第14話
「えっ、この小説って、メタ構造を利用した遠回しな私へのプロポーズってこと?」
「高校生の身分でプロポーズって、おかしいですかね」
「いやいや、そっちじゃねぇよ」
先輩の突っ込みをよそに、僕はカップを手に取った。湯気立つ珈琲の香りを楽しんで、それから少し口にする。
「お前はバカすぎる」
先輩は僕のノートパソコンを前に、困ったように後頭部をポリポリ掻いている。
ネタばらしをすると、先輩の行きつけチェーン飲食店は潰れてなんかいない。客の出入りが激しいのに、少しの出費でかれこれ一時間以上は滞在している僕らを店員がちらちらと見てくる。それくらいに繁盛はしているのだ。
「まずおかしいと思うのは、主人公であるこの『僕』が、海浜公園の存在を知らないこと。学校が海の近くだったらそれくらい知っとけよ。夏休み、遊びに行こうとか思わんの?」
「あまり地域とか興味ないんですよ。進学先が海辺とか『僕』は心底どうでもいいんです」
「ね、根暗なやつー」
「文学系男子にとって、夏とは暑いだけの季節なんです。その設定はテコ入れもテコ入れ、青春ぽさを出すためだけの演出なんですよ」
「まあ、この『金髪リーゼント』もこのご時世にいるわけねーよな……『迷彩タンクトップ』に至っては服装が意味わからん。お前の中のチンピラ像ってなんなの」
「筋肉ムキムキイコールパリピという図式です」
「スポーツマン全員に謝れお前は」
言って、先輩は、ずびぃ、とメロンソーダをストローで吸引する。まぁ。お下品だわ。
「で」
僕はカップをコースターに戻し、先輩を見る。
「全体の感想としてはどうですか」
質問すると同時、店員が「お水を取り替えさせて頂きます。男性のお客様、お決まりのドリンクがありましたらバーからお持ちしましょうか」と割り込んできた。タイミング的には「早く帰ってください」というような雰囲気である。僕は「お構い無く」と答え、手で制すると店員は「失礼しました」と言い残し去っていく。
「やっぱり粗が気になるな」
やにわにぴしゃりと先輩が言い放つ。
こちらを見る目は鋭く、顔は無表情だ。その様子は僕を怒っているようにも、たしなめているようにも見える。縮こまる思いではあるが、僕はただ黙って続きの言葉を待つ。
「黒セダンの運転手が『僕』視点と『私』視点で入れ替わっているし、その後に出てくるロン毛の目的もいまいちわからない。田舎のチンピラ風情が単なる報復で一介の女子高生を監禁するんか? 後、『私』はこの変態野郎に暴行されてんのに『僕』の反応薄くない? 間一髪とはいえ肋骨いってんだけど」
ビシバシと厳しい評価が先輩から述べられ、心の中で「あうあう」と呻く。いや、これも修行だ。素直に意見を聞き入れて、今後の参考としなければ。
「以上だ。今後も邁進したまえ」
一通り感想を言い終えた後、先輩はメロンソーダを再びじゅごーっと吸い上げた。僕は頭を垂れて、先輩が今言った小説の内容を頭のなかで整理する。
「ドリンクバーに行ってくる。何か欲しいものはないか?」
「あっ、いや、大丈夫です」
「はいよ」
しかし、先輩は席から立とうとはせず、何か迷ったようにパソコンと僕を交互に見る。
「どうしたんですか?」
聞くと、先輩は「いや、えっと」と一瞬答えあぐねたが、意を決したように僕に向き直った。
「お前にとって、これは恋愛小説か?」
質問の意図がよくわからず、僕は正直に首を縦にふる。
「はい。そのつもりで描きましたが……」
すると先輩は「ふぅん、へぇー」とストローをくわえる。グラスの中は空である。
「さっきさんざん言ったが、私は、この話が好きだよ」
「あ、ありがとうございます」
「お前のその脚だとバイクのニケツは無理だろうが、いつか私が免許を取ってから、二人でもっと遠出しようぜ」
そう言って、先輩は逃げるように席を立った。
これは、僕のプロポーズに対する先輩なりの答えなのだろうか。僕は惚けて、ただ窓の外を見やる。 桜の花びらが舞っている。
見慣れた田舎町は所々薄桃色に彩られ、遠くの方からウグイスの鳴き声が響いてきた。
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