2章 『リップ・ヴァン・ウィンクル』アーヴィング著を読んで 竹久優真
第5話 4.3光年 Aパート
『リップ・ヴァン・ウィンクル』アーヴィング著 を読んで
竹久 優真
リップ・ヴァン・ウィンクルはワシントン・アーヴィングの『スケッチ・ブック』に収録されている短編小説である。
酒を飲んで酔っ払ったリップ・ヴァン・ウィンクルが林の中で眠って目が覚めると20年の月日が流れていたというものだ。
この手の物語は世界中で数限りなく存在し、別段この作品が特に面白いという訳でもないのだが、とりわけこの作品名が有名なのは科学用語の『ウィンクル効果』だろう。
だが、このウィンクル効果という呼び名もこと日本国内ではあまりメジャーでもないようだ。
なぜなら、わが日本では……
それはたまたま発見したのだ。
僕の所属するこの『漫画研究部』の部室はもともと文芸部だったらしい。漫画研究部となった今でも部室の表札は『文芸部』と書かれたままだし、部室内にある大きな書架にはいつからあるのかわからない古い書籍が所狭しと並んだままだ。
無論、一部は漫画研究部に代わってから置かれるようになった漫画本と混在してあるのだが、その漫画本の中には同人誌なども含まれている。もし、中身を教師陣に見られたら一発で撤去されてしまいそうな(それでいて怠惰な教師陣がそれを確認することがあるは考えにくい)、いわゆる薄い本が多いのだが、一見したところ、残念なことにその薄い本はBLものばかりのようだ。
だから当然僕はそれらに興味を示すこともなかったのだが、あいにくその日は手持ちの本がなく、暇つぶしにそれらをのぞいてみようかと勇気を振り絞っていたところだ。
うすい本の中にそれは紛れ込んでいた。
どうやらこの部室がまだ文芸部だったころに作成されたであろう文集だ。
今日のところは、これを読むことにしよう。
ページを開くとそこには手書きの文章をコピーして束ねただけのシンプルな文集だった。
『4.3光年』
わたしがあの人に最初に出会ったのは、まだわたしがほんの幼い、七歳になったばかりのころ。
当時わたしのおじいちゃんがプロキシマアース星の領事をしていたこともあり、まだ幼いわたしは母と二人連れ添って、量子船アルタイルに乗って旅をしているときのことだった。
地球を出発して亜光速航行に切り替わって間もなく、わたしはシートベルトを離れて居住エリアへと向かった。
量子船アルタイルの居住エリアは宇宙船全体のほぼ中央部に位置している。円柱形の船体が常に一定速度で回転しているため、居住エリアには遠心力が働き、地球上とほぼ同じ重力が働いている。中央の円柱が地上一階として数えられ、その外側に一回り大きな円柱、さらに外側にもう一回り大きな円柱とマトリョーシカ仕立てで構成されており、外側の円柱に向かうに従って地下一階、地下二階と数えていく。
一番外側の地下五階に寝室が備わっており、一番外側である地下五階エリアの床下からは強化ガラス越しに床の宇宙が一望できる。
居住エリアへと移動すると、まず船体中央の円柱、セントラルパークに到着する。そこは当時のわたしにとって、初めての人工重力ではあったが、当時のわたしはそんなことなどさほど興味の対象ではなかったのだ。
当時、小学一年生だったわたしたちのクラスで流行っていたあそびに〝オテダマ〟という遊びがある。18世紀から22世紀ごろにかけて日本という地球の国で流行っていたあそびで、小さなウレタンボールを布で包み込んだボールでジャグリングをするというレトリックな遊びだ。わたしたちのクラスで流行っていて、その珍妙な遊びに当時のわたしもすっかり心酔していた。子供とはそういうもので、ただただヒマで退屈な旅行中にしっかり練習をして上手くなり、かえって友達に自慢してやろうと思っていたのだ。
無論、片道二週間、現地の滞在が二週間というこの六週間の旅行から帰ったわたしの友達が、その間地球で十六歳になっていることなど当時のわたしが理解などしているはずもない。
ともかく、そのオテダマという遊びは重力がなければ成立しないあそびであり、わたしは一刻も早く重力のある居住エリアに行きたかったのだ。
セントラルパークに入ると、そこは少しばかり奇妙な世界だった。
きれいに植樹をされている植込みがあり、ベンチが並ぶ。古代ローマを思わせる白い石畳で覆い尽くされた床面に赤外線や紫外線を含んだ複合スペクトルで作られた、所謂人工太陽照明の光が反射して、そこがまるで宇宙区間の一室だということを忘れてしまいそうになる景色ではあったが、入り口から90度方向を変えた面に向かって進めば、湾曲した床面は緩やかなR斜面となり、壁を通り、天井を通ってまた元の場所に返ってくる。真上を見ればそこにやはり床があり、壁を見てもやはり床が存在する景色は地球の重力下ではありえない景色だが、やはりそんなことは当時のわたしにとってはどうでもいいことだった。
一番乗りで到着した居住エリアにわたし以外の客はまだ来ておらず、その広い空間でひとり、オテダマを始めた。
初めはふたつ、次にみっつ、よっつとオテダマを一こずつ増やしていくたびに、当然そのオテダマの描く放物線は高くなる。クラスでもオテダマ名人で通ったわたしはすでに十三個ものオテダマをジャグリングしていた。
――が、そこに少しばかりの異常があることに気が付いた。一番空高くに挙げたオテダマはわずかではあるが、描く放物線とその滞空時間にずれが存在していることに気が付いた。
それは普通の人には気づかないくらいの小さな誤差だったかもしれない。
しかし、オテダマ名人であるわたしともなればその差に気付かないわけでもない。
わたしは思い付いたように、次から次へとオテダマを上空へ思い切り放り投げてみた。
あるものは上空でゆっくりと滞空してから落下、あるものは天井へ向かって落下、あるものはてんで違う壁へとむかって落ちていく。それを始めおもしろいと思っていたわたしだが、面白くない事態が起きてしまっていた。
オテダマの一個が、空中でくるくると回り続け、どの方向にも落下しないのだ。もちろんそんな上空にわたしがいくら手を伸ばしても届くはずもない。大切なオテダマがひとつ、わたしの手元に返ってこなくなってしまったことに気づくまでそれほどの時間は必要ではなかった。
周囲に助けを求める大人はなく。困り果てていた時に、彼はさっそうと現れた。
それはわたしにとってのヒーローだった。
白いセーラーパンツスーツ姿に身を包んだ彼は空中でくるくると回り続けるオテダマに向かって走りだすと、勢いよくベンチの座面と背もたれ二段を駆け上がり、そのわきに立つ人工太陽の街灯で三段目をジャンプすると、天高くに舞い上がった。
セントラルパーク中心の重力心近くまで飛び上がった彼は一瞬、重力から解き放たれ、空中で制止したかのように見えた。その伸ばした右手の中にオテダマをしっかり握りしめると身を縮めて、空中でくるりくるりと二度回転した。
空中からわたしめがけて投げられたオテダマはまっすぐとわたしの手元へと投げられ、わたしはそれをしっかと受け止める。空中の彼は反動で真上天井、あるいは反対面の地面へ向かって落下した。
ドン。と天井の石畳に落下した彼はそれでも笑顔でわたしに向かって手を振ってくれていた。
わたしもそれに笑顔で手を振りかえす。
――それは、運命の出会いだった。
彼の名はファーレンハイト。この量子船、アルタイルの乗務員だ。亜光速で恒星間移動をする船の運航管理と、乗客の安全を守るのが彼の仕事だった。
ファーレンハイトはプロキシマアースに到着するまでの体感二週間、わたしたちと一緒に過ごした。
業務の傍ら、空いた時間はいつもこのセントラルパークにいた。わたしはそれを知っていつも時間の空いた時にはセントラルパークに出向いては彼にちょっかいを出していた。
それを彼は温かく見守りながら微笑んでくれた。
ファーレンハイトと仲良くなったわたしはある日、お母さんをファーレンハイトに紹介した。
お母さんは照れくさそうに挨拶をした。
わたし達は家族ぐるみで仲良くなり、地下一階のレストラン街で一緒に食事をしたり、地下二階のショッピングモールでお母さんとファーレンハイトは互いにプレゼントを贈りあったりもしていた。
お母さんは今年で三十三歳だけど、まだまだ若くてきれいなお母さんだった。ファーレンハイトはお母さんより一回り若くて、たぶん二十五、六歳だったと思う。
わたしは正直、ファーレンハイトがお母さんと結婚して、わたしの新しいお父さんになってくれればいいなと思っていた。
わたしにはお父さんがいない。わたしが生まれて間もないころに死んでしまったのだ。
お母さんは女手一つでわたしのことを育ててくれていた。
あっという間に過ぎ去った体感二週間は終わりを告げ、わたしたちはおじいちゃんの住むプロキシマアース星へと到着した。
当然わたしはおじいちゃんの家に滞在することになるのだが、ファーレンハイトもまた次の出航までしばらくのメンテナンス期間があり、その間の半舷休暇のために滞在するホテルはわたしたちの家の近くで、滞在期間度々会うこともできた。
わたしはその時、初めておじいちゃんと会ったのだが、おじいちゃんは既によぼよぼの年寄だったことに少しだけショックを受けた。
おじいちゃんの年齢は既に九十五歳で、二十四世紀の今となってもその平均寿命に近い年齢だ。
それというのも、二十代でお母さんが生まれたはずおじいちゃんではあったが、地球で暮らすお母さんが時折会いに来るたびに、互いの時間に時差が生じてしまう。
ここ、プロキシマアースが地球人に発見されたのは二十一世紀のこと。地球から4.3光年離れた恒星、プロキシマケンタウリに地球と重力の近い惑星、プロキシマケンタウリBを発見し、翌二十二世紀に量子船が開発され、恒星間を移動できるようになった人類はプロキシマアースとその名を変えた惑星に地球人移住計画を開始した。
その頃既に、火星と月とに植民地をつくっていた地球人ではあったが、やはり重力の違う星での生活ではその生態系に大きな異変をきたすことが避けられなかった。重力の弱いそれらの惑星で育った人間は、手足が細長く育ち、頭部が肥大化、鼻口顎は小さくなり、眼球は大きく育つ。地に足をつけることを意識したルナリアンや火星人たちの足は大きくなり、世代を重ねるごとにその変化は顕著になって現れた。その姿は二十世紀に語られる宇宙人そのものの姿となり、地球人類とは認められず、大きな迫害の対象となった。
一時、大きな宇宙戦争になったという歴史を学校で嫌というほどに習ったが、結果自治権を認めるにとどめ、次第に星間交流は希薄なものへと移り変わっていった。
重力も近く、ハビタブルリング内にあるプロキシマアースの移住計画は人類に残された希望であった。
しかし、一番の問題点はその恒星間移動にあった。
量子船アルタイルが二週間という月日を越えて恒星間を移動する際、移動をしていない両惑星に住み続ける人類にとってはその間、実に四年半という時間が進行してしまう。
これは二十世紀の物理学者アインシュタインの提唱した相対性理論に基づく結果、光に近い速度で動けば時間の流れが緩やかになるという理論の通りであった。
いくら科学が発達したところで、この惑星間の4.3光年という距離は、移住を始めた人類が共に歩んでいくことの最大の難点でもあった。
しかしながら、恒星間を移動をする、アルタイルをはじめとした量子船はその離れた二つの惑星をつなぐ懸け橋として重大な役目を担っていた。
互いに独立して文化を築いていく両惑星間で、互いの惑星で新たに開発されたもの、または流行していたものは、この量子船によって輸送され、互いの星で四年半遅れで流行する。
その姿を客観的に眺めることができるのはわたしやおかあさんのように度々量子船で移動する者たちだけだった。
しかし、それらを繰り返すお母さんはやはり、時としてその時間の流れに取り残されてしまうという現実がそこにはある。
おじいちゃんのもとに会いに来たお母さんが地球に戻り、そして再びプロキシマアースに訪れると、そのたびにふたりの年齢差は約九年離れてしまう。
体感で約二週間前、地球を立つときにお母さんが、
「たぶんお父さんに会えるのはこれで最後だと思う」
と言ったのはやはりそういう意味だろう。
次に地球に帰り、すぐさまこちら、プロキシマアースにやってきたとしても、その時おじいちゃんの年齢は一〇〇歳をゆうに超えている。
お母さんは地球を出発するときに言った。
「おじいちゃんが生きているあいだにあなたを会わせたいのよ」
地球で生まれたわたしはその時まで一度もおじいちゃんに会ったことがない。わたしが三歳のころのホログラム映像を一度送ったことがあるだけで、それがプロキシマアースのおじいちゃんのところへ届くころにはわたしは七歳となり、すでに地球を出発しておじちゃんのもとへと向かっていた。
しかし、到着まではプロキシマアースに住み続けるおじいちゃんの時間は4.3年の時間が必要で、ちょうどそのころに到着したわたしは送られたホログラム映像より約四歳ほど大きくなった姿で現れる。おじいちゃんにとって、その二つの存在に時差は発生していない。
おじいちゃんはわたしを無条件でかわいがってくれた。昔の言い方をすれば目に入れても痛くないという表現になるのだろう。
お母さんの話によると、お父さんとお爺ちゃんとはあまり仲が良くなかったらしく、むしろおじいちゃんはお父さんのことを差別的に扱っていたという。二人の結婚は認められることもなかったが、家を飛び出して地球へと渡ったお母さんはそこでわたしを産んだ。
4.3光年という距離はあまりにも遠く、たとえ光通信を使っても往復で約九年かかる。
二人は互いに連絡を取り合うこともなく時間だけが通り過ぎた。一度送ったホログラム映像に対しても、何らかの返信が来るころには、早くてもわたしは一二歳になっていて、おじいちゃんは一〇〇歳になっているだろう。それならばと思い切ったお母さんはわたしを連れてプロキシマアースへと赴いたのだ。
しかし、それはまったくもって余計な心配だった。たとえどんなに遠く離れていても、親子の絆というものは強いのだということを知った。
わたしの滞在期間中におじいちゃんは死んでしまった。孫と初めて会い、少しばかり興奮しすぎたのかもしれない。夜に皆が眠っているあいだに発作を起こしてそのまま亡くなった。
朝、とても幸せそうに眠るように死んでいた。
お母さんはそれをとても幸運なことだと言った。
「人が死んだのに幸運だなんてへんなの」とわたしは思った。
「人生はね、死の瞬間、幸せかどうかで決まるのよ。おじいちゃんは最後にあなたに会えて、とても幸せだったと思う。もしかしたらあなたに会うまではと、今日までずっと頑張って生きていたのかもしれない」
その頃のわたしにはその意味がよくわからなかった。なんだかわたしに会ったせいでおじいちゃんは死んでしまったんだと咎められているような気さえした。
おじいちゃんのお葬式には、ファーレンハイトも出席した。お葬式の準備や段取りなど、いろいろなことをファーレンハイトは手伝ってくれた。それはさも当然のことのように。
お葬式の後でファーレンハイトがお母さんに「もう少し早くにあいさつに来るべきだった」とつぶやいていた。
もしかしてファーレンハイトはお母さんと……
そんな淡い期待を胸に抱いた。
おじいちゃんの遺体はプロキシマアースで火葬し、遺骨は高温で焼いて人工ダイヤモンドにして地球に持ち帰ることにした。
帰りの船はメンテナンスを終えた量子船アルタイルで、やはり乗務員にはファーレンハイトが乗っていた。わたしたちは帰りの船でも親しくしてもらい、体感二週間の時間の末、地球へとたどり着いた。
量子船アルタイルは再びメンテナンスに入り、その半舷休暇の間、ファーレンハイトはわたしたち親子と一緒に暮らした。
しかし、半舷休暇が終わると再びアルタイルに乗り込み、ファーレンハイトはわたしたちの前から姿を消した。
再び学校へ通うようになったわたしの前には残酷な現実が待っていた。クラスの中には誰も知った人がいないのだ。わたしがプロキシマアースに言って帰ってきたこの体感六週間の間に、地球では九年の月日が流れていた。同級生たちは既に一六歳になっていて、再会したわたしをまるで子供を扱うように頭を撫でてかわいがった。わたしはそれが何だか悔しくて仕方がなかった。
教室で新しい友達もいちおうはできた。プロキシマ旅行をしてきたわたしを皆は珍しがって話を聞きたがった。
しかし、それに聞き飽きた友達は次第にわたしの元を離れていった。わたしの知らない九年の間に同級生のみんなは見たこともないハイテクな機械を扱って遊んでばかりだった。わたしはその遊びにまったくついて行けず孤立していった。
わたしの得意だった〝オテダマ〟になんて興味を持っている子供はまったくなく、それどころかオテダマの存在を知っている子供すらいなかった。
孤立したまま月日は流れ、思春期の一五歳を迎えたわたしだったが、相変わらず同世代の空気になじめず、恋人のひとりとしてできることはなかった。元より、同世代の男なんて産まれた年だって全然違うし、なんだかずいぶん子供じみて見えて好きになんてなれなかった。
そんな折、お母さんが死んでしまった。
ウイルス性の肺炎で、あっという間の出来事だった。
そのウイルスはわたしたち親子がプロキシマアースへ行って帰ってくる九年間の間にひところ流行ったらしいのだが、現在となっては地球人のほとんどが抗体を持っていて大きな病気をもたらすことはないと言われていたが、抗体を持たない母がウイルスに犯されその命を奪われるまでに長い時間は必要ではなかった。
すぐにワクチンを接種したわたしにその危険が及ぶことはないのだろうが、たった一人の家族を奪った地球という星がキライになった。
母親の遺品を整理しているとき、わたしはあるものを見つけてしまった。
それは、プロキシマアースへの旅行チケットで、出発は一年後だった。
もう、おじいちゃんの住んでいないその星に旅行する必要なんてなく、チケットも一枚きりだった。
目的は明瞭だった。
一年後。わたしは身辺の整理をして、そのチケットを手にプロキシマアースへと旅立つことにした。もう、地球に未練はないと思っていた。
出発当日、宇宙港に到着した船を見てやはりそうだと確信した。
量子船はやはりアルタイルだ。
その姿は九年前と比べてもほとんど劣化しているようには見えない。それもそのはずで、そのほとんどを亜光速移動を続けているアルタイルに流れる時間はわたしたちのそれとは大幅に違う。片道二週間、メンテナンスによる半舷休暇の合計六週間という時間しかアルタイルには流れていないのだ。
そしてそれは、その船の中で暮らし続けている人にとっても同じことが言える。
九年前にわたしたち親子を地球に残して出発した量子船アルタイルとその乗組員は六週間の宇宙の旅をして帰ってきただけに過ぎない。
その間、取り残されたわたしには九年という歳月が経過した。
ただ、それだけのこと。
ファーレンハイトはすぐにわたしを見つけた。七歳のころのわたししか知らない彼が一六歳になったわたしをすぐに見つけられたのは、きっとそのすがたが母に似ていたからだろう。
彼はわたしとの再会を喜び、そして母がもうこの世にいないことを知って涙を流した。
わたしはその旅を、母の代わりにファーレンハイトとともに過ごした。
プロキシマアースに到着して、ファーレンハイトはやはりメンテナンスのために半舷休暇を取り、わたしをプロキシマアースの海へと連れて行ってくれた。
プロキシマアースには、地球と同じ森があり、山があり、川があり、動物たちがいる。それらの種子のすべては地球から持ち込まれたものだ。
地球から持ち込まれた植物と動物の種子を約一世紀かけて増やして、人工の自然と生態系を作り出した。
しかし、海だけは違った。プロキシマケンタウリのハビタブルリング内にあるプロキシマアースは人類が到着した時点で海を持っていた。鉱物などのミネラルは多く含むが、潮を含まない、プランクトンもバクテリアも存在しない死の海だ。衛星を持たないプロキシマアースの海は潮の満ち引きもなければ波もほとんどない。
ただ、限りなく透明に近い青い水がどこまでも続いているだけのようだった。
時折、間欠泉が湧き上がる。それが静かでおだやかな海を時々激しい音とともに大地を揺るがす。水しぶきがプロキシマケンタウリの光をうけてキラキラと空中で舞い、数分後、収まった間欠泉の後には決まって虹がかかる。
そんな美しい死の海を目の前に、わたしとファーレンハイトは何時間もの間、お母さんについて語り合った。ファーレンハイトはわたしがお母さんを愛していた気持ちと変わらないくらいにお母さんのことを愛してくれていた。
ただ、それがうれしかった。
やがて日が傾きはじめプロキシマアースの海を夕焼けが赤く染めた。
夕焼けに照らされる中、ファーレンハイトはわたしを抱きしめた。初めはやさしく、そしてその後に強く抱きしめた。
それは単に、彼がわたしをお母さんの代わりにしただけに過ぎないのかもしれない。
だけど。
わたしの気持ちはそうじゃない。
初めて会った時から、わたしはファーレンハイトに特別な感情を抱いていた。
まだ幼かった、あの七歳のころのわたしはすでに彼に対して恋心を抱いていたのだ。
わたしを抱きしめるファーレンハイトの腕の中で、わたしはこの世で最高の安心を得られることができた。
もう二度と彼と離れたくはない。と、わたしそう思った。
こんなことは口にしてはいけないと思っていた。
でも、もう我慢なんてできるはずもない。
わたしはもう、そんなに子供じゃないのだから。
ポケットからダイヤモンドの指輪を取り出し、それを彼に差し出した。
そして、わたしは彼に告げる。
「あなたのことを愛しています。わたしと結婚してください……」
ファーレンハイトはわたしの差し出した指輪を受け取り、もう一度強く抱きしめてくれた。
◇ ◇ ◇
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