第3話

「まさか先輩が自転車のことを『バイク』と呼ぶ人種だったなんて」

「一言もチャリのことを『バイク』なんて言ってねぇよ」

 二人分の重みが加わったペダルを踏み込み、坂を上る。僕達の横をブイーンと追い抜いて行った原付は一気に頂上で点となり、そして消えて行った。

 うむ。心が折れそうですな。

「おい、ペースが下がってんぞ。そんなんで全国大会目指せると思ってんのか」

「文科系草食男子に何期待してんですか。ペースアップを狙うなら荷台から降りてください」

「おーまーえーはーばーかーかー?」

「何故出○風に」

「お前みたいなモヤシ野郎が女の子を後ろに乗せてチャリを漕ぐ機会なんてそうそうやって来ねーんだよ。むしろこの現状をありがたく思いなさい」

「一理ある、ような気もしますが」

 この状況を俯瞰すれば、ふむ、確かに悪くはない、のか? いや、まてまて。綺麗な青春の一ページとはなんぞや。

 バイクのニケツと騙され(?)運転手を担う事はそれに該当するのか。

 恥じらいと戸惑いを隠せない男女がどぎまぎしながら二人乗りをする、というようなシチュエーションなら甘んじてペダルを漕いでいた。

 だが、相手はさっき部室で短めのスカートから伸びる脚を組んで、胸元をはだけさせていた。

 一方的にこちらが戸惑い、その一方で相手に恥じらいはない。

「清純さとは」

「私そのものだろ」

「ガードレールにぶち当たりそうになりました」

「漕ぎにくいのか? 前かごの鞄を崖から投げ捨てればいいのに」

 上り坂の崖の下。ガードレールの向こう側は町並みが一望できた。汗で視界が滲んでいなかったら良い眺めだっただろう。体力もないのに我ながらよくここまで来れたと思う。

「……先輩は」

 手の甲で汗を拭う。べちょりと音がしてやや不快。頂上まで少しの辛抱だと己を鼓舞し、ペダルを踏み込んだ。

「行き詰まりかけた時はいつもどうしてるんですか」

「頑張って努力する」

「ここでまさかの根性論」

「当たり前のことじゃんかよ」

「当たり前、って」

「だって手を休めたら何も進まねーし、何も生まれん」

 ふっと、ペダルが軽くなった。ぐん、と車体が軽快に前進し「おっ、と」バランスを崩しそうになる。

「お前だって同じ考えだろ?」

 振り向いて、先輩の鋭い目と目が合った。

 思わず、さっと前を向いた。見透かされたような気分になったからだ。自分が抱える迷いのようなものを。

「どうしても譲れないものがある。置いていけ、捨ててしまえと誰から言われてもしがみついて、そうやって頑張って努力してるから、行き詰まるんだ」

 先輩は荷台から降りて、自転車を後ろから押していた。小走りで。ぐいぐい車体は前に進み、そして坂の頂上に辿り着いた。

「そして私は根性のあるやつが好きだ」

 紅潮した頬。息吹に上下する小柄な肩。今にも倒れそうな程消耗しているのに、依然として目は真っ直ぐこちらを向いている。

「それって、つまり」

 とくん、と心臓が跳ねる。身体中の血がざわめき立つ。息が詰まりそうになる。

 風がひゅっと吹いて、先輩の髪がなびいた。

「やっぱりお前は馬鹿だな」

 目元が和らいで、先輩は神妙な面持ちから一気に相好を崩した。

「……」

 脚を組んでいた時はチラ程度しか見ていなかった。ふぅむ、黒と白の縞模様か。

 ……先輩は気付いていないようだが、風のせいかスカートがまくれあがっている。

 僕はなんとなく、こんな青春の一ページがあってもいいんじゃないかな、と思った。

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