『雨の情景から始まる魂の4000字』企画 BEST 5
四千字という狭き枠の中で巧みに絡み合わされたデュアルストーリー。
そのひとつは現代、我々が暮らすこの国。
主人公は雨空に小さく浮かれる男子高校生。
彼が雨を心待ちにしている理由。
それは雨天時の通学バスで乗り合わせる違う高校の女子の存在だ。
彼らを巡り合わせたのは青いカバのストラップ。
けれど親密さを増した彼らをある日、厄災が見舞う。
一方、古代イスラムの地。
おそらくはアラビア半島だろうか。
ひとりの老人が小高い丘の上で胡座をかいていた。
傍には青いカバの置物。
彼は村の危機を救おうとその置物に祈りを捧げていた。
青きカバ、それは水を司る神。
その青き神は時として祈りを聞き入れ、時空を超えて必要としない地点から必要とする場所へと偏在する水を運ぶのである。
量子学的には宇宙は生まれた瞬間から無数のパラレルワールドを創造しているという。
ならば青きカバはその時空を超えた世界を水という媒体をよすがに繋ぎ合わせる力を持つのかもしれない。
読み終えた者にそのような途方もない想像を抱かせるこの物語は、類い稀なる想像力と巧妙にして精緻な表現力を合わせ持つ奇才鐘古こよみ氏にしか書くことができないものだろう。
子どもの頃、民俗学系の、地元の博物館に行くのが好きだった。
平日はたいてい空いている。
そこに展示されているものからは、埃くさいのともまた違う、血と汗と土が混じり合ったような濃厚なにおいがしていて、「気分が悪くなる」と云う友だちもいた。
異世界が始まる匂いだ。
しんと静まった建物の中、世界を歩く。アフリカ、ペルー。こちらは先住民族のブース。アボリジニ、エスキモー。
勇壮な戦士の装束も、わたしの背よりも大きなブーメランも、いったい誰の持ち物だったのかは分からない。
展示品の説明プレートを見ると、こう書いてある。
レプリカ。
なんだ模造品か。
ではこの匂いはなんなのだ。確かにこの建物の中に沈殿している、異国の砂と照り付ける太陽を想わせる、この濃いにおいは。
青いカバを検索すると、エスニック料理店に飾られているようなかわいいカバがたくさん見つかる。
瑠璃色のカバがきれいだ。
カバは「川と生命と、創造と破壊を司る神(文中)」であり、豊穣をもたらしもし、氾濫により全てを押し流しもする。
いつかどこかで古代の人々の頭の上に降り、敵を押し流していた雨は、巡りめぐって現代の高校生の上にも降っている。
青いカバが水を運ぶのだ。
えっちらおっちら。
水いりませんかー。
水いりませんかー。
この次に雨が降ったら、灰色の空を見上げ、時を超える青いカバのことを想い浮かべてみよう。
あなたはどこから来たのだろう。
薄暗い博物館の中でわたしは模造品に語りかけていた。
古びた民俗学博物館の建物の中に漂っていた、腐った木のような匂い。
嵐の中、カバが泳ぐ。時間の河の泥の匂いだ。