第17話「とっても可愛い人でしょう?」③
「ライリー、これがとっても美味しいわ。あなたもどうぞ召し上がって?」
「ライリー、こちらはこの季節にしか食べられない果物が入っているらしい。こちらを食べてみろ」
「ええっと……ありがとう、ございます……」
ジェシカとアデルバートを見比べて戸惑った様子のライリーに、ジェシカはニコニコと、アデルバートは不機嫌そうな顔をしたまま、互いに自分の美味しいと思ったお菓子を勧める。
「……殿下、恐れながら、一度に二つも食べられないと思いますわ」
「私はすぐに食べろと言ったわけではない。ただ勧めただけだ」
「勧めるということは、食べてほしいということですよね? ならば食べろとおっしゃったのと同じことではないでしょうか?」
「あなたの方こそ、先程からライリーに勧めてばかりいるように感じる。ライリーにも選ぶ権利があるだろう、控えたらどうだ?」
「あ、あの……どっちもおいしいです、よ……?」
おろおろと言うライリーに、ジェシカはニコリと「それはよかったわ」と言い、アデルバートはぎゅっと眉間に皺を深めてライリーを見つめた。
そんなふうに、お互いにライリーを可愛がっているうちに、ジェシカはアデルバートを同志のように思えてきた。
それはアデルバートも同じだったのか、次第にジェシカに対する険が薄れ、最後の方には談笑するくらいには仲良くなれた。
お茶会が終わったあとは「お互い(ライリーを可愛がるのを)頑張ろう」と握手を交わしたほどだ。
彼ならばライリーの誕生日祝いのお茶会に呼んでもいいかもしれないと思ったジェシカは、よろしければと予備の招待状を彼に渡した。
アデルバートは驚いたように目を見張ったが、「ありがとう」と受け取ってくれた。
それをライリーはニコニコと嬉しそうに眺めていた。
後日開かれたライリーのお誕生日祝いのお茶会に、アデルバートは来なかった。
代わりにライリーがアデルバートからの手紙を持ってきた。
その内容はお茶会に行けなかったことの詫びから始まり、最後は『ライリーと仲良くしてくれてありがとう。これからもライリーをよろしく頼む』と書かれていた。
「ジェシカ、にいさ……兄上からのおてがみ、なんて書いてあったの?」
「お茶会に来れなくてごめんなさいと書いてあったわ」
「そっか……」
「ねえ、ライリー。アデルバート様のこと、お好き?」
唐突なジェシカの質問にライリーは目を見開いた。
しかし、すぐに「うん!」と頷いた。
「兄上はちょっとこわくてめんどうくさいけど、でもちゃんとぼくの話をきいてくれるからすき」
「そう。それはとっても良い事ね」
心からアデルバートを慕っている様子のライリーを見て、彼に少しばかり嫉妬してしまう。
「だからね……ぼく、兄上とジェシカにはなかよくなってほしいんだ。ぼくはふたりともだいすきだから」
照れくさそうに、はにかみながらそう言ったライリーにジェシカは目を見開いて、微笑む。
「そうね。わたくしも、アデルバート様と仲良くなりたいわ」
そう答えると、ライリーは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、ジェシカは次にアデルバートに会う機会があったら、今日の話を彼にしてあげようと思った。
きっと羨ましがられるだろう。でも、どうやら彼は素直な性格ではないようだから、そんなことはおくびにも出さないに違いない。
でも、ライリーがジェシカとアデルバートのことを大好きだと言っていたと言えば、どんな反応をするだろうか。
きっとあの日見たように、口元を手で隠しながら喜ぶだろう。その姿が目に浮かぶようだ。
また一つ楽しみができたと、ジェシカは小さく笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しかしながら、ジェシカはその日以降、ライリーと会うこともアデルバートに会うこともないまま、八年が過ぎ去った。
ライリーとは会えなくても手紙のやり取りはしていたが、ここ最近はそれも滞っていた。
両親に聞いても詳しいことは聞かされていないらしく、弟と結託してライリーがどうしているのか必死に情報を集めた。
ジェシカは社交界デビューを済ませ、連日のように開かれる夜会へ足を運び、ライリーの状況がどうなっているのか調べた。
そこで得られたのは眉唾ものの噂ばかりだった。
第二王子は呪われているからどこかに幽閉されているのだの、第一王子が健康な第二王子を恨んで暗殺を企てているだの、そんなくだらない話ばかり。
弟が聞いてきた話も同様のものばかりだった。
──こうなったら、直接聞くしかない。
ライリーが表舞台に出てくることはないとしても、アデルバートは違う。病弱な彼は滅多に夜会に参加することはないけれど、ライリーとは違い参加する可能性は僅かにある。
ジェシカは王族が参加しそうな夜会には必ず足を運び、アデルバートと話す機会を待った。
しかしながら、ジェシカはアデルバートに会うどころか、その姿を見かけることすらなかった。
そして今日の夜会もまた、アデルバートの姿はなく、こっそりとため息をついた。
そのとき、会場内がザワついた。
「まあ……! アデルバート様だわ」
「今日は体調がよろしいのだろうか」
「いつ見ても素敵な方だわ。まるで──」
「しっ! その先は言ってはだめ」
「……そうでしたわ。うっかりしておりました」
(『まるでローザ前王妃殿下のよう』……そう、よく囁かれているのは知っているけれど、そんなに似ていらっしゃるのかしら?)
アデルバートの実母であるローザは、国王と結婚する前は『薔薇の妖精姫』と言われるほどの可憐な容姿で多くの男性を魅了したという。
ローザは伯爵家の娘ではあったが、王族と結婚できるほどの家格ではなかった。しかし、当時王太子だった国王と恋に落ち、国王は周囲の反対を押し切って結婚をしたというのは、誰でも知っている有名な話である。
アデルバートはそのローザによく似ているのだと、ローザを知る人は皆言う。
だけど、それを声高に言う者は誰もいない。なぜなら、現王妃であるジェイミーの反感を買うからだ。
ジェイミー王妃がローザ前王妃のことをよく思っていないというのも有名な話なのだ。
(……いけない。早くアデルバート様に接触しなくては……! まずはお父様を掴まえて、アデルバート様にご挨拶を……)
そんなことを考えていると、周囲のザワつきが大きくなっているのに気づき、ジェシカはどうしたのかと不思議に思った。
少しして、ジェシカがいる方に向かってアデルバートが歩いてきていることに気づく。
これが原因かとジェシカは納得し、アデルバートは誰のところへ向かっているのだろうかと、さりげなく周囲を見ているうちに、アデルバートがジェシカの前で歩みを止めた。
「ジェシカ・サンダース公爵令嬢だな?」
「は、はい。その通りでございます」
ジェシカは慌てて頭を下げると、顔をあげよとアデルバートが言う。
恐る恐る顔をあげると、昔に見た偉そうな男の子の面影を少しだけ残した、まるで大輪の薔薇のような美しい青年が静かな目でジェシカを見つめていた。
「……八年ぶりか」
「そうですね。あのときは、とんだご無礼を……」
「いい。あの頃は互いに幼かった。それに……とても有意義な時間だった」
有意義な時間だったと言ってくれたことが嬉しかった。それがたとえ社交辞令だったとしても、ジェシカも同じように思っていたから。
「寛大なお心に感謝申し上げます」
ジェシカが微笑んでお礼を言うと、アデルバートはすっと手を差し出した。
「サンダース公爵令嬢、私と踊っていただけるだろうか」
まさかの申し出に、ジェシカは固まった。
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