー。
 水いりませんかー。
 この次に雨が降ったら、灰色の空を見上げ、時を超える青いカバのことを想い浮かべてみよう。
 あなたはどこから来たのだろう。
 薄暗い博物館の中でわたしは模造品に語りかけていた。
 古びた民俗学博物館の建物の中に漂っていた、腐った木のような匂い。
 嵐の中、カバが泳ぐ。時間の河の泥の匂いだ。