第10話「ライリーは『強運の王子』ですもの」
そして、ライリーは国に帰った。
いつものように明るい笑顔で「お世話になりました」と言って、愛馬のビリーに乗って去っていく彼をいつまでも見送った。
ライリーが帰ってから、キャロルはまたいつもの不運な日々に戻った。
庭に出れば鳥の糞を落とされ、散歩をしようと外を歩けばどこかかやってきた野良犬に襲われそうになり、公務で孤児院の慰問をすればヒールがポッキリ折れ、楽しみだった本の発売日に本が入荷されず三日ほど待ちぼうけをくらうなどなど、ライリーが来る前の不運な日々に逆戻りし、懐かしささえ感じた。
ライリーと一緒にいたことで、その強運の恩恵にどれだけあやかれていたのかを実感する日々だ。
ライリーとの婚約は解消とはなっていない。
父は先日の件で向こうの国となにやら交渉をしているようだが、詳しいことはキャロルは知らない。
そんな中、キャロルとライリーは手紙を通して緩やかに親交を深めていた。
お互いの近況報告から始まり、周りの様子、最近気になっていることなど、その内容は多岐に渡り、ライリーからの手紙が届くのが最近のキャロルの楽しみだった。
キャロルとライリーでは見えているものが違う。
しかし、その考え方はどこか共感できるものがあり、手紙を通じて知ることができるのがとても嬉しい。
ライリーが国に戻ってから早くも四ヶ月が過ぎた頃、彼からの手紙に「近々、またそちらに伺うことになると思う」という旨が書かれており、キャロルはそわそわした。
──またライリーに会える。
それがとても嬉しく思うのと同時に、彼が帰る前に言ったあれこれを思い出すと、顔から火が出るのではないかと思うくらい恥ずかしかった。
淑女としてとてもはしたない言動をとってしまった。それに、あんな夜遅くに婚約者とはいえ、異性の部屋を訪ねるなどありえないことだ。
あのときは嫌な予感で頭がいっぱいになり、なんとかしなくてはと必死だった。
とはいえ、常識はずれの行動であったことには違いない。今思い出すと、なんて大胆なことをしてしまったのだろう、穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだ。
ライリーはあのときのことをどう思っているのだろうか。あのあと、彼は帰国の準備に追われてしまい、最後に顔を合わせたのは帰国のときだった。
手紙にもあのときのことに触れられることはなかった。
そのことを考えると胸がもやもやするけれど、確かめる勇気もなく、今に至る。
ライリーと顔を合わせても、きっと恥ずかしくてまともに顔が見られないだろう。
でも、彼に会えるのはすごく嬉しいし、恥ずかしさよりも楽しみの方が上回る。
落ち着かない気持ちでいるキャロルに、父から正式にライリーが再び来ることを聞かされた。
ただし、今回の訪問は前回ほど長くはいられないとのことだった。
それにがっかりしたのが態度に出ていたのか、母と兄からからかわれる。
「キャロルもすっかり大人の女性の顔ね」
「おまえのそんな様子を知ったら、ライリー殿も喜ばれるだろう」
「お母様、お兄様、からかわないでくださいませ!」
照れるキャロルを母と兄はニヤニヤとして見つめる。それにさらに顔が熱くなり父を見ると、父はいつになく優しい顔をしていた。
「ライリー殿を婚約者に選んだ私の目は間違いなかったようだ」
「お父様」
「彼と幸せになるのだぞ、キャロル」
まるで別れの言葉のような父の台詞に、キャロルは目を見開く。
まだお嫁に行くわけでもないのに大袈裟な、と思いながら、彼を婚約者に選んでくれた父に感謝を述べた。
「ありがとうございます、お父様」
そう言って微笑んだキャロルに、父は寂しげに笑った。
ライリーの訪問を知らされてから、なぜかエフィが忙しそうにしている。
どうしたのかと聞いてもにっこり笑ってなんでもないの一点ばりだ。
そんなエフィを不思議に思いつつも、キャロルはもうすぐ訪れるライリーのことで頭がいっぱいだった。
ライリーに会ったらなにを話そうか。
そんなことばかり考えては顔を赤くしているキャロルを周りが微笑ましそうに見ていた。
キャロルはそれに気づいていたけれど、気づいていないふりをした。
そして、ライリーが訪れる予定の日、外は大雨だった。
そんな外の様子を眺めて、エフィは残念そうに「これではライリー殿下が来られるのは遅れそうですね」と言う。
「ライリーは予定通りに来ると思うわ」
「え? どうしてですか?」
「だって……ライリーは『強運の王子』ですもの」
くすくすと笑うキャロルにエフィは不思議そうにしている。
きっとこの雨は、キャロルがライリーに会えるのを待ち望んだからなのだろう。キャロルが楽しみにしている日は大抵雨なのだ。だからこうなることは想定内だ。
エフィはそわそわとした様子で窓の外を眺め、キャロルはのんびりとお茶を飲みながら外を見つめる。
表情には出していないけれど、内心ではドキドキしていた。
(きっとライリーなら──)
「あっ。姫様、晴れてきましたよ!」
明るい声でそう言ったエフィにキャロルは空を見つめた。確かに、雲の隙間から晴れ間が覗いているところが何箇所がある。
それを見て、キャロルは確信した。
──彼が来たのだ!
「エフィ、わたし行くわ」
「はい?」
きょとんとしたエフィに構わず、キャロルはすっと立ち上がり駆け出した。
「えっ!? 姫様!?」
どこに行くんですか、と叫ぶエフィを無視してキャロルは重たいドレスをたくし上げて走った。
会う人にギョッとした顔をされたけれど、そんなことに構っていられない。
こんなふうに城内を走っていることが母や兄に知られたら叱られるだろう。
それでも、少しでも早くライリーに会いたかった。
ライリーが帰ってしまってから、心の中がポッカリ空いたかのような寂しさがずっとあった。
城の入口まで駆けるころには、すっかり息があがっていた。
城門には輝く金色の髪の青年が白馬を気遣うように撫でている。
──ライリーだわ!
走ったのと気分の高揚で頬が上気する。
再びドレスをたくし上げてキャロルが走り出すと、ライリーが振り返る。
彼の名を呼ぼうとしたとき、雨で濡れた石畳に足が滑ってしまう。
転ぶ、と思うのと同時に逞しい腕に抱き止められる。
顔をあげると、そこにはライリーがお日様みたいな笑みを浮かべてキャロルを見つめていた。
「相変わらず、キャロルは運がない」
おかしそうに言うライリーに、久しぶりに会った婚約者にそれはないのでは、と文句を言う前に抱きしめられた。
「──会えて嬉しい」
耳元で囁くように言われ、キャロルは顔を赤くする。そして、そっと体の力を抜いて、おずおずと彼の背に手を回し、「わたしもです」と答えた。
少しの間そうして久々の再会を喜んだが、ライリーがそっとキャロルを離した。
「ライリー?」
首を傾げるキャロルにライリーに優しく微笑む。
そしてその場に跪き、キャロルの手を取る。
「──キャロル王女。私と結婚していただけますか?」
赤い軍服に身を包んだ彼は、まさに理想の王子そのもので、まるで歌劇のワンシーンのような出来事にキャロルは目を見開く。
ライリーの目は真剣そのもので、これは冗談ではなく、本気なのだと知る。
もちろん、キャロルの答えは決まっている。
「はい、よろこんで」
笑顔で答えたキャロルにライリーも嬉しそうに笑い、そのままキャロルを抱き上げた。
すると周りからわあ、と歓声が沸き、キャロルは驚く。
周りを見ると、いつの間にやらたくさんの人が集まっており、皆キャロルたちを見て「おめでとうございます!」と叫んでいる。
その中には父と母、兄と義姉の姿もあり、同様に笑顔で祝福してくれた。
恐らく、このライリーのプロポーズは計画されたものだ。
それがどちらの提案かはキャロルにはわからないけれど、雨上がりにこんなにもたくさんの人が城門に集まったのは、事前に知らされていて待機していたからなのだろう。
そう考えると少しだけ腹立たしくは思うが、それよりも喜びの方が大きかった。
顔をあげればそこには大好きな人の顔があり、にこりと微笑んでくれる。
だから、キャロルも同じように笑顔を返した。
「わたしがあなたを幸せにして差し上げますわ」
そう告げると、ライリーは驚いた顔をして、困ったように眉を落とす。
「それは私の台詞ではないかなぁ……でも、まあ、それも面白そうだ」
そう言うとライリーはニヤリと笑い、そっと顔を近づける。
一瞬だけ触れた唇にキャロルが目を見開いて顔を赤くすると、ライリーは悪戯が成功した子どものような顔をする。
それと同時に周りから歓声があがった。
こんな大勢の前で……!
と、文句を言おうとしたキャロルだったが、ライリーがなにか気づいたように視線を上にあげた。それにキャロルも釣られると、その先の空には大きな虹がかかっていた。
「きれい……」
思わず見蕩れて呟くと、ライリーも頷く。
「まるで私たちを祝ってくれているかのようだな」
そう言ったライリーに、そうかもしれないとキャロルは思った。
この虹はライリーがいたから見られたものだ。不運なキャロルには一生見ることができなかったかもしれないもの。だからこれも、ライリーからの贈り物だ。
キャロルは今日見たこの綺麗な虹を、ずっと覚えていよう、と胸に誓った。
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