不運な王女と強運な王子の運くらべ
増田みりん
本編
第1話「本当にそんな方がいらっしゃるのですか?」
──生まれ落ちたそのときに、人生のほとんどの幸運を使い果たした。
美しく優しい家族、裕福な暮らし、穏やかな周りの環境。
誰もが羨むそんな環境に生まれ落ちたその日がきっと、キャロルの中で一番の幸運だった。
だから、これはきっと仕方のないことだ。
外に出るたびに鳥の糞が落ちてくるのも、楽しみにしている外出の日に限って雨が降るのも、どこからともなく現れた動物に追い回されるのも、たまたま落ちていた果物に足を滑らせるのも、そしてそこにたまたま水たまりがあったことも、生まれたときに運を使い果たしてしまったのだから仕方ない。
幸いなことに、キャロルは不運ではあるけれど不幸ではなかった。
自身のこの運のせいで死にそうな目に遭うこともなかったし、誰かを傷つけることだって今まで一度たりともない。
キャロルの周りにいる人たちは皆優しく、不運まみれのキャロルの日常にも寛容だった。
不運だけれど、それでもキャロルは幸せに過ごせている。
だからきっと、これでいい。このままずっと、穏やかに過ごせればそれでいい。
そう思っていたのは、どうやらキャロルだけだったようだ。
☆
「キャロル、おまえの婚約者が決まったぞ」
父はニコニコとして言う。傍らにいる母も、兄も義姉も皆同じようにニコニコしている。
そんな中、キャロル一人が困惑していた。
「わたしの婚約者が……?」
キャロルの名はこの国では有名だ。
王家唯一の姫であるし、その容姿も可憐で愛らしいうえに、誰に対しても礼儀正しく優しい王女は国民の自慢だった。
──ただひとつ、『不運体質』であることを除けば。
「なにかの間違いでは? わたしのような不運な娘に婚約を申し込んでくださる奇特な方がいらっしゃるとは思えません」
「なにを言うのだ、キャロル。おまえはどこへ行っても恥ずかしくない、私たち家族の宝だ」
そう力説する父に同意するように、母も兄も義姉も頷いた。
しかし、それは家族だから言えることなのだ。自身の不運体質の厄介さを身にしみて実感しているキャロルには、父の言葉は身内贔屓にしか聞こえない。
「はあ……ですけれど、わたしはこのような体質ですし……本当にそんな方がいらっしゃるのですか?」
なおも疑うキャロルに父は悲しそうな顔をする。
「もちろんだ。キャロルはそんなに私のことが信じられないのか?」
捨てられた犬のような顔をする父の肩に母がそっと手を乗せ、兄と義姉も悲しそうな顔をした。
(……なんてうさんくさい演技なのかしら)
いつもよりも明らかに大袈裟な家族の様子に半目になる。
それに気づいた父が慌てて取り繕うように「ゴッホン!」と咳払いをし、先ほどと同じようにニコニコと笑みを作った。その笑みにキャロルに対する媚びが感じられて、そっと眉を寄せる。
「……ともかく、だ。先方から快いお返事をいただけたのは本当だ」
「お父様、お相手の方にきちんとわたしの体質のことをお話なさいましたか?」
「もちろんだとも。きちんと『我が娘キャロルは天使のように美しく、賢者のごとく思慮深さと聖女のごとく優しさを持ち合わせた自慢の娘である。しかし、我が娘は悪魔が尻もちをついて驚くくらい不運な体質である。そんな娘ではあるが、どうか末永くよろしくできないだろうか』……というような内容で先方に連絡をしたのだから、おまえの不運体質のことは承知しておられるはずだ」
「……」
前半の盛りに盛った説明がとても恥ずかしいし、後半のよくわからないたとえでよく承諾してくれたものだと思う。
しかし、不運な体質であることを説明したことには変わらない。そのうえで承諾してくれたのだ。きっと他の理由が──。
そう考えて、キャロルはハッとした。
「もしやその方、なにか問題のある方なのでは?」
「いや、そのような話は聞いていない」
「では、なぜわたしと婚約を……?」
心から不思議に思って首を傾げる。
一向に信じようとしないキャロルに、さすがの父の笑顔も引き攣る。
「──とにもかくにも、婚約はまとまったのだ! 婚約者であるライリー殿が半月後に我が国へご挨拶に来ていただけることになっている。それまで彼の国についてよく学んでおくように!」
父から出た意外な名前にキャロルは目を見開いた。
そして王女らしく「かしこまりました」と綺麗なお辞儀をしつつ、内心ではなおも首を傾げ続けた。
ライリーと言う名には心当たりがある。
キャロルの記憶に間違いがなければ、隣国の第二王子の名であったはずだ。
隣国はこの国とは違い、辺境の方では諍いが絶えないという。また、隣国に接する国の中には野心高く虎視眈々と領土拡大を目論んでいる国もある。
そんな国を牽制し、平和な状態を保つためには高い軍事力と外交力が必要になる。
そのうちの片方、軍事に関することに携わっているのが第二王子であるライリーだったはずだ。
王子という身分でありながら軍に所属し、自ら前線に立って自国を勝利に導く。
勇猛果敢と名高い彼は、国民からの人気も高く、かの国では英雄扱いされていると聞く。
「そんな人がなぜわたしと婚約を……?」
自室で首を捻っていると、侍女のエフィがお茶を運んできて、不思議そうにキャロルを見る。
「姫様、どうなさいました?」
「あのね、わたしの婚約者が決まったらしいの」
「まあ!」
エフィは目を輝かせ、にっこりと笑った。
「おめでとうございます、姫様!」
「ありがとう。でもね、ほらわたしって不運体質でしょう? それなのになぜ婚約を承諾してくださったのかしらと思って」
「姫様が不運なのは否定しませんけれど、それ以上に姫様はとても魅力的な方ですもの。案外、絵姿をご覧になって一目惚れされたのかもしれませんわ」
エフィは楽しそうに言いながらお茶の用意をする。
それを受け取りながら、「そうかしら」とキャロルは首を傾げた。
ライリーのような人がキャロルに一目惚れすることなどありえるだろうか。あちらの国で多くの美女に囲まれ、目が肥えているであろう人が。
周りは皆優しいから、キャロルの容姿のことを褒めてくれる。しかし、キャロルは皆が言うように自分の容姿がそれほど優れているとは思わない。
顔立ちがある程度整っていることは間違いない。父も母も美男美女として知られているし、兄もまた同じだ。聞けば祖父母も整った容姿だったという。
そんな家系に生まれたのだから、自分の容姿が悪いとはこれっぽっちも思っていないが、周りが賞賛するほどの容姿かと問われれば、うーん……と首を傾げてしまう。
言うならば、キャロルの顔貌は『上の下』なのだろう。
多くの人が「美人だ」と答えるけれど、一番ではない。そんな感じなのだと思う。
しかし、自分のことのように喜ぶエフィに、そんなことが言えるわけもなく、キャロルは曖昧に笑っておいた。
──うまい話には裏がある。
そんな言葉が、キャロルの脳裏に過った。
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