本編のその後
第12話『本当に面倒くさい人』前編
インフォーリア王国までの旅路は概ね順調だった。
概ね、とつくのは、例のごとくキャロルの不運で足止めされることがたまにあったからだ。
しかし、それもライリーの事前準備のよさと強運のおかげで、日程に遅れがでることはなかった。
フルーク王国からインフォーリア王国まで馬を飛ばせば三日の距離だが、旅行というものをしたことのないキャロルをライリーが慮ってくれ、一週間ほどかけてかの国に辿り着いた。
初めて見る景色を眺めているのは飽きなかったし、なによりライリーと一緒にいられることが嬉しかった。
インフォーリア王国はフルーク王国とは違い、華美な建物よりも質素なものが多い。
王城は立派だったけれど、優美という言葉には当てはまらない。堅牢な要塞、というのが相応しい見た目だった。戦の多い国だから、自ずとそうなったのだろう。
隣国であるから、気候も文化も大きな違いはない。
ただ、のんびりとした穏やかな気質であるフルーク王国民とは違い、インフォーリア王国は真面目で律儀な印象を受けた。
国柄というものは人にも現れるものなのだと、キャロルは実感した。
王城へ着き、着替えをして国王であるヘンリーと対面した。
息子にもその婚約者であるキャロルにもさして興味はない様子で、冷めた目で形だけとわかる労いと歓迎の言葉を口にし、それで終わった。
自身の父との差に戸惑いを感じながらも、なんとか乗り切り、与えられた部屋に戻ると大きなため息が出た。
(これがライリーの家族……うちを羨ましがる理由がわかったわ)
国王以外にも王妃と王太子も同席していたが、どちらも表情一つ変えず、国王と同じように形式的な言葉を口にしただけだった。
ライリーもそれに淡々と受け答えをし、それで当然のような顔をしていた。家族というには距離が遠い彼らの関係性が垣間見えたような気がした。
キャロルが挨拶をしている間に、一緒に来てくれたエフィが荷解きを終わらせてくれたようで、笑顔で出迎えてくれた。
変わらないエフィの姿にほっとしつつ、キャロルは自分に気合いを入れた。
キャロルだけは、なにがあってもライリーの味方でいる。そして、ずっと傍にいる。
それがキャロルの大事な役目なのだから。
☆
翌日、朝食をライリーと共に食べていると、王太子からの伝言が伝えられた。
「……アデルバート殿下がわたしを?」
首を傾げると、ライリーは困ったような顔をしながら頷く。
「ああ、昨日はろくに挨拶ができなかったから、きちんとしたいと、兄上はおっしゃっている」
「そうですか……」
キャロル以上にライリーが戸惑った様子なのも気になる。きっとアデルバートが接触してくること自体が稀なのだろう。
「どうする? キャロルはこちらに慣れていないし、無理に会う必要もないから、断っても大丈夫だぞ?」
心配そうに言うライリーに、キャロルはニコリと微笑む。
「アデルバート殿下に、ぜひにとお答えしてください。わたしもきちんとご挨拶をしたい、と」
「……いいのか?」
「もちろんです。ライリーのお兄様ときちんとお話をしてみたいとわたしも思っておりましたから」
そう言えば、ライリーは少し嬉しそうな顔をした。そして、アデルバートにそう伝えると言った。
ライリーが尊敬していると言ってた人だ。きっととても立派な人なのだろう。ライリーのことは嫌っているらしいが、キャロルが間に入ることで、少しだけでもこの兄弟の仲を取り持つことができればいいと思う。
──キャロルはこのとき、すっかり忘れていたのだ。ライリーが自身の兄のことを「とても面倒くさい人」だと念押しして言っていたことを。
アデルバートとは午後に対面できることになった。
彼の執務室にライリーと共に呼ばれている。
仲良くまではいかなくても、ある程度親しくできればいいなと思っている。
執務室に入ると、アデルバートはなにやら書類を見て顔を顰めていた。
ライリーよりも薄い色の金髪は襟足が長めで、深い森のような緑色の瞳は神秘的だ。ライリーとはあまり似ていないのは母親が違うからだろうか。
整った顔貌をしている人だが、ライリーと与える印象は真逆だ。アデルバートはその眉間の皺も相まって、より冷たい印象を与える。
「来たか。時間通りだな」
ちらりと机の上に置かれている時計を見て、アデルバートは書類を置きながらそう言った。
緑の瞳は冷え冷えとして、ライリーを見てもそのままだった。
それはキャロルを見ても変わらなかった。
「よくおいでになった、キャロル姫。聞けば初めての長旅だったとか。我が愚弟は軍人ゆえに女性の扱いに慣れていないが、きちんと気遣えていただろうか?」
「ええ。旅中はとても気遣っていただきましたので、なにも困ることなくこちらに来ることができました」
ニコリと笑顔を貼り付けてキャロルは答えた。
アデルバートは表情を変えず、「それはよかった」と言ったが、本当にそう思っているのか謎だ。
「立ち話もなんだ。そちらに座るといい」
アデルバートが示した場所には、四人分の席が設けられていた。
ライリーをチラリと見ると小さく頷いたので、ライリーと共にその言葉に甘えることにした。
アデルバートも自身の執務用の椅子からそちらに移動し、優雅に腰かける。
ライリーよりも肌が白く、また線が細いのは体が弱いからだろうか。それでも、ひ弱そうに思えないのは、アデルバートの威厳によるものか、それともその雰囲気のせいかのどちらかだろう。
「……」
アデルバートは感情の読み取れない目でじっとキャロルを見つめた。
なにか話しかけられるのかと身構えたけれど、彼がなにか話し始める様子はない。
どうしようかとキャロルが戸惑い出したのを察したのか、それとも同じように戸惑ったからなのか、ライリーが話しかけた。
「あの……兄上?」
「……」
ガン無視だった。
ライリーの言葉に反応せず、アデルバートはじっとキャロルを見つめ──いや、睨みつけた。
「……フン。話に聞いていたよりも大した娘ではないな」
「な……兄上!?」
突然の暴言にライリーがギョッとした顔をした。
「なんてことをおっしゃるのです、兄上」
「事実だろう? 悲運の美姫と聞いてどれほどのものかと思えば……なあ?」
フッとアデルバートはバカにするように鼻で笑う。
ライリーがさらに抗議をしようとするのを、キャロルはそっと止めた。
困ったようにキャロルを見たライリーに対し、キャロルは微笑みを保ち続けた。
「王太子殿下のご期待に添えず、申し訳ございません。殿下がお聞きになられたわたしの評価がどのようなものかは存じ上げませんけれど、このとおり、わたしは平凡な娘でございます。これから殿下のご期待に添えるよう、精一杯精進いたします」
微笑んだまま言ったキャロルに対し、アデルバートは面白くなさそうな顔をした。
この時点で、キャロルは彼と仲良くなることを完全に諦めた。
(本当にこの人、ライリーのお兄様なのかしら……とっても嫌味ったらしい方だわ)
この人とどう付き合っていこうかと、キャロルが思案していると、ノックの音が聞こえた。アデルバートが応えると、急いだ様子のベンが入ってきた。
「アデルバート殿下、突然申し訳ございません。ライリー殿下に至急お知らせしたいことが」
「構わん」
「ありがとうございます」
ベンは敬礼をすると、ライリーになにか耳打ちをした。ライリーは一瞬眉を寄せ、次いで困ったようにキャロルとアデルバートを見た。
「至急の用ができたのだろう? 姫のことは私に任せて行け」
「しかし……」
「心配するな。おまえの婚約者をとって食ったりはしない。それに、そろそろジェシーも来る頃だ」
「ジェシカが……わかりました。キャロル……」
「わたしなら大丈夫です。いってらっしゃいませ」
ニコリと笑うと、ライリーは申し訳なさそうな顔をしたあと、頷いた。
そして一度アデルバートに「キャロルをよろしくお願いいたします」と頭を下げ、ベンと共に足早に去っていく。
それを見送ると、部屋の中がしんと静まり返った。
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