第8話
どうして、先輩は部室に来たのだろう。
実のところ、それはよくわからなかった。
文科係の部の中で、文芸部以外にも廃部寸前の部はいくつかある。誰もいないが部名と部室だけが残っている状態の、いわば幽霊会社みたいな部だってある。
もし、先輩が本当に溜まり場だけを求めてグダグダするだけを目的としているなら、文芸部に僕という部員が居る事を知った時点で他の部室にシフトしないのは何故か?
「これ、だよな」
いつか、先輩がいない時に調べてみたことがあった。
先輩が普段から読んでいる漫画や小説、そして部誌。
漫画や小説は、背表紙から大体何を読んでいるのかわかるが、ジャンルはそれぞれバラバラで、おそらく棚中を見境なく引っ張り出しているのだろう。
ただ、部誌だけは違った。
前に先輩が読んでいた部誌は、一昨年と去年に発行されたものだ。最初は去年、一昨年と、発行年度順に読んでいて、単に一昨年以前のものには追い付いていないのだと思っていた。
ところが、先輩は一昨年の部誌を読んだ翌日、また去年の部誌を読んでいて、気取られないように観察してみると一昨年と去年の部誌を交互に読んでいる事がわかった。
何かあるのだ。
僕は本棚の前に立って、そっと去年と一昨年の部誌を引き抜いた。安い装丁の為か、所々黄ばみ、表紙の端しっこはめくれあがってきている。
入部当初から僕一人だけの部だったので、顔も名前も知らない先輩方の作品集を手にどぎまぎを隠せない。というか、よく存続できたな。この部。
「……」
ぺり。
一頁、一頁、丁寧にめくる。でも、内容より先輩がどの頁を読んでいたかが気になるところ。
去年と一昨年の部誌を交互に読んでいるということは、何度も読み返している頁があるはずだ。
例えば特定の頁に栞を挟みっぱなしにしているとか、皺やくすみが目立っているとか。
「あ」
そして、手掛かりは思っていたよりも早くに見つかった。
瀬良浩介。
せらこうすけ、と読むのか。
この人物が著者の短編だけ、一頁目の角に折り目がついている。念のためもう一部の部誌を確認したが、同じように同著者の短編一頁目の角に折り目がついていた。
ちなみに、一昨年以前の部誌には折り目どころか瀬良浩介という著者の名前すらない。
勿論、これだけの理由で先輩が瀬良浩介の短編を読んでいたとは結論付けられない。
偶々、他のファン等がこっそり折り目をつけていた、とも考えられる状況である。
でも、他のファンとは一体誰なのか。
部員は僕一人で、部室に出入りする人物は先輩を含めて二人だけだ。そして、その部室に保管されていた去年と一昨年の部誌に折り目がつけられていた。消去法で考えれば、折り目をつけた人物は去年まで在籍していた部員か、僕か先輩ということになる。
「うーん」
部誌というのなら、部員一人一人に配分があるはずだ。なのに、わざわざどうして部室に保管の部誌に折り目をつける必要があったのか。
その疑問が払拭できない以上、折り目をつけたのは先輩である線が濃い。ところが、ここまで考えて「んん?」となる。
別の疑問が浮上した。
僕が入部したのは今年の四月頃。その時点で先輩は誰もおらず、名前と部室だけが残っていた状態の部だった。
この瀬良浩介は文芸部における直近の先輩にあたるのは間違いないが、それではなぜ、この人物と僕は何の接点も無かったのか。
三年生となり卒業を迎えた先輩なのか。
でも、だったら三年前の部誌に彼の名前が無ければ少しおかしい。二年生の頃に入部でもしない限り、一年生の頃の作品が無いのは妙だ。
それとも何か理由があって二年生から入部したのか。
「……いや」
瀬良浩介が三年生ではなかったら。
部誌に掲載されているのは一昨年である一年生の頃の作品、昨年である二年生の頃の作品であるのなら。そして、訳あって三年生になる手前にここから姿を消したというのなら。それならどうだろうか。
では、その訳というのは何だ?
先輩が文芸部に固執する理由と何か関係があるのか。
「……」
考えて、部誌を閉じる。
棚に戻し、この日は先輩の事、瀬良浩介の事を詮索するのはやめた。
この二人には絶対何か関係がある。
気にはなるけども、それは先輩の口から直接聞かなければいけない事のように感じた。
ただ、この日をきっかけに、ひとつだけ実践し続けている事がある。
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