第7話

 ここ一ヶ月間、先輩が部室に来ない日なんてなかった。大体は、携帯ゲームに興じていて、飽きたら棚にある漫画や小説、部誌を適当に読み耽っている。

 そして、それにも飽きたら今度は僕が開いているパソコンに興味を移す。

「ちょっと文章が硬いんじゃねーか?」

 僕が執筆している小説……いや、正確には小説モドキに興味を示す。

 ぐいっと僕の横で、縦に並んだ文字の羅列を眺めて、それまで部室でくつろいでいたのが嘘のように真剣な面持ちとなるのだ。

「なんか、よくわかんねー表現だな。つーか場面の脈絡がわかんねぇ。前のページ見せろ。スクロールして」

 時に内容に関して茶々を入れたり、指摘をしてくる。でも、それが的確なものかどうかはさておき、馬鹿にして嘲るようなこと決してなかった。

 感じたのは、むしろ頼もしげな位の真っ直ぐさ。

「なんか読みにくいな。私でもわかる位にしっかり練ってみろよ」

 普段は人前で執筆なんかしない。

 それは人目を気にして集中できない、という理由もあるが、それ以上に人目についた時に感じる痛々しげな視線だ。だって、普通はこう思うだろう。

 小説執筆なんか、漏れ出た妄想の自慰行為であると。

 そして、自慰行為はみっともないものだ。

 否定は、出来ない。

 人様に理解して貰うために、自分なりに考えて編んだ文字と、物語のテンポ。でもそれは、あくまで「自分なりに考えたもの」の域を出ず、理解を得なければそれまでだ。

 目も向けられず、自慰行為を見せびらかせただけの痛々しい奴で終わってしまう。

 それが、何より怖い。

 だから、先輩が部室に入り浸り始めた時は、パソコンを開くことすら躊躇った。正直にいえば「部員の証」として小説を見せたことも後悔していた位だった。

 だけど、先輩の指摘を受けながら部室で執筆作業を進めていくうち、背後の気配が気にならなくなっていった。そして、抵抗感が無くなったのだと気付いた時には、完全に自分のペースを取り戻していた。

「小説を書いてるなんて、その、変に思ったりしなかったんですか? キモい奴だな、とか」

 恐る恐る、聞いたことがある。

 これは、もしかすると先輩を困らせる質問かもしれない。しかし彼女は「下らねえ心配するより先に文章磨けよ」と呟くように言い、読んでいた漫画に目線を戻した。それきり沈黙が続いて、まるで、最初から何も無かったかのように部室は静まり返る。

 なんとも不思議な気分だった。

 普通に考えれば、単にかわされただけだ。

 問答そのものが、面倒だったのかもしれない。

 なのに、とん、と背中を押されたような気分になって、目頭が熱っぽくなる。

 真っ向から否定された訳ではない、という事実に居心地の良さすら感じている。

 我ながら単純だ。

 だけど、

「描写と説明がごっちゃだ。臨場感が湧かない」

「どうでもいいところにこだわってる感がある。ここは主に伝えたいところを絞れ」

「人物描写が前と今で矛盾があるぞ。設定がブレブレじゃねーか?」

「テンポとリズムがバラバラだ。読みにくい。練ろ」

 何でだろうか。

 ボロカス言われてるのに、へこたれる気が全くしないのは。

 むしろ、その文句を頼りにしてしまうのは。

「物語の内容は、まあ、いいんじゃないか」

 そして、時折、目を合わさずに先輩はぼそっと言うのだ。少し、恥ずかしげに口端を曲げて。喉で言葉がつっかえたような声音で。

 だから、くんっ、と心臓が弾み、その都度痛みを伴う。でも、この瞬間のためなら心臓麻痺で死んでしまってもいい。

「物書きの性なんですかね」

「うん? なんか言ったか?」

「いえ、何でも」

 ズキズキする胸を抑え、平静を装った。

 口元がにやけていないか、表情をコントロールできている自信は無かった。

 いや、もう遠回しな表現はよそう。

 嬉しかったのだ。飛び上がるほどに。

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