第33話「悪い癖が出てしまった」
キャロルは無言で歩くライリーの後ろを歩きながら戸惑っていた。
(……ライリーは怒っているのかしら……? でも、どうして……?)
ライリーと出会ってから、彼が怒っているところを見た記憶はない。
基本的に彼は朗らかで、いつも笑っている印象が強い。困った顔をしたり、悲しそうにしゅんとした顔をすることもあるけれど、ライリーが本気で怒ったり、悲しんだりしている姿は見たことがない。
ライリーが泣いているのを見たのも、一度きりだ。
だから、今のライリーにキャロルは戸惑っていた。
まだまだキャロルの知らないライリーの一面があるのだと思い知った。
「あ、あの、ライリー……怒っていますか……?」
恐る恐るそう問いかけると、ライリーは足を止めて振り返った。
その顔からは表情が抜けたようだった。
「私が怒っているようにあなたには見えるのか?」
逆に質問を返され、キャロルは更に戸惑った。
「は、はい……そう見えます」
素直にそう答えると、「そうか……」と言ってライリーは黙り込んでしまう。
それにキャロルは慌てる。
「あの……わたし、なにかライリーの気に障るようなことをしてしまったのでしょうか? もしそうなら言ってください。次からは気をつけますから……」
そう言いながら、キャロルは怖くなった。
今まで、ライリーは惜しみなくキャロルに好意を伝えてくれていた。だから、キャロルは考えたこともなかった。
──ライリーに嫌われたらどうしよう、なんて。
彼はキャロルをずっと好きでいてくれる。愚かにもキャロルはそう慢心していた。
そんな保証はどこにもないのに、キャロルはライリーの好意に甘え、『ライリーに嫌われるかもしれない』という可能性すら考えたことがなかった。
普通に考えて、キャロルのような不運な娘を嫌わないでいれるはずがないのに。
今更その可能性を考えて、怖くなってしまった。
ここはキャロルの故郷ではない。優しい家族は隣の国にいて、すぐに甘えることは適わない。
キャロルはこの国で一人だ。気心知れた存在はエフィしかいない。
ジェシカやアデルバートは頼りになる存在ではあるけれど、簡単に甘えられるわけでもない。
泣き言を言える相手はこの国にはいないのだ。
そしてなにより、ライリーに嫌われて、キャロルは今の場所にいることに耐えれれるだろうか。
ライリーに嫌われたら──それを考えただけで、まるで暗い底なし沼に囚われてしまうような恐ろしさでいっぱいになる。
(いや……ライリーに嫌われたくない……そんなの、きっと耐えられない……)
不安と恐怖で視界が滲む。
こんなことで取り乱す自分が情けなくて、余計に涙が、溢れそうだ。
「ちゃんと気をつけますから……だから……」
「キャロル」
ライリーが口を開く。
それにビクリと肩を揺らしてしまう。
そんなキャロルの肩に、ライリーはそっと手を置く。
「私は別に怒ってなんかいない」
「え……で、でも……」
明らかにいつものライリーと様子が違っていた。
しかし、そう言っていいものなのかもわからなくて、キャロルは口篭る。
「いや、違うな……『キャロルには』怒っていない」
「わたしには……?」
「ああ。今回、キャロルがこんな目に遭ったのは、明らかに私の指導不足が原因だ……シオン殿下が身分を名乗ったときに、きちんとした対応をしていればこのようなことにはならなかった。それに、簡単に侵入させたのも兵士たちの気の緩みがあったからだろう。ここは国境に位置する砦だ。そんなことでは有事の際にあっさりとここを落とされてしまうだろう」
それに関しては、キャロルはなにも言えない。
なにか言えるほど、この砦に関しても軍についても知らないからだ。
「それに……今回の件も私の呪いが引き起こしたことではないだろうかと……少し怖くなった」
ライリーは強運を得る代わりに周りの人を不幸にする呪いかけられている──そんなふうに、アデルバートもライリーも思っている。
その辺りのことはキャロルにはよくわからない。
だが、今回の件はキャロルの不運も原因がある気がしている。
「キャロルが向かった先に偶然、侵入者が現れるなんてどんな確率だろうか……この砦はそれなりな広さがあるのに……」
それはキャロルも思う。
しかし、キャロルは自分の不運さをよく理解している。そのあり得なさそうな確率の不運を引くのがキャロルが『不運姫』と呼ばれたる所以なのだ。
「あの……それはわたしの不運のせいで……」
「やはり私は周りの人を不幸にするのかもしれない……」
ブツブツと呟くライリーを見て、先程感じた不安や恐怖はあっさりと消え去った。
ライリーとキャロルは正反対だ。だけど、それゆえによく似ている。
「ライリー、わたしは不幸ではありません」
「キャロル……だがしかし」
「今回の件は不運な出来事です。わたしにとってはよくある『不運な出来事』です。あの件でトラウマが植え付けられたわけでもありませんし、ちょっと驚いただけのこと。そんなよくある出来事で不幸になんてなりません。これくらいで不幸だと嘆いていたら、生きていけません」
「そこまで言うことだろうか……?」
ライリーは首を傾げたが、キャロルは大きく頷く。
「そもそも、こうなるかもしれないと思ったから、ケイレブをわたしの護衛にしてくれたのでしょう? あなたの読み通り、わたしはこうして心身ともに無事です。それに……わたしはライリーの傍に居られるだけですごく幸せなので、わたしが不幸になる可能性はほぼないです」
そう言い切ったキャロルにライリーは目を見開く。
そしてくしゃりと笑う。
「そうか……だめだなあ、俺の悪い癖が出てしまった……」
そう言って頬をかいたライリーにキャロルは笑う。
「わたしも悪い癖が出たので、お互い様ですね」
「そうだったか?」
「ええ。それよりも……王都に帰ったら、アデルバート様に文句を言われるのではないでしょうか」
「確かに言われそうだな。『なぜ視察に行っただけなのに厄介事を持って帰ってくるんだ』とか言われそうだ……なにか言い訳を考えないとなあ……」
「ふふ、そうですね。わたしもお手伝いします」
「頼む」
キャロルはライリーと顔を見合わせ、一緒に笑う。
「では、戻って一緒に作戦会議と行こうか」
「はい」
二人は横に並んで歩き出す。
少し前までの気まずい雰囲気は綺麗さっぱり消えていた。
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