第15話

     ×××××


 彼とは幼馴染みで、同い年。

 親同士が仲良く、家も近所という、一昔前のラノベみたいな関係だった。

 ただ、彼は生まれつき心臓の病気を抱えていた。

 物静かであまり外で遊ぶことはなく、一緒にいる時は家で本を読んだり映画を見たりして過ごす事が多かった。

「コースケは将来何になりたい?」

 中学の頃だったか、何かの拍子に聞いたことがある。コースケは恥ずかしげに頬をポリポリ掻いた後「直木賞か芥川賞」と呟き、頭を垂れた。

 当時私は一瞬彼が一瞬何を言っているのかわからず、「へぇ、そうなんだ」と軽く流したが、今にして思えばあれは彼なりの精一杯な答えだったのだろう。

 時が進み、私はコースケと同じ高校に進学した。

 私は偏差値的に背伸びして入学した学校ということもあり、日々の勉強についていけなくなった。

 やさぐれ、髪を染めたりして自分を探している一方で、いつの間にかコースケは文芸部に入部していた。

「おもしろいところだから今度遊びにおいでよ」

 正直、私に一言もなく入部したことには少し腹が立った。放課後は私と一緒にいるよりも部活の方を選んだ訳だ。

「ぜってぇいかねー!」

 一週間後には文芸部の部室で入り浸っている私がいた。コースケ以外の部員は皆三年生で、受験を控えているためかあまり部室に顔を出さない。

 今まで、どちらかの家と行きつけの喫茶店くらいしか二人の空間がなかった。だからだろうか、部室というのはどこか新鮮で、わくわくする。

「腑に落ちないのはお前が部屋の隅でパソコンをパチパチしていることだ」

「これは文芸部の活動だから」

「小説ってそんなにおもしろいんかね」

 コースケは自前のノーパソを開き、小説っぽいのを書いている。あまり内容は気にならなかったが、彼は私が思っていた以上に熱心だった。

「新人賞に応募しようと思ってて」

 コースケは昔から色んな小説や映画等に触れてきた。だからか、彼はひっきりなしにキータイプの音を奏で、留まる様子が無かった。きっと、溜め込んでいたアイデアや文章が頭の中で途切れはしないのだろう。

「そうか。一応おーえんしてやろう」

 それは、彼が病弱であったからこそ培われた才覚なのかもしれない。

 目の前で彼が倒れた時、その皮肉さに目眩がした。

「      」

 私は、叫んだだろうか。

 それとも泣いていただろうか。

 気がつけば私たちは部室から一変して真っ白な部屋にいた。彼は様々な機械に囲まれ、ピコン、ピコン、と心電図の音が虚しく響いてくる。

「そこにいる?」

 弱々しい声だ。

 私は黙って彼の手を掴む。できるだけ強く。

「神様にお願いして、奇跡をひとつだけ叶えてもらったんだ」

 ピコン。ピ、コン。

 音の周期が狂い始める。家族はまだここに到着しない。まだ新人賞に応募すらしていない。

 それなのに、彼は。

 周りがあわただしくなった。看護師が、医者が、こぞって彼に群がる。後ろに押し倒され、床に尻餅をつく。

「       」

 コースケは何かぶつぶつと呟いていた。

 よくは聞き取れなかったが、都道府県名と数字とひらがな……それは、車のナンバーのような。

 彼の声は一瞬で周囲の怒号や機械音にかきけされ、もう二度と聞けなくなった。

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先輩と僕 ぴよ2000 @piyo2000

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