第5話
「お前は、もう、本当に馬鹿!」
「部室では惜しげもなく脚を組んでたじゃないですか。もう」
「部室の時とは訳が違うだろうが。訳が」
先輩は先程のそよ風の悪戯をまだ根に持っている。僕は数に入らないのでは無かったのか。そんな理不尽な思いを他所に、どかどかと背中を殴る蹴る等されながらようやく目的地に辿り着いた。
しかし、
「嘘だろ」
その光景を見て、先輩はがくりと膝を落とした。
チェーンの喫茶店が建っていた場所は、今やバリケードに囲われ、砂利の敷き詰められた更地と化している。
「不況の煽り、というやつですかね」
「そん、な」
クーポン券が先輩の右手から離れ、はらりと地面に落ちた。
「私の、憩いの場が」
チェーン店に対しての思い入れ強くない?
「ま、まあまあ」
先輩の肩にそっと手を置いて、でも後に続く言葉が思い付かない。というか、とりあえずそろそろ地面から立ち上がって欲しい。さっきから通行人がこちらをチラチラ見ている。
「別の店に行ってみましょう、ね? ほら、また僕が自転車を漕ぎますから」
「う、ん」
「何なら僕がおごりますから」
「それは元からそのつもりだった」
「なんですって」
「こんなところで女を泣かしてんじゃねーよ」
いきなり後ろから肩を捕まれ、「あがっ」後ろに突き飛ばされた。咄嗟に受け身をとれず、どすん、と尻餅を着く。
「なんだか知らないが、かわいそうに……こんなひょろひょろのオタクなんかより俺らと遊ばねーか? ねーちゃん」
見れば、金髪リーゼントにアロハシャツの痩身男とスポーツ刈りに迷彩柄タンクトップ男の二人組が先輩にたかっている。
嘘だろ……この令和の時代にこんなステレオタイプのチンピラがまだ生き残っていたなんて。
「な? 悪いようにはしねえから、俺らと行こうぜ」
金髪リーゼントが膝立ちの状態の先輩に手を差しのべる。先輩は無言で金髪リーゼントの手を取って立ち上がり「たわけが!」目にも止まらぬ速さでその股間を蹴りあげた。
金髪リーゼントは「きゅーん」と呟いたかと思うと、白目を向いてばたんと倒れた。
「このっ、クソガキが」
迷彩柄タンクトップ男が先輩の手を掴み、空いた方の手で拳を作った。脇腹を殴ろうとしている事は明白だ。しかし、先輩も掴まれていない方の手で拳を作り、
がこ
男の顎から、なんか、ヤバい音がした。
「あっ、がっ」
男はふらふらとした足取りでのけぞり、地面に膝を着いた。
「動きが遅すぎるぜ。ロリコン野郎」
男が殴る構えをした一瞬の隙の間に、先輩の方が先に拳を顎に繰り出したようだ。ふむふむ、なるほど。いや、ホー○ーランドで見たことあるぞ。その動き。
「先輩って、やっぱり強いんですね」
「後輩よ。お前は弱いな。大丈夫か?」
先輩が僕に手を差しのべた。手を取って、立ち上がったところで「んのやろぉ」先輩の背後で迷彩柄タンクトップ男が拳を振り上げた。完全にダウンした訳では無かったのか。
「っぶねぇ」
僕は咄嗟に鞄を前に突き出し、盾のようにして男の拳を受け止めた。バキッ、と嫌な感触が手に響く。
「かってぇなそれ!」
男は振り下ろした拳を開いて痛そうにして後退りするが、その隙を先輩が見逃すはずが無かった。 先輩は弾丸のように男の懐まで飛んだかと思うと、肘鉄、膝蹴りのコンボをみぞおちにヒットさせた。それから先程金髪リーゼントにしたように、ついでと言わんばかりに金的蹴りを繰り出した。こ、これは痛い……。仰向けのまま宙を舞う男の姿に、僕は餞別として「K、O!」と唱える。
「か、格闘技とかやってたんですか」
「昔、ちょっとな」
「なっ、昔に?」
「『ストリートファイターⅡ』にハマっていた時があって」
「やっぱり……!」
あれは名作だが……いや、今それはどうでもいいか。何せ、ウアーン、と遠くの方からサイレンの音が聞こえてくる。これは、
「パンダだ! とりあえずずらかんぞ!」
倒れた男達には目もくれず、先輩が自転車にまたがり親指で後ろを指した。荷台に乗れということらしい。
「今時、『パンダ』って」
「置いていくぞこの野郎」
すかさず鞄を前かごに乗せて、僕も荷台にまたがった。
「しっかり捕まれぇ!」
ぐん、と身体が前進する。
ベダルが高速回転し、車体が急発進する。加速し、一気に景色が後ろに飛ぶ。
「は、はは」
思わず、笑ってしまう。
なるほど。バイクと表現するに遜色無い速度だ。ふと後ろを見ると、乱闘現場に到着したパトカーが点になっていた。僕たちをに気付いた様子も追いかけてくる様子もない。
「どこに行きたい!」
風を切っているせいか、先輩が半ば叫ぶようにして尋ねてきた。あまり深く考えず、僕も叫ぶようにして答える。
「できるだけ遠くに!」
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