番外編

第15話「とっても可愛い人でしょう?」①


「わたくしとバートの馴れ初め?」


 未来の義理の妹であるキャロルはこくりと頷いた。

 今日は彼女に伝統行事の説明をするため──という名目で、ジェシカの弟分ライリーの想い人である彼女のことを知るため、お茶に招いたのだ。


 キャロルはライリーにお似合いの子だと思う。

 多少卑屈なところはあるけれど、その本質はとても素直だ。笑った顔は同性であるジェシカでさえも可愛らしくてキュンとするし、なにより、心からライリーのことを慕っているのがわかる。


 ライリーと並ぶと絵になるのもいい。キャロルと一緒のライリーの表情は普段よりも柔らかく、なによりもキャロルを見つめる目がとても優しい。

 どこからどう見てもお似合いの二人に、アデルバートもとても良い人を見つけてきたものだわ、と心から思った。


 そんなふうに感心しているところに、キャロルは控えめに訊ねてきたのだ。

「アデルバート殿下とジェシカ様はどのようにして出会われたのですか?」と。


 その質問の前に、ライリーとの馴れ初めを根掘り葉掘り聞き出していたから、その意趣返しもあるのかもしれない。

 そんなところもジェシカ好みで、彼女が妹になるのがより楽しみになった。


「はい。やはりアデルバート様とはその……家のご都合で……?」

「そうねぇ……」


 アデルバートとジェシカの婚姻は、政略結婚でもあるし、そうでないともいえる。


「バートとの婚姻は政略的な意味合いが強いのも確かだわ。でも、ね?」


 にこりと笑うと、キャロルが不思議そうに小首を傾げる。


「わたくし、きちんとバートからプロポーズしていただいているのよ」

「え!?」


 余程意外だったのか、キャロルの目がまん丸になる。

 彼女の気持ちもわからなくない。普段のアデルバートの態度を見れていれば、彼がプロポーズするところなど想像もできないだろう。


「あの、それはどのような──」


 好奇心を抑えきれなかったのか、キャロルが身を乗り出して口を開くと、バサァッと聞き慣れない音がした。

 部屋の中には一羽の鳥が侵入しており、羽をバタバタとさせて飛び回っていた。


 そこからは大騒ぎだった。メイドたちは悲鳴をあげ、その声を聞きつけた衛視たちが部屋に飛び込み、その光景に目を見開いたあと、なんとか鳥を捕まえようと鳥を追いかけ回した。

 なんとか鳥を外へ逃がした頃には、部屋の中はぐちゃぐちゃになっていた。


「も、申し訳ございません、ジェシカ様……!」


 なぜか鳥の羽根を頭につけたキャロルが突然謝りだし、ジェシカは首を傾げた。

 それを取ってあげるとさらにキャロルは恐縮したように体を縮こませた。


「どうなさったの、キャロル様? あなたが謝ることはなにもないでしょう?」

「ち、ちがうのです。恐らくこれはわたしのせいなのです……」

「はい?」


 どういうことかと驚いたが、すぐにキャロルの二つ名を思い出す。

 ──『不運姫』。キャロルは国内外からそう呼ばれているのだった。


「ああ……なるほど。これが噂の……」


 感慨深く思ってジェシカが呟くと、キャロルは顔を青ざめて「本当に申し訳ございません……!」と再び謝った。


「顔をあげなさい」

「でも……」

「よろしいこと? キャロル様が謝ることなど、何一つありません。あなたはライリーの妻となるのだから、この程度のことで動揺してはなりません」

「はい……」


 少しだけ顔をあげたキャロルにジェシカはにこりと微笑む。


「それに……こんな刺激的なこと、初めてだわ! こんな近くで鳥が飛んでいるところを観るのも初めて。とっても素敵だったわ」


 心からそう思って言うと、キャロルは目を見開く。

 そして嬉しそうに「ありがとうございます」と笑った。

 その笑みがとても愛らしく、ライリーもこの笑顔にやられたのだろうなと思った。


「ジェシカ様もお優しいのですね。ライリーからも似たようなことを言われたことがあります」

「まあ、ライリーから?」

「はい」


 ジェシカとライリーは似ているところがあると、アデルバートからも言われたことがある。つまり、ライリーとは考えていることが似通っているのだろう。

 ライリーが似たようなことを言ったという話を詳しく聞いてみたい気持ちもあるが、自分たちがここにいては片付けの邪魔になるだろう。


「そのお話はあとで詳しく伺うとして……場所を変えましょうか」

「はい……お手数をおかけします」

「いいのよ、そんなこと。今回は運が悪かっただけだもの、あなたのせいではないわ」


 そう言っても、キャロルの気持ちは晴れないだろう。きっと彼女は、これまで似たようなことを何回も繰り返してきて、そのたびに自分を責めているに違いない。


 これはきっと周りがなにを言ったところで、気休めにしかならない。キャロル自身が自分の中で折り合いをつけるしかないことだ。


 だけど、キャロルの気分を変えることはジェシカでもできる。


「ほら、こちらへ。部屋を変えたら、わたくしとバートの話をしてあげるわ」


 そう言うと、キャロルの目が輝く。

 好奇心というものは、人の気分を上げるには持ってこいの甘いお菓子のようなもの。

 自分たちの過去の話一つでキャロルの気分が上がるのなら、安いものだ。


(まあ……バートに知られたら拗ねるのでしょうけれど)


 それはそれで面白いし、そんな彼をいじめるのもいいかもしれない、とジェシカは趣味の悪いことを思う。


 自分の趣味が悪いということは理解している。

 それでも、可愛らしいものは可愛らしいと思ってしまうのだから仕方ない。


 ジェシカにとってライリーは愛すべき弟で、アデルバートは誰よりも可愛らしい人なのだ。


 アデルバートの面倒くさい性格を知ったあの日から、ジェシカの一番はずっと彼のままなのだから。




 部屋を移動し、改めてお茶を飲む。

 ジェシカの目の前にはキャロルがお茶を飲みながら、どうやって話を振ろうかと考えているのがわかる。


 ジェシカはキャロルの期待に応えるべく、口を開いた。


「……わたくしとバートの出会いは、ライリーを通じてだったの」

「まあ。そうなんですか?」


 意外そうな顔をするキャロルにジェシカは頷く。


「ええ、そう。ライリーがいなければ、わたくしとバートの関係性はもっと違うものになっていたはずだわ」


 ジェシカとアデルバートの出会いを語るなら、まずはライリーのことを語るべきだろう。

 アデルバートの出会いは、ライリーがいなければもっと違った形になっていただろうから。


「はじめはね、わたくしとバートはライバルだったのよ」

「ライバル……ですか?」

「ふふ、そうなの。わたくしとバートはライリーにより好かれるために競い合っていたのよ」


 ぽかんとした顔をするキャロルに微笑みながら、ジェシカは思い出す。


 アデルバートとの出会いはジェシカがまだ八歳のとき。そのときの彼は、ジェシカの大好きな弟分を取りあげようとする嫌な人、という印象だった──。


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