第10話 今の内にやっておくこと


咲良の持っている手魔法に孫の更紗からの手紙が送られてきたようだ。

「そろそろ帰りましょうか、お父さん。更紗が夕食の準備をしてくれているらしいわ。

今日は更紗がチキンのフリカッセをつくってくれるそうよ。」

「ふ・ふ・ふぃりかせ?」

「フリカッセよ。更紗が料理上手なお友達から習ったそうなの。前に更紗が作ってくれた時、お父さん大喜びだったのよ。『これからは俺の好物だ』って言っていたわ」

「そうか、俺が上手いと言っていたんなら間違いなく俺の好みの料理なのだろうな。しかしなんだな。この病気にも一つだけいいことがあったな。つまり、何度同じことをしていようが毎回初めてのように感動できるということだ。さあ、急いで帰ろう。晩飯が楽しみだ」



家に帰ると更紗は晩飯の準備をしながらも買ってもらったばかりだという手魔法をのぞき込みながら怪訝な顔をしていた。

「どうしたの?」

「うん、とりあえず昨日初めに登録しておいたキャリアメールなんだけど、なんかメッセ―ジが届いてて。当然まだお母さん以外誰にも教えていないのに……」

「ああ、どうせスパムメールか何かでしょ」

 ――俺には何のことを言っているかさっぱりわからなかった。

「それがね、ただ一言『ばあちゃんのこと、よろしく』ってだけ」

「うーん、何かしら。まあ、気にしなくてもいいんじゃない? 無視しておけば?」

 俺はふと気づいた。その手魔法には空から手紙が届くというではないか。

「もしかしてそれは、小夜からの手紙じゃないのか?」

「おばあちゃん?」

「だってその機械には空から手紙が届くんだろ?」

「いや、だっておばあちゃんをよろしくって……」

「いや、あいつは昔っからそそっかしいところがあるから、おじいちゃんというところを間違えてばあちゃんなんて言ったんだ」

「うん、そうね、そうかもしれない」

 咲良は半信半疑で諭すような言い方をしたが、俺はたぶん間違っていない。



 きんぴら蓮根、漬物にあさりの味噌汁。俺の好物ばかりだ。それに加えてまるで見たことのない料理、フリカッセ……。鶏肉が牛乳みたいなもので煮込まれている……

 十四の孫がつくった夕食の出来は申し分ない。強いて言うなら若干塩分が控えめだろうか。

 孫が老人の体を気遣ったのだろうか、それとも単に俺の味覚が劣化して味を感じにくくなってしまったのかはわからない。だがそれは大した問題ではなく、わざわざ誰かに説明を求めるようなことでもない。

 ただひとつ、ただひとつはっきりしているのはやはり小夜の孫が作ったものだという事だ。

そのハイカラな料理、フリカッセにしてもやはり、どことなく懐かしさを感じた。無論、ウマイに決まっている。さらに言うなればきんぴら蓮根にあさりの味噌汁。その二つは特にはっきりしていた。小夜の作ってくれた料理を引き継いでいる。こんなトコロにもちゃんと引きつ……。ジャリ、と。あさりの砂の吐かせ方が甘いというところまで引き継いでいる。「あ、ゴメン」と、あまり悪びれた様子もなく謝るトコロまで引き継いでいる。

 なるほどこうしてみれば見るほどに孫の更紗は妻の小夜に似ている。出会ったばかりの小夜もたしか十四だったか、そのころに瓜二つだ。今朝方勘違いしたのも無理はない。

やはり娘の咲良よりも更紗の方が妻に似ているようだ。いや、もしかすると咲良がもっと若かったころはもっと似ていたのかもしれない。そうはいっても今となってはもうわからないのだ。大体、俺は小夜が五十近くになった顔を知らないのだから……

「そういえば、小夜は歳をとってどんな老人になったんだろう……」と、思った言葉がつい口からこぼれ落ちてしまった。

「見たい?」と更紗が言う。「写真あるよ……」

 そうか、写真があるのか。それを見ればわかるな。と思った。あたりまえのことだった。

だがどういうわけか見たくないという気持ちも沸き起こった。

歳をとってしわくちゃのばあさんになった小夜の顔を見てショックを受けるかもしれないという事ではない。おそらくどんなに皺くちゃになってしまったとしてもそのしわの中から記憶の中にある小夜の断片を見つけて愛おしく思えるだけの自信はある。

だからといっていまさらそれを見なければならないという必要も感じない。どうあっても実物の小夜に会えるわけではない。そして知らない間にこの世を去ってしまっている妻にどんな思いを巡らせばよいかもわからない。そして、戻れない時間に対して苦痛を感じるのは明らかだ。

それならばいっそのこと……

「いや、いい。写真なんか見なくても」

「ふーん、そう。やっぱり」更紗は解りきっていたかのように返事をした。少し笑っているように見えた。

 孫はいったん箸をおいて銀縁眼鏡を整えた。食卓に両肘をつき両手首を内側に曲げて人差し指と中指を絡めてその上にあごを乗せた。

クスリ。と、小さく笑って、

「じゃあ、はい。どうぞ」

 まばたきもせずにじっと動かずに俺の方を見つめている。

 俺も思わず、ただ、見つめてしまった。


かわいかった……


「はい、おしまい」

 と、更紗はまた箸を持ち食事を再開した。

 いつの間にか年甲斐もなく顔を赤らめていたことに気づいて、それをごまかすようにビールを一気に飲み干した。

「ふふふ、おじいちゃんはね、毎日のように言ってるんだよ。『写真の中の俺の知らない年取った小夜を見るより、実物の、しかも若かったころの小夜を見る方がいい』って、そしていつもウチのことを見つめるんだよ。ウチ、そんなにおばあちゃんの若かったころに似てる?」

 まんざらでもなく嬉しそうな孫に対し、少しだけ憎らしく感じる。

「なに言ってんだ。小夜のほうがべっぴんさんだったよ」


 言ってみた。


 テレビを見たり、談笑をしたり、特にこれといって何もしないまま時は流れる。もうじき俺の死期が近づいてくる……

 記憶が一日しか持たない俺にとって、一日の終わりは死を意味する。今夜眠りに落ちる瞬間までの……。たった一日分だが確かに生きてきた俺は、睡眠時に整理され、消えていく。

 そして、おそらく明日の朝、目が覚めると二十六歳の翌日として目が覚める。

 それはおそらく今日の一日を過ごした俺とは別人物の一生。

 俺は今夜死ぬことになる。それがもし明日、目覚めることになろうがなるまいが関係なく死ぬのだ。おそらく本当に俺という生命体がこの世から消えてしまう時も同じような気持ちなのだろう。

 いざ、死を目前に控えると意外と怖くはないものだ。それはやはり夜になると眠るようなもので、人生の夜になって眠りに落ちるというだけのことだ。

 本来の死と比べて、俺の今夜の死が何が違うのか、といえば、死のタイミングが自分で分かるという事だ。衰弱しながら遠のく意識の中で消えていく死ではなく、ある日突然予期もせずに事故死をするわけでもない。健康な体のまま、眠りに落ちていくのだ。

 死のタイミングがわかるというのならやるべきこともわかっている。簡単なことだ。

 

さっき一気飲みしてしまったビールが後悔される。どうやら若いころに比べ、年老いた体は早い時間に眠くなるのだろう。どうやらあまり時間が残されてはいないようだ。最後に熱い風呂に入っておきたかった。テレビがあんなに鮮明な映像に変わるくらいだ。現代の風呂もさぞかしすごいことになっているのだろう。それを知らずして死ぬのが一番の心残りではあるが仕方ない。風呂に漬かってそのまま眠ってしまっては元も子もない。

生きているうちにどうしてもやっておかなくてはならないことがある。


寝室に入り、部屋の隅にある年季の入った座卓の前に腰を下ろした。座卓の隅の方には箱に入った便箋の束があり、その横には高級そうな万年筆とインクが置かれている。

万年筆は結婚前に妻の小夜から贈られたものだ。

「お前は何十年たっても全く変わらないんだな」と、羨望と愛着を持って筆を撫で、便箋を前に置いた。

 今日までの人生を振り返ってみる。とは言っても七十年の人生ではなく。二十六年と今日の一日の人生だ。

 消えてしまう記憶に刹那を感じながらも一筋の希望を見出すことができたのが人生最後で最高の救いだ。

 たしかに俺の記憶は消えてしまう。

 そんな俺を妻の小夜は毎日記憶し続けていてくれていたであろう。

 娘の咲良も人生の歩みとともに俺のことを記憶し続けたに違いない。

 おそらくは孫の更紗にも同じことが言えるだろう。

 そしてその更紗もいつかは結婚して子供を産む。その子にも俺のことを語り継いでくれるんじゃないかと思う。

 その瞬間少しだけ昼間にあった少年の顔が思い浮かんだ。「まったくなんでこんな時に……

 少し腹を立てたが考えすぎないようにする。

 これからも俺は誰かの記憶の中で生き続けていけるのだろう。

そう思うと死ぬことが怖くなくなった。

 そして、便箋の上に万年筆を滑らす。



 薄らいでいく意識の中で、わずかに聞こえてくる声。それは小夜のものだろうか。なつかしくもあり温かい声だ。でも、もうだめだ。体が動かない。


「もう、おじいちゃんったらまた、お風呂にも入らずにこんなところで寝てる」

 部屋の隅にある座卓の上に突っ伏して、まるで死んでいるかのように眠っている俺を見やり、今どうにか起き上がれば記憶はどのくらいあるのだろうかなんてことを考えてみる。もう、全部忘れてしまったか、それとも半分だけ残っていたりするのだろうか。

ベッドの上に置いてあったはずのブランケットが背中にかかる。温かさの中でまどろみ意識がさらに薄らいでいく。

 突っ伏した右手の下敷きになったモンブランの万年筆をひろってきれいにふき取り、ペン立てに戻す姿が見える。

そして今度は上半身の下敷きになっているA4サイズの用紙を取り除くために俺の脇から左腕を通し背中を使って起用に体を浮かせてその二枚の用紙を引き抜くと、また静かに姿勢をかがめて突っ伏した状態に戻す。

これまでにも何度か繰り返し行ってきた作業なのだろう。無駄なくスムーズに行う手際は慣れている。もしかすると、自分は毎日これを書き続けているのだろうということに気づく。

〝遺書〟と書かれた用紙を手に持った彼女は小さく「おやすみ、おじいちゃん」といって部屋を出た。







    『 遺書


   二十六年と今日の一日を過ごした最後に、どうしても言っておかなければ

ならないことがある。所詮は年寄りの戯言だが、それだけに回りくどくも

ない正直な言葉だ。


  咲良、生まれてくれてありがとう。小夜と二人でいつ生まれてくるかと二人

でいつも話し合っていた日々を昨日のことのように覚えています。

  そんな咲良が結婚して、子供を産んで、いつしか俺なんかよりもずっと大人

になってしまっていることに驚くばかりです。

  楽しい人生が送れていますか、いろいろと不自由をかけてはいないでしょうか。

そんなことが気になってなりません。いくつになっても子どもは子どもなんだ

という言葉をこんな風に感じるとは思ってもみませんでしたが。

  これまでの四十いく年かの物語をゆっくり聞いてみたいとは思いますが、俺に

残されたわずかな時間では語りつくせないほどにいろいろあったのだろうとは

思います。

  そしてこれからも色々なことがあるでしょう。

  心配はしてません。咲良は俺と小夜の娘なのだからどんなことがあっても強く

生きていけるだろうとは信じています。

  あともう少し、あともう少しの間、この老体が墓場に行くまで迷惑をかけるで

しょうが、そこのところはどうかよろしくお願いします。



更紗、まず、今朝方、更紗を小夜と勘違いしてしまったことを誤っておかなけ

ればならないでしょうか。ちゃんと見れば更紗の方が小夜よりももっと美人で

あることに気づいたはずでした。そんな更紗に俺は年甲斐もなく恋をしてしまっ

たような気がします。

毎朝、毎朝、こんな年寄りのために時間を割いて俺の病気のこと、失われた時間

のつなぎ合わせを手伝ってくれていることをとても感謝しています。

更紗を見ていると小夜がこの世を去っていたとしても、俺の記憶が続かないの

だとしても、確かにこの世界に生きていたんだと確信できます。そして、いつか

その更紗も結婚し、子供を産み、育てるのでしょう。その命のつながりこそが

永遠の命というものではないかとも感じます。

いつか更紗が誰かを愛し、子供を産んだとき、その時まで俺の体が生きているか

どうかはわかりませんが、その時はどうかその日の俺にだっこをさせて

あげてもらえたら幸いです。


もっと書きたいことは山ほどあります。それでも年寄りの俺には眠くて

たまらないようで、ここらで筆を折らせてもいます。

また、いつかの俺が替わりに書いてくれることを祈ります。


みなさん。とても素晴らしい人生をありがとう。

そして、明日の俺によろしく』

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